第35話 山脈からの支配者
ギーブから届いたプロペラは、ワイルドスワンの安定性を向上させて、旋回能力を高めた。
今までは急降下の速度が時速750km/hを超えると、機体が振動して射撃命中率が低下していたが、プロペラの交換後は振動しなくなり、フルートの命中率が上昇した。
それでも根が真面目な彼女は、自分のスタミナ不足を考えて、自主的に走り込みを続けていた。
アークとフルートの快進撃はその後も続く。
2人は相変わらずランキング1位と2位を独占して、3位との差を大きく引き離していた。
クラスタチームは、2人に対して様々な悪い噂を流すが、汗を流して飛行場を走るフルートに触発された他のパイロット達から逆に非難されていた。
そして時は流れて……アークとフルートがダヴェリールへの推薦を貰えるまで残り9日。
それは、2人がルークヘブンから旅立つ残り時間でもあった。
アークとマリーベルは『ルークバル』の2階で愛し合った後、ベッドの上で微睡みの時間を過ごしていた。
「……あと1週間なのね」
「来週と再来週のランキング表で10位以内に入れば推薦が手に入る。貰ってすぐってわけじゃないけど、ダヴェリールは早めに行くつもりだ」
アークが後ろからマリーベルを抱きしめて答える。
そして、マリーベルの手を握ると、彼女も握り返して、繋がった手を見ていた。
「寂しくなるわね」
「ここで暮らす事も考えた……だけど、温いんだ。魂がもっと強い敵と戦いたいと叫んでる。俺はそれを止めることができない……」
マリーベルがクスリと笑う。
「知ってるわ。私はそんなあなたに惚れたんだから」
「前から思っていたけど、もうすぐお別れだから言わせてもらうよ……変な女」
「あはははははっ」
それを聞くなりマリーベルが笑い、体を回してアークと顔を見合わせた。
「ねえ、私みたいな淫乱な女って、やっぱり変だった?」
「俺が住んでいた村のミッキーっていうクソ野郎が言うには、自由に生きる姿は平凡な人間から見ると変人に見えるらしい。俺もマリーも変人同士だから、気が合ったのかもな」
「そうね。それが1番当たってる気がするわ。心も体も相性が良かったのね」
そう言うと、マリーベルが舌を絡ませてキスをした。
「ねえ、来週は1日休みを増やせない?」
「何で?」
「最後だし全員でお別れのパーティーをしたいの」
「全員だとウルドの整備士もか? この店に入らねえよ」
「だったら、私がドックに行って料理を作るわ。最後なんだから全員で楽しみましょうよ」
「……そうだな。最後ぐらいは皆で楽しむか」
「そして、次の日は私とだけ最後のお別れをさせてね」
「激しい別れになりそうで、涙が出そうだ」
アークが肩を竦めて答えると、マリーベルが彼に伸し掛かってきた。
「そうと決まったらもう1回やる?」
「……オーケー。いいぜ」
「あら? 前は顔を引き攣らせていたのに強気ね」
「誰かさんに、鍛えられたからな」
「うふふ。じゃあ頑張ってね」
そう言うと、マリーベルが再びアークの口を塞ぐ。その後、2人は疲れ果てるまで抱き合った。
翌週の朝。
「ちゅーことで、今週は5日間だけ飛ぶ事にして、6日目に俺達の追い出しパーティーをすることが決まった」
ワイルドスワンに乗る前、アークがフルートにパーティーの話をする。
「週末のお休みにしないのは何で?」
「そこは察してくれ」
「……察します」
フルートも何となくその理由が分かって、顔を赤らめながらコクンと頷いた。
「それじゃ、今日も頑張って稼ぐとしますか」
「なんかもう一生分稼いだ気がする」
「俺もそう思う。だけど、俺達が異常なだけらしい」
「え? 今頃気付いたの?」
前座席に座ってベルトを締めているアークに、フルートが呆れた。
「プロペラ1つに550万ギニー払った時に、金銭感覚がマヒしてきてる自覚はあったんだ」
「チャッピーさんに戦闘機をポンッて買ってあげた時点で、気付かないと駄目だと思う」
フルートは無駄使いせずに貯金しようと誓う。
「ちなみに、ドーンから聞いた話だと、俺達の稼ぐ額はダヴェリールの新人と殆ど同額らしい」
「そうなんだ……」
「だからという訳じゃないが、自信を持って良いぞ。俺達はこのままダヴェリールに行っても死なねえって事だ」
「アーク。もう私は大丈夫」
「ん?」
フルートの返答にアークが首を傾げる。
「私はもう挫けない。だから、私に気を使わずにアークは自由に飛んで。私は一緒に飛ぶだけで満足だから……」
「そうか……相変わらず、重てえ告白を聞いてるみたいだな。感動で涙が止まらねえぜ」
「……馬鹿」
管制塔からの離陸許可が出て、アークがワイルドスワンを滑走路へと移動させる。
滑走路を走り、ワイルドスワンは空を浮かんで黒の森へと向かった。
黒の森の中程まで飛ぶと、既に他のパイロットが空獣狩りを始めていた。
アークは黒の森に来た頃と比べて、彼等の狩り方に変化がある事に気が付いた。
「なんか最近、あいつ等は俺達のマネをしてないか?」
「うん。前はもっと高い高度で旋回して釣ってたけど、アーク程じゃないけど低く飛んでる」
2人が言う通り、安全を考えて金を稼ぐだけだった彼等は、アーク達、特に飛行場を走って鍛えていたフルートを見ているうちに、自分達が忘れかけていた空獣と闘う理由、ダヴェリールへ行く夢を思い出して、危険を承知でチャレンジをしていた。
「ドーン達もこれで少しは愚痴が減るだろうな」
「……うん」
アークとフルートはドーン一家とたまに飲みに行くと、彼等の口から「へぼだ」、「腑抜けだ」、「ヘタレが引退しろ」など、安全策を取って日銭を稼ぐパイロット達に対する愚痴を聞かされて、げんなりしていた。
だけど、今の彼等をドーン一家が見れば、その考えも変わる気がするだろう。
アークは彼等の邪魔にならないように、森の奥へとワイルドスワンを飛ばす事にした。
森の奥へ行くと、今度は数10機の戦闘機が狩りをしていた。
「随分と大人数の一行様だな」
「多分、談合クラスタチームだと思う」
アークと違って物覚えの良いフルートが、機体のカラーから彼等の正体を見破った。
「どうやら最後に俺達をギャフンと言わせたいらしいな。一発狙いの大物を狙う気かな?」
「誰も見てないところで私達を襲うのかも……」
フルートの呟きに、アークがゾッとして後ろを振り返る。
「恐っそろしい事を考えるな……」
「小説でそんな展開があった」
「お前の読んでいる小説は、かなり偏ってる気がするぞ」
「だけど、何時も主人公が非常識な強さで勝ってた。ついでにハーレムも築いていた」
「その作者を紹介しろ。俺が後部座席に乗せて、この森の中に突入してやる」
「多分それをしたら、次回作はもっと無双すると思う」
「そうなのか? まあいいや。フルートの妄想もあり得ないとは言えないからな。あいつ等とは離れた場所で狩るぞ」
「了解」
アークとフルートは彼等から遠く離れて、いつも通り森の中に入って狩りをした。
午後の狩りから帰った2人がワイルドスワンから降りると、フランシスカがアークに一枚の手紙を差し出した。
「アーク。忘れないうちにコイツを渡しておく」
「風俗割引券か?」
受け取ったアークが手紙の表裏を確認しながら質問すると、フランシスカの拳が飛んできた。
「だから、冗談だって!」
慌てて拳を避けたアークが怒鳴る。
「その冗談が悪いと自覚しろ!」
そのフランシスカの返答に、アークの背後でフルートが頷いた。
「で、これは何なんだ?」
「私の父への紹介状だ」
「フランの乳?」
アークがフランシスカの巨乳をジッと見るが、それに気付かず彼女は話を続ける。
「そうだ。私の父はコンティリーブで小さなドックを持っている」
ダヴェリールには、空獣狩り向けの拠点が3カ所存在していて、危険度の低い黒の森の奥レベルの場所から、1年間の生存率が50%を切る地獄の外れと呼ばれる場所まで、段階的に分かれていた。
そして、コンティリーブは最も危険度の高い、地獄の外れと呼ばれる場所の近くにある飛行場だった。
「よく俺がコンティリーブに行くって気付いたな。野獣の勘か?」
「そこは女の勘と言え。コンティリーブは第四次空獣戦争の最前線だった飛行場だ。私の父は軍を辞めた後、約束があると言ってそこで整備士の仕事をしている」
「約束?」
「約束の内容までは知らないが、何となく父はワイルドスワンを待っている気がする」
「……親子そろって、この機体を見て発情しそうだな」
アークの冗談に、フランシスカが肩を竦めて軽く笑った。
「ワイルドスワンの本当の姿を見て興奮しない整備士なんて居ないよ。それと、私の父を悪く言いたくないが、かなりの偏屈男だから、そこは我慢してくれ」
「安心しろよ。偏屈、クソ、頑固に馬鹿。ガキの頃からそういう奴等と付き合ってきたから免疫はある。それにいざとなったら……」
「どうするつもりだ?」
フランシスカの問いかけにアークがニヤリと笑うと、横で話を聞いていたフルートの肩をポンっと叩いた。
「フルートちゃんにお願いしてもらうさ。おっさんって奴は美少女の涙に弱いからな」
「え?」
驚くフルートとは逆に、フランシスカが腹を抱えて大笑いする。
「あはははっ。それは良いアイデアだ。私も父の困り果てた顔を見たかった」
フランシスカは笑った後、手を振って2人の前から去って行った。
「これでダヴェリールに行っても、ドックの心配がなくなったな」
「うん」
話し掛けられてフルートが頷く。
アークはダヴェリールに行くと決めてから、ワイルドスワンを安全に預けられるドックがない事に悩んでいた。それ故にフランシスカの手配に彼は感謝した。
そして、アークとフルートは残りの4日間、黒の森へワイルドスワンを飛ばして、ルークヘブンでの狩りが終了した。
アークとフルートの追い出しパーティが開かれる日。
談合クラスタチームに所属する32機の集団は、最後の意地でアーク達の順位を落とそうと、午前から黒の森の最奥で狩りをしようしていた。
『コ・ン・ナ・ト・コ・ロ・マ・デ・ト・バ・シ・テ・ダ・イ・ジョ・ウ・ブ・カ・(こんなところまで飛ばして大丈夫か?)』
無線機に表示される仲間のメッセージに、ジグラーが舌打ちをする。
彼はランキング3位を維持していたが、結局最後までアークとフルートに勝てず、苛立っていた。
しかも、彼の3位という順位は、仲間の全員が狩り集めた結果であって、彼1人の功績ではない。
それ故に、他のパイロット達からアーク達と比較され、影で笑われている事が許せなかった。
『コ・ノ・カ・ズ・ナ・ラ・ド・ン・ナ・ク・ウ・ジュ・ウ・デ・モ・カ・テ・ル・シ・ン・パ・イ・ス・ル・ナ(この数ならどんな空獣でも勝てる。心配するな)』
ジグラーは返信してから森を見下ろして、数日前に見たワイルドスワンの狩りを思い出していた。
ワイルドスワンが定石通りに森の上空を旋回すると思っていた矢先、森の中に入ったのを見た時は故障をしたのかもと焦ったが、その直後に森から飛び出るとオーガロードを1度の交戦で葬り去る様子に、自分達では絶対に真似できないと悟った。
そして、自分の限界を知った彼等は、実力のあるアーク達を逆恨みして、蹴落とす事しか頭になかった。
ジグラー達は複数のグループに別れて狩りを始めると、空を旋回するだけでオーガが釣れてかなりの稼ぎを得ていた。
「はははっ。この数だったら、オーガでもチョロだぜ」
調子に乗った彼等が狩りを続けようと、さらに森の奥へと向かう。
その彼等が乗る戦闘機に、突然影が差した。
太陽が雲に隠れたのかとジグラーが空を見上げると、そこには今まで見た事のない巨大な空獣が彼等を見下ろしていた。
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