第32話 悪い噂

 アークとフルートがランキング上位を目指して、1週間が経った。


 2人は今までと同じく、午前中だけ黒の森へ飛んで狩りを続けていた。

 ランキングの上位を目指していると考えれば、のんびりしたローテーションだが、2人が森の奥で仕留める獲物は、他のパイロットと比較して2倍から3倍の単価が付けられたので、僅かな飛行時間でも余裕でランキング10位以内を狙えていた。


 アークはランキング上位を目指すという事で、マリーベルとの夜の付き合いを店が休日の前夜だけにしてもらった。

 ちなみに、『ルークバル』が忙しくなって、彼女の1週間分溜まったストレス解消に、閉店後から翌日の夕方までアークを開放しなかった。




 ランキングの更新日。

 2人が狩りから帰ってギルドに入ると、ランキング表の前が騒がしかった。


「先にランキングを見ようぜ」

「……人混みは苦手」


 アークがフルートを誘うと、人混みが苦手なフルートが顔を顰める。

 だけど、彼女も好奇心には勝てず、アークの後を付いて行った。

 2人が他のパイロットを掻き分けて、ランキング表を確認すると……。


 1位 アーク&フルート 5020万ギニー

 1位 フルート&アーク 5020万ギニー

 3位 ジグラー 3740万ギニー

 4位 キリ 1047万ギニー

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 2人は見事に1位と2位を獲得していた。

 自分達の順位に、2人は顔を見合わせると、同時に手を出してパチン! と叩いて喜んだ。

 だけど、周りのパイロット達はそれどころではなく、突然現れたアークとフルートの名前に驚いていた。


「何だあれ、あんな金額は見た事ねえぞ!」

「1位と2位はペアなのか?」

「って事は、たった1機で1億ギニー以上稼いだって事か!!」

「ありえねえ! 一体何を倒せば、あんな額になるんだよ!!」

「そう言えば、馴染みの仲卸から聞いたけど、オーガロードやオークジェネラルがセリに出て、先週から市場が祭りになってるらしい」

「それって夜行性の空獣じゃねえか。という事は、森の中に入ってるのか? なんて命知らずだ!」

「見ろよ。クラスタの連中、3位になってるぜ、ザマー!」


 アークとフルートは周りの声を聞くと、視線を合わせて頷き、そそくさとこの場から立ち去った。




 ランキングを確認した後で受付に並ぶと、久しぶりにミリーが担当だった。


「にゃ! 2人共、久しぶりにゃ」

「にゃにゃーん!」

「にゃ……にゃにゃーん」


 アークの冗談を気に入ったフルートが、恥ずかしそうに小声で同じ挨拶をする。


「にゃははのにゃ。アークはキモイけど、フルートにゃんは可愛いにゃ」

「本当、男に容赦ねえな、この猫は……」

「気にするにゃ。それよりもランキングのワンツーフィニッシュ、おめでとうにゃ!」

「チョット本気を出してみた」

「ありがとう」


 ミリーの祝福にアークが肩を竦めて、フルートは素直に頭を下げた。


「本当に対照的な2人にゃ。だけど、ギルド長がこれでまともなパイロットを送れるかもって、喜んでいたにゃ」

「他人任せにしねえで、ギルドで何とかしろよ。ちょっとそのギルド長を呼んで来い」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるアークに、ミリーが両腕をクロスして×を作る。


「またこのパターンにゃ。前にアークが後部座席に乗せたランキング係は、3日間もうなされていたにゃ」

「だけど、お前も地上で大はしゃぎしてたって、ウルドの奴等から聞いたぞ」

「その後、使い物にならなくなったアイツの替わりに、わたちがランキングの集計を手伝わされたにゃー」

「それはシラネ」


 ミリーは溜息を吐くと、2人を手招きして小声で話し掛けてきた。


「忠告にゃ。裏で談合している連中には気を付けろにゃ」

「どういう事だ?」


 ミリーの忠告に、アークが眉を顰める。


「以前にも似たパターンがあったにゃ。急にランキングのトップに上がったパイロットが、ある事ない事を噂されて精神的にダメージを受けたにゃ。もしかしたら同じ事をされるかもしれないにゃ」

「無視すれば良いだけだろ」

「別にアークの事は気にしてないにゃ。フルートにゃんの事だけ心配してるにゃ!」

「ああ、そうかよ。親切なご忠告ありがとよ!」

「ミリーさん、ありがとう。だけど私は大丈夫」


 肩を竦めるアークとは対照的に、フルートがミリーに礼を言った。


「そうなのかにゃ?」

「アークやウルド商会、ドーンさん達。それにミリーさん……皆が居るから、私は負けない!」


 それを聞いてミリーが笑顔になる。そして、「わたちもできるだけ守るにゃ!」と応援していた。

 その後、今日の獲物の回収と、明日のフライト予約を入れた2人は、受付を離れてギルドを出た。




「さて、メシはどうするか……」

「マリーさんの店は……無理だよね」

「マリーって実はアルフガルドの一流店で修業していたらしいぜ。最近じゃ1週間前に予約を入れねえと、入れないらしい」

「どうりで美味しいと思った」


 以前は満員でも顔パスで入れた『ルークバル』は、この数日でさらに人気になっていて、マリーベルが「遠慮しないでおいで」と言っても2人は控えていた。

 だけど、今まで通っていた『ルークバル』以外の店で食事をしても、彼女の料理で舌の肥えた2人には、どの店の料理もいまいちだった。


「ん?」


 どこで食事をするか相談しながら町を歩いていると、突然、アークがケツを掻いてから後ろを振り向いた。


「どうしたの?」


 後ろをジーッと見続けるアークに、フルートが首を傾げる。


「誰かが俺達の後を付けているらしい。おかげでケツが痒い」

「空獣じゃなくても感じるの?」

「空獣だろうが、人だろうが関係ねえ。俺は敵意に敏感なんだよ」


 フルートはアークが凄いと思うのと同時に、彼を変人だと改めて思った。


「だけど、付けられるのに気付いた場合、普通は気付かないふりをして路地に誘うって、何かの小説で読んだよ」

「お前は本の読み過ぎだよ。ロジーナから聞いたぞ。休日は丸1日部屋に籠って読書らしいじゃねえか」

「アークだって、前の夜からマリーさんと一緒に居る」

「お前にチ〇コが付いていたら、替わってやるよ。絶倫って奴は凄げえぞ。ムードも何もねえ、どんな手を使ってでも無理やり立たせて、前戯なしで跨ってくるからな!」


 アークの卑猥な言い返しにフルートが赤面する。

 結局、後を付けていた犯人は分からず、2人は適当な店に入って食事をしてからドックに帰った。

 ちなみに、食べた昼食はパッとしない味で、店から出た2人は不満気だった。




 2日後。

 アークとフルートが狩りから帰ると、フランシスカがアークだけを呼び寄せて、ドックの隅へ引っ張った。


「何なんだよ、昼から逢い引きか? 仕方がねえからヤルけど、捻じり切るのだけはマジでやめろよ」

「違う! だけど今ので分かった。お前の口の悪さが変な誤解を招いたっぽいな」


 ズボンのチャックを降ろそうとするアークに、フランシスカが怒鳴った後、納得と呆れと怒りが入り混ざった様な複雑な表情を浮かべた。


「一体、何の話だ?」

「一昨日からお前達の噂が広まってる」

「俺がクソ野郎って噂か? 自分で言うのもなんだが、自覚してるから別に気にしてねえぞ」


 アークの言い返しに、フランシスカが首を横に振る。


「お前がクソ野郎って事は、このドックの関係者全員が触れ回ってるから、今更どうでもいい」

「チョット待て! それはそれで納得いかねえ気がするんだが……」

「いいから話を聞け。お前じゃない、フルートの噂が広まってる」

「フルートの?」

「そうだ。フルートが絶倫で淫乱女。しかも、お前がメイド服大好きなコスプレフェチで、フルートにメイド服を着させて、夜な夜なヤりまくってるって噂だ」


 それを聞いたアークが、身を乗り出して驚く。


「オイオイ、チョット待て。その絶倫で淫乱女にはもの凄く心当たりがある。だけど、フルートは下ネタを聞いただけで顔を真っ赤にして恥ずかしがる、卑猥な妄想力が素晴らしいだけの淑女だぜ」

「それは淑女なのか?」

「さあ? 淑女なんて絶滅危惧種を1度も見た事ねえからシラネ」

「取り敢えず、この件はフルートには……」

「おーいフルート。チョット来てくれ!」


 話の途中で、アークがフルートを呼び寄せる。


「おい、お前!」

「内緒にしてるから後で知って傷付くんだよ。こういうのはオープンに伝えて、最小ダメージに抑える事が重要なんだ」

「確かにそうかもしれんが……」


 フランシスカが顔を顰めていると、そのフルートが2人の前に来た。


「何?」

「ああ、実はな……」


 アークがフランシスカから聞いた噂話を話すと、フルートは驚いていたが、ショックを受けている様子はなかった。


「……って噂が広まっているらしい。正直言って噂の内容に関してだけ言えば、お前より俺の方が酷でぇ! コスプレフェチってなんだよ、そんな趣味はねえ!!」


 ムカついたアークが壁を殴った後、痛かったのか涙目になって拳を押さえた。


「アーク、落ち着いて。私は大丈夫」

「俺は手が痛てえ!」


 その2人の様子に、フランシスカが溜息を吐く。


「どうやら私は勘違いをしていたらしい。フルートよりもお前の方がショックを受けているっぽいな」

「当たり前だろ! クソ野郎ならまだ分かる、ヴァナ村出身だからな。あそこはクソしか居ねえから免疫が付いてる。だけど変態呼ばわりは許せねえ!」


 感情的に怒鳴るアークを見た後、フルートが自分のメイド風飛行服のスカートを掴む。


「……やっぱり普通の飛行服にする」

「「いや、ダメだ」」


 フルートの呟きを聞いて、アークとフランシスカが同時に彼女を止めた。


「その格好を突然やめたら、談合している奴らがダメージを与えられたと喜ぶだけだ。噂なんて気付いたら風化する。それまでは我慢するしかない」

「悔しいがフランの言う通りだ。今の俺達がムキに反論しても、あいつ等には恰好の餌にしかならねえ」


 2人の説明にフルートが頷く。


「もし、あいつ等をギャフンと言わせるのなら……」

「どうするの?」


 フルートが話の続きを待っていると、アークがニヤリと笑った。


「もっと稼いで、あいつ等を驚かせるしかねえだろ!」


 それを聞いて、フルートが「なるほど」と頷いていた。

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