第31話 再び森の中へ

 黒の森の奥まで飛ぶと、アークは森の中へ入れる突入ルートを探した。


「フルート。飛ぶ前にも言ったが、俺はもうお前を一人前のガンナーとして扱う。だから、もう何も指示をしない」

「うん」

「森の中に入ったら、後はお前が敵を見つけて攻撃を開始しろ」

「了解!」

「それじゃ、突っ込むぞ!」


 アークが良さげな突入ルートを見つけ、ワイルドスワンを急旋回させると、森の中へと降下。

 フルートは喉をゴクリと鳴らし、ガトリング砲のグリップを握ると、落下のGに耐えていた。


 覆いしげる枝木の隙間から突入したワイルドスワンが、薄暗い緑の洞窟を彷彿とさせる森の中へ入る。

 アークは速度をギリギリまで落として、木々の間を高度な操縦技術で駆け抜けた。

 以前に森の中へ入った時は、驚愕と恐怖で緊張しっぱなしだったフルートだが、今はアークの操縦を信じて、前方を真っすぐ見据えて空獣を探していた。


(……居た!)


 ワイルドスワンが進む左前方、茂みの間に潜むオーガを発見したフルートが、素早く照準を合わせて1発だけ弾丸を発射する。


『ガアアアアア!』


 フルートの放った弾は狙い通りに空獣の背中へ当たり、オーガが叫び声を上げた。


「ヒット!」

「了解!」


 フルートの声に応じたアークが、操縦桿を引く。

 そして、エンジンを全開にして垂直上昇すると、枝木の間を避けて森から一気に飛び出した。


 森から出るのと同時に、フルートが後部座席を180度回転させて、アークと背中合わせになる。

 フルートが待ち構えていると、空獣が木を振り払って森の中から飛び出てきた。


「オーガ……違う。あれはオーガロード!!」

「マジか!? 最初から大物が釣れたな!」


 フルートの報告に、アークが歓声を上げる。


 空獣オーガロード。

 普通のオーガが長い年月をかけて成長すると、オーガロードへと進化する。

 全長は12mを超えて、普通のオーガと比べると肌の色は黒く、オーガにはない角が額から生えている。

 夜行性で昼に姿を現す事は殆どなく、さらに人里離れた場所にしか生息しないため、全地域でも滅多に狩る事ができない空獣だった。

 以前、アークが倒したオーガの亜種と比べると総攻撃力は低いが、それでもオーガ数匹分の強さがあるため、ソロの空獣狩りが出会ったら戦わずに逃げるのが通常の空獣でもある。

 また、オーガロードの角は最高級の傷薬が作れる素材となるが、滅多に狩れない事から、セリに出るのは1年に数回だけしかなく、貴重な品とされていた。


 アークが機体を左へと旋回させる。

 旋回中にフルートがグリップを握り、射撃のタイミングを見計らった。


 ワイルドスワンを攻撃しようと、オーガロードの右手が赤く光る。

 オーガロードの手からファイアーボールを放つ寸前、フルートがその手に向かって弾丸を発射した。


 フルートの放った弾丸が、ファイアーボールを貫通して右手に命中。

 ファイアーボールがその場で爆発して右手が吹き飛び、オーガロードが空中で痛みにのたうち回った。


 フルートの攻撃中に、アークが旋回を終えてオーガロードを正面に捕らえる。


(あれ? 何でまだあんな所に居るの?)


 読みが外れて、アークが首を傾げる。

 彼は音と振動で、フルートが攻撃したのは気付いていたが、それが威嚇射撃ではなく、ピンポイントでファイアーボールを狙い撃ち、敵の右手を吹っ飛ばしているとは思ってもいなかった。


 アークが首を傾げている間に、フルートが機銃を正面を向けて、オーガロードに照準を合わせる。

 消えた右手を押さえていたオーガロードが気付いた時には既に遅く、フルートが20mmガトリング砲を発射した。

 オーガロードの顎を集中的に弾丸が命中。血飛沫が空を染め、オーガロードが死体へと変わった。


「エネミーダウン!」


 フルートは角が高額で取引される事を知っていて、頭部を狙わずに口から下を狙い、一度の交戦でオーガロードを倒す。

 オーガロードを倒してホッとするフルートとは逆に、アークは彼女の命中率、照準の素早さ、索敵能力、さらに獲物の価値を理解しての射撃。ガンナーとして必要な能力が驚くほど成長している事に驚いていた。


「……あはははっ。ナイスクリアーだ!」


 アークはフルートを褒めると、死体をアイテムボックスに回収して、再び森の中へワイルドスワンを突入させる。

 その後、2人はオーガを2匹、オークジェネラルを2匹を倒して、帰還する事にした。




「さて、ラスボスはどうするかな……」

「ラスボス?」


 帰路の途中、アークの呟きにフルートが首を傾げる。


「フランだよ、フラン! あのオーガクイーンを何とか説得しねえと、森の中へ入る度に、あの剛腕でぶん殴って来るぞ」


 ちなみに、オ-ガクイーンとは、ダヴェリールの奥深くにしか生息しないと言われているオーガ系の最強クラスの空獣の事。


「でも、フランも言ってた」

「あのクソ野郎! とでもぼやいていたか?」


 アークが操縦桿を握りながら肩を竦める。


「それは何時も言っているけど、別の話。アークが最初に森へ入った時、本当はアークに合ったチームを紹介したかったらしい」

「そうなのか? なんも聞いてねえぞ」

「うん。アークの腕が良すぎるから、何所にも紹介できないって悩んでた」

「確かにドーン一家みたいに血が繋がってれば組むのも理解できるけど、フランは根本的な事を忘れてるぜ」

「何の事?」

「コイツだよ」


 そう言って、ワイルドスワンの窓ガラスをコンコンと叩く。


「チームを組んでワイルドスワンの正体がバレてみろ。仲間だと思っていた仲間にコイツを盗まれるぞ」

「確かにそうかも……」


 その話にフルートが頷く。


「大体、チームを組んで10位以内に入っても、ダヴェリールの推薦が貰えるってのがそもそもおかしいぜ。そいつ等、本当にダヴェリールで生き残れる実力があるのか?」

「アークと組む前に聞いた事がある……」


 そのフルートの話によると……。

 実力のないパイロット達は、ギルドに内緒で談合をしているらしい。

 彼等は全員で狩った獲物を1人のパイロットの手柄にして、ランキング10位以内に入れさせると、ダヴェリールへの推薦状を得ていた。

 その謝礼として、ランキングに入ったパイロットは、セリで売れた金額を協力した全員に渡していた。

 そして、ダヴェリールの推薦を貰ったパイロットはすぐに旅立たず、同じやり方で別のパイロットを上位に上げて、人数が揃ってからダヴェリールに旅立っていた。


 ギルドも最初の内は、ダヴェリールへ多くのパイロットを送れると、彼等のやり方を黙認していた。

 しかし、ダヴェリール国からパイロットの質が悪いとクレームが入ってからは、色々と対策し始めたが、1度甘い蜜を吸ったパイロット達は、裏でのクラスタ活動をやめなかった。


「そんなんでランキングのトップになって、嬉しいのか?」

「ダヴェリールに行ける事自体が自慢になる。それに、ダヴェリールで稼げるのも事実」


 フルートの説明にアークが首を傾げるが、フルートが説明すると、彼は馬鹿な話だと溜息を吐いた。


「だけど、そんな実力でダヴェリールに行ったところで、死ぬだけだろ。行った事ないから知らんけど」

「その人達がダヴェリールに行ってからの事は、私も知らない」

「まあ、俺たちは関わらず実力だけで勝負するさ」

「うん」


 2人は会話を終わらせると、見えてきたルークヘブンの管制塔に着陸許可を求める。

 許可を得て滑走路に着地した後で、フランシスカへの説得を忘れていた事に気付き、2人は一緒に顔を青ざめた。




 アークがドックにワイルドスワンを停まらせると、フランシスカが2人の無事を笑顔で出迎えた。

 この笑顔が後で鬼に変わると思うと、2人の額から汗が出る。


「結果はどうだった?」


 2人の心情を全く気付ず、フランシスカが今日の成果を聞いてきた。


「仰天するぐらい稼いできたぜ」


(無駄な抵抗をしてる……)


 既に怒られるのを覚悟しているフルートは、アークの言い返しに首を左右に振っていた。


「それは楽しみだ……ってどこに行こうとしている?」

「グゲッ!」


 アークが踵を返して逃げようとするが、その前に、フランシスカが彼の襟首を掴んで引き留めた。


「ギルドに行こうとしただけですが、何か?」

「なぜ突然敬語を使う、気持ち悪い。それにワイルドスワンの損傷報告がまだだ」

「あ、何時も通り被害はないから、エネルギーと弾丸だけ補充しとけばいいよ」

「そうか分かっ……ん?」


 会話の途中でワイルドスワンから、1枚の葉がゆらゆらと地面に舞い落ちる。

 どうやら森の中で飛んでいる最中に引っ掛けた葉っぱが、空気を読まず落ちてきたらしい。


「「「…………」」」


 地面に落ちた葉っぱを3人が無言で見つめる。

 アークが葉っぱからフランシスカの方へゆっくりと視線を向けると、彼女の口元がヒクヒクと痙攣していた。


「入ったのか?」


 フランシスカが一言、アークに質問する。


「まあ、あれだ……森を見てたら丁度、中に入れる隙間があったんでね。何というか、女には分からねえかも知れねえけど、男なら穴があったら入れたくなる……そんな感じ」


(最低の説明……)


 アークの横で彼の言い訳を聞いたフルートが、顔を赤くして俯く。


「もういい!」


 フランシスカが吐き捨てる様に怒鳴ると、アークの襟首から手を離した。


「鬼の霍乱か!?」

「殴るぞ!」


 アークが驚いて思わず余計な一言を口ずさむ。すると、フランシスカが殴り掛かってきた。

 それを、アークが後ろに身を引いて躱す。


「もう殴ってるじゃねえか! しかも、風圧で前髪が揺れたぞ!!」

「ウルサイ、クソ野郎! もう、お前には何を言っても無駄だと分かってるから、言わないだけだ!!」


 アークとフランシスカが大声で怒鳴り合う。

 そして、フランシスカが溜息を吐いた後、片手で頭を掻きむしりながらアークに尋ねた。


「森に入ったって事は、とうとうお前達もダヴェリールを目指すつもりだな」

「……ああ」


 アークが答えると、フルートも頷いた。


「できればフルートをここに置いていって欲しかったんだけどな……」

「俺も説得した。だけど、本人の意思で行くと言ったから、俺は止めねえ」


 アークの返答に、フランシスカがフルートをジロリと見た。


「フルートも本気なのか?」


 彼女の威圧にフルートが恐れつつも頷き返す。


「私もダヴェリールに行く!」


 そのフルートの決意を聞いたフランシスカから威圧が消えて、彼女は優しい笑みを浮かべた。


(俺の時と態度がまるっきり違くね?)


 眉を顰めるアークを他所に、フランシスカがフルートに話し掛ける。


「フルートの成長なら、私も毎日ワイルドスワンを見ているから知っている。少しずつだけど、消費する弾丸の数が減っていたからな……」

「無駄な弾を出さないように練習した」

「そうか……確かに、ペアで2倍の稼ぎをしなきゃいけないお前達がダヴェリールへ行くには、多少の無茶をしないと厳しい……」


 フランシスカがそう呟き考えると、アークに視線を向けた。


「エンジンを少しだけ弄って、低速で安定するように仕様を変えてやるよ。それで森の中の移動が今よりも20%は安定するはずだ。後でテスト飛行に付き合え」

「良いのか?」

「どうせ何を言っても、また入るんだろ。だったら、私もお前達を信じて全力でサポートするだけだ。それに……」

「何だ?」


 フランシスカが言い淀むと、アークがその続きを促す。


「……それに、お前みたいなクソ野郎は絶対に死なない気がする。ただ、それだけだ」


 フランシスカの冗談とも言えない話に、フルートがこっそりと頷いていた。

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