第30話 空を愛する2人
チャーリーが来た翌日。
ウルド商会がルークヘブンのギルドから、中古のソードサンダーを購入してきた。
運び込まれたソードサンダーをチャーリーが目を輝かせて眺めているが、チャーリーの口から時々漏れる「ぐふっ」と気持ち悪い笑い声に、メンテナンスをしていた整備士の全員が、彼から距離を取った。
「お前も酷い奴だな」
気持ちの悪いチャーリーから離れた場所で、午後のフライトから帰って来たドーンがアークに話し掛ける。
「何がだ?」
「親切にプレゼントしたと見せかけて、キンタマを握りやがって。これでアイツは、お前に借りができた。今後は村からのウィスキーを、タダで運ばざるをえないだろう」
「……さすがドーンだ。よく気付いたな」
笑みを浮かべたアークの返答に、ドーンが腹を抱えて笑った。
「ガハハ。うまい話には裏があるのは当然だ」
「まあ、チャッピーのおかげで俺達も美味い酒が飲めるんだ。Win-Winな関係って事で、アイツの教育は頼むぜ」
アークの頼みに、ドーンが顔を顰める。
「おい、俺達に任せる気かよ!」
「お前達もウィスキーのご相伴に預かるんだろ。だったら、教育の1つぐらいしてやれよ。この森の狩りなら、ソロでガンナーも居る俺よりも、アンタ等の戦い方を見せた方が、チャッピーの教育になる」
「ガハハ。確かに、ヴァナ村のウィスキーが飲めると聞かされちゃ、俺達も何もしないわけにはいかねえな。分かった。しばらくの間、うちの一家でアイツの面倒を見てやる」
「お? 引き受けてくれるのか、嬉しいね。アイツは、月の半分は
「まあ、俺の弟にかわいがってもらうとするさ」
そう言うとドーンはアークの肩を叩き、チャーリーの方へと歩いて行った。
それからチャーリーは、村に戻る2週間の間、ドーン一家と一緒に黒の森で狩りをしていた。
初日はドーン一家の狩りを見学するだけだったが、翌日からはドーン一家が釣った空獣の攻撃に参加して、分け前を貰っていた。
ドーン一家は、オークやハーピーなど新人が狙う空獣よりも高額で売れる獲物を狩っているため、少ない分け前でも新人がレンタル機を借りて稼ぐのに比べて、遥かに高い金を稼いでいた。
指導は三男のドーガがチャーリーを気に入って、弟のように可愛がり色々と教えていた。
だけど、アークがずっとチャッピーと呼んでいたから、そのあだ名が定着して、ドーン一家からもチャッピーと呼ばれるようになり、彼は少し不満げだった。
そして、チャーリーは元々才能があったのか、ドーン一家が驚くほど上達して、彼が帰る2週間目の最後の日には、自ら志願して囮役にも挑戦していた。
ちなみに、チャーリーはドーン一家とずっと居たせいで、女の趣味がケモナーデブ専のドMになって、全員が頭を抱えていた。
一方、修行中のフルートだが、最初の頃はアークの高機動に目を回したり、耐え切れずゲロを吐いたりして無様な状況だったが、次第に耐性が付き始め、3週間目になると、飛行中に酔う事がなくなった。
そこでアークは、隔日で飛んでいたシフトを毎日午前中に切り替えていた。
その頃、『ルークバル』のパート募集に、黒髪と金髪の可愛い2人の少女が応募してきた。
2人はフルートのメイド服に憬れて、可愛い服が着れると思って応募してきたらしい。
募集の動機を聞いたマリーベルは、女の子達にメイド服を着せて、『ルークバル』をメイド飲み屋にした。
その結果、アルフの皇太子の結婚披露宴に出されたヴァナ村の最高級ウィスキーが飲めて、マリーベルが作る料理も美味く、さらに可愛いメイド服のウェイトレスが接客する最高の店と評判が広がり、『ルークバル』は予約しないと入れないほどの人気店になっていた。
フルートはパートが来るまでの契約だったので、皆から惜しまれつつ店のウェイトレスを辞めた。
彼女はこれでメイド服から解放されると思っていたが、メイド服を脱いだ彼女を見たウルド商会のドック、おっさんのパイロット、飛行場の職員、その全員から涙を流さんばかりにメイド服を着て欲しいと懇願された。特にミリーはギャン泣きして、頼んでいた。
それで、人の好いフルートは仕方がなく、再びメイド服風の飛行服を着る事になった。
本人の意思とは関係なく、少しずつアークとフルートの環境が変わっていく。
それは、アークがルークヘブンを離れて、ダヴェリールへと向かう日が近づいている予兆でもあった。
翌日が休日の『ルークバル』の2階。
マリーベルの寝室で、アークがベッドの上で背を向けるマリーベルに話し掛ける。
「なあ、マリー。少し良いか?」
「んー最近ご無沙汰だけど、今日も疲れているのよね……」
以前はマリーベルの方から迫っていた行為も、最近は彼女の方が仕事で疲れていて、添い寝だけの日が多くなっていた。
「安心しろよ。マリーみたいに寝込みを襲う気はねえから」
「うふふ。最初はそうだったわね」
「2回目の早朝もそうだっただろ」
アークの言い返しに、マリーベルがクスクス笑った。
そんな彼女に、アークが真面目な口調で話し掛ける。
「……フルートの訓練が終わった」
その一言を背中で受けて、マリーベルが肩がビクンと震えた。
振り向かないマリーベルに、アークが話を続ける。
「来週から本気で狩りをする。今の俺とフルートなら、ランキング10位以内は確実に入ると思う」
「…………」
「マリー、愛してる。だけど、別れの覚悟だけはしておいてくれ……」
「……最初からそういう関係だったし、分かっているわ。アーク、私も愛している」
マリーベルはアークに背中を向けたまま答えると、静かになった。
アークもそれ以上は何も言わず、目を瞑って眠りに落ちる。
アークは気付かなかったが、マリーベルは眠る前にそっと涙を流していた。
翌朝、久しぶりに下半身に違和感があってアークが目を覚ますと、マリーベルが乗っかっていた。
彼女曰く、「何となく、やりたくなった」らしい。
昨晩の事もあって彼女の気持ちは何となく理解したけど、寝込みを襲うのはやめて欲しいと思う。
結局、店が休みだった事もあり、1度火がついたら止まらない彼女は、アークを夜まで開放しなかった。
ランキングが更新される日の朝。
アークとフルートがワイルドスワンに乗って、管制塔からの離陸許可を待っていた。
「フルート、修行は終わりだ。今日から本気でランキングを目指す」
「このメイド服は?」
「そのままだ。じゃねえと、俺が飛行場の全員にボコられる」
アークの返答に、フルートが自分の格好を見て溜息を吐いた。
「先週載っていた俺たちのランキングが、36位と37位だったのは覚えてるか?」
「うん」
「ドーンが言うには、ペアが午前の6回しか飛んでないのに、このランキングなのは異常らしい」
「アークが異常なだけだよ」
「何言ってんだ、既にお前もその仲間入りをしてるんだぞ」
(ガーン!)
フルートがショックを受ける。
「このまま午前と午後を飛べば、俺たちは確実に10位以内に入る」
「うん」
「だけど、そんなクソ面倒な事はヤラネ」
「……そうなの?」
フルートが首を傾げる。
「俺はぐうたらな人生を心より愛する実業家を夢見ているからな。短時間でガッと稼いで、午後はのんびりと酒を飲み、真面目に働いている奴を見ながら嘲笑いたいのさ。だから、もっと高額の空獣を狙う予定だ」
「でも今も高額の空獣を倒してるから、値段は大きいよ」
「忘れたのか? 1度だけお前も経験しただろ」
フルートが少し考えた後、話を理解して額から冷や汗を垂らした。
「……森の中」
「察しが良いな。100点満点だ。おまけに花丸も付けてやる」
笑って話すアークとは反対に、フルートの顔が青ざめる。
「フランに怒られる……」
「あー確かにアイツは怒りそうだな。空獣よりもそっちの方が怖え!」
「操縦はアークだから、私は怒られない……よね」
「ヘイヘイ、そこは一蓮托生だ。一緒に怒られようぜ!」
涙目のフルートとは逆に、アークが笑って冗談を言う。
そして、アークは笑うのをやめると、真面目な口調で話し掛けてきた。
「なあ、フルート。今のお前は借金も返したし、自分の戦闘機を買う金がある。チームならドーン一家が面倒をみてくれる。ルークヘブンに居れば、今のままの幸せな生活がずっと送れる」
「……突然、どうしたの?」
フルートの質問を無視して、アークが話を続ける。
「俺はこのままランキング10位以内を狙ってダヴェリールに行く。そして『神の詩』を聞くために、危険な空へと向かう」
「神の詩?」
神の詩が何か分からず、フルートが首を傾げる。
「俺の親父がダヴェリールの奥にあるヨトゥンの谷で、1度だけ聞いたという謎の歌声だ。今まで言わなかったが、俺の目的はその谷に行って、その正体を知りに行く。ハッキリ言おう。俺に付いてきて、生きて戻れる保証はない」
「…………」
「フルート。これが俺のできる最後の忠告だ。ワイルドスワンから降りて幸せに生きろ。無茶をして死ぬ馬鹿は俺だけで十分だ」
「…………」
アークの話を聞いて、フルートが唇を噛みしめる。そして……。
「私は降りない! アークと飛ぶ! それが私が望む最大の幸せなの!!」
彼女は目を潤ませて、アークに叫び返した。
その決意が込められた返事に、アークは頭をボリボリと掻いて、軽く溜息を吐く。
「ああ、そうだったな……お前も俺と同じで、空を愛する馬鹿だった。忘れてたよ……」
「馬鹿でいい! 空を飛びたい気持ちだったら、私はアークに負けない!」
それを聞いて、アークが片方の口角を尖らせニヤリと笑う。
「了解だ。これからはお前を1人前のガンナーとして頼るぞ。宜しく頼むぜ、相棒!!」
「うん!!」
管制塔からの離陸許可が下りて、ワイルドスワンが滑走路を走る。
ダヴェリールに行くことを決めた2人を乗せて、ワイルドスワンは黒の森へと飛び立った。
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