第29話 ヴァナ村からの来訪者
アークに話し掛けてきたのは、癖のある茶色の髪を短く切り、体はそこそこ逞しく、童顔でそばかすのある青年だった。
「新入りか? すまねえが俺は誰ともチームを組まねえから、1人でゴブリン相手にシゴいてくれ」
それで話は終わりだと、アークが背中を向けて立ち去ろうとするが、その背中に向かって再び青年が声を掛けてきた。
「俺は久しぶりだと言ったんだ。俺の事を忘れたか?」
その返答にアークが足を止めて振り向き、眉を顰めて青年をジッと観察する。
「お前、どこかで見た事あるな……」
「思い出したか……」
アークが呟くと、青年が鼻で笑った。
「もしかして、ミズガルズの教習所で俺に喧嘩を売って、ボッコボコに殴り返したら泣いて田舎に帰った内の1人か?」
「ちげーよ!! しかもやってる事がガキの頃から変わってねえし!!」
(今も変わっていないと思う……)
横で会話を聞いていたフルートは、つい最近も自分を裏切った3人組をアークがボコボコにしていたのを思い出していた。
青年はツッコミを入れた後、ジト目でアークを睨む。
「……ギーブとミッキーから、相変わらずのクソ野郎だとは聞いていたけど、本当らしいな」
それを聞いた途端、アークが顔を顰めた。
「ああ? あの2人が俺に向かってクソだって? 馬鹿言ってんじゃねえ。アイツ等こそ神がクソと間違えてケツからひねり出した、人類史上最高級のクソだぞ! ん? 待てよ……。ギーブとミッキーを知っているって事はヴァナ村の関係者か? 村じゃ見た事のねえクソみたいなツラだが、マジでお前、誰だ?」
「チャーリーだ!」
アークの問いに、青年が吐き捨てる様に名乗った。
「チャーリー? どこかで聞いた名前だな。それもつい最近、腹の出たクソ野郎が口をケツと間違えて、屁をぶっこくみたいに言ってた記憶がある」
「あーークソ! 相変わらずのクソ野郎でマジでムカつくぜ。チャッピーだ! これで分かっただろ!!」
(ヴァナ村の人って会話が下品だけど、方言なのかな?)
フルートが2人の会話を聞きながら首を傾げる。
その彼女の横では、アークが「チャッピー」と聞いて驚き、名乗った青年をマジマジと見ていた。
「チャッピー? お前、チャッピーか!?」
「チャッピーって言うな! 俺はチャーリーって名前がある!!」
「まあ、気にするなよ、チャッピー」
「マジで人の話を聞きやしねえな。このクソ野郎は……」
チャーリーが会話に疲れて溜息を吐く。
「両親の話はギーブから聞いたぜ、大変だったらしいな」
「……まあな。貧しくて逃げたのに、結局貧しいまま死んじまったよ。お前の方もシャガンさんが死んだらしいな」
言い争っていた2人だが、お互いの親の話になると会話が暗くなる。
「ああ、もう4年も前の話だ。人間ってのは気付いた時には、いつの間にか死んじまう……」
「そうだな……ルーシーの事もミッキーから聞いたぜ。お前が免許を取って村に戻ってきたら酒を煽るようになって、その量が異常だって心配していたぞ」
「あのクソ野郎……余計な事を言いやがって」
アークは鼻で笑い返していたけど、その表情は寂し気な様子だった。
(ルーシー? 誰の事だろう?)
フルートは誰の事なのか思い付かなかったので、黙って話を聞いていた。
「それよりもチャッピーがここに居るって事は、ウルドの仕事を受けて酒を持って来たって事だろ」
「喜べクソ野郎。あのドケチな村長が根負けしたぞ。おかげで俺が運ぶハメになったけどな!」
その返答に、アークが嬉しそう喜んだ。
「良いじゃねえか。あんな村にずっと居たら、性格がクソになるだけだぞ」
「あの村で育ったお前を見れば十分理解しているぜ。このクソ野郎!」
そう言うとチャーリーも笑って、アークの肩を軽く叩いていた。
「それで、さっきからずっと気になってたけど、お前の横に居る場違いなメイドエルフは誰だ?」
「ん? ああ、コイツはフルート。今は俺が乗る戦闘機のガンナーだ」
アークに紹介されて、フルートがペコリと頭を下げた。
「ガキの頃のお前しか知らねえけど……そういう趣味だったのか?」
ちなみにフルートは、メイド服で戦い始めてから2日目に、アークの操縦で気分が悪くなってゲロ袋を掴もうとするが、同時にワイルドスワンがロール回転。それで袋を掴み損ねて、メイド服と後部座席に自分のゲロをぶち撒いた。
その後、ドックで泣きながらワイルドスワンの掃除をするフルートを憐れんだロジーナが、丈夫な生地のメイド風飛行服を作ってフルートに着せていた。
「まあ、言いたい事は分かる。俺も最初は冗談のつもりだったんだけどな……今じゃこのドックの連中だけじゃなく、飛行場の職員、パイロットの全員がフルートのメイド服を脱がそうとしねえんだよ」
「え? 冗談だったの?」
修行と言われて我慢してたのが、実は冗談だったと聞かされて、フルートがショックを受ける。
「この町は全員ロリコンか?」
「ケモナーとドM、それとデブ専も居るぞ」
アークが語ったマニアックな趣味の変態はドーン一家の事。
「ヒデエ場所だな」
「ヴァナ村よりかはマシだろ」
「似たようなもんじゃねえか?」
「この世界はクソに満ちている。どこに行っても同じだ」
アークが両肩を竦めて笑った。
「まあいいや。それよりも、俺もここで稼ぐことにしたから宜しくな」
「そうなのか?」
「実はな……」
チャーリーの話だと、ウィスキーを届ける条件として、村長にルークヘブンで空獣狩りをしたいと頼んだら、すんなりと許可を貰ったらしい。
ただし、チャーリーが乗る戦闘機は、以前アークが乗ってぶっ壊したソードアイスを、ギーブがスクラップから回収した部品で修理したボロボロの戦闘機なので、ルークヘブンのレンタル機を借りる予定だった。
「はっ? ……マジ? お前、あれに乗ってるの? 死ぬぞ」
「安心しろ、既に何度か死にかけてる」
アークが驚き、チャーリーも顔を引き攣らせる。
「それと、何となく気付いたんだが、ここまで運ぶのに、あのドケチな村長からいくら貰った?」
「いや? ここで空獣狩りの許可を貰っただけで、何ももら……って……」
チャーリーが返答中に、アークの質問の意味に気が付いた。
「クソッ! あのドケチジジイ!! ここで狩る許可を出したのは、運賃を自分で稼げって事か!!」
「……さもあらん」
怒って頭を掻きむしるチャーリーを、アークとフルートが憐みの目で見ていた。
「仕方がねえな。あのクソジジイに騙された気もするが……中古の戦闘機で良いなら買ってやるよ」
「マジか!!」
それを聞いた途端、チャーリーがガバッと顔を上げてアークを見た。
「キメエ顔で俺を見るな」
「スマン……お前の良心が気持ち悪くて顔に出た」
「……あ?」
「いや、冗談だ。忘れてくれ」
「……今後も酒を持ってきて欲しいから、今回は特別に許してやるよ。金ならあるし、あれに乗って死なせるぐらいなら、俺がもっとましなのを買ってやる」
「目当ては酒かよ!」
「それ以外に何があるんだ。それ要るで、要るのか要らないのか?」
「もちろん要るに決まってる! 俺もあのスクラップに乗って生き残る自信がなかったんだ。マジで助かるぜ」
そう言うと、チャーリーがアークに向かって拝んでいた。
その後、フランシスカを呼んで中古機の話をすると、彼女もチャーリーを憐れみの目で見ていた。
アークが選んだ戦闘機は、ソードアイスの二世代後の後継機でもある、ソードサンダー。
以前、アークが村を旅立った時に襲ってきた空賊が乗っていた戦闘機だが、耐久性は低いが機動性が高く初心者から中級者向きで、新人のチャーリーには丁度良い機体だった。
「これならルークヘブンのレンタル機の中古から購入できるし、私もずっと整備していた機体だから、すぐに飛ばせるよ。そうだな……購入の手続きも含めると2日は欲しいね。それと、金額はこれぐらいだな」
そう言ってフランシスカが提示した金額は600万ギニー。
その値段に顔を引き攣るチャーリーとは逆に、アークがそんなものかと、一括払いで購入を決めた。
「おい、アーク。お前、一体いくら持ってるんだよ」
「ん? この間見た時は2000万ギニーは超えてたな」
「……本当か? ここ、そんなに稼げるのか?」
驚くチャーリーに、フランシスカが待ったを掛ける。
「たしかチャーリーと言ったな。勘違いするな。アークが異常なだけで、新人だと1週間で稼げるのは精々200万か300万だ。そこからエネルギー代を引いたら手元に残るのは100万ぐらいがやっとだろう。さらにレンタル機を借りたら50万ギニー引かれて、生活費を入れたら貯金できるのはせいぜい20万から30万ギニーだ」
その説明にチャーリーも「そうだよな」と頷いてから、アークに質問する。
「ちなみに聞くけど、お前はどれぐらい稼いでるんだ?」
「……知らん。フルートは覚えてるか?」
アークから投げられたフルートが、頭の中で報酬金を計算する。
「先週はオーガを9匹倒して、税金で3割引かれて1575万ギニー。ペアだから1人787万5000ギニー。だけどアークは私が借りていた300万ギニーを返したから、1087万5000ギニー稼いでる」
「……だそうだ」
チャーリーが金額を聞いて驚き、顎が外れそうなぐらい口をガバーっと開けていた。
その後、チャーリーはアークとフランシスカに礼を言って、ウルド商会とドックのレンタル契約をすると、嬉しそうにギルドへ登録しに行った。
ちなみに、ヴァナ村から飛んできたおんぼろ機は廃棄処分するらしい。
「本当に良かったの?」
「俺の愛するウィスキーのためだから仕方がねえ」
フルートが尋ねると、アークが苦笑いをして肩を竦めた。
(素直じゃない人……)
とぼけるアークに、フルートが肩を竦めて呆れる。
だけど、彼女の口元は笑っていた。
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