第28話 メイドエルフ

 ランチタイムにアークとフルートが『ルークバル』に入ると、小さい店の中は男女問わず、多くの客が入り賑わっていた。


「ごめんなさい。今、席がいっぱ……あら、ルークにフルートちゃん!」

「忙しそうだな」

「見てのとおりよ!」


 アークがマリーベルに話し掛けると、彼女は忙しそうに額の汗を拭った。


「手が足りないなら、フルートでも貸そうか?」

「え、本当? お願い!!」


 アークの冗談を本気で受け取ったマリーベルは、カウンターを飛び出すと「えっ? えっ?」と驚いているフルートの腕を引っ張って2階へ押しやった。

 そして、「急いで着替えてきて!」と言うと、またカウンターに戻って料理を作り始めた。

 アークはマリーベルの行動に驚いたけど、カウンターの席が1つ開いたのを見て席に座り、酒を注文していた。




 アークが席に座って暫くすると、フルートが前回と同じメイド服に着替えて姿を現した。

 ちなみに、前回付けていた猫のカチューシャは、恥ずかしかったので今日は付けていない。


 フルートのメイド姿に、店の客が一斉に目を輝かせて彼女を注目していた。

 男の子は惚れたのか顔を赤らめ、女の子は可愛いメイド衣装に目を輝かせて、主婦は愛でるような眼差しで彼女を見る。

 そして、小さな子が好きな大きな男の子は、鼻息を荒々しく興奮していた。


 客からの視線を感じたフルートが、恥ずかしそうにモジモジする。

 その仕草がさらに大きな男の子を興奮させている事を、本人は全く気付いていない。


 マリーベルに言われるままフルートが店の手伝いを始めると、エルフ好きの客は、彼女が恥ずかしがる度に『イエス、ロリータ。ノータッチ!』と、ロリコン紳士のルールが暗黙の了解として生まれ、大半の客が慈愛の瞳で彼女を眺めていた。

 そして、1人の客が勘定する時、チップとしては大金のギニーをフルートに渡すと、他の客も同じ様にチップを渡し始めて、彼女はあわあわと目を回していた。




 ランチタイムが終了すると、アーク以外の客は帰り店の中も漸く落ち着いた。


「繁盛してるじゃないか」

「ええ、おかげさまでね。最近、急にお客さんが増えてきたのよ。なんでもドーンさん達が宣伝しているらしいわ」


 ルークヘブンに長く居るドーン一家は友人関係の幅が広く、この町のちょっとした顔役でもあった。


「せっかくの穴場だったのに、少し残念だな」

「私も適当に稼いでのんびり営業したかったけど、せっかく来てくれたお客さんを追い返す訳にもいかないし、仕方がないわ」


 マリーベルが両方の肩を竦めて苦笑いをする。

 会話をする2人の横では、慣れない仕事をして疲れ切ったフルートが、話を聞きながら遅いランチをモグモグ食べていた。


「だけど、今日はフルートちゃんが居て助かったわ。ありがとう」

「……疲れました」


 マリーベルが改めて礼を言うと、フルートが率直な感想を述べる。

 そのフルートの様子を見て、アークが口角の片方を尖らせてニヤリと笑った。


「なあ、マリー。しばらくの間、ランチタイムにフルートを貸そうか?」


 それを聞いた2人は対照的だった。

 マリーベルは目を輝かせ、フルートは驚いて持っていたフォークをガチャンと落とした。


「それ、すっごく助かるけど、本当に良いの?」

「良いよ。今のフルートに必要なのは、機銃操作よりも度胸を付ける方が大事な気がするんだ。だから、ここで対人恐怖症を克服させれば、丁度良いと思ってね」


 さらっと人身売買をするアークに、フルートはショックのあまり、口をポカーンと開けていた。


「だけど、空獣狩りの仕事は?」

「今はフルートの修行中。2日に1回、午前中にちょろっと飛ぶだけだから、平気、平気」


 マリーベルの質問にアークが笑って答える。


「そう? だったらお願いしようかしら。でも、フルートちゃんをずっと働かせるわけにもいかないから、パートを募集するわ。誰かが来るまでの間だけでもいいから、お願いしてもいい?」

「……はい」


 マリーベルが両手を合わせてお願いをすると、フルートも恩人の頼みを断り切れず頷いた。




 フルートが着替えに2階へ上がると、マリーベルが小声で話し掛けてきた。


「さっきの話だと、今日と明日は飛ばないのよね。だったら今晩はうちに来る?」

「お前は盛りのついたメス猫か何かか? 昨日あれだけ俺から搾り取って、まだ足りねえのかよ」


 アークが顔を顰めてマリーベルを見返した。


「だって、明日の晩だと、その翌日のフライトに響くでしょ。なら思いっきりできるチャンスは今晩じゃない?」

「もしかしてセッ○ス中毒なのか? 1度教会でシスターに懺悔してこいよ。そのシスターが発狂するぐらいの性体験を聞かせてやれ」

「上手な男性が相手だと、毎日したくなるのよね……これも私とアークの相性が良いせいかしら?」


 マリーベルが頬に手を添えて、うっとりと溜息を吐く。


「興奮する誘い文句だけど、俺の製造工場は現在フル稼働で弾丸を作成中だ。発射準備ができていないから今日はパス」

「じゃあ、今度は何時にする? ちなみに、今週中に後2回は絶対条件よ」

「マジかよ……」


 その後、アークとマリーベルが色々と交渉した結果。

 連日のプレイはなし、アークが死ぬ。ただし、週に3回以上は確定。そして、店が休みの前日は、必ず訪れる事が決まった。


「それじゃ、今度は明後日ね。楽しみにしているわ」

「……了解」


 嬉しそうなマリーベルとは反対に、アークは天井を見上げて溜息を吐いていた。




「着替えてきました」


 2人の交渉が終わったタイミングで、フルートが何時もの飛行服に着替えて1階に降りてきた。


「お帰りなさい。だけど、あの服はもうフルートちゃんの物だから、そのまま着て帰っても良かったのよ」

「……恥ずかしいから、絶対に嫌です」


 フルートが首を横に振って拒否している様子に、アークが何かを思い付いた。


「恥ずかしいか……そうか……そんなに恥ずかしくて嫌なのか……」

「アーク。何か凄く嫌な事を考えている……」


 ニヤニヤと笑うアークに、フルートが顔を引きつらせて動揺する。


「いや、そんな無茶な事は考えてない。ただ、フルートの心を鍛えるために、しばらくの間、飛行服を禁止して、メイド服を着てもらおうと思いついただけさ」

「あら? それは良いわね。確かに度胸は付くと思うわ」


 アークの話に、マリーベルが笑顔で頷く。

 2人とは反対に、嫌な予想が当たったフルートは、ガクンと首を垂らして「また着替えてきます」と呟き2階へ戻った。


「思わず賛成しちゃったけど、アークって鬼畜ね」

「ベッドの上のお前ほどじゃねえよ」


 フルートの消えた階段を見ながらマリーベルが呟くと、アークがツッコミを入れていた。




 再びメイド服に着替えたフルートが2階から降りてくると、2人はマリーベルに手を振って店を出た。

 恥ずかしいフルートは俯いたまま、アークの後に隠れて町中を歩く。

 そんな彼女を、すれ違った町人やパイロット達が、驚いたり、笑ったり、拝んだり? していた。


「……本当にこんな事で度胸がつくの?」


 背後から小声で質問してきたフルートに、アークが考える素振りをする。


「俺がそんな恰好をしていたら間違いなく度胸が付く。まあ、変人と思われるのは確実だけどな」

「アークは男だし……」

「取り敢えずウケが良いから着とけ。ここで脱ぐなら止めねえけど、そっちの方が恥ずかしいぞ。それと、人見知りや羞恥心は男受けするかもしれねえが、パイロットには邪魔な存在だ。それを失くせば、どんな相手だろうが臆さなくなるとは思う」

「……私の中で何かが失ってく、そんな気がします」


 アークの返答に、フルートががっくりと項垂れて呟いた。

 2人がウルド商会のドックに戻ると、フルートのメイド姿に全員が驚き歓声を上げた。

 フランシスカもフルートの格好を上から下まで観察すると、「似合っているぞ」と褒める。


「フランもメイド服を着てみたらどうだ? もしかしたら似合うかもしれないぞ」


 アークの冗談に、フランシスカの背後で、ロジーナを含めた整備士の全員が手を左右に振り「ナイナイ」とジェスチャーをする。


「あはははっ。私がそんな可愛い服を着ても、似合わないに決まってるだろ」

「はははっ。もちろん冗談だ!」


 その直後、アークがフランシスカにぶん殴られて吹っ飛んだ。




 翌日からフルートの辛い修行が始まった。

 黒の森に行く日は、メイド服を着たままワイルドスワンに乗って、アークの高機動に振り回されながら空獣を倒す。

 そして、フラフラの状態のまま帰還すると、『ルークバル』でウェイトレスの仕事をしていた。


 休日もウルド商会の男性整備士全員から、メイド服でいるように懇願されて、仕方がなくメイド服のまま過ごし、その格好で昼に『ルークバル』で手伝う。

 さらに、マリーベルから休日だけで良いから、夜の営業時間も手伝うようにお願いされたので、夜遅くまで働き、クタクタになって帰るとそのままベッドに倒れ込むように眠った。

 ちなみに、フルートがメイド服のまま『ルークバル』へ入るだけで宣伝になったのか、彼女が働き始めてから、『ルークバル』は行列ができるほどの人気店になっていた。


 それと、メイド服のフルートがギルドに入った初日の事だが……。

 場違いなメイド服の美少女エルフに、パイロットの全員がポカーンと口を開けて、フルートを目で追っていたが、正気に戻ると大きな歓声が沸き上がった。


 異様な雰囲気にフルートが驚いていると、ミリーがウンターから飛び出て「おさわり禁止にゃーー!!」と、フルートの前に立ちはだかって彼女を守った。

 アークはミリーから怒られると思ったが、何故か「良くやったにゃ」と褒められ、その他のギルド職員からも感謝されていた。


 一方、アークは2日に1度、マリーベルの相手をさせられていた。

 アークが疲れ果てるのとは対照的に、翌日のマリーベルはお肌がツヤツヤになって幸せそうだった。

 アークは自覚していなかったが、彼女との長時間に及ぶドッグファイトは、彼のスタミナを強化していた。




 フルートがメイド服を着てから1週間が過ぎ、アークとフルートが狩りを終えてドックに帰ると……。


「久しぶりだな」


 ドックの前で、見知らぬ青年がアークを睨んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る