第24話 試験の結果
「明日は休みにする」
ルークヘブンへの帰還中に、アークがフルートに話し掛けてきた。
「私、飛べるよ」
言い返すフルートをアークが鼻で笑う。
「ゲロった癖に嘘をつけ。俺が本気で飛ばしたんだ、気絶していないだけ奇跡に近けえよ」
「…………」
アークに言われてフルートが口を噤む。
今日の狩りで、フルートは精神、体力共に限界まで消耗していて、自分でも無理だと分かっていた。
「だけど、まあ。試験はギリギリで及第点だ」
「……本当?」
俯いていたフルートが、思わずアークの座る前座席へ顔を向ける。
「気絶しないで時間内で倒したからな。一応は合格にしといてやるよ」
「アーク、ありがとう」
アークから合格を貰ってフルートが喜んだ。
その嬉しそうな彼女を背後に感じながら、アークがこめかみをポリポリ掻いて話を続ける。
「んー喜ぶのはまだ早いと思うぞ」
「……え?」
「ギリギリの及第点だから、しばらくは補習で特訓だ。当分の間は、森の奥で強い空獣を狩って、その翌日は休養日にする。お前の射撃技術と度胸が鍛え上げられるまで続けるぞ」
「…………」
アークの話に、今日戦ったタイガーエアシャークを思い出して、フルートが顔を青ざめた。
「おいおい、突然、婚約者が50過ぎのおっさんだったと聞かされた、貴族のお嬢様みたいに驚いてどうするんだよ。俺たちはダヴェリールに行くんだぞ。こんな森の空獣相手に後れを取っていたら、ダヴェリールになんて行けやしねえって」
「…………」
「まあ、無理なら降りてもいいんだぜ。俺への借金も気にするな。なにせ、この間のオークジェネラル3体で300万ギニーを超えていたからな」
「でもランキング……」
「んなもんどうでもいいよ。お前が育てばあっという間に10位以内に入れる。明日は1日休みなんだから色々悩んで考えろ」
「……うん」
その後、2人はお互いに話す事なく、正午を過ぎにルークヘブンの飛行場へ着陸した。
ウルド商会のドックに入ると、ドーン一家はまだ戻っておらず、整備士がワイルドスワンを出迎えた。
「首尾はどうだった」
タラップを降りたアークに、フランシスカが声を掛ける。
「大物を仕留めてきたぜ」
アークの報告にフランシスカが眉を顰めた。
「……また森に入ったのか?」
「うんにゃ。ちょっと森の奥に行った」
「ソロでか……また無茶をする……」
フランシスカが、両肩を竦めて溜息を吐く。
「それで、何を狩って来たんだ」
「タイガーエアシャーク」
「……は?」
タイガーエアシャークと聞いて、フランシスカがキョトンとした表情を浮かべて聞き返す。
「だから、タイガーエアシャークだよ」
「……私が知る限り、ワイルドスワンに積んでいる20mmガトリングだと、歯が立たない筈だが」
「確かに、効かなかったな」
アークの返答にフランシスカが頷く。
「そうだろ。以前15mぐらいのそれが現れた時は、ギルドが30mmガトリング砲を持っていた連中を掻き集めて、一斉にぶっ放して倒したんだ。20mmだと表面で弾かれるだろう」
「昔、親父に聞いた話だと、アイツは口の中と鼻が弱点なんだよ。大口開けて迫って来たから、弾丸のごっくんサービスさせて悶絶したところを、上からの急落下で鼻にぶっ掛けしたら死んだぜ。ちなみに、それを全部やったのはフルートだけどな。女のくせに男顔負けのプレイで、今度俺も参考にさせてもらうよ」
「それは、本当か?」
アークの話にフランシスカが驚いた。
「嘘は言ってねえよ。ぶっ掛けプレイって奴は今ま……」
「そっちじゃない!! フルートの事だ!!」
アークの冗談をフランシスカが怒鳴って遮る。
「あ、そっち? 本当にフルートが倒したぞ」
「それは凄いな。それで、そのフルートは?」
「ん? そういえば降りてこないな」
アークとフランシスカが同時にワイルドスワンを見上げると、ロジーナがフルートを背負ってタラップから降りていた。
「おい、どうした!!」
「ケガじゃないわ。ただ、腰が抜けたみたいで立てないみたい」
慌ててフランシスカが駆け寄ると、床に降りたロジーナがフルートを背中から降ろす。
しかし、フルートは立ち上がる事が出来ず、ペタンと床に座りこんだ。
「一体どんな戦い方をしたんだ?」
フランシスカが振り返ってアークに質問する。
「俺はダヴェリールに行く予定だからな。それを想定した戦いってヤツを、今回教えただけだよ」
「……フルートはまだひよっ子だぞ。無茶はさせるのはやめた方がいい」
「だから明日1日、お姫様はお休みだ。俺って良い奴だろ。という事で、お休み中にワイルドスワンを見てくれ。直撃は喰らってないが、高速で交差した煽りで装甲の一部が剥がれたっぽい」
「分かった。明日飛ばないのなら、念入りにチェックする」
「ああ、のんびりやってくれ」
アークは手をヒラヒラと振って「宜しく」と言うと、床でへたり込んでいるフルートへ近寄った。
「フルート。ギルドに行くからカードを寄越せ」
「……私も行く」
「その抜けた腰で無茶を言うな。車椅子なんてここにはねえぞ。フランにお姫様抱っこされてベッドで休んどけ」
自分を不甲斐なく思うフルートが目を赤くして涙を流し、渋々とギルドカードをアークに渡した。
「私が運ぶのか……」
そして、アークの話にフランシスカが顔を顰める。
「このドックで一番、力がありそうだからな」
「一応、私は女だぞ」
「そいつは知ってるぜ。時々、ゴリラと勘違いするけ……」
フランシスカがアークに向かって殴り掛かる。
その拳をアークがひらりと躱すと、彼女から距離を取って肩を竦めた。
「そのマウンティングがゴリラと勘違いされるんだよ」
「女に向かってゴリラと言うな!」
殴れずに悔しがるフランシスカだったが、一言文句を言うと拳を収めてフルートを抱きかかえた。
「フラン、ごめんなさい」
「気にするな……それにしても軽いな」
フランシスカの背後では、男性整備士が羨ましそうに彼女を睨んでいた。
「んじゃ、後はよろしく」
「とっとと行け」
フランシスカとフルートに手を振って、アークがドックの外へと歩き出す。
「うおっと!」
その途端、アークの腰が砕けた様にガクンをなって、その場で転んだ。
その彼の様子に、フランシスカとフルートが驚く。
「アーク、どうした?」
「いや、何でもない。ちょっと腰に来ただけだ」
「へえぇ……アークもそういう一面があると知って安心したよ」
フランシスカに説明すると、彼女が珍しい物を見たという表情で笑っていた。
「(やべえ、昨日の夜のダメージが今頃になって、本格的に来やがった……)まあ、明日には治る」
倒れた理由など言えず、アークは適当に誤魔化すと、腰を押さえながらギルドへと向かった。
ギルドに入ると、忙しい時間が過ぎていたので中は閑散としていた。
アークが受付に近づくと、ミリーがアークを手招きをする。
(あいつ、俺に気があるのか?)
首を傾げながらミリーのカウンターの前に立つと、彼女の方から話し掛けてきた。
「悪い話があるけど、聞きたいかにゃ?」
「普通、この場合は良い話も添えて言うのが定石だと思ってたけど、違うのか……」
ミリーが「うーん」と腕を組んで頭を捻る。
「そうなのかにゃ? じゃあ言い方を変えるにゃ。良い様に聞こえる悪い話と、悪い話。どっちも同じだけど、好きな方を選ぶにゃ」
「ツッコミどころが満載で涙がでるぜ。とりあえず、その悪い話ってヤツを聞かせろよ」
「じゃあ簡潔に言うにゃ。アークの今週のランキング集計は消滅したにゃ」
ミリーに向かってアークが眉を顰める。
「ほう……ギルドぐるみの新人いじめか? そいつはスゲエな。今度報復に黒の森から強い空獣を連れてきて、そのままギルドに突っ込ませても良いか?」
「アークが言うと冗談に聞こえないにゃ。本当にやったらわたちの職場がなくにゃるにゃ。だから、詳しく説明するにゃ……」
ミリーの説明によると、新人が1週間目でランキングに載るのが珍しい事に加えて、最初の週の途中からペアに変更した事例がなかった。
それでアークが稼いだ金額の計算が複雑になって、どうせ新人でランキングも10位以内に入らないだろうという理由で、昨日までの集計金額が消滅したらしい。
「なあ、その仕事を放棄した面倒くさがり屋を今すぐ呼んで来いよ」
「どうする気かにゃ?」
「安心しろ、殺しはしない。ただ俺の後部座席に座らせて、アクロバット飛行を体験してもらうだけだ。地上スレスレの
「わたちも見てみたいから、今度紹介するにゃ。それで今日は遅く来たけど、森に行ったのかにゃ?」
「行ったから回収を頼む。それと、次のフライトは明後日の朝で予約を入れてくれ」
アークがミリーに二人分のギルドカードを出した。
「おや? フルートにゃんは今日は一緒じゃないのかにゃ?」
カードを受け取ったミリーが、書類に記入しながらアークに目もくれず尋ねる。
「アイツは今日、飛行中にゲロったから休ませてるよ」
「あんまり無茶はしちゃダメにゃ。受付で働いているとおっさんばかりで目が腐るから、エルフの美少女ちゃんは目の保養になるにゃ」
ミリーの話を聞いていた左右の受付嬢が、頭を上下にカクンカクン揺らして同意していた。
「処理完了にゃ。ところで聞くのを忘れてたけど、今日は何を狩ったのにゃ?」
ミリーがカードを返しながらアークに質問する。
アークは胸にカードをしまうと、離れ際に今日の獲物の名前を言って背中を向けた。
「タイガーエアシャークさ」
その名前を聞いた途端、ミリーと左右の受付の人間が目を丸くさせて、去っていくアークの背中を見送った。
「ランキング1位だったにゃ……」
アークが消えたギルドの入り口を見ながら、唖然とした顔でミリーが呟いていた。
アークはギルドを出た後、町に行って『ルークバル』
ちなみに、飛行場にも食堂は存在するが、料理が不味く酒もないため、空獣狩りのパイロットからの人気はない。
(無理。マジで今日は無理! アイツ、1度始めたら歯止めきかねえし、寝てても乗っかってくるし、確実に死ぬ!)
頭の中でマリーベルに怯えながら、『ルークバル』の並ぶ通りを過ぎ去ろうとする……。
「アーク。どこへ行こうとしているのかしら?」
後ろから肩を叩かれてアークがゆっくり振り返ると、そこには笑顔のマリーベルが首を傾げて立っていた。
「……たまには重力が恋しくなってね。スピリチュアルな気分で散歩していた」
彼女に『ルークバル』から逃げようとしたとは言えず、適当に誤魔化すアークの表情は、自然と引き攣っていた。
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