第25話 目指すべき道

 アークと会った時、マリーベルは買い出しの途中だったらしい。

 偶然アークを見つけた彼女は、逃げようとする彼を捕まえると、荷物運び要員として買い物に付き合わせて、そのまま『ルークバル』へと連れ込んだ。

 強引に拉致されたアークが観念してカウンターに座ると、両肘をテーブルに乗せて目の前で手を組む。


「マリー。最初に言っておくべき事がある」

「何かしら?」


 その真剣な彼の口調に、カウンターの中でマリーベルが首を傾げた。


「率直に言おう。今日は無理だ。俺の腰が持たない」

「ぷっ。あははははっ!」


 それを聞いて、マリーベルがお腹を抱えて笑いだした。


「笑いごとじゃねえ。俺にとってはかなり深刻な問題だ!」

「あははははっ。そんな真剣な顔をしなくたって、何もしないわ」

「信用できねえよ。お前、俺が寝ている間に2度も襲撃したじゃねえか! 初めて射精した時から、その…ハーレム? よく分からねえが、精も根も尽きるほどヤってみてえって願望はあったけど、それがどれだけ辛い事なのかが身に染みて分かったぜ!」

「うふふ。夢が叶って良かったわね」


 マリーベルが口元に手を添えて、クスクス笑う。


「そいつはありがとうよ! おかげさまで未だにチンコが痛てぇ!! それで、マジな話。昨日の午前に長距離を飛んだ後、午後から夜までマリーとの長時間のドッグファイト。翌日の早朝から2回も襲撃されて、その後に空獣狩りだ。理性をママの子宮に置き忘れた上官を持った空軍だって、ここまでハードなシゴキはやらねえ!!」


 そう言うと、カウンターに両手を付いて頭を下げた。


「勘弁してください!」

「だから、そんな真剣に頭を下げなくても襲わないわよ。私も昨日ので疲れてるし、ストレスも解消したから、今日は休ませてあげるわ」


 それを聞いて、ようやくアークもホッとしたのか、安堵の表情を浮かべた。


「それよりもお昼はまだでしょ。何か食べる?」

「ああ、適当に頼む」

「了解。えっと、ランチの残りとピザトーストで良い?」

「それでいいよ」

「……?」


 アークの返答に、マリーベルが首を傾げて彼をジッと見た。


「……何?」

「だって、何時ものアークならここで酒! って言うのに、言わないから不思議に思ってね」

「あのなぁ……今、人生で2番目に疲れてるんだ。こんな状態で飲んだら、すぐに倒れて寝ちまうよ」

「そう? ……ちなみに聞くけど、1番疲れたのはどんな時?」

「そりゃもちろん、母親の子宮から出るときに決まってる。覚えてねえけどな」

「……聞いた私が馬鹿だったわ」


 その冗談にマリーベルが肩を竦めて呆れていた。




 その頃フルートは、ウルド商会の2階で眠っていたが、下の方から騒がしい音がして目を覚めた。

 彼女はフランシスカに抱き抱えられてベッドに寝かされた事までは覚えていたけど、その後の記憶がなかった。


(私、何時の間にか……眠っていたの?)


 フルートがベッドから降りて歩こうとした途端、腰が抜けたように膝から崩れ落ちて、床にペタンと座る。

 それで、今日の狩りを思い出した彼女は、座った状態で体を抱きしめ震えていた。


(これからもあんな戦いが続くの? 一体、アークはどこへ行こうとしているの?)


 彼女は飛行中にアークが言っていた危険な空への旅の事を考え、ただ飛びたいと思っていた自分の考えが甘かった事に気付き悩んでいた。


 フルートが悩んでいると、下からの騒ぎがさらに大きくなる。

 騒音が気になったフルートは、踏ん張って床から立ち上がると、自分の部屋を出て1階に向かった。




 フルートが1階に降りると、今日の狩りで仕留めたタイガーエアシャークが天井から釣り下げられていた。

 そして、その周りに整備士や飛行場の職員、他にも見知らぬパイロットが集まり、巨大なタイガーエアシャークを見ながら談笑をしていた。

 フルートも改めて自分が仕留めた全長20mあるタイガーエアシャークを見上げて、未だに自分が倒した事が信じられず、巨大な空獣を呆然と眺めていた。


「自分が倒した空獣を見た感想はどうだ?」


 後ろからフランシスカが声を掛けてきて、フルートの両肩に優しく手を乗せた。

 驚いてフルートが振り返ると、フランシスカは彼女に向かって微笑んでいた。


「……本当に私がこれを倒したの?」

「勿論だ。アークも褒めていたぞ……まあ、彼なりの表現だったけどな」


 フランシスカがアークの下ネタを思い出して、一瞬だけ顔を顰める。


「今回、ウルド商会は事前買取をしないから、明日のセリが楽しみだ。きっと大荒れになるぞ」

「そうなの?」

「コイツは食べてもあまり美味しくないらしい。ウルド商会は食肉に力を入れてるから、今回はパスだ」


 フランシスカの説明に、フルートが納得して頷いた。


「タイガーエアシャークは魔石の価格が高いのは当然だけど、それよりもコイツは皮と骨が高く売れるんだ。素材は錬金加工すると、最高品質に近い合金が生まれるらしい。素材加工の商売をしている連中は、喉から手が出る程欲しがっているぞ。予想だけど、明日のセリで900万ギニーは超えると思う」

「……!?」


 フランシスカの口から出た金額に、フルートが驚いて目を丸くする。


「はははっ。そんな事よりも、ギルドの職員がアークとフルートに感謝してたよ」

「……感謝?」


 フルートが首を傾げると、フランシスカが頷いた。


「タイガーエアシャークは黒の森じゃなくて、普段はもっと奥地の山脈に生息してるんだ。だけど、たまに黒の森に迷い込むと、コイツはルークヘブンまで来て暴れるんだよ」

「……初めて聞いた」

「私がまだ黒の森に来てすぐの話だ。1人の馬鹿が森の中に入って、寝ていたタイガーエアシャークを怒らせたらしい」

「…………」


 そこまで言うと、フランシスカが一瞬だけ辛そうな表情を浮かべた。


(それって前にロジーナさんが言っていた、フランの彼氏だった人の事?)


 フルートは前にロジーナから聞いた、フランシスカの死んだ彼氏の話を思い出した。


「その馬鹿はそのまま森で行方不明になったけど、数日後にタイガーエアシャークがルークヘブンで暴れ回ったんだ。ギルドがパイロットを全員招集させて倒したが、とんでもない被害が出てたよ」

「…………」

「ギルドの職員の話だと、コイツは刺激をしなくてもいずれはルークヘブンに現れて、暴れ回る可能性があったらしい。空獣狩りは金を稼ぐだけのならず者と言われるが、人類を空獣から守る役割も兼ねている。フルート、胸を張れ! お前はアークと一緒に災害から町を守ったんだ」

「……うん」


 フランシスカの励ましにフルートが頷く。

 だけど、先ほど生まれた彼女の恐怖心は、未だ膨らみ続けていた。




 フルートがフランシスカと会話をしていると、ドーン一家がアルフガルドから帰って来た。

 そして、ドーン一家も釣り上げられたタイガーエアシャークを見て驚いていた。


「ガハハハ、信じられねえ。これ、本当にお嬢ちゃんが仕留めたのか?」


 フランシスカから話を聞いたドーンが、フルートに尋ねる。


「うん。アークと一緒に倒したよ」

「ギヒヒ。でもガンナーはお嬢ちゃんだろ。コイツは俺たちでも倒せる相手じゃねえよ」

「ギャハハ。ドーンの兄貴の30mmガトリングで傷を負わせるのが、限界じゃね?」


 フルートがドーンに頷くと、ドーズとドーガがフルートをベタ褒めしていた。


「それで、アークの坊主はどうした?」

「ギルドに行ったきり、戻ってないよ」


 ドーンの質問にフランシスカが答える。


「ガハハ。って事は、アイツはまた『ルークバル』で飲んでるな」

「ギヒヒ。嬢ちゃんの歓迎会の時もベロンベロンに酔っ払って寝ちまったから、置いて帰ったからな」

「ギャハハ。案外、マリーちゃんとデキてんじゃねえか?」

「アイツは若いのに飲み過ぎだ。そのうち肝臓がイカれるぞ」


 笑うドーン一家の後に続いて、フランシスカが溜息を吐く。

 そして、会話を聞いていたフルートが、今日の戦いでアークが酒を飲んでいた事を思い出した。


「ドーンさん」

「嬢ちゃん何だ?」

「飛行中にお酒を飲むと、操縦って凄くなるの?」


 フルートの質問に、ドーンが首を傾げる。


「馬鹿を言うな。人間って奴は高いところで酒を飲むと、地上に居るよりもアルコールの回りが早くなって、すぐに酔っ払っちまうよ」

「アーク、戦闘中にお酒を飲んでた」


 フルートの話に、全員が驚いて彼女を凝視した。


「それは本当か?」

「うん。アークってお酒を飲むと本気を出せるみたい。そんな事を言ってたよ。お酒を飲んだ途端、ワイルドスワンと一体化したみたいに凄い操縦をしていた」

「マジか? 俺達でも飛行中に酒なんて飲まねえよ」

「ましてや空獣との闘いの最中に飲むなんて、頭がおかしいとしか思えねえ。まあ、アイツは酒を飲まなくてもおかしいけどな」


 ドーズとドーガも笑うのをやめて、あり得ないと首を横に振る。

 だけどドーンだけは、何かを思い出したのか、髭を撫でながら呟く様に話し始めた。


「ガキの頃に読んだ雑誌に坊主の親父の記事があったんだが、坊主の親父は本気を出すと100匹の空獣の中に突入しても、全ての攻撃を避けるらしい」

「ギヒヒ。兄貴は子供の頃、無敗のエースのファンだったからな」

「ギャハハ。ドーン兄貴が無敗のエースで、ドーズ兄貴が撃墜王のマネをして、近所のガキを虐めてたっけ」


 ドーンが話をすると、2人の弟が彼の過去をバラして笑いだした。


「バカヤロウ、恥ずかしい過去をほじくるな! それで記事には続きがあって、戦闘後のシャガンは……坊主の親父は、酔っ払ったみたいにフラフラしながら戦闘機から降りていたって、記事には書いてあった」

「それって?」


 ドーンの話に、フランシスカが身を乗り出して話の続きを促す。


「シャガンが戦闘中に酒を飲んでいたかまでは知らねえ。だけど、親父の血を受け継いだ坊主も同じ事ができるのかもな。嬢ちゃん。知らなかったとはいえ、ものスゲエ奴と組んじまったな」


(やっぱり私じゃアークの足手まといにしかならないよ……)


 ドーンからアークの凄さを聞いて、フルートが唇を噛み締めて涙を流した。

 その彼女の様子に、全員が慌てて、泣かせたドーンを睨む。

 全員から視線を浴びたドーンが、気まずそうにこめかみをボリボリと掻くと、フルートに話し掛けた。


「坊主がシャガンの後を継ぐなら、嬢ちゃんは撃墜王を目指せ」

「撃墜王?」


 泣いていたフルートが目を真っ赤にしてドーンを見上げた。




「そうだ、撃墜王ダイロット。シャガンの僚機にして、最も空獣を倒した男だ。アークと一緒に飛んでガンナーを担当するなら、撃墜王を目指すぐらいデッカイ目標を掲げろ。そうすれば、アークはお前を本当のパートナーとして認める筈だ」


(撃墜王ダイロット……その人に近づけば、私もアークに認められる……)


 ドーンから目指すべき道を教えられ、フルートの恐怖心の中から微かな希望が生まれた。


「ドーンさん、ありがとう。私、頑張ってみる!!」


 フルートは涙を拭うと、ドーンに向かって笑顔を見せた。

 そのドーンは恥ずかしさのあまり顔を赤らめ、その彼の様子に全員が笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る