第23話 タイガーエアシャーク
「あー気持ちよかった♪」
全裸で汗まみれのマリーベルが満足気な表情を浮かべて、ベッドにバタンと倒れる。
その横で全裸のアークも汗を掻き、仰向けになって激しい呼吸をしていた。
そのアークに、マリーベルが乗りかかって首に手を回す。
「ご苦労様」
マリーベルがアークの頬に軽くキスをした。
「ゼェ…ゼェ……何だ、あのポーション……限界なのに勝手に立ちやがる…6発とか……ゼェ…自己新……だ」
喘ぐアークにマリーベルがクスクスと笑う。
そのマリーベルの笑い声に、天井を見上げていたアークが彼女の方へ顔を向けた。
そのマリーベルは顔を寄せて、ジッとアークを見ていた。
「私もこんなに逝ったの初めてよ。10回までは覚えているけど、途中から何回逝ったか分からなくなっちゃった」
「最後の方、意識がぶっ飛んでただろ。獣みたいに叫んでいたぞ……」
「そうね……逝きながら逝くって本当だったのね。私も初めての経験だったわ」
マリーベルが両肘をついて顔を乗せてニッコリと笑い掛ける。
「ねえ。最後にもう一回だけやらない?」
「……勘弁してくれ。もうこれ以上は立たねえよ!」
「なんなら、立たせてあげるわよ」
「明日飛べなくなるから、マジで無理、無理!!」
「残念ね。じゃあ、明日また続きをしましょ」
アークは「マジかよ……」と呟くと、ベッドから起き上がってフラフラしながらキッチンへと向かった。
「……水、貰うよ」
「私にも頂戴」
アークの背中に向かってマリーベルが声を掛けると、彼は振り向かず手を振って「了解」と答えた。
アークはキッチンで水一気に飲んだ後、再びグラスに水を注いでマリーに渡すと、ベッドの上でバタンと倒れた。
「ねえ。明日は何時に起きるの?」
マリーベルが水を飲んでから、アークに尋ねる。
「……フライトの予定が8時だから、ドックに7時までに行かなきゃいけねえ。だから6時起きだな」
「了解」
マリーベルはサイドテーブルにグラスを置くと、アークに隠れてクスリと笑って、目覚まし時計を5時にセットした。
「それじゃおやすみ。明日は起こしてあげるわ」
マリーベルはアークの口に軽くキスをすると、彼の隣でスヤスヤと眠り始めた。
(明日、飛べるのか……)
アークは頭の中で呟くと、疲労の限界に達して眠りについた。
翌朝。
アークが下半身の重みを感じて目が覚めると、マリーベルが彼の腰に乗っていた。
マリーベル曰く「朝起きたら、そっちも起きてたから、ついやっちゃった」らしい。
おかしい。アークは爆睡していた。
目覚まし時計のセットした時間を見れば、どう考えても計画的な犯行だったとアークは思う。
激しいモーニングコールの後、熱いシャワーを浴びていたら、マリーベルが乱入してきて襲撃された。
そこでも無理やり立たされて、結局マリーベルと1発ヤった。
絞り取られたアークは朝食を食べた後、予定通り6時過ぎに『ルークバル』を出て、飛行場へと向かった。
(明日続きをするってこういう意味だったのかよ……)
飛行場に向かいながら、昨晩マリーベルが言っていた意味を理解してため息を吐く。
「おっと!」
歩いている途中、突然ふらついて転びそうになるのを堪えた。
「こりゃ、足にきてるな……」
アークはそう呟くと、再び飛行場へと歩き始めた。
7時を過ぎにアークがウルド商会のドックへ入ると、ワイルドスワンの前でフルートが待っていた。
「アーク……昨日はどこに行ってたの?」
アークを見つけたフルートが質問する。
「マリーのストレス解消に、一晩つき合わされていた」
「……?」
フルートは言葉の意味を理解できなかったが、何故か胸の奥がチクリと痛んだ。
「まあ、俺の事はどうでもいいよ。それよりも、忘れないうちにこれを渡しておく」
そう言うと、アークは胸ポケットからギルドカードを取り出してフルートに渡した。
「これは?」
昨日までと違うギルドカードを見て、フルートが首を傾げる。
「ミリーが言うには、複座戦闘機専用のギルドカードだとさ。セリの売り上げが別けられるらしいぜ」
説明を聞きながらフルートがカードを見れば、名前の箇所に「フルート&アーク」と書かれていた。
「まだ私、アークにお金返してない」
「支払いはフルートの口座から定期的に俺の口座に入金してくれ。それで良いだろ」
「うん……アーク、ありがとう」
フルートがお礼を言うと、アークが頭を横に振った。
「残念ながら礼を言うのはまだ早いな」
「……え?」
驚いているフルートにアークが厳しい口調で話し掛ける。
「今日、これから最後の試験をする」
「試験?」
「そうだ。今日の狩りで大物が釣れた時に、本気で飛ぶ」
「今まで本気じゃ……なかったの?」
フルートが目を大きく開いて、アークを見上げる。
「いや、本気では飛んでいたけど、本当に本気を出していたかというと、出していないが正解だ」
「……?」
「試験を開始した時に自分で体験しろ。フライトの予定時刻まで1時間か……すまねえが、俺はコックピットで寝てるから、飛ぶ前に起こしてくれ……」
そう言うと、アークはタラップを登ってワイルドスワンの座席で眠りについた。
残されたフルートは、アークが言ってた本気の意味が分からず、首を傾げていた。
フライトの時間になって、アークはフルートに起こされると、滑走路へワイルドスワンを移動させた。
「アーク、大丈夫?」
「安心しろ。スッキリだけはしているからな」
「……?」
アークの返答にフルートが首を傾げていると、管制塔から離陸許可が下りる。
「それじゃ飛ぶぞ」
「うん」
2人乗せたワイルドスワンは、黒の森へと飛び立った。
アークはワイルドスワンを黒の森の中ほどまで飛ばすと、フルートに向かって話し掛けた。
「それじゃ、まずはおさらいだ。今回、俺は攻撃をしない。フルートが全て倒せ」
「了解!」
アークが何時もの様にワイルドスワンを降下させると、超低空飛行で木の頂付近で旋回を始める。
フルートはペダルを2回踏んで、後部座席と機銃を後方に回して空獣を待ち構えた。
狩りを始めてから5分もしないうちに、アークが操縦桿を引き上げて高度を上げる。
すると、背後の森からオークが2匹現れて、ワイルドスワンに襲い掛かってきた。
「最初はオークか。よし、フルート。あのオークをビックとスモールと思って、ぶっ殺せ!」
「……集中、集中」
アークの冗談を無視して、フルートはオークに狙いを定める。
フルートはワイルドスワンの動きに心の中でリズムを取り、直進してくるオークに向かって20mmガトリング砲を放った。
ワイルドスワンから放たれた弾丸が1匹のオークに命中。頭を撃ち抜かれたオークが死体に変わった。
「ヘッドショットは褒めてやる。だけど攻撃が早過ぎるぞ。あれじゃあ速攻で回収しないと、森の中に入っちまう」
「あっ! ごめんなさい」
アークの指摘に、フルートが謝罪する。
「もったいないから回収するけどな」
アークはそう言うと、接近するオークを360度の宙返りで躱してから、死体をアイテムボックスに回収した。
残ったオークがワイルドスワンの機動に追いつけずに、立ち止まる。
フルートは状況を判断すると、ワイルドスワンが水平になるのと同時に、機銃と後部座席を正面へ回転させてから、ガトリング砲を撃てば、オークの体を弾丸が次々と貫き。一瞬で死体へと変えていた。
「良い感じじゃねえか」
「ありがとう」
その戦果にアークが褒めると、フルートが素直に礼を言った。
「ここは物足りないな。もうちょっと奥に行ってみるか!」
「……え?」
オークの死体を回収したアークは、驚くフルートを無視して、ワイルドスワンをさらに森の奥へと飛ばした。
森の奥まで飛ぶと、周辺に空獣狩りの戦闘機が居なくなった。
黒の森は奥に行けば行くほど強い空獣が現れるが、当然危険も高くなる。
危険を覚悟で一発狙いのパイロットもたまには居るが、ソロでここまで来るのはワイルドスワンだけだった。
「何が釣れるかな~」
アークがのんきな声で空を旋回している後ろでは、フルートがガクガクと体を震わせていた。
そして、あまりにも震えるものだから、アークは座席越しに彼女の恐怖を感じ取っていた。
何故、フルートが震えるか……。
彼女はアークよりも少しだけ長く、黒の森で狩りをしていた。
それ故に、先輩のパイロットと接する機会も多く、この森の奥に住む空獣の強さと恐ろしさを、嫌と言うほど聞かされていた。
「フルート。何、ビビってんだよ。お前は俺と空を飛びたいんだろ」
「……うん」
アークが話し掛けると、震え声でフルートが答える。
「俺はここでランキングを上げてダヴェリールに行く。そして、俺が目指す場所はそのさらに先だ」
「……先?」
「そうだ。今は言えないが、俺は死んだ親父の遺言で、誰も行った事がない危険な空を飛ぶ」
「…………」
「もし俺と飛ぶのなら、覚悟を決めろ! こんな場所で怯えている様なら、俺と飛ぶ事は諦めるんだ」
「分かった!」
アークの言葉に、フルートの震えがピタリと止まる。
フルートは自由に空を飛びたいという気持ちを思い出して、恐怖心に打ち勝った。
「釣れたぞ!」
突然、アークがワイルドスワンの高度を上げる。
それと同時に、森の中からワイルドスワンよりも大きい空獣が現れた。
「あれは、タイガーエアシャーク!!」
空獣の姿を見たフルートが、彼女らしからぬ大声を上げる。
空獣タイガーエアシャーク。
サメの容姿をした全長20mを超す大型の空獣。
その飛行速度は速く、最高速度は時速800km/hを超えて、今のワイルドスワンよりも速い。
圧倒的な速さで戦闘機に近づき、並んだ鋭利な歯で機体を噛み砕いて破壊するのが主な攻撃だった。
本来ならば黒の森には生息せず、さらにその奥の山脈に生息しているが、たまに森に現れるとルークヘブンまで襲撃してくる場合もある。
体内の魔石は森に棲む空獣よりも純度が高く、強固な皮と心臓は錬金の素材として超高額で取引されていた。
背後から迫るタイガーエアシャークに向かってフルートが機銃を放つが、その弾丸は全て皮で弾かれた。
「アーク、攻撃が効かないよ!」
「チョット待て!!」
アークが焦った様子で操縦桿を握る。
ワイルドスワンが右360度ロール回転で横に移動させると、先ほどまで居た場所をタイガーエアシャークが高速で通り過ぎた。
「あっぶねー!」
アークが一言呟きながら敵の背後へと張り付くと、その間にフルートが機銃を正面に転回させた。
「フルート!」
「何?」
アークが敵を追い駆けながら声を掛ける。
「さっきの話だけど、自分で考えろ」
「……え?」
「俺は全ての攻撃をお前に任せたんだ。だったら倒す方法も自分で考えろ!」
「うん……分かった」
アークの命令に、フルートがタイガーエアシャークを見据えながら答える。
だけど、まだアークの話には続きがあった。
「それと、これから最後の試験を開始する」
「……え?」
「今から本当の俺の実力を見せる。30分だ。30分以内にアレを倒せ!」
そう言うと、アークは座席の下から秘蔵のウィスキーを取り出して飲み始めた。
「お酒?」
匂いで中身が酒だと分かったフルートが首を傾げている間に、アークが中身を飲み干す。
空になった水筒を座席下に放ると、タイガーエアシャークを見ながら不敵に笑った。
「それじゃ行くぜ!」
感覚が超人化したアークがワイルドスワンと一体化して、超人的な高機動を始めた。
「……嘘!?」
突然の出来事に、後部座席でフルートが驚く。
そして、黒の森の上空で、ワイルドスワンとタイガーエアシャークの、激しいドッグファイトが始まった。
1機対1匹のドッグファイトは苛烈を極めた。
超人化したアークはワイルドスワンを真っすぐに飛ばす事を一切せず、激しいシザース、急激なサイドスリップなどの急旋回を繰り返す。
一方、タイガーエアシャークも高機動と急旋回を繰り返して、ワイルドスワンに何度も襲い掛かった。
今まで体験した事のない激しい空戦に、フルートは振り回されて攻撃できずに呆然としていた。
「フルート!」
「……ごめん!!」
アークの叱咤に、フルートが機銃を構える。
左に旋回して逃げるタイガーエアシャークにワイルドスワンが追い駆け、相手よりも急旋回しながら下降して速度を上げた後、一気に上昇。
ロー・ヨー・ヨーを決めると、距離を詰めて敵を狙える射程距離まで接近した。
接近と同時にフルートがガトリング砲を撃つが、タイガーエアシャークは右に急旋回して攻撃を避けた。
タイガーエアシャークが体を左に向けて逃げると見せかけ、不意に高度を上げる。
そこから一気に速度を落としたかと思うと、空中で体を180度反転させて、上空からワイルドスワンに襲い掛かった。
アークが驚きつつも、操縦桿を左にぐっと傾ける。
ワイルドスワンは左に360度ロール回転で攻撃を躱すと、機体を上昇させて180度ループを展開した後、180度ロールさせてインメルマンターンを決める。
ワイルドスワンがインメルマンターンをしている間に、タイガーエアシャークも落下している体を無理やり起こして、ワイルドスワンの反対の方向へ空を泳ぎ、半宙返りをしてワイルドスワンと正面から向き合った。
1機対1匹は向き合うと、高速で急接近する。
正面から迫るタイガーエアシャークに、フルートが照準を合わてガトリング砲を撃つ。
しかし、弾丸は全て表面に弾かれ、逆にタイガーエアシャークが口を広げて、ワイルドスワンを噛み砕こうとした。
「しゃぶる時は、歯を立てんじゃねえ!」
ワイルドスワンが180度回転させて上下逆向きにして高度を落とす。
その直後、ワイルドスワンの真上を、タイガーエアシャークが高速で通り過ぎた。
すれ違った時の衝撃波で機体が揺れて、偽装していた一部が剥される。
さらに、アークが機体を立て直すよりも早く、タイガーエアシャークの旋回が終わって、背後に張り付かれた。
フルートは、揺れる機体の中でペダルを踏み、後方に機銃を転回させる。
そして、追い駆けるタイガーエアシャークに照準を向けた。
(このまま攻撃しても、表面で弾かれる……だったら、口の中に攻撃する!!)
フルートが攻撃をせず、タイガーエアシャークが口を開くのを待ち構えた。
アークは攻撃をしないフルートを訝しむが、彼女を信じる事にして、ワイルドスワンの操縦に集中する。
正面のワイルドスワンが真っすぐ飛行するのを見たタイガーエアシャークが、口を開いて速度を上げた。
その口の中に向かって、フルートがガトリング砲を撃とうとするが、その前にアークがワイルドスワンの速度を上げた。
そして、360度ロールで機体を捻じらせながら上昇させて、すぐに下降。そこから180度ループをしてから、もう一度同じ動作を繰り返す。
その滅茶苦茶な機動で、上下左右からフルートに重力が襲い掛かった。
フルートは意識が飛びそうになり、胃から吐き気が込み上げる。だけど、最悪の状態の中で、彼女は自分に語りかけていた。
(踊る! 私はワイルドスワンと踊る! 高速で空を駆け、稲妻のように空獣を狩り、踊るように空を舞う。私は……ワイルドスワンとひとつになる!!)
アークの仕掛けた連続のヴァーティカルローリングシザースに、タイガーエアシャークが口を開けたまま動きを鈍らせた。
「今!!」
フルートがガトリング砲のトリガーを押す。
銃口から放たれた弾丸は、タイガーエアシャークの口の中へと吸い込まれ、敵は口から血を流して空中で暴れ回った。
「よし! 機銃を正面に向けろ!」
「うん!!」
その場に立ち止まるタイガーエアシャークを無視して、アークはワイルドスワンの速度を上げると、機体を上昇させて、フルートが機銃を正面に向けた。
「あいつの鼻を狙え!」
ワイルドスワンを上昇させながら、アークが話し掛ける。
「分かった!!」
フルートはアークに頷くと、タイガーエアシャークの鼻先に照準を絞った。
「行くぞ!!」
アークの合図と同時に、ワイルドスワンが180度反転させる。
そして、ワイルドスワンは上昇から一変すると、タイガーエアシャークに向かって急降下攻撃を開始した。
高Gに耐えながらフルートが鼻先を狙ってガトリング砲を撃つ。
不意を突かれたタイガーエアシャークが上に体を向けると同時に、空から弾丸が豪雨の様に降り注いだ。
鼻先に弾丸を喰らったタイガーエアシャークが空中で体を跳ねらせ、ビクンビクンとのた打ち回る。
その真横を、高速でワイルドスワンが通り過ぎ、地表に落ちる前に機体を水平に戻した。
アークとフルートが振り返ると、タイガーエアシャークは仰向けになって、力なく浮かぶ死体へと変わっていた。
「28分か……ギリギリだったな」
「…………」
アークが話し掛けるが、フルートは何も言わず口を押える。
「ん? フルート?」
「…………」
返事がないのをアークが訝しんでいると、フルートが近くにあった袋を掴んで顔を埋めてゲロを吐いた。
「百年の恋も一瞬で醒める醜態だな。まあ、戦闘中に吐かれないだけ、まだマシか……」
アークはそう呟くと、タイガーエアシャークの死体を回収した。
「それじゃ帰るぞ。もう戦わないから、後ろで休んでろ」
「……うん」
話し掛けるアークに、フルートが苦しそうに頷く。
アークはフルートを心配しながら、ワイルドスワンをルークヘブンへと向けて飛ばした。
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