第22話 ルークヘブンへの帰還

 アルフサンドリアの町はルークヘブンから南東に260Km、アルフガルドからは南に100Km離れた場所にあった。


 この町の南には鉱山があり、そこから純度の高い鉱石が取れた。

 その鉱石と空獣の素材と組み合わせて精製すると、「エアストロイド」という合金を作る事ができた。

 この合金は鉄の様に固く軽いので、戦闘機のパーツなど様々な工業部品に使用されていた。


 さらに、この町の西には森が広がっており、そこからは薬の材料となる薬草などが採取できた。

 この薬草も空獣の素材と組み合わせて調合すると、様々な薬が作られるため重宝されている。


 そして何よりもこの町は、空獣から持ち込まれた魔石を錬金術でエネルギー体へと変換させて、燃料へと加工する重要な役割を担っていた。


 それ故、このアルフサンドリアは別名、錬金都市と呼ばれていた。




 夕刻前にアルフサンドリアに降りると、輸送機はドワーフ兄弟が借りているドックへ、アークとドーン一家は、ウルド商会が借りているドックへ戦闘機を停めた。

 アークとフルートがワイルドスワンから降りると、今朝の内にルークヘブンから連絡を受けていたウルド商会の整備士達が彼等を出迎える。

 そして、彼等はアイテムボックスから積荷を降ろすと、戦闘機のチェックと補給を始めた。


「空賊が出たらしいですね」

「ああ、空を飛んでたら、馬鹿で無知な田舎者のクズの集団が乱交パーティーに誘ってきたから、全員のケツを掘ってやったよ」


 整備士の1人が話し掛けて来たのを、アークがジョークで返す。

 その返しが面白かったのか、大声で笑う整備士の横で、フルートはアークの下ネタに赤面していた。


 アーク達が手持無沙汰で整備士達の仕事を眺めていると、ビックとスモールの兄弟が来て彼等と合流する。

 彼等は飛行場の受付で明日のフライトの予約を入れた後、ビックとスモールが利用している宿屋へと入った。




 女将から部屋の鍵を預かり荷物を部屋に置いた後、全員で酒場のテーブルを囲み、男性は全員がエールを、フルートはオレンジジュースを注文する。

 店員がテーブルに注文の飲み物を置くと、突然フルート以外の全員が席を立ち上がり、グラスを高々と掲げて……。


「「「「「「フルートちゃん、バージン卒業おめでとう!!」」」」」」


 と大声で叫んだ。


 突然の事でフルートは驚いていたが、次第に状況を理解しだすと恥ずかしさのあまり赤面して俯く。

 そう、アーク達はバージン卒業と言っても最初の人殺しの事を言っているのだが、周りから見ればフルートの処女が奪われたのだと勘違いされていた。


「エルフ美少女の処女を奪った奴は誰だ?」

「その野郎、ぶっ殺す!」

「痛くなかったか?」


 等と、他の客から勘違いされてフルートの陵辱の時間が流れた。

 暫くして料理が来ると、フルートは自分の分を一気に掻き込み、胸を叩いて胸やけを落ち着かせると、ジュースで一気に押し流して飲み込んだ。そして、食べ終わると同時に自分の寝室へ走り去った。

 その間、僅か3分。あっという間の出来事だった。




「やり過ぎたかな……?」


 実はフルートに内緒でドーンが考えた、彼女を休ませるための作戦だったのだが、やり過ぎたんじゃないかと、フルートが消えた先を見てアークは呟いた。


「ギヒヒ。嬢ちゃんは表面に出てないが疲れてるからな。ああでもして休ませねえと、明日のフライトに影響がでるだろ」

「ギャハハ。俺達に付き合ったら、明日はもう1日休ませねえと使い物にならねえしな」

「ガハハ。初めて人を殺しだ。まともな人間だったらブルーな気持ちになるのを、羞恥心で忘れさせてやったんだ。これも先輩としての優しさってやつよ」


 ドーン一家の話に、アークが首を左右に振って溜息を吐く。


「だけど、アークだってノリノリだったじゃねえか」

「お前等兄弟だってそうだろ」

「「面白そうだったからな!」」


 ビックに言い返すと、笑顔のドワーフ兄弟が揃ってサムズアップをした。


「まあ嬢ちゃんにはきつかっただろうけど、今回は楽勝だったな。ガハハハ」

「ギヒヒ。あいつ等、いつも輸送機しか襲わねえから、後ろに張り付いた途端、必死になって逃げてたぜ」

「ギャハハ。高機動でチョットおちょくったら直ぐにフラフラになってたから、撃ち落とすのも楽勝、楽勝」


 ドーンに続いて、ドーガとドーズも笑う。


「何にしても助かったのは間違いねえ。あの数で襲われたら、確実にやられてたぜ」

「んだ。アークから3機を増援して護衛と聞いた時にゃ多すぎると思ったが、頼んで正解だったな。それに全員で荷物を運んだから、稼ぎもデカかったし」


 双子のドワーフがエールを飲みながらドーン一家に礼を言っていた。




「まあ、仕事も終わったし、後は帰るだけか……」


 アークが一言呟き、鶏肉らしき料理を1つ掴んで口に入れる。

 鶏肉は少し硬かったが塩加減が良く、エール酒との相性は良かった。


「それなんだがな、実は新たな仕事を貰ったんだ」


 ビックが身を乗り出して、全員に小声で話し掛けてきた。


「ほう? どんな話だ?」


 ドーガも身を乗り出して話の続きを促す。

 それで、ビックとスモールが詳細を話し始めた。


「実は今回、貴重な物資を運んで信用を得てな。クライアントから新たな仕事を貰ったんだ」

「今度の仕事は簡単で、ここからアルフガルドへの荷物の運搬だ。距離で100kmだから、午前に飛べば午後には着く」

「ただ問題があって、俺たちの輸送機一機じゃ持ち運べない量なんだ。そこで、あんたたちも付き合わないか」

「荷物はエアストロイドが35トンだ。俺たちの機体に積んであるアイテムボックスじゃ20トンしか運べねえ。2往復すると普通の稼ぎだが、1回で運べば報酬は悪くない。それに、護衛を付けて確実に運べると交渉すれば、アンタ等が空獣狩りで3日稼ぐよりも良いと思う」

「ついでに、アルフガルドで遊ぼうぜ。良い娼館を教えてやるよ」


 ドワーフ兄弟の話にドーンが考える。


「ドーズ、俺たちの機体のアイテムボックスはどれぐらい積めたか覚えてるか?」

「ギヒヒ。確か、5トンまでは積めるぜ」

「ガハハ。だったら全部持って行けるな」

「ドワーフ推薦の娼館か、そいつは楽しみだぜ。ギャハハ」


 乗り気なドーン一家に、アークが片手を上げる。


「って事は、ドーン達だけで全部運べるな。すまねえが、俺はパスするぜ」


 アークがそう言うと、全員が彼に視線を向けた。


「何だ? アークは来ないのか」

「ああ、どうも俺はドワーフとは女の好みが合わない気がしてね。それに、お嬢ちゃんの事を考えると、連続の長距離護衛は少し厳しいからな」


 スモールに答えると、ドーンが納得した様子で頷いた。


「確かに嬢ちゃんには、連続の長距離飛行はキツイかもしれねえな」

「そういう事で、俺は真っすぐルークヘブンへ帰るよ」


 そうアークが言うと、ビックとスモールが残念そうに話し掛けて来た。


「そうか……また一緒に仕事をする機会があったら、宜しく頼む」

「アークだったら安心して任せられるからな。また一緒に空を飛ぼうぜ」

「こちらこそだ。儲け話があったら、また頼むぜ」


 アークは、2人から出された手を掴んで握手を交わした。


「ギヒヒ。アークは口は悪いが、女には甘めえな」

「それがモテる男の秘訣だぜ」


 ドーズに言い返すアークにドーガが笑う。


「ギャハハ。確かにその通りだ。だけど結婚したら尻に引かれそうだな」

「……ガキの頃、近所に住んでたババア曰く、それが夫婦円満の秘訣らしい。その旦那は何時も辛そうなツラをしてたけどな」


 アークが両肩を竦めると、聞いた全員が笑い転げた。

 その日の夜は、全員が疲れていたから、泥酔することなく切り上げて就寝した。




 翌日。

 アークとフルートを乗せたワイルドスワンは、アルフサンドリアの滑走路で管制塔からの離陸許可を待っていた。


「フルート。本当に良かったのか? 別に急いでいる訳じゃないから、1日ぐらい観光しても良かったんだぜ」


 アークが話し掛けると、フルートが首を横に振った。


「ううん、平気。帰りにフランとマリーさんのお土産も買ったし、大丈夫」

「そうか……で、土産は何を買ったんだ」

「活力のポーション。これを飲んでお仕事頑張って欲しいから……」


 土産の品にアークが無言になる。


(……夜に使われたら、干乾びるんじゃね?)


 マリーベルの事が脳裏に浮かび、アークは自分の息子のスタミナを心配する。


「……どうかしたの?」

「……何でもない」


 無言のアークにフルートが訝しんでいると、管制塔から離陸許可が下りる。

 アークは不安を胸に秘め、ルークヘブンへと飛び立った。




 ルークヘブンへの帰路の旅は、襲われる事なく順調だった。

 空賊も輸送機でもない戦闘機を襲っても儲けはないし、ルークヘブンへ向かう戦闘機の大半が空獣狩りのパイロットだった事もあり、単独飛行の戦闘機を見つけたとしても、下手をすれば逆にやられると考えて手を出さなかった。


 輸送機に合わせた行きと違い、帰りは普通に飛ばした結果、2時間ほどでルークヘブンに到着する。

 ワイルドスワンがウルド商会のドックに入ると、フランシスカが2人を出迎えた。


「お帰り。ドーン一家はどうした?」

「ああ、アイツ等はアルフサンドリアで追加の依頼を受けて、アルフガルドへ寄ってる。多分、明日の夜には戻ると思うぜ」

「随分ゆっくりなんだな」


 アークの報告に、飛距離を計算したフランシスカが首を傾げる。


「アルフガルドは夜の店が盛んだからな。あいつ等が寄らねえと思うか? しかも、ビックとスモールが一緒だ。女の好みが一緒のドーガは確実に朝までコースだろ」

「…………」


 遅くなる理由を言えば、フランシスカが腹を抱えて笑った。


「あはははっ。確かにその通りだ。それで、お前たちは今日はもう飛ばないんだろ」

「ずっと飛ばしていたから、さすがに疲れた。ギルドで明日のフライトを予約してから、酒をかっくらってとっとと寝るよ」

「分かった。ワイルドスワンの整備は今日中にやっておく。それと、フルートはギルドカードをアークに渡して残ってくれ。改造した感想と問題点を洗い出したい」

「分かった」


 フルートがハッキリした口調で答えるのを見て、フランシスカが首を傾げる。

 そして、アークを手招きすると、少し離れた場所へ連れだした。


「突然どうした? もしかして誰とでもヤりたくなったか? その誘いは嬉しいが、長距離を飛んだばかりで疲れているから、手マンだけだぞ」


 そう言って、アークが右手の人差し指と中指を小刻みに揺らすと、フランシスカがアークの頭をぶん殴った。


「痛てぇな、冗談だって」

「今までの人生で聞いた中で、一番最低の冗談だぞ!」

「はいはい、そうですか。それで何なんだよ」


 青筋を立てて睨むフランシスカに、アークが殴られた頭を摩りながら尋ねる。


「フルートの事だ。口調が飛ぶ前と少し違うんが何があった?」

「戦闘の途中からかな? いじけていた自分を捨てて少しは自信が付いたっぽいぜ」

「そうか。ソイツは良い傾向だ」


 アークの返答に、フランシスカが笑った。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」


 2人の様子を訝しんだフルートが近づいて話し掛けると、フランシスカが適当に誤魔化してアークから離れた。


「アーク」

「ん?」

「これマリーさんに渡して」


 フルートがギルドカートと一緒に、小さな箱をアークに渡す。

 箱には『超マムシ&極スッポン絶倫ドリンク』と書いてあった。


「…………」


 その商品名にアークが無言になる。


「フランにもお土産」

「ん? これは……」

「活力のポーションだって。店の人がこれを飲むと元気が出るって言ってた」

「…………」


 フランシスカも箱に書かれている商品名を見て、何を言っていいのか分からず無言になった。


「これを飲んで仕事頑張って」

「……ああ、ありがとう。後で飲ませてもらうよ」


 礼を言うフランシスカとは逆に、ロジーナを含む整備士の全員が、今以上に元気なフランシスカを予想して頭を抱えていた。




 ウルド商会を出てアークがギルドに入ると、混雑時を過ぎた時間帯だったので中はガラ空きだった。

 受付のミリーがアークに手招きするので、彼女のカウンターに向う。


「お帰りにゃ。首尾はどうだったかにゃ?」

雑魚空賊の襲撃はあったけど、無事に届けたぜ」

「それは良かったにゃ。アルフの空軍も西の警備はあまりしないから不安だったにゃ」


 ミリーの返答にアークが驚いた。


「もしかして、心配してくれてたの?」

「そりゃそうにゃ。アークにはもっと稼いで、わたちに貢いで欲しいにゃ」

「相変わらずでなによりだ……」


 結局それかと肩を竦める。


「それで今日は何の用にゃ」

「明日の朝に飛ぶから、フライトの予約だ」


 アークはそう言うと、自分とフルートのギルドカードをカウンターに置いた。


「そう言えば、フルートにゃんはまたレンタル機を借りるのかにゃ? 修理費を払ったから、何時でも借りれるにゃ」

「いや、フルートはしばらく俺の後部座席で稼ぐ予定だ」

「にゃ? だったら、カードをペアにするかにゃ?」

「ぺア?」

「そうにゃ。複座の戦闘機で狩りをするパイロット用のシステムにゃ。ペア設定すると、売り上げを2人に別けて支払うにゃ」


 その話に、アークが眉をひそめる。


「……もしかして、税金は6割とか言わねえだろうな」

「にゃははのにゃ。安心するにゃ。ちゃんと2人で3割にゃ」

「(フルートの借金は、アイツの貯金から貰えばいいか……)じゃあそうしてくれ」

「分かったにゃ。少し待つにゃ。あっそれ、にゃにゃにゃのにゃ!」


 ミリーはアークとフルートの書類を素早く出すと、目にも見えぬ速さで作業を終わらせた。


「カードを返すにゃ」


 受け取ったカードを見れば、名前欄が「アーク&フルート」に変わっていた。


「それじゃ明日も頑張って稼ぐにゃ」

「ああ、ありがとよ」

「どういたしましてなのにゃ!」


 アークが手を振ると、ミリーは追っ払うように振り替えして書類を片付けていた。




 ギルドを出たアークはその足で『ルークバル』へと向った。

 店に入ると、昼を過ぎた時間帯で客は1人も居らず、暇そうなマリーベルが、カウンターの中で椅子に座り本を読んでいた。

 マリーベルがドアベルの音でアークに気付き、彼を笑顔で迎える。


「お帰りなさい」

「ああ、ただいま。昼がまだなんだ。何か頼めるか?」

「パスタで良い?」

「それとワインがあれば、なお嬉しいね」

「じゃあ先に出すわ」


 アークがカウンターに座ると、マリーベルがワインが入ったグラスをカウンターに置いた。


「だけど、良いわね」

「何が?」


 何の事だか分からず、アークが首を傾げる。


「んー何て言うのかしら。「お帰りなさい」って言える人が居るのって、小さな幸せだと思わない?」

「……俺は15で1人暮らしだったから、少し照れくさい」

「うふふ」


 マリーベルが軽く笑いながら、パスタを出して料理の準備を始めた。


「ほうれん草とベーコンのパスタで良いかしら?」

「それで良いよ……それとコレ」


 アークがカウンターに「超マムシ&極スッポン絶倫ドリンク」の箱を置いた。


「何かし……プッ!」


 マリーベルが箱を手にして商品名を見るなり、予想していなかった商品名に思わず噴いた。


「フルートからの土産で活力のポーションだってさ。仕事で疲れた時に飲んでくれって言ってたぜ」


 それを聞いたマリーベルが、アークをジッと見ながら笑みを浮かべる。


「……重要だからもう一度言うけど、仕事で疲れた時に飲んでくれ」


 アークの考えが分かるマリーベルが、とうとう笑いを堪えきれず、お腹を抱えて笑い出した。


「あははははっ。ええ、勿論よ。今晩、立たなくなったらね♪」


 マリーベルはそう言うと、アークに向かってびっきりの笑顔を見せた。


「……おい! それって俺が飲むんじゃねえか!!」

「今日の午後は臨時休業にするから、頑張ってね~~」


 そう言うと、マリーベルはクスクス笑いながらパスタを茹で始める。

 その彼女の様子に、アークは天を仰いでからガックリと項垂れた。

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