第21話 アルフサンドリアの空02
ルークヘブンを飛び立った時は晴れていた天気は、南東へ進むにつれて次第に曇り空へと変わっていった。
「フルート。左右だけじゃなくて上も確認しろよ。ただし、上を見るときは双眼鏡を使うな。太陽を見ると目をやられるからな」
「……うん」
双眼鏡を使って哨戒しているフルートに、アークがレクチャーをする。
「それと雲に注意しろ。上空の雲に隠れた空賊が、いきなり降下攻撃してくるのが1番厄介だ」
「……アークも空獣相手にやってたね」
「機銃が機体下にあるからな。下から上へ攻撃するとき、
「……クス」
アークの話にフルートが軽く笑う。
「笑いごとじゃねえよ。全く……」
「アークは……本当のワイルドスワンで飛んだ事あるの?」
「コイツのテスト飛行の時に何度かな」
「……どうだった?」
「そうだな……難しい機体だと思った……」
「……難しい?」
アークの返答にフルートが首を傾げる。
「最初はエンジンを慣らしてたから制限して飛んでいたけど、その時は小回りが利いて良い機体だと思ったよ。親父はアクロバットが好きだったから採用した理由が分かった気がする。だけど、最後に性能テストした時、コイツが突然暴れ出した」
「……暴れる?」
「ああ、エンジンを最新に積み替えたから、20年前と比べて速度は上がったんだけど……コイツ、速度が750km/h以上になると真っすぐ飛ばねえんだ。操縦桿を強く握っても、左右にフラフラするし使えねえと思ってたんだけど……」
アークが途中で言い淀んで顔を顰める。
「……?」
「速度が800km/hを超えると、突然安定しだすんだ」
「……え?」
その話にフルートが驚いた。
「俺もあれを体験した時は、今のお前と同じ気持ちだったよ。時速800km/hでエルロン・ロールやバーティカルキューバンエイトが安定して出来た時は俺も驚いたぜ。だけど、今度は別の問題が発生した」
「……何?」
「
「……え?」
「速度が速すぎて長時間ぶっ飛ばしてると、エンジンより先にペラがイカれちまう」
「……よく……無事だったね」
「無事じゃねえよ。あの時は、空中で死にかけたし、帰ったらクソドワーフに殺されかけたぜ」
アークが操縦桿を握りながら肩を竦める。
「……だけど、アークは……やっぱり変」
「ん? 何が?」
フルートに変と言われて、アークが首を傾げる。
「……速度を上げて不安定になったのにさらに速度を上げる……普通の人は絶対にやらない」
「そうなのか?」
「……うん!!」
キョトンとしているアークの問いかけに、フルートは全力で頷いた。
ルークヘブンから飛び立って、3時間が経過。
現在地はルークヘブンとアルフサンドリアの丁度、中間の空を飛んでいた。
ワイルドスワンの後部座席でフルートが哨戒していると、前方の雲の中で一瞬だけ光が見えた。
「……アーク。あそこの雲に……何か居るかも!」
「本当か?」
アークはフルートが指をさした方向を目を凝らして見るが、雲が浮かんでいるだけで何も見えなかった。
「……何もねえな。だけど用心に越したことはないか。フルート、全員に連絡。『前方11時方向
「……了解!」
フルートが無線機を打って全員に知らせると、リーダーのドーンから返信が来た。
『ブ・ラ・ボ・ー・セ・ン・コ・ウ・テ・イ・サ・ツ・ア・ル・ファ・ー・タ・イ・キ・フ・ル・ー・ト・タ・ノ・バ・ショ・モ・カ・ク・ニ・ン・セ・ヨ(ブラボー先行偵察。アルファー待機。フルート他の場所も確認せよ)』
「……他の場所?」
ドーンからの返信にフルートが首を傾げる。
「囮の可能性もある。ドーンは別の場所から本隊が襲う可能性も考えて、他も探せと言ってるんだ」
「……分かった!」
フルートは頷くと、他の場所の確認を始めた。
ブラボーチームのドーズとドーガは、ドーンからの指示に無線機をブラボーチームの周波数に変更して相談をしていた。
ちなみに、無線機は打ち込み信号なのだが、彼等は常日頃から笑い声で誰が送信しているかを判断しているため、無線でも笑い声を入れていた。
『ギ・ヒ・ヒ・ホ・ン・ト・ウ・ニ・イ・ル・ノ・カ(ギヒヒ、本当に居るのか?)』
『ギャ・ハ・ハ・オ・レ・ツッ・テ・ク・ル(ギャハハ、俺、釣ってくる)』
ドーガが戦闘機の速度を上げて先行する。
『ギ・ヒ・ヒ・ク・ウ・ジュ・ウ・ト・オ・ナ・ジ・ダ・ナ(ギヒヒ、空獣と同じだな)』
一方ドーズは戦闘機を上昇させると、雲の中を警戒しつつ待機していた。
ドーガが1機だけ離れてワザとフラフラ飛んでいると、雲の中から5機の戦闘機が現れるや、急落下攻撃を仕掛けてきた。
「ギャハハ。引っかかったぜ!」
ドーガは戦闘機の速度を上げて急旋回、それと同時に急降下を始めた。
その直後、ドーガの戦闘機の横を、敵機から放たれた弾丸が降り注ぐ。
急降下するドーガの戦闘機は、面前に迫る地面と背後の敵機の距離を計り、一気に機体を上げて宙返りを始めた。
一方、ドーガを狙っていた空賊の戦闘機は、地面に突撃するのを避けようと速度を落とした。
そのタイミングで状況を見守っていたドーズが5機に向かって急降下すると、照準を絞って20mmガトリング砲を放った。
弾丸を浴びた1機の戦闘機が、上昇する事なく地面に突撃して炎上していた。
「ギヒヒ、まず1機」
ドーズはドーガを追い駆ける敵機の後ろに回り込むと、追撃を始めた。
「お、また1機落としたな」
ドーズとドーガの戦闘をアークが見ていると、ドーガが2機目を撃墜させていた。
「……凄いね」
「キャリアが違うよ。機体の性能が同じでも、パイロットの腕で動きが違うからな。空獣狩りのパイロットは、空獣を釣った後、ケツへの攻撃をまず避ける。だから後方からの攻撃は慣れているし、めっぽう強い」
2人が会話している間も、ドーズが360度ループ宙返りをして敵機の背後に回り込む。そして、3機目を撃墜させていた。
「……アーク、居た!」
後方を哨戒していたフルートが、雲の隙間から新たな敵機を発見した。
その報告に、アークが後方を見れば、10機の新たな戦闘機がこちらに向かって近づいていた。
「全員に連絡!」
「……もうやってる」
アークが叫ぶと、フルートが無線機を打ちながら答える。
『コ・ウ・ホ・ウ・1・ジ・ホ・ウ・コ・ウ・1・0・キ・セッ・キ・ン・チュ・ウ(後方1時方向10機接近中)』
フルートが無線機を打ち終わると、すぐにドーンから返信が返ってきた。
『ア・ー・ク・ジ・カ・ン・ヲ・カ・セ・ゲ・ブ・ラ・ボ・ー・オ・ワ・リ・シ・ダ・イ・ゾ・ウ・エ・ン・ニ・イ・ケ(アーク時間を稼げ、ブラボー終わり次第増援に行け)』
「フルート出番だ。落ち着いて狙えよ」
「……うん!」
『リョ・ウ・カ・イ(了解)』
アークは返信した後、ワイルドスワンを180度旋回させて、迫る敵機へ向かった。
アークは時間稼ぎにと、ワイルドスワンを上昇させてから、無線機で敵機に向かって話し掛けた。
『ウェ・ル・カ・ム・ヘ・ン・タ・イ・ゴ・ブ・リ・ン・ズ・ミ・ン・ナ・デ・ナ・カ・ヨ・ク・ラ・ン・コ・ウ・パ・ー・ティ・ー・カ(ウェルカム変態ゴブリンズ。皆で仲良く乱交パーティーか?)』
「……!?」
この無線通信に、フルートが驚いていた。
「時間稼ぎだ。相手を怒らせて、出来るだけ敵をこちらにおびき寄せる」
アークがフルートに説明しながら、再び無線機を叩く。
『ユ・ソ・ウ・キ・ニ・フ・ァ・ッ・ク・シ・タ・カッ・タ・ラ・オ・レ・ノ・ケ・ツ・ニ・キ・ス・シ・ナ(輸送機にファックしたかったら、俺のケツにキスしな)』
その無線内容にフルートが赤面していると、ドーンとビックから返信が入ってきた。
『『ヒ・デ・エ・ケ・ツ・ダ(ヒデエケツだ!)』』
「喧しいわ!」
アークはそう叫ぶと、敵機に向かって突っ込んだ。
ワイルドスワンの真正面から敵機が迫る。
「フルート、狙わなくていい。真っすぐそのまま撃ちまくれ!」
後ろのフルートに叫びながら、アークはワイルドスワンを左に360度ロール。
直ぐに右へ360度ロール回転を2回繰り返して、敵機から放たれる弾丸を全て躱した。
その間、フルートはアークの言われるまま、20mmガトリング砲を撃ち続けていた。
それだけで敵機の内の1機のプロペラが弾け飛び、もう1機はエンジンから火が出て墜落し始める。
そして、ワイルドスワンは、空賊の集団の間をエルロン・ロールをしながらすり抜けた。
「何で……当たったの?」
「前方だったら俺の照準と同じだからな。フルートが狙わなくても俺が狙えば良いだけの話だろ。それよりも童貞卒業おめでとう。いや、女だからバージン卒業おめでとうか?」
驚くフルートに気付いたアークが、機体を上昇させながら説明する。
「……馬鹿!」
アークの冗談に、フルートが強烈なGに耐えながら呟いた。
ワイルドスワンが180度ループしながらの180度ロール。インメルマンターンで機体を反転させると、空賊の背後に回り込んだ。
「さあ、どう動く? このまま輸送機を狙うなら、七面鳥撃ちだぜ」
アークが様子を伺っていると、空賊は3機を残して、5機がバラバラに旋回を始めた。
「さあ、ここからはフルートの仕事だ。俺は避ける事に専念するから、攻撃はお前がやれ」
「……分かった!」
ワイルドスワン対5機の空賊の戦い。そして、フルートの本当のデビューが今始まった。
背後から襲ってきた敵機を最初の交差で2機破壊して、5機を自分に向けさせたアークの戦いぶりに、ドーンが片方の口角を尖らせて笑った。
「あの小僧、良い仕事をしやがる。俺もいっちょ始めるとするか!」
ドーンは戦闘機を旋回させて、輸送機を襲おうとしている3機の空賊の迎撃に向かった。
そして、ドーンが戦い始めた頃、輸送機の中では……。
「スモール、ドーンこっちも応戦だ!」
輸送機を操縦しているビックが叫ぶ。
「分かってる!!」
輸送機の上側に付けられた砲台に座っていたスモールが、接近する空賊に向かって20mmガトリング砲を構えながら怒鳴り返した。
「下からの攻撃はドーンが相手にするらしい。上がってきやがった敵だけを狙えってよ!」
ビックがドーンから送られた無線内容を伝えると、丁度、敵機が輸送機を制しようと被さってきた。
「オラオラオラオラ!」
スモールが叫びながら機銃を撃つ。
空賊はドーンとスモールの攻撃で、輸送機を囲む事ができず、膠着状態が続いていた。
アークが旋回中の1機の後方に張り付くと、フルートが正面の敵機を狙ってガトリング砲を撃つ。
しかし、放たれた弾丸が敵機の横をすり抜けて外れた。
それを見て、アークが叫ぶ。
「思い出せ、ダンスだ!」
「……!!」
「敵の動きだけを見るな。機体の特徴と俺の操縦を体に沁み込ませろ! そして、相手と踊る気持ちで照準を絞れ!!」
「……うん!」
フルートがアークと一緒に空獣を狩った事を思い出す。
(……あの時、アークは楽しんでいた……だったら私も……空を飛ぶ事を楽しむ!!)
再びフルートが前方の敵機に向けて照準を絞り、ワイルドスワンの動きに合わせて体を揺らし始める。
そして、機銃を右へ少し傾けるのと、それと同時にアークが逃げる敵機を追い駆けて機体を左へ傾ける。
その一瞬のタイミングで機銃を撃つと、弾丸が翼に命中して、敵機は錐揉みしながら落下し始めた。
「……やった!」
「いいぞ、今度は後方だ!」
喜ぶフルートに、アークが次の指示を出す。
「……了解!」
フルートが左足のペダルを2回踏むと、180度回転して後部座席と機銃が後方を向いた。
「……敵、背後から4機……迫ってきている!」
「少し揺らすぞ!」
「……威嚇射撃する!」
「頼んだ!」
後方から放たれる弾丸を避けようと、アークが機体を上昇させながら360度ロールを始める。
その最中に機体を下げて右へ旋回したと思ったら、今度は左へ旋回。さらに強引な宙返りをしてから、機体を激しく左右に旋回させた。
後方から激しい銃弾が降り注ぐが、ヴァーティカルローリングシザースによる回避行動で、ワイルドスワンに命中した弾丸は1発もなかった。
フルートはその機動によるGに耐えながら、後方の敵機に向けて威嚇射撃をする。
背後の敵がワイルドスワンの機動とフルートの攻撃で、手出しできずに振り回された。
動きの鈍った敵機に向かってフルートが機銃を放つ。放たれた弾丸は敵機の胴体に命中してエンジンが火を噴き、空中で爆発した。
「1機撃破!」
「オーケー。背後に回るぞ」
「うん!」
ワイルドスワンが宙返り中に、フルートがペダルを2回踏んで前方を振り向く。
ループによる縦Gの中、横Gが彼女に迫って吐きそうになるのを我慢しつつ、正面へと機銃を向けた。
「フランから聞いてる。無茶はするなよ」
「大丈夫!」
アークに答えるフルートの口調が、今までと違ってハッキリしていた。
フルートはアークと一緒に飛ぶ内に、自由に飛ぶという事を理解する。そして、今まで怖気づいていた自分から解放されて、飛ぶ事に喜びを感じていた。
ワイルドスワンが敵機の背後に回り込むと、敵がブレイクして逃げようとしていた。
それをフルートが集中して狙いを定めて撃ち抜く。
さらに右へ旋回して逃げる敵を見て、後部座席を90度右に回転させる。慌てて逃げだす敵を撃って、もう1機を撃沈させた。
「やった!」
「ナイス、エネミーダウン!!」
喜ぶフルートをアークは褒めながら、残りの1機に向けてワイルドスワンを旋回させる。
最後の1機は劣勢な状況を見て、既に逃走していて距離が開いていた。
「あれは追わなくていいな」
逃げる敵機を確認したアークが追うのをやめて、他の戦況を確認する。
ブラボーチームはとっくに敵を片付け、輸送機を襲っていた3機もドーンとスモールが撃ち落としていた。
「終わったか……」
「……うん」
アークの呟きにフルートが疲れた様子で頷く。その2人にドーンから無線が入って来た。
『オ・ー・ル・ク・リ・ア・ー・オ・マ・エ・ラ・ア・バ・レ・ス・ギ(オールクリアーお前等暴れすぎ)』
無線内容を読んだアークが、全員に返信を打ち返す。
『M・V・P・ハ・フ・ル・ー・ト・6・キ・ゲ・キ・ハ(MVPはフルート6機撃破)』
その直後、全員から一斉に返信が来た。
『『『『フ・ル・ー・ト・チャ・ン・マ・ジ・ス・ゲ・ー(フルートちゃんマジスゲー)』』』』
その返信に、フルートが顔を真っ赤に照れていた。
戦闘を終えた一行は飛行を続けて、襲われる事なく無事にアルフサンドリアへと到着した。
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