第20話 アルフサンドリアの空01

 ワイルドスワンの改造は深夜まで行われて、ようやく完成した。

 フルートは2階の寝室で寝ていたところを激しいノックで起こされて、ドアを開けるのと同時にフランシスカに手を引っ張られて寝間着のまま連れ出された。


 1階に降りると、ワイルドスワンのすぐ側でロジーナが死んだように床で寝ていた。

 フランシスカはそれを見つけると、ロジーナ足を引き摺ってドックの隅に運んだ後、寝ぼけ眼のフルートをワイルドスワンの後部座席に座らせた。


 座席に座ったフルートが足元のペダルを踏むと、後部座席がグルンと90度回転して右を向く。

 それと同時に、機体下に備えられていた2挺の20mmガトリング砲が右側に90度動いた。

 今度は左のペダルを2回踏むと、後部座席と機銃が180度回転して、続けて左のペダルを2回踏んだら、90度だけ回転して後方を向いた。


 半回転しない事にフルートが首を傾げる。


「フルート、360度は回らない。前方を中心に180度までだ」

「……分かった」


 フランシスカの説明にフルートが頷いた後、右のペダルを2回踏んで正面に戻す。

 今度は操縦桿の代わりに付けられた、2本のガトリング砲グリップを握って左右に動かすと、連結した機銃が左右に動いた。


「……凄い」


 一通り確認した後、フルートはその操作性に驚いていた。


「その様子だと気に入ったみたいだな。照準は中央の十字で、機銃の発射はその左右のグリップの上にある赤いボタンだ。左右のガトリングに反応してるから、両方撃ちたい時は、同時に押しな」

「……うん」

「それと、作る前にも言ったけど、回し過ぎると確実に酔う。想像してみな。ループ回転中にペダルを踏むと、上下に回転しながら横にも回転するんだ。強烈なGが上下左右、タイミングが悪ければ前後からも襲ってくるぞ」


 それを想像したフルートが体をプルプル動かして青ざめる。


「それじゃ、また偽装のパーツを組み立てて、アヒルに戻すから降りな」

「……もったいない」


 タラップを降りながらフルートが呟く。それを聞いてフランシスカが肩を竦めた。


「仕方がないよ。アークが言うには、こんな珍しい戦闘機は間違いなく盗まれるらしい。その考えは私も同意見だ」

「……そうだね」

「さて、皆を起こして手伝わせ……ってオッと!」


 フランシスカが喋っている途中で、フルートが背後から彼女の腰に抱きついた。


「……フラン……ありがとう……」


 フランシスカが上半身を捻り、優しい眼差しでフルートを見守りながら、彼女の頭を撫でる。


「後はフルート次第だ。アークと一緒に飛びたいという、お前の夢を私に見せてくれ。それがこの仕事の報酬だ」

「……うん!」


 フルートがフランシスカの腰に顔を埋めながら頷く。

 その目には涙が滲んでいた。




 その後、フランシスカが男性整備士全員を叩き起こして、ワイルドスワンに偽装を施す。

 眠たそうに働く整備士に、フルートが「……ごめんなさい」と謝った途端、全員が空軍式の敬礼をして、作業スピードが上がった。

 その様子にフランシスカが呆れながらも、フルートに空獣狩りを辞めて、ここに就職しないかと誘っていた。

 ちなみに、作業でうるさい騒音の中でもロジーナは死んだようにドックの隅で眠っていた。


 アークが起きて1階に降りると、白銀のワイルドスワンは偽装されて元のアヒルに戻っていた。

 そして、機体の周辺では整備士たちが屍の様に床に倒れていた。


「ここは何時から、死体置き場になったんだ? 墓掘り人でも、もう少し丁寧に扱うぞ」


 アークが呟きながら、倒れている整備士を避けてトイレに入り用を足す。

 そこで、今日の護衛任務で重大な問題が1つある事に気付いた。


 トイレから出たアークがフルートを探す。

 床の屍の中にフルートが居らず、アークが眉を顰めていると、ワイルドスワンの機銃が動いている事に気が付いた。

 タラップを登って後部座席を見れば、アークが予想した通り、フルートがレバーを握ってイメージトレーニングをしていた。


「頑張ってるな」

「あ……アーク、おはよう」

「おう、おはよう。飛ぶ前から張り切ると途中でバテるぞ」

「……ゴメン」

「いや、あやまらなくていいよ。それより、本当に適度に切り上げて休んどけ」

「……うん」

「よし、それじゃ1つ質問だ。とても重要な事だが、デリケートな話でもある。もしフルートに解決策がなかったら今回のミッションから外すつもりだ。だから、正直に答えてくれ」

「……!?」


 ミッションから外されるかもと聞かされて、フルートが真剣な眼差しで頷いた。


「これから長距離を飛ぶ。恐らく半日の予定だ。それは知っているな」

「……うん」

「お前、ションベンどうするんだ?」


 真ん中ストレートの質問に、フルートは聞いた途端、顔を真っ赤にして俯いた。


 アークがその質問をするのにも理由がある。

 パイロットは訓練で、4時間程度なら便意を我慢する体質に鍛えられていた。

 しかし、任務などで4時間以上飛行する場合、男性は小便袋に竿を突っ込んで用を足した後、その袋を外にポイッと捨てれば良いのだが、女性の下の処理はさすがにアークも知らなかった。


 そこでフルートにどうするのかを尋ねたのだが、彼の質問は直球過ぎた。


「あ、いや……勘違いしないでくれ。俺は別にそういう趣味は持ってないし、お前の写真を撮ってションベンと一緒に変態おやじに売るつもりもない。ただ、戦闘機の中でそんなプレイをされたら、新たなステージへの扉が開ら……いや、違う。今のは冗談だ!」

「……変態」

「そのセリフはやめとけ。美少女から変態なんて言われたら、ここの整備士どもが益々興奮するぞ。それで実際に大丈夫なのか?」

「…………てる」


 フルートが答えるが、声が小さすぎてアークの耳に届かなかった。


「ん?」

「……飛ぶとき……オムツ履いてる」


 赤面しながらフルートが答えるのを聞いて、それでアークは納得した。


「なるほど。だったら大丈夫だな。恥ずかしい事を聞いて済まなかった。大人への1歩を進めたと思って許してくれ。ああ、それとしばらくしたらドーン達を起こしてブリーフィングをするから、お前も参加しろ」


 そう言うとアークがタラップから降りて去って行った。

 フルートはアークが去った後も、顔を赤らめて俯いたままだった。




 今回のミッションに参加する5人は、ビックとスモールの兄弟が来るまでの間、朝食を取りながらブリーフィングを開始していた。

 朝食と言っても、この後すぐに長時間のフライトが待っているため、栄養価だけを考えて「味? そんなの不要だろ、何考えてんだ?」という思考から生まれ、パイロット全員からの殺意を一身に受けている開発者が作ったスティックバーを、全員が不味そうにボリボリと食べていた。


「ドーンがリーダーで、俺がその僚機ってことで良いんだな」


 アークの確認にドーンが視線を向ける。


「何だ? お前がリーダーをやりたいのか?」

「やだよ面倒くせえ」

「その返答は殺意が沸くな。まあ、いい、話を続けよう。俺とアーク、それと輸送機がアルファーチーム。ドーズとドーガがブラボーチームだ。無線の周波数は、アルファーが401、ブラボーが402、全員に知らせるときは400で流してくれ」

「了解。フルート。お前が無線を担当しろ」

「……分かった」


 アークとフルートの会話でドーンは何かを思い付いたのか、フルートに話し掛けてきた。


「そうだな。お嬢ちゃんは後部座席に座ってるんだから、敵が来るまでの間は哨戒をメインに頼む」

「……うん」

「ギヒヒ。護衛で1番まずいのは先制攻撃される事だからな。嬢ちゃんの仕事は重要だぜ」

「ギャハハ。ドーズ兄ちゃん。フルートちゃんを脅すと、ここの整備士の全員からボコられるぞ」

「ギヒヒ。怖い怖い」


 ドーンの両側にいるドーズとドーガは、どうやらフルートを応援しているらしいが、どう考えても虐めてる様にしか聞こえなかった。


「2人共、お茶目なトークはやめろ。それで、空賊が現れた時の対応だが、ブラボーは殲滅チームにする。できるだけ数を減らして。空賊を近づけさせるな」

「「了解!」」


 ドーンの指示に、2人が返事をする。


「それでアルファーは?」

「俺たちは輸送機の護衛だ。近づいて来た敵だけを落とす。俺たちが無事でも、輸送機が空賊に囲まれたら、手出しできん。その時点でミッションは失敗だ」

「分かった」

「俺は敵が来たら右側を担当する。アークは左側を頼む」

「了解!」

「……了解!」


 アークとフルートが答えると、ドーンが満足げな表情を浮かべた。


「よし、輸送機しか狙わねえ空賊なんぞ、俺たち空獣狩りの敵じゃねえ! テメエ等、雑魚相手にヘマなんてするなよ」

「「「了解!」」」

「……了解」


 最後にドーンが気合を入れた声を出すと、全員が頷いて解散した。




 ブリーフィングを解散させたすぐ後に、ビックとスモールの兄弟がウルド商会のドックに現れた。


「待たせたな」


 ビックが話し掛けると、ドーンが問題ないと首を左右に振った。


「いや、こっちも今ブリーフィングを終わらせたばかりだ」

「そうか、荷物はすぐに来る。アイテムボックスに積んでくれ」

「分かった」


 その後すぐに仲卸業者が現れて、全員の戦闘機に積荷を入れ始めた。

 その作業を眺めながらアークが横のフルートに話し掛ける。


「フルート。もし、戦うのが無理そうだったら、機銃を正面に向けて固定しろ。そうすれば俺が撃つ。代わりに無線機で状況を知らせるオペレーターに専念しろ」

「…………」


 アークの話に、フルートは両手を握ると、唇をかみしめ首を横に振った。


「……大丈夫……私、できる!!」


 その一言には、弱気だった過去との決別を決意した、彼女の決意が込められていた。


「大丈夫だ。フルートならできるよ」


 背後からフルートを励ます声が聞こえて2人が振り向くと、目の下に薄っすらとクマを作ったフランシスカが現れて、背後からフルートの肩に優しく手を乗せた。


「フラン、徹夜なんだろ。休んだ方がいいんじゃないか?」

「お前たちが出発したら、少しだけ休むさ」

「パワフルな姉ちゃんだ」


 アークが呆れるのを無視して、フランシスカがフルートに話し掛ける。


「フルート。夢は見るものじゃない」

「……見るものじゃない?」

「そうだ。夢は叶えるものだ。フルート、自分の夢を叶えて来い!!」

「うん!!」


 その励ましに、フルートの顔から不安が払拭されて笑顔に変わり、フランシスカに向かって頷いた。




 積荷が全てアイテムボックスに格納されると、全員が機体に乗り込んで、管制塔からの連絡を待っていた。

 ワイルドスワンでは、アークの後ろでフルートが緊張している様子だった。


「なあ、フルート」

「……何?」


 アークが何気なくフルートに話し掛ける。


「さっきの質問の続きなんだけど、オムツにションベンしたままだと、気持ち悪くならないのか?」


 その質問に、フルートが顔を赤らめながらアークを睨む。


「……馬鹿」

「ははははっ」


 怒るフルートとは逆にアークが笑う。だけど、それでフルートの緊張が少しだけ解けた。

 管制塔から離陸の許可が下りて、先にビックとスモールが乗る輸送機が動き出して空へと飛んだ。


「それじゃ、俺たちも行くぞ」

「……うん」


 ワイルドスワンが滑走路に入る。

 機体は速度を上げると、アルフサンドリアへ向けて飛び立った。




 ルークヘブンと飛び立った輸送機と4機の護衛機は、南東のアルフサンドリアへ向かって飛んでいた。

 今のところ空賊からの襲撃はなく、順調に飛行を続けていた……が……。


「しかし、あのおっさん連中も無線で一体、何の話をしてるんだか……」

「……うん」


 アークとフルートが呆れるのも当然で、ドーン一家と双子のドワーフは離陸した直後から、無線機を使って自分の好みの女性について語っていた。


 ビックとスモールの好みの女性は同じドワーフなのだが、兄のビックは胸が大きい女性が好きで、スモールは腹が大きい女性が好きらしい。

 ドワーフの女性の全員が腹と胸が大きいという認識だったアークが、「どっちも同じじゃね?」と質問すると、彼等曰く、胸と腹では揉み心地が違うと彼に向かって力説していた。アークは2度とドワーフに女の話はするまいと誓う。


 ちなみに、その話が出た時、アークは前座席に居て気が付かなかったが、後部座席ではフルートが自分の胸を揉みながら落ち込んでいた。

 現在、フルートは貧乳に悩み中。時々、フランシスカの巨乳を見ては、こっそり影で溜息を吐いていた。


 ドーンは髭がもじゃもじゃだからなのか知らないが、獣人が好みらしい。

 アークが「獣姦マニアか?」と尋ねたら、獣人とヤるのは獣姦じゃねえと、やはり力説されて、さらに今度その手の店に連れてってやると言われたが、興味がなかったから素直に断った。


 ドーズは、見た目がチビドワーフなのに、好きなタイプは背の高い女性。背が高ければ高いほど良くて、その女性に責められると最高だと話して、全員からドン引きされていた。


 ドーガは、見た目が拒食症エルフなのに、好きなタイプが良く言ってふくよかな女性。悪く言えばデブ。

 それを聞いた時、スモールが良い物があるぞと言って、輸送機の窓からデブ専のエロ本を窓に張りつけて彼に見せると、ドーガが後で欲しいとスモールに強請っていた。

 だけど、ビックが「俺とスモールの汁付きだけど良いのか」と聞くと、全力で断った。


 最初のうちは、無線機の文字盤を見て赤面していたフルートだったが、次第に瞳からハイライトが消えて、最後には「……最低」と呟いた。

 それをアークが無線機で皆に伝えると、全員が一斉に……。


『『『『サ・イ・コ・ウ(最高!!)』』』』


 と返事が返ってきて、アークはこんな中年のおっさんにだけはなりたくないと心から思った。

 アルフサンドリアの旅路は、1人の少女の純潔を破壊しながら、順調に飛行を続けていた。

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