第19話 シャガンの魂

 フランシスカはワイルドスワンを慎重に調べながら、ギーブの設計思想を理解しようと、必死に思考を巡らせていた。


 このワイルドスワンは元々軍用戦闘機なので、空獣狩りの戦闘機が使うアイテムボックスを搭載した場合、バランスが崩れて性能が落ちるはずだった。

 しかし、ギーブは当初の設計を大幅に弄り、精密な計算の基、翼の位置と角度を変えた。

 機体のパーツも新作が出る度に比較、検討、交換を繰り返し、性能の向上と機体の軽量化に成功していた。

 その結果、ワイルドスワンは軍用戦闘機と同じ性能を持ちながら、空獣狩り用のアイテムボックスを搭載することが出来ていた。


「やはり、整備士の神とまで言われた方だ……」


 ワイルドスワンの構造と仕組まれた偽装を調べれば調べるほど、ギーブの設計が完璧である事にフランシスカは驚きと感動に満ちていた。


「主任、どうですか?」


 ロジーナがフランシスカに尋ねると、彼女は自信のある笑みを浮かべて頷いた。


「かなり複雑だったが構造は把握した。これから偽装のボディーを一時的に全部外す。私の指示に従って動け!」

『了解!』

「……了解」


 フランシスカが声を張り上げると、ロジーナと他の整備士。そして、何故かフルートまでもが敬礼をして作業に取り掛かった。




 フランシスカの指示で、ワイルドスワンの偽装の取り外し作業が始まった。

 力のないフルートはただ応援しているだけだったが、彼女が小さな声で「……ガンバレ」と応援すれば、男性整備士の全員が興奮して通常よりも早く仕事をしていた。何気に彼女も役に立つ。


 偽装したボディーの下から白銀の機体が見え始めると、フランシスカが他人に見せるのはマズイと判断して、ドックのシャッターを閉めるように部下に命じる。

 シャッターが閉じられて薄暗い照明の下、偽装が全部剥がされると、ワイルドスワンが真の姿を現した。

 その姿を見た全員が、機体の美しさに感動で震えていた。


「……キレイ」

「ああ、父が言っていた通りだ」


 感動しているフルートの横で、フランシスカが父親の言葉を思い出して呟く。


「なんて……言ってたの?」

「流線形の美しい白銀が高速で空を駆け、稲妻のように空獣を狩り、踊るように空を舞う。その姿は白鳥、ワイルドスワン。正にその通りだな」

「……うん」


 フランシスカの言葉に、フルートが頷いた。


「よし、後部座席と機銃の構造を変更させるぞ! 20年前のパーツと最新のパーツがごちゃ混ぜになってるから作業は私がやる。ロジーナはサポートだ」

「了解!」


 フランシスカは気合を入れると、ロジーナと一緒にワイルドスワンの改造を始めた。




 その頃、アークは『ルークバル』のカウンターで1人、悩んでいた。

 ちなみに、マリーベルは買い出しに出かけていて、彼は留守番を頼まれている。


(ヤったってことは、マリーも俺に気があるってことだとは思う。だけど、俺からしたらあれはヤったじゃなくて、ヤられたとしか言いようがねえ、ヒデエ話だ。それでこのままマリーと付き合うのか? 確かにアイツは美人だし性格も良いから、俺だってチャンスだとは思うぜ。マリーと付き合って、ダヴェリールに行かずに黒の森に定住。結婚して、幸せな家庭を築く……)


 悩んだ末に長い溜息を吐いた。


(駄目だ。俺はマリーよりも、親父が残した神の詩の正体を知りたい)


 そこまで考えて軽く笑う。

 

「やっぱり、俺は親父の血を引いてるんだろうな。魂が未知の空を求めてやがる……」


 アークが頭をボリボリ掻きながら自分に呆れていると、店のドアが開いてマリーベルが帰って来た。


「ただいま」

「おかえり」


 マリーベルが両手に持った荷物をカウンターに置くと、中に入ってエプロンを身に着ける。


「お昼を食べてくでしょ。何か作るわ」

「ああ、頼む。それで、えーっと……マリー、悪いけど……」

「待って!」


 言い淀むアークに、マリーベルが手を前に突き出して話を遮った。


「その先は言わなくても良いわ」

「え?」


 首を傾げるアークに、マリーベルが真顔になって話し始めた。


「昨日は私が愛したかっただけ。出会ってから短いけど、アークの事ならもう分かっているわ。あなたはどんな女性よりも空を愛する人。私が今まで出会ったどの男より素敵な人だけど、私じゃあなたを地上に根付かせるのは無理。だから、アークがダヴェリールに行くまでの間だけ、私の止まり木でその翼を休ませて。私はそれで構わないわ」


 マリーベルの話に、アークが腕を組んで考える。


「大変詩的なセリフで素敵に聞こえるが……単刀直入に訳すと、セッ〇スフレンドって奴か?」

「うふふ。私もストレス解消になるし、期待しているわ」


 笑うマリーベルとは逆に、アークが天井を見上げて……一言。


「ぜってーー休めねえよ……」


 そう呟くとガクンと頭を項垂れた。




 ウルド商会のドックでは、フランシスカとロジーナが、ワイルドスワンの改造に悪戦苦闘していた。


「信じられません。何ですかこの構造……高機動を考えた設計なのに、予想よりも丈夫に作られてますよ。機体内部を見て美しいと感じたのは初めてね」


 ロジーナがフランシスカのサポートをしながら、機体内部を見て驚いていた。


「ロジーナ。これは神の腕と言われた整備士を相手にした私達の戦いだ。ギーブは自分が構築した機体を改造できるならやってみろと、私達に挑戦状を送っているんだ。だったら私は、彼を超えてみせる! E型53番を持ってきてくれ」

「はい!」


 ロジーナが言われた型番のパーツを機体内部に入れて両手で支える。それをフランシスカがネジで止めて、その周辺の配線を組み替え始めた。


「主任、そこは機銃部分とは異なりますよ」

「知っている。だけど、この部分を組み替えないと機銃が回らない。この部分は全体の4割を弄ると思え!」

「そんなにですか? 明日の朝まで間に合いませんって!」

「いいから手を動かせ。ロジーナ、次はA-28のVF10型の歯車だ」

「はい!」


 男性整備士とフルートが見守る中、2人の作業は続いた。




 『ルークバル』を出たアークは、その足でギルドに寄っていた。

 何時も担当していたミリーが珍しく不在だったので、適当に選んだ窓口で明日のフライトの時間を変更をする。

 その時にセリで売れたオークジェネラルの明細もついでに渡された。


 オークジェネラルだけの金額を見ると、ウルド商会が120万ギニー。残りは大体160万ギニー前後だった。

 普通のオークの売値が大体40万ギニーなので、オークジェネラルは約3倍から4倍の金額で競り落とされたらしい。


 アークがギルドを出てウルド商会のドックに帰ると、シャッターが閉まっていて首を傾げた。

 ちなみに、マリーベルからは今晩も誘われていたが、ワイルドスワンの進捗状況も知りたかったし、明日は長距離を飛ぶという理由で断った。


 シャッター横のドアを開けて中に入ると、ワイルドスワンの擬態が剥がされて、フランシスカとロジーナが機体を弄っていた

 そして、多くの男性整備士とフルート。それに加えて、午前の狩りから帰って来たドーン一家の3人が、離れた場所から作業を黙って見守っていた。


 後ろから聞こえてくる足音にドーンが気付いて振り返ると、アークが彼に向かって、軽く「よっ」と片手を上げて横に立つ。


「午後帰りか。昨日の夜は楽しんだか?」

「残念ながら朝まで寝てた。だけどマリーは楽しんだらしいぞ」

「……そうか。あの娘、男が居たのか。それは残念だったな」

「(そう言えば聞かなかったけど、他に男は居ねえよな)……マリーに男が居るかは聞いてねえからシラン」


 2人はワイルドスワンの様子を見ながら、かみ合っている様で絶妙にかみ合っていない会話をする。

 その話が終わると、ドーンがワイルドスワンについて質問してきた。


「話は整備士から聞いた。あれがアヒルの正体か」

「まあな」

「俺も昔、ワイルドスワンの噂だけは聞いた事がある。眉唾だと思っていたんだが、まさか本当に存在するとは思わなかったぜ。で、何で偽装なんてしてるんだ? しかもアヒルとは……その偽装した整備士はまるでセンスがねえぞ」

「センスがないという部分については、俺も諸手を挙げて同意してやるよ。それでコイツだけど、出所が問題なんだよ」

「どういう意味だ?」

「コレ、親父が軍からかっぱらってきたらしい」

「はあ?」


 ワイルドスワンを見ていたドーンが、グルッと隣のアークの方へ振り返った。


「ふむ。俺がそれを聞いた時と同じ反応だ。まあ、アンタほどヒデエツラじゃなかったけどな。1度そのもじゃもじゃのヒゲを剃ってグラサンを外してみたらどうだ? もしかしたら、頭のイカれた女が間違って惚れるかもしれねえぞ」

「ヒデエツラは余計だ、バカヤロウ。それに、このグラサンは絶対に外さねえ、俺たち一家の魂だ」

「ゲン担ぎか。じゃあ仕方がねえな」


 ドーンの話にアークが肩を竦める。


「それよりもかっぱらったって、どういう意味だ。お前との会話は話が横道に逸れて続かねえ」

「生まれてから人生、横道街道まっしぐらだから仕方がねえよ……それで、かっぱらった理由は、生まれてなかったから詳しくはシラン。ただ聞いた話だと夜逃げらしい」

「夜逃げ?」

「あの機体、本当はスクラップにされる予定だったらしい。それをテストパイロットしていた親父と、設計から関わっていた親友のギーブが、パクッて亡命したとか言ってたぜ」

「……ワイルドスワンのテストパイロット?」


 ドーンがアークの横顔をまじまじと見る。

 そして、子供の頃の雑誌に載っていた1枚の写真に、彼に似た青年が写っていたのを思い出した。


「もしかして……お前の親父の名前はシャガンか?」

「ああ、そうだ」

「……無敗のエースか……ガキの頃に憬れてたな」

「センスがねえのは子供の頃からか……」

「まあ、お前が生まれる前の話だから知らないのも当然か……シャガンとダイロット。俺の頃はあの2人に憬れるガキしか居なかったんだがな……」




 ドーンがアークに昔話を語り始める。それはアークの父親が活躍する物語だった。


 『無敗のエース』シャガン。『撃墜王』ダイロット。

 ダヴェリール空軍の小隊長だったシャガンに、彼と共に戦った僚機のダイロット。この2人が戦場に出れば、必ず勝つとまで言われる2人組の編隊だった。


 特に2人を有名にしたのは、25年前にダヴェリール北の山脈で発生した、スタンピードと呼ばれる空獣による人間界への襲撃。第四次空獣戦争と言われる戦いだった。

 人類はそのスタンピードを抑えるため、ダヴェリール国だけではなく、周辺諸国の空軍も参戦して、人類と空獣との激しい戦いが日夜問わず行われた。


 多くの戦闘機が撃墜される中、この2機のパイロットは形勢不利でも、神業とも思える戦闘を繰り広げた。

 シャガンが囮となって空を駆け巡り空獣を翻弄させ、ダイロットが百発百中の精密な攻撃で撃ち倒す。

 そして、最後に現れたベヒモスという超大型の空獣を、シャガンとダイロットはたった2機で倒した事で、スタンピードが終焉を迎えた。

 その時の戦いを見た味方機から、どんな空獣を相手にしても倒されないシャガンを無敗のエース。精密な射撃でシャガンを守ったダイロットを撃墜王。

 彼等はこの二つ名で呼ばれるようになった。




「……そいつは誰だ? 俺の親父はそんなクソ格好良くなかったぜ」

「過去形か……シャガンは死んだのか?」

「俺が15で免許を取りにミズガルズへ行っている間に、流行り病で死んだよ」

「……そうか」


 ドーンがそれを聞くと、グラサンを少しだけ外して目頭を押さえた。


「俺が聞いた話だと、立ち上がれないほど衰弱している癖に、ギーブに頼んでコックピットに乗せてもらったらしい。それで満足したのか、コックピットの中で安らかに死んだらしいぜ。多分、死ぬ前に乗ったのがアレだったんだろうな……」


 アークはそう言うと、ワイルドスワンを顎でしゃくった。


「……そうか、このワイルドスワンはシャガンの魂が入っているのかもな……」

「…………」


 ドーンの話にアークが無言になる。

 会話を終えた2人は、周りと同じようにワイルドスワンを黙って見ていた。

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