第16話 過去との決別

 2人に声を掛けてきた3人は、年齢的にはアークよりも少し年上で、戦闘機の免許を取ってまだ1、2年ぐらいの新人だった。

 彼等よりもアークの方が若いが、これは免許を取得した年齢が早かっただけで、新人の空獣狩りとして見れば、彼等ぐらいの年齢が普通だろう。


 1人目は、厳つい顔をした筋肉質だけど太っている大柄な男性。

 名前はジモン。性格は好戦的な性格から頼りになるが暴力的で、3人の中ではリーダ的存在だった。


 2人目は、顎がしゃくれているのが特徴な男性。

 名前はミーズリー。彼は狡辛い性格で、いつも楽をしようと考えていた。

 実はミーズリーはフルートを狙っていて、昨日は良い所を見せようと囮役を志願したが、彼のミスでフルートの戦闘機を損傷させる原因を作り、逃げた男でもある。


 3人目は、唯一の女性で、名前はシャリー。

 自分さえよければ後はどうでもいいという性格で、気に入らない事があればヒステリックに叫ぶ悪い癖があった。

 顔はそこそこの美人なのだが、赤いアイシャドウを縫って神経質そうな化粧をしていた。




「フルート!」


 足を止めて振り返ったアークとフルートに、ジモンが声を掛ける。


「……何?」


 少し怯えた様子でフルートが応じると、ジモンが見下す様な笑みを浮かべた。


「さっきギルドで耳にしたけど、借金を返済できたんだな」

「……貴方達にはもう関係ない」


 フルートの言い返しに、ミーズリーが肩を竦める。


「つれない事を言うなよ。借金を返せたんだったら、また俺達と飛ぼうぜ」

「そうよ。今日はフルートが居なかったから全然稼ぎにならなかったわ。だから、また一緒に飛びましょ」


 ミーズリーに続いて、シャリーが優しく笑い掛けてきた。


「…………」


 フルートが無言で彼等を睨む。

 今まで3人の下っ端だったフルートは、「友達」という言葉に騙されて、彼等に怒鳴られたり、命令されたり、空獣狩りでずっと囮をやらされても我慢してきた。だけど……。


 今まで友達だったと思っていた3人に捨てられた事。

 自分を囮として3人に利用されていたと、アークから聞かされた事。

 別れる時も、部屋の前に荷物を放り出されて、言葉すら掛けてくれなかった事。


 この全てを1日で体験した彼女はショックを受けて、ベッドの中で泣き明かした結果、「友達」という洗脳が解けていた。




「なあ、そこのアンタ」


 何も言い返さず自分達を睨むフルートに、懐柔が難しいと判断したジモンが、今度はアークに話し掛けてきた。


「ん? 何かな?」


 それをアークが笑顔で迎える。

 フルートがアークの顔を見れば、彼の目は笑っていなかった。


「その若さでフルートの借金を返したんだから貴族様なんだろ。それに、年齢からして新人みたいだし、俺たちと一緒に飛ばないか? 色々と教えてやるよ」


 3人はアークがフルートの借金を返済したのをギルドで盗み聴きしていて、アークを金持ちの道楽貴族と勘違いしていた。

 そして、あわよくばアークを金づるにしようと計画していた。


「フルートもうまくやったわね。どんな色仕掛けをしたのか、今度教えて頂戴」

「なあ、俺たち友達・・だろ。だったらまた一緒に飛ぼうぜ」


 最後の「友達」という言葉に、フルートがビクッと体を震わせる。

 フルートの反応に気付いたアークが、チラっと彼女を見てから、3人に向かって笑い始めた。


「くっくっくっくっくっ。なあ、お前達、何か勘違いしてないか?」

「何がだ?」


 ジモンの問いに、アークが話を続ける。


「俺は借金を肩代わりにしただけで、コイツはまだ俺に対して借金を背負ったままだぜ。なあ、一緒に組むって事は、お前達も一緒に借金を返済してくれるんだよな。だって友達・・なんだろ」

「「「…………」」」


 アークの笑顔とは裏腹に、彼から放たれる凶悪な雰囲気を感じて3人が押し黙った。


「それと、コイツから話は聞いたぜ。お前達、今までフルートを利用して散々稼いだらしいな。しかも、囮だったフルートの取り分を全員で分けて4等分だって? そんなふざけた話、聞いた事ねえよ」

「そ、それは、フルートを鍛えていたんだ」

「……フ、フルートだって何も言わなかったし!」

「そうよ、私達は悪くないわ」


 3人の言い訳にアークが顔を顰める。


「お前等は言い訳が下手糞な政治家か何かか? とりあえず、政治家らしく土下座してフルートに謝れよ。オーク3匹如きに逃げ帰るぐらいの雑魚なんだから、プライドなんてとっくの昔に捨てているだろ。はい、今すぐ土下座なう!」


 アークが地面を指さし、3人に土下座を促した。


「何だと!」


 アークに向かってジモンが怒鳴り返す。


「なんだよ。オークが相手だとビビるくせに、人間様相手だと随分粋がるじゃねえか。空獣狩りなら空獣にイキれ。いいか、これ以上フルートに近づくな。馬鹿がうつる、今すぐ消え失せろ」


 アークが3人に向かってシッシッと手を払い、フルートを庇って一歩前に出た。


「テメエ、あまり調子こくなよ」

「お前らこそ、人間様に向かって偉そうな口を開くんじゃねえよ。スリー変態ゴブリンズ」


 ジモンが怒気を露わにして睨むが、アークはその脅しを平然と受け止めさらに煽り続けた。


「何、その口。マジでムカつくんだけど」


 シャリーが言い返すと、アークが顎に手を添えて、彼女を上から下までジロジロ見てから「ふむ」と呟いた。


「ああ、すまない。確かにアンタみたいな美人に向かって言うセリフじゃなかったな」

「そうよ。分かっているじゃない」

「ところで、今被っている、そのブサイクな仮面は何所で買ったんだ? 今度ゴブリンを誘う時に使うから、売ってる場所を教えてくれ」

「なっ!」


 アークの冗談に理解が追い付かず、シャリーがポカーンと口を開けた。


「フルートが居なけりゃ空獣1匹マトモに狩れないテメエ等が、一体俺に何を教えてくれるんだ? 空獣からの逃げ方か? それとも、仲間に擦り付けるやり方か? もしかして、泣き叫びながらクソを垂れ流すやり方か? バーカ、お前等に教わる事なんて何1つねえよ。このクソ野郎、生まれ育ったババアのケツに帰れ!」


 アークはそう言うと、3人に向かって中指を突き立てた。




「さっきから言わせておけば、調子に乗るな、この野郎!」


 ジモンが怒鳴って、アークの胸倉を掴もうと腕を伸ばす。

 その伸びた腕をアークが掴んで肩に背負うと、一本背負いでジモンを地面に叩きつけた。

 投げられたジモンが背中を固い地面に打ち付けて、息を詰まらせる。


「こいつは、サービスだ」


 倒れたジモンの鼻を目掛けて、アークが踵を踏み下ろした。


「ぐはっ!」

「「ジモン!!」」


 ジモンが地面を転がりアークから離れる。

 立ち上がったジモンの鼻はアークの踵で折られて、抑えた指の間から鼻血が滴り垂れていた。


「さあ、おしおきの時間だ」


 ジモンがやられて3人が動揺していると、アークが素早く近寄り、ミーズリーのしゃくれた顎に向かってフックを叩きつけた。


「がっ!」


 フックで脳を揺さぶられたミーズリーが1発でKOして、膝から地面に崩れ落ちて気絶する。


「テメエ!」


 ジモンが鼻血の付いた拳でアークに殴り掛かる。

 アークはその拳をさっと躱すと、お返しにジモンの股間を蹴り上げた。


「……!!」


 

 声にならない叫びをあげてジモンが股間を押さえると、目の前のアークが背中を向けた。

 アークがジモンの顎を自分の肩に乗せて、頭を両手で掴んで固定させる。

 そして、頭を掴んだまま前に向かって跳び上がり、自分の背中を打ち付けるように着地した。


 地面に倒れた衝撃がアークの体を伝わって、肩に載せていたジモンの顎に打撃を与え、同時に頚椎へ衝撃を与える。

 予想もしていなかったアークの攻撃に、ジモンが首を押さえて地面を転げ回った。


「昔、ミッキーがヤギ相手に喰らわせていた技だけど、すげえ効いたな……」


 ちなみに、ミッキーはヴァナ村の管制塔で働く職員だが、彼のあだ名は「ヤギ殺し」。

 素手でヤギを殺せるプロでもある彼は、村人から馬鹿の代名詞として、尊敬……訂正、軽蔑されていた。




 ジモンを片づけたアークが起き上がって、シャリーの前に立つ。

 シャリーは仲間の2人が簡単に倒されたのが信じられず、口を半開きにして倒れている仲間を呆然としていた。

 そのシャリーに、アークが片手を伸ばして彼女の首を絞める。


「ぐっ……ぐるし…い!」

「なあ、首絞めプレイの感想を教えてくれよ。ん? なんだって? 聞こえないな。もしかして興奮しているのか?」


 さらに力を込めて体ごと持ち上げると、シャーリーの股間が濡れ始めた。


「おいおい。興奮し過ぎて、お股がびしょ濡れだぞ」


 シャーリーの濡れたズボンに気付いて、アークが嬉しそうに話し掛ける。


「ぐっ……や、やめて……!」

「まるで不倫を知った旦那が妻の首を絞めているみたいな声だな。俺が住んでいた隣の家で起こった、経験に基づいた話だぜ」

「……ダメ!!」


 そのままアークがシャリーの首を絞めていると、フルートがアークの腰にタックルをかました。


「うげっ!」


 フルートのタックルで、アークが呻き声を上げる。

 彼女のタックルは予想外の攻撃だったのと、結構強烈だったので、アークの腰にダメージを与えた。


「アーク……もういい……これ以上は死んじゃう」

「…………」


 フルートに言われて、アークがシャリーの首から手を離す。

 シャリーは地面に倒れると、喉を押さえて激しく咳き込んだ。


 アークが腰にしがみついて泣きそうな顔で自分を見上げるフルートを見る。

 ついでにタックルが痛かったのか、腰をさすっていた。

 

「……気は済んだか?」


 アークの質問にフルートが頭を上下に振った。


「そうか……だったらこれぐらいで勘弁してやるよ」


 それを聞いて、フルートがホッとした様子でアークの腰から離れた。


「それじゃ、回収ターイム!」

「え?」


 フルートが何の事だか分からず首を傾げていると、アークがウキウキしながら3人から財布とギルドカードを奪った。

 最初に財布から金を奪って、次に3人のギルドカードを束ねる。


「……何を……するの?」


 フルートの質問にアークが笑い返す。


「こうする……うりゃー!」


 

 アークが叫んで、ギルドカードを3枚同時にへし曲げた。

 そして、フルートに曲げたギルドガードを自慢げに見せてから、へたり込んでいるシャリーに向かってポイッと投げ捨てる。


「……も、もう許し……て……」

「オースチンはかく語りき、3章16節、『てめぇのケツをぶっ飛ばしたぜ』だ。親切な俺からの警告だ。お前等、田舎に帰れ。これ以上飛ぶと本当に死ぬぞ」


 アークが3人を見下ろして冷たい声で告げる。

 そして、フルートを連れて通路から歩き去った。




「やっぱ、シケてんなぁ」


 奪った金を数えながらアークが歩く横で、どう突っ込んでいいのか分からないフルートが、困惑の表情を浮かべていた。


「……アーク……やりすぎ」

「そうか? 最近、やってねえから溜まってるぞ」

「……バカ」


 アークの下ネタにフルートが赤面する。


「それにしても、よくあんな連中と付き合ってたな。特にあのしゃくれなんて、お前をいやらしい目で見てたぞ」

「…………」


 アークの指摘に、フルートは彼等と組んだ3カ月間で、何度か自分の貞操が危なかった事に気付き、身の毛がよだった。


「それよりも、ほら」


 震えているフルートに、アークが数え終えた紙幣を全額差し出す。

 アークから差し出された紙幣を、フルートが嫌々受け取った。


「……なんか……悪い事をしたみたい」

「暴力振るって金を奪ったんだから、その指摘は間違ってないな。だけど、さっきの3人は自分が悪い事をしたという自覚がなかった。ああいうのが一番質が悪い」

「……そうだね」

「まあ、あんな奴等の事はもう忘れろ。「人生は前向き、空獣は後ろからケツを蹴っ飛ばせ」それが空獣狩りだ」

「……そんなの聞いた事ない」

「そりゃそうだ。今、思いついた格言だからな」

「……クス」


 笑うフルートに、アークが彼女の頭を撫でる。


「……私……年上……」


 頭を撫でられたフルートは不満げだった。

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