第15話 空獣狩りの魂

 ルークヘブンに戻ってウルド商会のドック前にワイルドスワンを停めると、アルフガルズに居るはずのオッドが笑顔でアークを出迎えた。


「やあ、アーク君。調子はどうだい?」

「調子はボチボチってところかな。オッドさんの方は元気ハツラツって感じだね。特にお腹周りが暖かそうだ」


 話し掛けられたアークが、オッドの太った腹をジッと見る。


「あははっ。相変わらず面白いね」

「俺は人が気にしている事を直球で言うのは、できるだけ避けているんだ。まあ、時々相手次第で本音がポロッと出る事もあるけど、オッドさんはその対象外だから会話が面白くなっちゃうのかな」

「あはははっ、それは嬉しい限りだね。そうそう、フランから聞いたよ。うちと専属契約してくれたんだって」

「場の空気というか、成り行き上で何となく? それでオッドさんにも一苦労掛ける事になったけど、俺の娯楽のために、ひとつよろしく頼むよ」


 アークのお願いに、オッドがえびす顔で頷いた。


「うん、うん、大丈夫。実はアーク君の頼み事は私も何時かやりたいと思っていたんだ。だけど、その切っ掛けがなくて後回しにしていたのさ。交渉に時間が掛かるかもしれないけど、何とかしてヴァナ村とアルフガルドとの交易路を作ってみせるよ」


 オッドの意気込みに、アークが笑顔を返す。


「実力のある商人ってのは時々神様に見えるぜ。その立派なお腹を拝んでも良いかな?」

「それはさすがに私の心のダメージが酷いから遠慮しとくよ。それで今日は何を仕留めてきたのかな?」


 整備士がワイルドスワンのアイテムボックスから獲物を出す作業を眺めながら、オッドが尋ねてきた。


「えっと、覚えてないな。フルート、お前は覚えてるか?」


 アークが背後で控えていたフルートに話し掛けると、彼女は指を折りながら仕留めた空獣を言い始めた。


「……オークが2匹……ブラッドベアが1匹……エアーボアが3匹……ハーピーが2匹……それと……」


 フルートの報告にオッドが凄いと驚く。


「何だこりゃ!!」


 フルートが言い終わる前にアイテムボックスを回収していた整備士が大声で叫んだ。

 その声にフルートが報告を中断して、声の方へ視線を向ける。


「何があった?」


 整備士の叫び声にフランシスカが眉を顰め、ワイルドスワンに近づいて回収物を確認する。

 彼女は回収物を見ると目を大きくして驚き、怒った様子でアークに走り寄ってきた。


「アーク! なんでオークジェネラルが入っている!!」

「……オークジェネラルが3匹」


 アークの正面からフランシスカが、背後でフルートが最後の指を折り曲げて、オークジェネラルの名前を報告した。


「オークジェネラルだって!」


 オークジェネラルと聞いてオッドが驚き、慌ててオークジェネラルを見に行く。


「最後にちょっと遊んでみたら、幸せそうに寝ている豚を見つけてね。ムカついて狩ったけど気に入ったか?」


 その冗談を無視して、フランシスカがアークの胸倉を掴んだ。


「気に入ったじゃない! あれは夜行性だ。まさか、お前、森の中に入ったのか!?」

「だってドーズが言ってたじゃん……ドーズだったよな。いや、もしかしてドーガ? まあ、どっちでもいいや。ソロのランカーは森の中に入って獲物を探すって言ってたから、俺も試しに入ってみた」


 その言い返しを聞いて、フランシスカがさらに襟を強く掴んだ。




「アーク! その話は私も覚えている。その時、ドーガが森に入るのは自殺行為だと言っていたのを忘れたか?」

「とう!!」


 胸倉を掴んで叫ぶフランシスカに、アークが彼女の頭に頭突きを喰らわした。


「ぐはっ、何をする!」

「それはこっちのセリフだ。公然の場でいきなり首絞めプレイか? そういうのは相手の合意を得てから、バレそうでバレないギリギリの場所でヤらねえと、公然わいせつで捕まるぞ!」

「ふざけんな!」


 額を押さえてフランシスカが怒鳴り返す。


「ふざけてねえ、いたって真面目な話だ!」


 アークとフランシスカが言い争う後ろで、フルートがあわあわしていた。


「話を下ネタに挿げ替えるな!」

「だったら、真面目なトークをしてやるよ。いいか、俺は酒で理性は捨てるけど、記憶は捨てない体質だから、俺だってその話は覚えてる。あの3人の誰が言ったかは忘れたけどな」


 それは記憶を捨てているとフルートは思う。


「フラン、1つ教えてやるよ。覚悟のある空獣狩りって奴は、飛べると分かった場所に獲物が居るなら、そこが危険な場所でも飛んで仕留める。なぜなら、魂がそうさせるんだ。飛べない奴は負け犬だと魂が煽ってくるんだ。だったら飛ぶしかないだろ!」


 アークの話にフランシスカが頭を横に振った。


「私は無茶をする死にたがりって奴が嫌いなんだよ!」


 フランシスカは悲しげな表情を浮かべると、深く溜息を吐いてアークの前から立ち去った。




「一体なんだったんだ?」


 アークが首を傾げていると、フランシスカの部下のロジーナが話し掛けて来た。


「主任は昔、空獣狩りの恋人が居たのよ……」

「そいつはスゲエ!」


 その言い返しは何かが違う。フルートとロジーナが顔を顰めた。


 ロジーナの話によると……。

 昔、フランシスカがまだ見習い整備士だった頃、戦闘機の整備をした事が切っ掛けで、その戦闘機の持ち主の空獣狩りと恋仲に発展した。

 フランシスカの彼氏は才能があったのか、黒の森で稼ぐうちに高位のランカーへと昇り始めた。

 ちなみに、この頃はまだダヴェリールの法律が昔のままだったので、高位のランカーになっても推薦が貰えるわけではなく、ただ空獣狩りの意識向上のためのランキングだったらしい。


 高位のランカーとなったフランシスカの彼氏は、そのランキングを維持しようと無茶な稼ぎを始めた。

 無茶な稼ぎと機体の破損が酷い事から、フランシスカが止めても、彼氏はただ笑って「大丈夫だ」と彼女の忠告を無視した。


 そして、フランシスカと彼氏が結婚の約束をしたその翌日。

 夜になっても黒の森から帰ってこない彼氏を待つフランシスカに、ギルドから1通の知らせが届く。

 それは、彼氏の死亡報告書だった。


 その用紙を見たフランシスカは、その場で泣き崩れたらしい。




「4年前の話だけど、悲しい気持ちを思い出に変える時間としてはまだ短いわ」


 最後にロジーナはそう言って、自分の仕事へと戻った。


「ん? 何だ?」


 袖を引っ張られてアークが振り向くと、フルートが彼を見上げていた。


「……アークは大丈夫……絶対に死なない」

「安心しろよ。俺に自殺願望はねえ。飛べると思ったから森の中を飛んだんだ」


 アークはそう言うと、笑いながらフルートの頭をぐりぐり撫でた。


「……私の方が……年上……」


 頭を撫でられたフルートは、不満げに顔を顰めていた。




「いやーー。やっぱりここに来て正解だった。あの肉は高級品だから良い値で売れるよ」


 オークジェネラルを見学してきたオッドが戻って来て、満面の笑みを浮かべながらアークに話し掛けてきた。

 フランシスカの昔話を聞いた直後に笑顔を振りまくオッドに、2人が心の中で「空気を読めないデブ」という認識を抱く。


(……共食い?)


 さらにアークがオッドの腹を見て、酷い事を考える。


「ところでオッドさんは、どうしてルークヘブンに?」

「もちろん。アーク君が狩ったオーガの亜種の落札のためだよ。昨日の昼にここから緊急の連絡があってね。オーガの亜種がセリに出る。しかも仕留めたのがアーク君で、今晩中に専属契約するから確実に落札するって話を聞いて、居ても立っても居られずに飛んできたよ」

「見かけと違って行動力があるんだな。それでオーガは買えたのか?」

「うんうん。亜種だから高かったけど、650万ギニーで買えたよ」


 オッドの口から出た値段に、2人は驚いて視線が腹から顔に移動した。


「そんな高く売れたのか!!」

「当然だよ。オーガなんて、ここ以外だとダヴェリールでしか手に入らないし、しかも亜種だよ。魔石も素材も通常のオーガと比べ物にならないぐらい品質が高いって、うちの購買部が驚いていたぐらいだ」

「フルート良かったな。ギルドから3割引かれても455万ギニーだ。これで娼館落ちはなくなったぞ」

「……アーク……ありがとう」


 フルートがアークを見上げて笑顔を見せる。

 その彼女の笑顔に、遠くからフルートを眺めていた男性整備士たちが興奮していた。




「ところで、さっきから気になってたんだけど、そのエルフの子は?」

「質問が遅いね。まあ、女より肉が好きなら仕方がないか。コイツは俺とチームを組む予定のフルートだ」


 オッドの質問にアークが答えると、フルートがオッドに頭を下げた。


「アーク君と組むんだから、きっと、この子も才能があるんだろうね」

「シラネ」

「え?」


 アークの一言に、オッドが目を丸くする。


「だってコイツが飛んでいるところを見た事ねえし。ただ、センスはある気がする」

「そうなのかい?」

「俺の後部座席に乗って気を失わなかったからな」

「……私は戦闘機に乗った事がないから分からないんだけど。そんな事でセンスが分かるのかな?」


 オッドの質問にアークが顎に手を添えて語り始める。


「俺が免許を取りに行った時、後部座席に乗った教官は全員途中で気を失っていたな」

「「は?」」


 アークの話が理解出来ず、オッドとフルートがポカーンと口を開けた。


「それが続いたら、教官の全員が俺と乗るのを拒否して、三カ月で単独飛行させられた」

「……私……よく気絶しなかった……自分で自分を褒めたい」


 フルートが手を組んで神様に祈っていた。


「それでオッドさん。今日のオークジェネラルも買う予定?」

「もちろん。全部買ったら他の商店の顰蹙ひんしゅくを浴びるから、2体だけにするけどね。それがどうかしたのかい?」

「実はこれから、このフルートの歓迎会をする予定でね。せっかく最高級の肉を手に入れたんだから、食ってみたいと思ったんだけど、やっぱり一旦ギルドに納品しないと駄目なんだよな」


 アークん相談に、オッドが悪巧みを思いついた様な笑みを浮かべる。


「千切れて回収できなかったという事にして、太ももをチョットだけ頂いても、大目に見てくれると思うよ」

「なるほど、さすが商売人だ。仕事も素晴らしいが、アドバイスも実に素晴らしい。やっぱりその腹を拝ませてもらうよ」


 そう言うと、アークはオッドの腹に柏手を打って拝み、その横でフルートが十字を切って祈っていた。


「……アーク君。それに、フルートちゃん? 私も表面には出さないけど、結構、傷付いているからね……」


 拝む2人を前に、オッドの笑顔が引き攣っていた。


 アークはオッドと話終えた後、話し掛けるなという空気を醸し出すフランシスカを避けて、ロジーナに頼んでオークジェネラルの肉を少しだけ貰った。

 そして、改めてワイルドスワンの改造を依頼する。

 ロジーナの話だと、昨日の内にフランシスカが設計書を作成していて、予定通りに明日の晩には改造が終わると約束してくれた。


 その報告に満足したアークはオッドに別れを告げると、フルートを連れてギルドに向かった。




 ギルドへの移動中、フルートがアークに話し掛ける。


「アーク……話がある」

「そう言えば、そんな事を言ってたな」

「私……アークとチームを組めない」


 アークがジッとフルートを見下ろす。


「……そうか。俺と組みたくないんだったら仕方がないな、まあ、借金の返済はいつでも構わねえぜ」


 アークの話に、フルートが慌てて首を左右に振った。


「……ち、違う」

「じゃあ何なんだ?」


 アークが眉を顰めると、フルートが涙を堪えて必死に話し始めた。


「私の腕だとアークの足手まといになる……だけど、私、アークと飛びたい! ……だから、だから……」

「…………」

「私……アークと一緒にワイルドスワンに乗って……ガンナーを担当したい!」

「……ガンナーね」

「アークは自由に飛ぶ……とても楽しく……私、一緒にそれを感じたい」

「何か、とてつもなく重てえ愛の告白を聞いてる気分になるな」

「……バカ、違う」


 アークの冗談に、フルートが彼の腕をポカリと叩いた。


「取り敢えず保留だな」

「…………」

「明日の夜にワイルドスワンの改造が終わるから、次に飛ぶのは明後日だ。それで、お前の実力を見てやるよ」

「……分かった」


 アークの話に、フルートは決意を胸に秘めて頷いた。




 ギルドに入ると、昼の時間帯だったため、昨日と同様に中は人で溢れていた。


「明日は飛ばないから、空いている時間に来ればよかったな……」

「……人混みは苦手」


 2人は人混みにうんざりするが、ここまで来て帰るのは有り得ず、受付の最後尾に並んだ。


「……あ」


 アークと一緒に並んでいたフルートが、背後を見て小さな声を漏らす。

 声に気付いたアークがフルートの視線の先を追うと、昨日までフルートと組んでいた3人組が、別の列に並んでいた。

 3人組の1人がフルートに気付いて気まずそうに顔をそらすと、残りの2人にコソコソと話し掛けていた。


「昨日の今日で遭うとか、最悪なタイミングってのはあるよな……」

「……うん」


 アークの呟きにフルートが頷く。


「特に弾切れの時に出会う空獣が一番最悪だ」

「……クス……アーク、ありがとう」


 元気付けようとアークが冗談を言うと、その気持ちを理解したフルートが笑って礼を言った。


「まあ、向こうが無視するならこっちも無視だ、無視。馬鹿に近寄ると馬鹿がうつる」

「……分かった」




 3人組を無視して行列を並んでいたら、少しづつ行列が捌けてアークとフルートの順番になった。

 2人が受付の前に立つと、今回の受付もミリーが担当だった。


「おや? アークにゃ。3日連続とか、あたいに気があるのかにゃ」

「いや、今までの人生で獣人を妄想して下半身をしごいた事はないな」


 アークの下ネタにミリーが顔を顰めて、フルートが顔を真っ赤にして俯く。


「変態にゃーー!!」

「待て。人が獣人に興奮しないのは完全に正常だろ!」

「そういう意味じゃないにゃ。レディーの前で下ネタを堂々と語るアークの人格を変態と言ってるにゃ」

「それは空獣狩りだから、仕方がない」

「うにゃ。確かにその通りにゃ」

「……私……変態じゃない」


 納得するミリーとは逆に、フルートが否定していた。


「それで、この子は確か……フルートにゃんだったかにゃ。アークも隅に置けないにゃ。ここに来てたった3日で、空獣以外にもエルフの美少女を落としたにゃ」

「アホな事を言ってないで回収を頼む」


 アークがギルドカードを渡すと、ミリーが受け取って処理を始めた。


「すぐに回収させるにゃ。それと、これが今日のセリで売れた空獣の明細にゃ」


 アークとフルートが、ミリーから渡された明細書を一緒に見る。

 そこには、税金を引いた金額で652万ギニーと書かれていて、2人は今まで見た事のない大金に驚いた。


「それにしてもアーク……本当にオーガを狩ってたんだにゃ。回収係から聞いた時は驚いたにゃ」

「今日はオークジェネラルを3匹倒したぞ」


 ペンを走らせていたミリーの手がピタッと止まって、アークを見上げた。


「にゃにゃ、本当かにゃ? それは凄いにゃ。この調子でどんどんわたちに貢ぐにゃ」

「相変わらずだな、オイ」

「わたちのあだ名は幸運の招き猫にゃ。わたちがギルド登録したパイロットは、どんどん出世するにゃ」

「本当か?」

「もちろん、嘘にゃ。それで明日も飛ぶのかにゃ?」

「いや、機体を弄るから明後日の朝で頼む。それと、フルート。修理の請求書は持っているか?」

「……うん」


 フルートが懐からレンタル機の修理請求書を取り出して、カウンターに置いた。


「こいつを俺の口座から払ってくれ」

「了解にゃ。フルートにゃん良かったにゃ。わたちも心配していたにゃ」

「……ありがとう」

「どういたしましてにゃ。それじゃ、にゃにゃにゃのにゃ。はい、これで返済完了なのにゃ」


 何気にミリーの仕事は速い。


「それと、アークのカードも返すにゃ。次のフライトも楽しみにしてるにゃ」

「フルートの腕しだいだけどな」


 アークの言い返しに、フルートがコクンと頷いていた。




 2人は受付業務を済ませてギルドを出ると、そのままルークヘブンの町の方へ歩き始めた。


「待て!」


 その道中、人通りがない場所で背後から呼び止められる。

 アークとフルートが振り返ると……そこには、フルートを捨てた3人が立っていた。

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