第14話 森の中へ
翌朝。
アークがドーン一家にフルートを紹介すると、フルートは3人に怯えてアークの後ろに隠れた。
どうやら、グラサンを絶対に外さない異色のおっさんを性犯罪者と勘違いしたらしい。
怯えるフルートの様子に、ドーン一家の3人はズドーンと落ち込んでいた。
初対面から深い溝が生まれたフルートとドーン一家だが、それを全く気にしないアークはフルートの歓迎会を『ルークバル』でやろうと提案した。ただ単純に酒が飲みたかっただけとも言う。
その提案にフルートの顔を青ざめプルプルと震え、逆にドーン一家の3人は大はしゃぎしていた。
何所からどう見てもパワハラだけど、残念ながらフルートに拒否権はない。
ちなみに、その話を聞いたウルド商会の男性整備士も歓迎会に参加しようとしたが、残念ながら彼等には午後からワイルドスワンの改造の仕事が待っていた。
フランシスカに「参加した奴はぶっ殺す!!」と睨まれた彼等は、肩を落として参加を諦めていた。
ドーン一家への紹介を済ませたアークとフルートは、ワイルドスワンに乗って離陸許可を待っていた。
初めてワイルドスワンに乗るフルートが、今まで乗った事のない機体に興奮する。
「あまり弄るなよ。ボタン1つでバラバラになるからな」
「……嘘つき」
「はははっ。まあ、弄るのだけはやめてくれ」
ちなみに、ギーブの仕掛けで本当にボタン1つで偽装のボディーが分解するから、アークの言っている事は間違っていない。嘘つき呼ばわりされたのは、彼の性格のせいである。
「それで、昨日は聞けなかったが、あいつ等との別れは済んだのか?」
「……部屋の前に私の荷物が置かれていた……部屋をノックしても出なかった……私と会いたくないみたい」
「はっはっはっ。フルート、それは間違ってるぜ」
「……違うの?」
「アイツ等は、お前に会わせるツラがねえだけだ。そんなクソ連中を何時までもグダグダ考えるのは人生の無駄だぜ。お前も空獣狩りなら、空を飛んで嫌な事は忘れるんだな!」
「……うん」
アークが励ますとフルートが頷いた。
『リ・リ・ク・キョ・カ・ス・ル(離陸許可する)』
管制塔から離陸の許可が降りて、アークは「了解」と返信すると、ワイルドスワンを滑走路へ移動させる。
「それじゃフルート。俺の操縦にビビッて泣くんじゃねえぞ」
「……え?」
驚くフルートを無視してアークは軽く笑うと、ペダルを踏んで速度を上げる。
2人を乗せたワイルドスワンは時速150km/hで宙に浮くと、一路、黒の森に向かって飛び出した。
アークは黒の森に入ると、森の中央に向かってワイルドスワンを飛ばしていた。
「……どこで狩るの?」
「森の中央。手前の雑魚なんて相手にしてたら、金なんて稼げねえだろ。それに昨日、ウルド商会と専属契約なんて縛りプレイをしちまったから、もし、ゴブリンなんて雑魚を持って帰ったら、フランが罰ゲームで俺に縛りプレイをしてくるぜ」
「……クス」
フルートの質問にアークが冗談交じりの返答をすると、その冗談にフルートが笑った。
「いいね。女の子は笑顔が一番だ。座席に隠れて顔見えねえけど」
「……アーク面白い人」
「それはよく言われる。それはもう芸人と勘違いするぐらいにな。だけど、陰ではイキりクソ野郎って言われているらしい」
空を飛んで心が軽快なのか、ワイルドスワンに乗った2人は軽いトークをしながら、黒の森の中央付近まで飛んだ。
そして、アークは誰も先客が居ない事を確認してから、フルートに話し掛ける。
「そろそろ始めるけど、興奮してションベンを漏らすなよ。後で整備士が喜ぶからな」
「……バカ」
アークの下ネタにフルートが顔を顰める。
彼女の抗議にアークは片方の口角を尖らせると、ワイルドスワンを一気に降下させた。
「……!!」
突然の空中機動に、フルートは悲鳴を上げそうになるが咄嗟に堪える。
一方、アークはワイルドスワンを操縦して木の頂付近まで降下させると、そのまま超低空飛行で旋回し始めた。
「……アーク……この高さは危険だよ!」
ワイルドスワンの翼が木の枝に触れる様子に、震える声でフルートが声を掛ける。
「百も承知だ。ほら、さっそく釣れた!!」
アークがワイルドスワンの速度を上げて一気に上昇するのと同時に、森から1匹のオークが現れた。
「……オーク!? 何で来るのが分かったの?」
そのオークは、不意を突いた攻撃が失敗して、ワイルドスワンを追い駆けていた。
「経験って奴さ。ケツにあるセキュリティーホールが危険を感じると、ムズムズしだすんだ」
アークはフルートに冗談交じりの説明しながらワイルドスワンをさらに加速させて、空中で360度ループを描く。
オークはワイルドスワンを追い駆けきれず、逆に背中をワイルドスワンに晒した。
その隙だらけの背中に向けて、ワイルドスワンから20mmガトリング砲が発射される。
「まず、1匹目!」
アークはオークを倒すと、機体を旋回させて死体に近づき、アイテムボックスに獲物を回収した。
「……凄い」
アークの狩りの様子に、後部座席のフルートは彼の操縦技術に驚いていた。
「まだまだ、行くぜ!」
アークは再びワイルドスワンを低く飛ばして旋回を始めると、時々機体を斜めにさせて、翼を木の頂の柔らかい箇所に当てて木を揺らしていた。
「……もしかして……ワザと当ててるの?」
「正解だ。大抵の空獣は縄張りを持っている。空獣は機体のプロペラ音でも反応するけど、翼で木を揺らすのが一番刺激になるのさ」
アークは軽く説明しているけど、ギリギリの高さで飛び翼を傷めず木に触れる飛び方は、ベテランでもやらない。
だけど、空獣狩りとして日の浅いフルートはそれを知らず、ただ、その飛行技術に見惚れていた。
「よっと!」
アークが旋回していたワイルドスワンを一気に180度ロールさせて、反対方向へ急旋回させる。
その直後、突然、森の中からブラッドベアが現れて、ワイルドスワンに襲い掛かってきた。
空獣ブラッドベア。
熊の容姿をした素早い空獣で、振り下ろされる剛腕は一撃で戦闘機を破壊する。
この空獣は、戦闘中に相手の移動速度が早い事が分かると、森の中へ姿を隠して油断を誘い、不意を突いて攻撃する習性があった。
ブラッドベアの毛皮は高級品で、肝臓も医薬品として高価な取引がされていた。
ブラッドベアはワイルドスワンの背後から高速で近づくと、腕を振り上げて機体に殴り掛かった。
「危ない!」
ブラッドベアの攻撃にフルートが悲鳴を上げる。
だけど、アークは背後を見向きもせずにワイルドスワンを右へ傾けさせながらラダーを逆方向へ動かして機体を横に滑らた。所謂、サイドスリップで移動させて、ブラッドベアの攻撃を余裕で回避。
そして、アークが急減速させると、勢いの余ったブラッドベアがワイルドスワンの横を通り過ぎた。
「……うっ!」
突然襲い掛かる強烈なGに、フルートの華奢な体がベルトが食い込む。
「キャッ!」
すかさずワイルドスワンの速度が上がり、今度は前方からのGに押されて、フルートの口から小さな叫び声が洩れた。
アークが操縦桿をぐいっと左に倒して、左へ360度ロール回転。一瞬でブラッドベアの背後を取った。
振り返るブラッドベアに、ワイルドスワンが20mmガトリング砲を放ちながら接近する。
弾丸を浴びてもまだ生きているブラッドベアが、近づくワイルドスワンに向かって剛腕を振り下ろした。
「キャーー!!」
「イーーヤッホーー!!」
叫ぶフルートとは逆に、アークの口からは陽気な声が出ていた。
ワイルドスワンが90度ロールで横向きになり、ブラッドベアの攻撃を避けて横をすり抜ける。
さらに、機体を45度に傾けて一気に高度を上げると、180度ループでシャンデルを決めた。
ブラッドベアよりも高い高度から急落下。ハイ・ヨー・ヨーでブラッドベアの上から接近する。
「キャーー!!」
「特別サービスのお届けだ! お釣りは結構!!」
後部座席で叫ぶフルートの悲鳴をバックミュージックに、アークがトリガーを引くと、放たれた20mmの弾丸がブラッドベアの頭部に命中して、ブラッドベアが息絶えた。
アークはそのままワイルドスワンを降下させて、アイテムボックスに死体を回収。
そして、ワイルドスワンを水平に戻すと、次の獲物を探しに別の場所へと移動した。
ブラッドベアを倒した後も次々を空獣を狩り続けるアークに、フルートは自分との腕の違いにショックを受けていた。
フルートはアークの様に飛べるのかと自分に問いかけるが、その答えは「否」。
だけど、フルートは同時にアークの飛ぶ姿に憧れを抱いていた。
アークは自由に空を飛んでいる。飛ぶ事を楽しんでいる。空獣との命を懸けた闘いに喜びを感じている。
今のアークは、フルートが忘れてしまった、子供の頃に夢描いた彼女の理想の姿だった。
黒の森に入ってから、2時間が経過。
「そろそろ戻るか」
「……うん」
アークがフルートに話し掛けると、顔所は疲れた様子で頷いた。
「ところで、1つやりたい事があるんだけど……良いかな?」
「……何?」
気まずそうなアークに、一抹の不安を感じながらフルートが尋ねる。
「大丈夫だとは思うけど、無理ならすぐに出るし……」
「本当に……何?」
ますますフルートが不安になる。
「まあ、お前も暫くは俺の後ろに乗るんだから、どうせ何時かは体験するんだ。早いか遅いかの違いか」
「……え?」
首を傾げるフルートを無視して、アークはワイルドスワンを急落下させた。
「え、え、え?」
状況が理解できないフルートとは逆に、アークは嬉々とした表情で、ワイルドスワンを森の中へと突入させた。
森の中の狭い隙間を、ワイルドスワンが駆け抜ける。
「…………!!」
一瞬のミスで死亡する状況の中、フルートがギュッとズボンを握りしめて悲鳴を堪えていた。
「こりゃ、スゲエ! 本当に飛べるんだな……よっと!」
アークが笑いながら、ワイルドスワンを回転させて木と木の間をエルロン・ロールですり抜ける。
フルートはそのアークの様子に、彼は頭がおかしいと思った。
ワイルドスワンが高速で森の中を飛んでいると、寝ている3匹のオークを見つけた。
「あれをラストにするぞ!」
「……え?」
アークはオークの群れに向かって射撃すると、上昇させて一気に森を抜けた。
寝ているところを起された空獣が、ワイルドスワンを追い駆けて森の外へ飛び出す。
その空獣を見たフルートが、驚いてアークに向かって叫んだ。
「あれは……オークジェネラル!」
空獣オークジェネラル。
オークと同じ容姿をしているが、夜行性で昼間に出会う事のない空獣。
オークよりも素早く、攻撃力も高い。常に2,3体で姿を現して戦闘機を囲い追い詰める知性を持っている。
肉はオークより上品な味があるとして、最高級で取引される。
しかし、夜行性なので発見するのが難しく、見つけたとしても、中堅レベルの空獣狩りが数人がかりで戦わないと勝てない相手だった。
「最後に大物を引き当てたな。しかも3匹。フルート、昨日お前が話した状況と似てないか?」
昨日の状況を思い出してフルートが首を左右に振る。
「……あの時より酷い」
「そうか? まあ、いいや。3匹の豚野郎、昼間から寝てんじゃねえ!」
アークがワイルドスワンの速度を上げて、オークジェネラルとの距離を取る。
フルートは、夜行性生物に今のセリフはないと思った。
逃げるワイルドスワンに向かって、オークジェネラルが3匹同時に酸の唾を高速で飛ばしてきた。
「危ない!」
「なんの!!」
アークが操縦桿を前に倒す。
下斜め45度に機体を下降させて、下方宙返りのスライスバックで高度を犠牲に速度をあげると、機体の上を酸の唾液が通り過ぎた。
「フルート。オークは汚ねえ唾を飛ばした後は1度だけ止まる。狙うならその時を狙え」
「うん」
アークは高度を下げ180度反転させたワイルドスワンの機首を上に向けると、オークジェネラルにガトリング砲を撃ってから離脱した。
「ドッグファイトの基本は敵の後方に張り付くと考える奴は多いが、俺はその考えは半分正解で、半分間違ってると思っている」
オークジェネラルとドッグファイトをしながら、アークがフルートへの説明を続ける。
「……じゃあ何?」
「踊るのさ!」
「……踊る?」
アークの返答にフルートが首を傾げる。
「敵をダンスの相手だと思って動きを読むんだ。次に来るのが右か左か、それとも上か下か、ひょっとしたら攻撃か……。それを予想して敵に合わせて機体を動かす。そうすれば、何時の間にか敵は俺の前に姿を晒す……このように……な!」
「……え?」
フルートが気付いた時には、驚いた様子のオークジェネラルがワイルドスワンの目の前に居た。
そのオークジェネラルを、ワイルドスワンがガトリング砲で死体に変える。
そして、通り過ぎながらアイテムボックスを起動させて死体を回収した。
残り2匹のオークジェネラルは、仲間の仇とばかりにワイルドスワンを前後から挟み撃ちにして、襲い掛かってきた。
「正面から迫るとか、馬鹿か?」
正面から来るオークジェネラルの唾攻撃を避けながら、ガトリング砲を発射。
そして、エルロン・ロールでたった今撃ち殺した死体の横をすり抜ける。
ワイルドスワンが死体を躱した後、背後から迫っていたもう1匹のオークジェネラルが死体にぶつかって動きを止めた。
その間にワイルドスワンが上空へ舞い上がる。
最後のオークジェネラルは、視界から消えたワイルドスワンを探すが、その体に影が差した。
オークジェネラルが慌てて上を見れば、ワイルドスワンが上空から急接近していた。
「クソ野郎、生まれ育ったババアのケツに帰れ」
驚いているオークジェネラルに、ワイルドスワンのガトリング砲が襲い掛かる。
最後のオークジェネラルも頭を撃ち抜かれて、死体に変わった。
「……凄い」
一連のアークの戦いを見て、フルートは感動していた。
「フルート」
死体を回収しながらアークが声を掛ける。
「……何?」
「どうだ? 俺と一緒に戦えるか?」
「…………」
その質問にフルートは答えられずにいた。
「そうか……」
アークは仕方がないと肩を竦めた。
「……後で話がある……聞いて欲しい」
「分かった。とりあえず帰るぞ」
「……うん」
行きと違って帰りは無口になった2人を乗せたワイルドスワンは、ルークヘブンへ飛び去った。
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