第13話 専属契約

「ゴメンなさい。理解が思考に追いつかないんだけど、もう一度言ってくれる」

「いや、だから、今日オーガを倒したって言ったんだけど」

「「…………」」


 アークの返答に、マリーベルは理解出来ず首を傾げたまま、フルートは思考が停止して彼を見上げた状態で石の様に固まっていた。


「えっと……アークって、今日から黒の森に入ったのよね?」


 マリーベルの再三の質問に、アークが口をへの字に曲げる。


「それもさっき言っただろ。もう忘れたのか?」

「覚えているけど……もしかしてアークって若く見えるけど、いい歳してる?」

「いや、まだ20歳だから首筋から加齢臭は出てないと思う。それで、マリー。さっきからアンタが何を言いたいのかが分からねえ。直球で頼む」

「そうね……直球で言うと、免許取り立てのルーキーが、いきなりジャイアントキリングでオーガを倒したのが信じられないって言いたいんだけど、理解してくれたかしら?」


 マリーベルの直球に、思考が少しだけ回復したフルートもアークの隣でコクコクと頷いた。


「なるほど、そう考えるのも無理はない。だけど、俺が免許を取ったのは15歳で、飛行履歴は10年だ」

「……私の聞き違いかしら。免許を取得した年齢が異常に早いし、飛行履歴の計算が合わないんだけど」

「無免許で10歳から乗ってたからな。ちなみに、これは単独飛行の話で、親父と一緒に乗っていたのを含めると、19年と半年だ」


 その話に、マリーベルが頭の横で右手の人差し指をクルクル回す。


「あなたのお父さんって、もしかして馬鹿?」

「人の親を馬鹿にするのはどうかと思うが、否定できないのが実に残念だ」


 アークは肩を含めると、グラスに残っていたワインを飲み干した。


「……あ!」


 ずっと黙っていたフルートが、突然、驚き声を上げた。


「どうしたの?」

「今日ギルドで噂になってた……謎のアヒルがオーガの亜種を倒したって……もしかして、それかも……」


 マリーベルに問われて、フルートがギルドで聞いた噂を口にする。

 確かに今日から森に入ったのなら謎なのは分かるけど、新人がたった1人でオーガを倒せるのか?

 フルートは未だに信じられず、最後の1滴までワインをグラスに注ぐアークを見ていた。




「だけど、これで解決したわね」


 嬉しそうなマリーベルの声に、アークがもの言いたげな様子で口を開く。


「マリーの考えている事はだいたい予想付いているんだが、何故、俺が支払わなきゃいけねえのかが、イマイチ理解できねえ」

「私もアークが無関係で、フルートちゃんを助ける義理がないことぐらい分かっているわ。だけど、同じ女性として娼館に売られる子をそのままにするのは嫌なのよ。ここに居る3人。今日が全員初対面だけど、これも何かの運命だと思ってるの。だから彼女を助けてあげて」


 真剣に訴えるマリーベルの目に、アークが顔を顰めた。


「……フルート。お前はどうしたい?」

「……本当は迷惑かけたくない……だけど助けて欲しい」


 瞳を潤ませて見詰めるフルートに、アークが両手を上げた。


「……オーケー降参だ。美人2人に助けを求められたらどんな男でも敵わねえ。明日のセリでオーガーが売られる筈。そこからフルートの修理代を立て替えてやるよ」

「やったね!」


 マリーベルが指を鳴らして喜び、フルートは目を輝かせた。


「ただし! コイツは貸しだからキッチリ返してもらうぞ。フルート。今のドックを引き払ってウルド商会のドックに来い」

「え?」

「さっきの3人とは完全に縁を切れ。そして、俺と組め。お前は射撃の腕が良いらしいから、俺が囮になって、お前が空獣を倒せ。本当だったら囮の俺が全額貰うが、そこは折半にしてやる」

「分かった……だけど……まだ借りている戦闘機の修理が終わってない」

「ああ、そうだったな。だったら明日から暫くの間、俺の後ろにでも乗ってろ」

「……後ろ?」


 フルートが首を傾げる。


「俺の戦闘機は複座だからお前も乗れるんだよ。戦闘機が直るまでのお試し期間だ。俺が操縦するからお前が機銃を撃て、それで実力を確かめてやる」

「……分かった!」


 アークが話し終えると、フルートは唇を噛み締めて頷いた。


「フルートちゃん良かったわね」

「マリーさんも……ありがとう」

「うふふ。私もフルートちゃんみたいな妹が欲しかったわ。同い年だけど」

「同い年かよ! てか、俺が一番年下!?」


 アークが二人を見比べながら驚く。


「仕方がないじゃない、彼女エルフだもの。年齢よりも若く見えるのは当然でしょ。それよりもコレ」


 マリーベルが彼の前にウィスキーの入ったグラスを置いた。


「特別サービスよ」

「一杯300万ギニーのウィスキーか。飲むのがもったいなく感じるぜ」


 そう言うと、アークは美味そうにグラスの中身を煽った。




 夕方。

 アークとフルートは、手を振るマリーベルに別れを告げて『ルークバル』を出ると飛行場に向かった。

 その途中、「……荷物を持ってくる」と言って、フルートはアークと別れた。


 アークが先にウルド商会に戻ると、何故か整備士の全員が彼を待っていた。

 ちなみに、ドーン一家はすでに空獣狩りを終えて、今は飲みに出かけている。


「何だ? VIP級の歓迎だが、皆でおしゃぶりのサービスでもしてくれるのか? 俺の竿は1本しかないから全員そこへ並べ」

「アーク、冗談はヤメロ!! 何で言わなかった!!」


 アークの冗談を拒否してフランシスカが大声で怒鳴った。


「ん? 何をだ? 俺の性癖だったらさすがに言えないぜ。聞いたらトイレが渋滞して順番待ちになる」

「アホな冗談じゃなくて、お前の実力についてだ! オーク、エアーボア、ハーピー。挙句はオーガの亜種! 回収に来たギルドの係員も驚いていたぞ」

「昼間、アンタは「ゴブリンを狩れたか?」と聞いてきたが、俺は「倒してない」と言った。だから間違った事は言ってない。うん、俺は悪くない。それと、あのオーガはやっぱり亜種だったか。衝撃波をぶっ放してきたから変だと思ったぜ」


 アークの返答に、フランシスカを含めた整備士の全員がガックリと肩を落とした。


「確かにワイルドスワンを見ておきながら、お前の実力を見抜けなかった私も悪かった。考えてみれば、あの神の整備士と讃えられたギーブが、ただの新人が乗る機体を整備するはずもないしな」

「いや、あのおっさん、金さえ払えば、女装しておしゃぶりでも手コキでも何でもするぞ」


 ちなみに、ギーブは金を出してもそんな事は絶対にしない。


「まあ、ギーブについては、どうでもいい」

「いいのか? まあ、俺もどうでもいいけど……」

「それよりもアーク。うちと専属契約をしないか?」

「専属?」


 フランシスカの話によると、商会と専属契約した戦闘機乗りは、装備やエネルギーの補充と修理が無料になるらしい。

 そして、商会は契約した空獣狩りが仕留めた獲物を、セリの前にギルドが指定した額を支払うことで、セリに参加しなくても購入することができた。


「ということは、今日俺が倒したオーガは……」

「そうだ。今日の内に契約すればまだ間に合って、明日のセリの前にウルド商会がオーガを購入できる。ということで、頼むからうちと契約してくれ」


 そう言うと、フランシスカが頭を下げた。


(契約のメリットは、戦闘機を飛ばす経費がタダになる。そして、デメリットは、ギルドが指定した金額がセリに出した価格以下だった場合、俺の収入が減るということか……)


 アークは契約の条件を考えている内に、『ルークバル』で飲んだヴァナ村のウィスキーの事を思い出して、契約条件に加える事にした。




「条件がある」

「条件? 聞くだけ聞こう」


 アークがヴァナ村のウィスキーの輸入を頼むと、フランシスカは腕を組んで考えた。


「ふむ……厳しいな……」

「月に1回で良いんだ。あの村の酒が何時でも飲めたら商会の専属になるし、さらに我慢してアンタのセフレにもなってやるよ」

「私のセフレが我慢とは聞き捨てならないな」


 フランシスカがアークをギロッと睨む。

 彼女の後ろでは、整備士たちが「とうとう主任に春が来た」と、期待に満ちた目で話を聞いていた。


「お前とヤったら、腹壊しそうだからできれば遠慮したい」

「……分かった。条件を飲もう」


 フランシスカが頷くと、その返答にアークが驚いた。


「セフレをか? 自分で言っといてあれだけど、俺の体力が不安で本当に遠慮したいんだが……」

「違う! ウィスキーの件だ。オッドさんに頼んで何とかしてやる。今すぐ専属の契約をするぞ。それと、誰がお前とセフレになるか!!」


 フランシスカの背後では、整備士たちが「まだ春が来ない」とガックリしていた。


「ああ、そっちね。それとついでに、ドックの2階にもう1人パイロットを泊まらせてくれ」


 アークの頼みに、フランシスカが首を傾げる。


「誰を泊まらせるんだ?」

「エルフの美少女ちゃん」


 その返答にフランシスカがさらに首を傾げる。


「狩りの初日から、お前の行動が突発的で把握しきれない。理由を話せ」


 それでアークは、ここに居る全員にフルートについて語った。


「……お前、口は最低だけど、性格は良いんだな」

「俺も時々自分が良い人過ぎて、実はとっくに死んでいて、神様になっているんじゃないかと思う時があるぜ。んーー。これも運命ってやつなのかどうなのか知らねえが、なんか巻き添えを喰らったから仕方がない」

「酷い神様だな。とりあえず部屋は空いている。ただし、こちらは料金を請求するぞ」

「まあ、ペットみたいなもんだ。勝手に俺の口座から差っ引いてくれ」


 それから、フランシスカが作成したヴァナ村のウィスキーの輸入を含めた契約書を、アークが確認してからサインをした。


「よし、ロジーナ。今すぐこれを持ってギルドに行って、オーガを買い取れ。向こうが何か言ってきたら、この契約書を見せて押し通せ!」

「はい!」


 フランシスカの命令に、ロジーナはアークから契約書を奪い取るとドックから出て行った。




「それで、お前の言っていた美少女エルフってのは、あれか?」


 契約が済んで束の間、フランシスカがドックの入口を指さした。


「ん?」


 アークが振り向くと、フルートがこっそり顔だけ出して様子を伺っていた。


「フルート。お前は人見知りが激しすぎる。俺も全員の名前なんざ知らねえけど、皆を紹介するからこっちに来い」

「軽く酷い事を言ってるな」


 ツッコミを入れるフランシスカを無視して、アークはフルートを招き寄せると全員の前に立たせた。


「皆、紹介する。コイツが「友達」という言葉に洗脳されて、借金を背負った不幸なエルフの美少女。フルートちゃんだ」

「…………」

「お前は本当に口が悪いな。そのエルフが泣いているぞ」

「あ、本当だ」


 アークがフルートを見ると、彼女は目に涙を浮かべてプルプルと震えていた。


「美少女キタコレ!」

「リアル幸薄の可憐な少女、スゲーカワイイ!!」

「美少女の涙、最高!!」

「フルートちゃんのファンクラブを作るぞ!」

「俺も参加する、会員一号だ!」

「フルートちゃんを虐めた奴を今すぐ教えろ。俺がこのルークヘブンの伝統を教えてやる!」


 泣いているフルートを見て、整備士達が異常なほど興奮していた。


「お前等! 見ての通りコイツは心が弱い。虐めるなよ!」


 はしゃぐ整備士達にアークが大声で言うと、全員が『YES! YES! YES! YES! YES! YES! YES!』と両手を上げて叫んだ。


「お前が一番虐めてると思うのは、私の気のせいか?」


 アークと自分の部下の行動に、飽きれた様子でフランシスカがツッコミを入れていた。




 アークはワイルドスワンを指さしてフルートに見せる。


「コイツが明日からお前が乗る戦闘機だ」

「……アヒルちゃん……かわいい」


 フルートがワイルドスワンを見上げて呟く。


「可愛すぎて偶に笑われるけどな。なあ、フラン。今まで固定で使ってたから知らねえんだけど、この機銃は何度まで動くんだっけ?」

「ん? 確か左右に30度までだったはずだが」


 フランシスカが機体の構造を思い出して答える。


「だったら、それを360度回せないか? それと、後部座席を機銃の向きと連動できれば、理想的なんだが……」

「……なるほど。そのエルフをガンナーにして、背後から追い駆けてくる空獣を撃つのか」

「話が早い。その考えで正解だ。それで出来るか?」


 アークは、後部座席のフルートをガンナーにして、自分は操縦に集中しようとしていた。

 アークの相談にフランシスカが少し考えた後、首を縦に振った。


「360度は無理だな。左右180度、これが限界だ。それとハンドル操作になるから、転回速度はそんなに速くない」

「後ろに向けることができればそれで良い」

「今から改造するとなると、完成は明日の晩になるが、今から取り掛かるか?」


 フランシスカの問いに、アークが首を左右に振る。


「明日はフライトの予約を午前に入れているからフルートと飛ぶ」

「分かった。だったら明日の午後から作業に取り掛かろう。完成は明後日の午後になる」

「オーケー頼んだ」


 フランシスカと会話を終えたアークは、次に黙って話を聞いていたフルートに話し掛ける。


「お前は明日は何もしなくて良い。ただ俺の操縦の癖を覚えろ」

「……うん」


 その後、フルートはフランシスカから2階の寝室の鍵を受け取ると、「……先に寝ます」と言って2階に上がった。


「やっぱり今夜は1人泣きか……」


 後ろ姿のフルートにアークが呟く。


「思春期ってやつだろ。友達に裏切られるなんて、よくあることさ」

「でもアイツ、22歳で俺より年上だぜ」


 ピキーン!


 アークがフランシスカを見れば、彼女は体を硬直させて「私と3歳違い? エルフズルイ……」と呟いていた。

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