第12話 エルフの少女

 暗い様子で店に入って来たのは、男性2人女性2人の4人組だった。

 その4人組の男性2人と女性の1人は普通の人間だったが、1人だけ亜種族のエルフの少女が居た。

 4人の中でひと際目立つエルフの少女は、金髪のサラサラした髪を背中まで伸ばした、青い瞳がサファイアの様に輝く美少女で、アークとマリーベルは彼女の美しさに目を奪われていた。


 彼等はテーブル席に座ると、男の1人が勝手に全員分の料理を注文して、マリーベルが料理を作り始める。

 暇になったアークが彼等を見れば、普通なら料理が来るまでの間は会話が弾むひと時なのに、何故か全員、無言で料理を待っていた。


 彼等に料理を運んでカウンターに戻ったマリーベルに、アークが小声で話し掛ける。


「彼等は常連客なのか?」

「ううん。始めてのお客さんよ。だけど、何か雰囲気が暗かったわね」


 暗い雰囲気の彼等に、2人揃って「なんだろうね」と首を傾げていた。


 4人は食事中も無言だったが、全員が食べ終わるとポツポツと話し始めた。

 アークがワインのお代わりを頼みながら、マリーベルも仕事をしているフリをしながら、耳を澄まして彼等の話をコッソリと聞いていた。

 ちなみに、二人の頭の中では「修羅場キターー!!」と、痴話喧嘩を予想して、心がピョンピョン跳ねていた。




 アークとマリーベルが、コッソリと聞いた話を纏めると……。

 4人はチームを組んでいる、黒の森に来てまだ3カ月目の新人パイロットだった。

 彼等は今日の狩りで、予定よりも多くの空獣を一度に釣ってしまい、さらに慌てた彼等のうちの1人が戦闘中にミスをして空獣に囲まれた。

 そのトラブルに対応出来たのはエルフの少女1人だけで、後の3人はただ逃げ惑うだけだったらしい。

 そして、酷い事に3人は、エルフの少女に空獣を擦り付けると、彼女を置いてその場から逃げ去った。


 残されたエルフの少女は空獣から逃げながらも何とか救援要請を出して、それを聞きつけた戦闘機に助けられたが、空獣の攻撃で機体の損傷は激しく、ルークヘブンには帰還は出来たけど、ギルドから修理代を請求されたらしい。


(俺が着陸許可待ちの時に見た、緊急着陸した機体か……)


 アークはあの時見た戦闘機を思い出して、修理代を予想する。


「よく聞く話だけど、空獣狩りも大変ね」


 そして、彼等の話を聞いていたマリーベルも、小声で彼に話し掛けて溜息を吐いていた。




 彼等4人の会話は続き、話題は機体の修理代に及んでいた。


「修理代……私1人じゃ払えない……」


 エルフ以外の3人は、エルフの少女の話を沈痛な表情で聞いていたが、少女が口を閉ざすと今度は彼等が口を開いた。


「そんな金額、俺たちだって払えねえよ……」

「何で戦ったのよ。フルートも逃げればよかったじゃない」

「そうだよ。オーク3匹なんて、俺たちじゃ無理だったじゃねえか」


 どうやら、エルフの少女の名前はフルートというらしい。

 そして、どうやらフルート以外の3人は、彼女の抱えた修理費を払うつもりはない様子だった。


「……逃げたらミーズリーがやられてたよ」


 フルートが隣に座る顎がしゃくれた青年をチラッと見る。


「うっ! た、確かにやばかったかもしれないけど、オークだったら俺だって逃げられたぞ」

「……嘘……あの時のミーズリーの乗っていた機体……明らかに動揺して操縦が不安定になっていた」

「「「…………」」」


 フルートの言い返しに3人が口を閉ざす。


「……少しだけでもお金を出して欲しい……じゃないと、私、もう飛べない……」

「俺は無理。ドックと戦闘機のレンタルで余裕がない」

「私も無理よ」

「助けてくれたのは礼を言うけど、俺だって金がねえよ……」


 3人の話に、フルートが泣きそうな表情になった。


「だけどさ。フルートは射撃の腕だけなら、中堅レベルでも引けを取らないぐらいのテクを持ってるんだし、すぐに借金なんて返せるよ」

「そ、そうよね。私達4人の中で操縦も射撃も一番だったし、あっという間に返済できるわ」

「……お、俺、機体の修理があるから先に帰る。フルートの分は俺が払うよ」


 ミーズリーと呼ばれていた男が席を立つと、残りの2人も慌てて席を立った。


「……あ!」


 そして、彼等3人はフルートが止める間もなく、マリーベルに食事代を支払うと、彼女を置いて逃げる様に店を去って行った。


「……どうしよう」


 1人残されたフルートは、椅子に座ったままガックリと項垂れていた。




「ねえ、何とかしてあげなさいよ。男でしょ」


 落ち込むフルートの様子に、マリーベルがアークに小声で話し掛けてきた。


「こういう時だけ男を使うとか酷くね? 店の中でのもめ事は、店長が解決するのが筋だろ。マリーの包容力で、あのエルフを虜にして来いよ」


 アークも小声でマリーベルに言い返すが、要は2人とも擦り付けているだけだった。

 そして、2人が小声で口論していると、アークの後ろから啜り泣く声が聞こえてきた。


 ギョッとしたアークとマリーベルが同時にフルートの方へ視線を向けると、彼女は悔しそうに泣いていた。


「「…………」」


 アークとマリーベルが、お互いの顔を見合わせて困った表情を浮かべる。

 マリーベルが何かを言う前に、先にアークの方が視線を軽く横に振って、彼女に「行け」と促した。

 マリーベルは観念すると、4人が食べた料理の片づけをするついでに、フルートに話し掛ける事にした。


「えっと、フルートちゃんだっけ?」

「どうして……私の名前を知ってるの?」


 マリーベルを見上げるフルートの目からは、涙が流れていた。


「ゴメンね。小さい店だからさっきの話が聞こえちゃったの。とりあえず、こちらにいらっしゃい。温かいホットワインを御馳走するわ」


 マリーベルはフルートの肩を優しく抱くと、アークの1席離れた椅子に座らせた。


「……ありがとう」


 マリーベルからホットワインを貰ったフルートが礼を言った。

 フルートは先ほどの料理を口にしておらず、ホットワインを飲んで、少しだけ心の重圧が軽くなっていた。


「俺も話を聞いたけど、機体は全損なのか?」

「……エンジンは無事だった。だけど……アイテムボックスが交換と言ってた」

「そうか……結構きついな」


 アークの質問にフルートがポツポツと答える。

 どうやら彼女の喋り方は、落ち込んで言葉が少ないのではなく、彼女独特の話し方らしい。


「それっていくらぐらいなの?」

「そうだな……ボディーもやられてたし、アイテムボックスがおじゃんとなると、300万は超えるだろうな」

「うーーん。高いわね……」


 マリーベルの質問にアークが予想の金額を教えると、フルートも修理代金がそれぐらいだったのを思い出して、コクンと頷いた。


「だけど、あの3人も酷いわね。全額払えとは言わないけど、友達だったら少しぐらい払ってあげても良いのに……」


 マリーベルは腰に手をやると、出て行った3人を思い出して腹立たしそうに扉を睨んだ。


「あの3人は幼馴染……そこに私が入った」




 フルートの話によると、あの3人は同じ村の幼馴染で、村でやんちゃばかりしていたら空獣狩りになれと追い出され、アルフの飛行教習所に無理やり入れられたらしい。

 一方、フルートは子供の頃から空を飛ぶのに憬れていて、両親の反対を振り切り3人の後から飛行教習所に入った。


 ちなみに、各国にあるパイロット教習所は、空獣からの損害対策のため講習料は無料だった。

 しかも、最初に登録する時に免許取得後は空軍に入るという契約をすれば、奨学金がもらえて、さらに寮の住み込み料が無料になっていた。


 マリーベルがフルートの年齢を聞くと、彼女は22歳だった。

 アークよりも2歳年上だけど、見た目はどうしても14歳ぐらいにしか見えない。

 ちなみに、この世界の平均寿命は、エルフは200歳で、ドワーフは150歳。獣人は人間と同じで70歳ぐらいだった。


 話が逸れたから元に戻すけど、免許を取得した幼馴染の3人は、同じ試験で免許を取得したフルートをチームに誘った。

 生まれ故郷を飛び出して孤独だったフルートは、喜んで彼等の仲間に加わる。

 そして、それ以降、4人は黒の森で空獣狩りを続けていた。




「いつも……私が囮になって、3人で倒してた。……だけど今日はミーズリーが練習したいと言って囮を替わったら……彼、失敗してオークを3匹も釣った……それで、助けようとしたら皆、私を置いて逃げちゃった」


 フルートの話にアークが眉を顰める。


「なあ。今、何時もお前が囮になっていると言ったな。倒した空獣はお前の全取りなのか?」

「……皆で分けてたよ?」


 首を傾げて答えるフルートに、アークが「ありえない」と呟き天を仰いだ。


「俺は基本ソロだからチームの狩りは詳しくねえが、チームを組んでいる奴から聞いた話だと、基本的に順番で囮になって、倒した空獣は一番危険の高い囮役が貰えるらしいぜ」


 アークが昨日の歓迎会でドーン一家から教わった事を伝えると、フルートが驚いていた。


「これは、あれね。うん、間違いないわ」


 話を聞いていたマリーベルが確信を持って頷く。


「何がだ?」

「言い辛いけど、フルートちゃんはあの3人組に利用されていたわね」


 マリーベルはアークの質問に答えると、同情の眼差しをフルートに向けた。


「……友達だと信じていたのに……グスン」


 また泣き出したフルートに、アークとマリーベルがワタワタと慌てる。


「マリー、泣かせてんじゃねえよ!」

「ゴ、ゴメン。泣かせるつもりはなかったの。ね、落ち着いて」

「……ゴメンなさい」


 慌てる2人の様子に、何故かフルートが謝っていた。




「支払いは週末だろ。となると、今日を入れて後7日か……」

「ねえ、支払いができないと、どうなるの?」


 マリーベルの質問にアークが肩を竦める。


「そりゃ……あまり言いたくないけど、男なら戦争奴隷で、女なら娼館行きだろ。特にエルフなんて常に品不足だから引く手あまただ」

「アーク!」

「そう怒鳴っても事実だから仕方がねえよ。男なんて奴は、森の中で美少女エルフに出会って「ぶっかけて」って言われる妄想を常に抱いているアホな生き物だし……」

「……シクシク」


 アークは冗談を言ったつもりだったのだが、それを真に受けたフルートが再び泣き始めて、店の空気がドーンと暗くなる。


「アーク。冗談は時と場合を考えて」

「俺も芸人としてまだまだ勉強不足だな」

「芸人じゃなくて空獣狩りでしょ。それにしても1週間で300万ね。フルートちゃん、貯金はいくらあるの?」

「……40万ギニー」

「全然足りないわね……それでアークの貯金は?」

「何で俺の貯金まで聞く?」


 アークが首を傾げる。


「いいから答えなさい!」

「どうやら俺は入る店の選択を間違えたらしい……えっと、まだオッドさんから振り込まれてないから、20万ギニーぐらいかな?」

「少なっ!!」


 金額を聞いて、マリーベルの目が冷ややかになった。


「仕方がねえだろ。黒の森で狩るのは今日が初めてなんだから」

「ああ、そう言えばさっきそんな事を言っていたわね。という事は残り240万ギニー……」

「マリーさん、マリーさん。チョイと聞くけど、何でそこに俺の貯金まで含まれているのかが、俺には理解できないんだけど? しかも全財産。そして、アンタの貯金が含まれていないのも気になるんだけど、その辺どうよ」


 アークの突っ込みに、マリーがこめかみをポリポリとかく。


「あーー。私、お店を開いたばかりだからお金ないのよね。それに、美少女が泣いているんだから、男なら助けるのが筋でしょ」

「そんな筋なんて知らねえよ。美少女だからって人生イージーモードか? うらやましいな、この野郎!」

「女だから野郎じゃないわ!」

「……クスクス」


 2人の口論を聞いていたフルートが小さく笑っていた。




「フルートちゃん。私のお父さんに頼んで、何とかお金を工面してもらうわ。元気だして」

「……ダメ、迷惑掛けられない」

「困った時はお互い様よ。フルートちゃんの腕が良いって、さっきの3人も言っていたじゃない。何時かオーガを倒せるようになったら、一発で借金なんて返済できるわ」


 マリーベルの話を横で聞いていたアークがオーガと聞いて、「ん?」と彼女を見た。


「あれ? オーガって、そんな高く売れるの?」

「そうよ。お父さんから聞いた話だと、1体倒せば最低400万ギニーで売れるって言ってたわ」

「俺、今日、そのオーガを倒したけど?」

「「え?」」


 アークがそう言うと、マリーベルとフルートは彼を凝視してピタッと動きを止めた。

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