第11話 謎のアヒル乗り

 ワイルドスワンは空獣に襲われぬよう高度を上げて飛び、昼に差し掛かるあたりで黒の森を抜けると、眼下にルークヘブンの飛行場が見えてきた。

 この時間帯の飛行場は、森から一斉に戦闘機が帰ってくるため混んでいて、アークが管制塔に着陸許可を求めたら、ワイルドスワンは14番目の着陸待ちだから、20分ぐらい適当に旋回して待っていろと返答が来た。

 飛行場の上空を見れば、多くの戦闘機が旋回して順番を待っていたから、アークも彼等に合わせて空を旋回する事にした。


 着陸許可を待っていると、黒の森方向からボロボロの機体が現れた。

 その機体は空獣との戦闘に負けたのか破損が激しく、飛んでいるだけで精一杯の様子だった。

 ボロボロの機体の外装を見れば、ルークヘブンの所有物であるカラーペイントがしてあったから、金のない新人、もしくは自機が修理中のパイロットだと思われる。

 結局、そのボロボロの戦闘機が緊急着陸したせいで、20分の予定が30分後となり、ワイルドスワンは15番目で滑走路に着陸した。




 着陸後にウルド商会のドックへ行くと、頭を押さえて辛そうなフランシスカが、ワイルドスワンを出迎えた。

 どうやら彼女はまだ二日酔いで、頭痛が酷いらしい。


「どうだ、初めての狩りは」


 酒で喉をからしたフランシスカが今日の成果を尋ねてきた。


「その前にトイレだ。バカヤロウ」

「私は女だ。野郎じゃない」


 アークはフランシスカの抗議を無視してトイレに駆け込むと、長い小便を出して彼女の元に戻った。


「なかなか面白い場所だな。結構楽しかったぜ」

「トイレに駆けこんだ後でそのセリフはただの変態だな。それで、ゴブリンの1匹ぐらいは狩れたのか?」

「ゴブリン? 倒してないぞ」

「……そうか。まあ、残念だったな」


 アークの返答にフランシスカが肩を竦める。

 彼女はゴブリン1匹すら倒せずに帰ってきたと勘違いをしていた。

 だけど、アークが答えた本当の意味は、「ゴブリンなんて雑魚は金にならないから倒していない」だった。


「それよりも翼が少しだけ破損しているから、修理を頼む」


 アークが指さす場所をフランシスカが確認すると、オーガの拳でワイルドスワンの翼が少しだけ欠けていた。


「大したことはない。3時間ぐらいで直せるが、その後も飛ぶか? まあ、飛んでも1時間ぐらいで日が暮れるから、狩りなんてできないと思うが……」

「今日はやめとくよ。明日も飛ぶから、修理と補給は今日中に終わらせてくれ」

「分かった。次は頑張れよ」


 フランシスカの返答にアークが首を傾げる。

 彼は今日よりも稼がないと駄目なのかと勘違いをしていた。


「……よく分からねえが、町に行って飯を食ってくる」

「ついでにギルドに行って、明日のフライト予約も入れてきな」

「それは昨日、ギルドの強欲な猫に言われたよ」


 フランシスカは猫と聞いて、誰の事なのかを直ぐに理解した。


「ああ、ミリーだな。あいつ、可愛い顔して金にがめついんだよ」

「あの猫、ミリーって言うのか。金に欲張らなきゃ可愛いんだけどな……」

「もしかして惚れたのか?」


 フランシスカの冗談にアークが首を左右に振る。


「……いや、獣姦はマニアック過ぎて俺にはレベルが高い。遠慮しとくよ」


 アークから予想を超えた下ネタが返ってきて、フランシスカが顔を顰めた。


「アホな事を言ってないで、とっとと行ってこい」

「へいへい。あ、アイテムボックスの空獣は出しといてくれ」


 フランシスカに追い払われて、アークがギルドを出る。


「一体、何を狩って来たんだ?」


 アークの消えた先を見ながらフランシスカが首を傾げる。

 その10分後、フランシスカと整備士たちの驚愕がドックに響いた。




 滑走路が混んでいたから何となく察していたが、アークがギルドに入ると中は予想していた以上に混んでいた。

 並ぶというのが嫌いな彼は後回しにしたい気分だったが、仕留めた空獣の売却と明日のフライトの予約のために、仕方なく受付前の行列の最後尾に並ぶ。


 アークが並んでいるパイロットを観察すると、おっさん、おっさん、おっさん、中年のおっさんだらけで、ギルドに加齢臭が漂っている気がした。

 たまにおっさんに混じって女性パイロットも居たけど、おっさんの空気に毒されているのか、女性なのにおっさんのスメルを放出している。

 人種も多種多様で大半は人間だが、たまにドワーフ、犬系や猫系の獣人、ホンの僅かにエルフが混ざっているけど、殆どがおっさん。


 見た目の年齢で比較すると、30代から50代のおっさんが大半で、アークと同じ10代と20代が2割ほど。

 そして、アンタ本当に飛べるのかと思うヨボヨボの爺さんが3人居たけど、死に急いでどうするとアークは思う。

 だけど人間以外の亜種族は見た目と年齢が違うから、本当の年齢かは分からない。


 パイロット達は受付で今日の成果の報告と会計を済ませると、壁の方へと移動していた。

 アークが耳を澄ませて彼等の話を聞けば、どうやら今日はランキングの更新日らしく、自分の順位を確認しているらしい。

 もしランキングの更新が明日だったら、今日の成果でアークもランキングに載っていたかもしれないが、彼は未だ無名のルーキーだった。




 15分程並んでアークが受付のカウンターの前に立つと、偶然にも昨日と同じミリーが彼の担当になった。


「おや? アークにゃ。生きて帰ってきたにゃ?」

「最初の一声が、死亡を前提としたセリフで最高だ」


 ミリーの挨拶にアークが肩を竦めて皮肉を返す。


「勿論、冗談にゃ。それでゴブリンの1匹ぐらいは倒したのかにゃ?」

「ゴブリン? いや、倒してないけど?」

「それは残念だったにゃ。アークには期待してるから、次はガンバってあたいに貢ぐにゃ」


 ミリーがアークを励ますが、彼女もフランシスカと同じく彼の言葉の意味を勘違いしていた。


「ん? ああ。よく分からねえが、頑張るよ」

「それじゃ、午後のフライトの予定を入れるのかにゃ?」

「いや、機体がチョット壊れたから、予約は明日の朝で入れてくれ」

「了解にゃ」


 アークがギルドカードをミリーに渡すと、彼女は明日のフライト予約を入れた。


「それと、空獣は狩って来たから、回収班をウルド商会に寄越してくれ」

「うにゃ? ゴブリン以外を狩ってきたのかにゃ?」

「オーガを狩ってきたぜ」


 アークの返答にミリーが半分呆れた様子で笑った。


「おもしろい冗談にゃ。本当に狩れるようにガンバルにゃ」


 どうやらミリーにはアークの答えが冗談に聞こえたらしい。普段から冗談しか言わない彼の自業自得でもある。

 彼女は特に驚きもせずギルドカードを返すと、次の客のための準備を始めた。


「まあ、いいか……んじゃ回収は頼んだぜ」


 アークはこれで良いのかと思いつつも受付を離れる。


「おつかれさまなのにゃ」


 ミリーはアークに視線を向ける事なく声を掛けると、次のパイロットに話し掛けていた。




 アークは受付を離れた後、空獣の情報掲示板を眺めていた。

 掲示板にはパイロットへの注意事項や、緊急もしくは特別な情報などが記載されていた。

 アークがその掲示板にオーガの情報があるのを見つけて読むと、『森の中ほどで通常よりも強い亜種の目撃情報アリ。注意!!』と書かれていた。


「まさかね……」


 アークは呟くと、ギルドから出て行った。


 アークがギルドから出て暫くすると、ギルドの中で1つの噂が広まった。

 その噂は、今日の午前に亜種のオーガが現れて、それをたった1機のアヒルが倒したという。

 最初にその情報が流れた時、全員が偽情報だと鼻で笑っていたが、目撃者が多数居た事からそれが真実だと知って驚いた。

 そして、そのアヒル乗りは誰だという話になったが、該当するアヒル乗りに心当たりがなく、アークがランキングに載るまでの間、謎のアヒル乗りとして噂になっていた。




 そのころ、ウルド商会のドックでは……。


「何だこりゃ!!」


 フランシスカを含めた整備士の全員が、アークの狩った空獣を見て驚いていた。


「……主任。オークが3匹、エアーボアが2匹、ハーピーが1匹。それと……オーガが1匹です」

「「「「「…………」」」」」


 女性整備士のロジーナが報告する内容に、全員が口をあんぐりと開けて空獣の死体を眺めていた。


「それと、このオーガですが……」

「まだ続きがあるのか!?」


 報告を続けようとするロジーナを、フランシスカがギッと睨む。

 その迫力にロジーナが冷や汗を掻いて後退りした。それでも報告は必要だと話し始める。


「えっと……このオーガだけど、ギルドで注意勧告されていた亜種ですね」

「……は?」


 フランシスカは目をしばたかせると、ロジーナを無言で見つめた。

 彼女の報告はフランシスカの理解の限界を超えたらしい。


「ですから、このオーガは亜種です。明日のセリは……多分、大騒ぎになるわよ。主任、彼は一体何者ですか?」


 ロジーナが興奮して少しだけ会話に地が出ていたが、フランシスカはそれに気づかず首を横に振った。


「……私に聞くな、本人に聞け。とりあえず翼の修理をするとするか」

「……主任、現実逃避は止めて下さい」


 現実から逃げようとするフランシスカをロジーナが引き留めると、彼女は諦めて溜息を吐いた。


「分かったよ。とりあえず、買取部に連絡して、明日のセリは大金を用意して必ず出ろと伝えておけ。ついでに、金が掛かっても良いから、アルフガルドの本社にも遠距離無線でこの事を伝えろ。このオーガの亜種を買い取って売りさばくだけで、1カ月分の売り上げになるぞ」

「分かりました」


 慌てて連絡しに行くロジーナを眺めながら、フランシスカがもう一度溜息を吐く。


「専属にしとけば良かったな……」


 後悔しても今更だなと思いつつ、フランシスカはワイルドスワンの修理に取り掛かった。




 アークはギルドから出ると、その足をルークヘブンの町へ向けた。

 ルークヘブンの町は彼の予想以上に、黒の森から手に入る空獣の産業で大いに栄えていた。


 まず、空獣狩りが倒した獲物は一旦ギルドに集められて、翌日の朝にはセリに出される。

 そこで認可のある商会や商店が空獣を競り落として空獣を解体した後、仲卸業者に売りさばく。

 そして、仲卸業者はアルフ全国から来る小売店の発注書に合わせ、解体された空獣を購入し、運輸業者に頼んで全国へと発送していた。


「さて、初成功のお祝いはどこで飲もうかな」


 アークは昨日のうちにドーン一家の3人から、彼等が勧める酒場を教わっていたが、その酒場は満員で入るのが順番待ちだった。

 ギルドで並び疲れていた彼は、30分の順番待ちと言う店員に手を振って店を離れ、別の酒場を探す事にする。

 普通の町だと昼間から営業している酒場など殆どないのだが、このルークヘブンはセリが朝に行われ、午前での狩りで切り上げる空獣狩りが多い事から、昼間から酒が飲める店が多かった。




 アークは飲食街を適当にうろつき、適当に選んだ店の中から『ルークバル』という、カウンターとテーブル席が2つあるだけの小さなバルを選んで、店の中に入った。

 アークが店の中に入ると、開店したばかりなのか彼以外に誰も客が居なかった。


「いらっしゃい。お食事かしら?」


 カウンターの中の女性が扉のカウベルの音に気付いて、アークに向かって声を掛ける。

 出迎えた女性はアークと同じぐらいの年齢で、黒髪を首元で短く切り、黒の瞳の持ち主だった。

 優しさと落ち着いた雰囲気を感じる美人だけど、アークに向ける笑顔はどこかしら可愛かった。


「飯と酒が飲みたくて来たけど、何かおススメの料理はある?」

「今日のお勧めは、エアーボアの肉を生姜のタレに漬けた焼き料理があるけど、どうかしら」


 エアーボアとは新人向けの空獣で、一言で言うなら空飛ぶ豚。


「いいね。まあ、酒があったら、エアーボアのパピー子犬でも食べるけどな。そいつを一つ頼む」


 ちなみに、パピーは隠語で、意味は短小オチ〇チン。


「うふふ。面白い人ね」


 アークがカウンターに座って料理を頼むと、女性は彼の冗談を笑い返して料理を作り始めた。


「食前酒はどうする?」

「ダメ元で聞くけど、ウィスキーを頼む」

「うーん。あまりないんだけど、お客さん面白いから特別にサービスするわ」


 ダメ元で頼んだ注文が通ってアークが喜ぶ。


「はっはっ。お姉さん、美人な上に気前もイイね」

「ありがとう」


 アークが褒めると女性が微笑みながら、ウィスキーの入ったグラスを彼に渡した。

 女性が料理を作る様子を眺めながらアークがウィスキーを一口飲む。

 飲んだ途端、アークが驚いて口からウィスキーを離し、歓声をあげた。


「混じり気のないシングルモルト! しかもこの味はヴァナ村のウィスキー!!」

「凄い、正解よ! お客さん、ずいぶんとお酒に詳しいのね」

「俺はこのウィスキーと同じ産地の出身だからな。この酒だったら、どの年代だって当ててみせるよ」

「へぇ、そうなんだ。でも、このお酒って人気だけど仕入れが難しいのよね」


 女性は少しだけ料理の手を止めると、頬に手をやり溜息を吐いた。


「仕方がねえよ。毎年作っているけど、その大半はミズガルズへ卸しているからな。ヴァナ村からミズガルズ、さらにアルフガルズを経由してこの町へ流れて来るんだから、数も少ないのも当然さ」


 ちなみに、アークがここに来る前に直接アルフガルズへウィスキーを届けたのは、皇太子の結婚祝いにミズガルズが注文したからだった。


「だから年に2、3本しか仕入れられないのね……」


 女性がタレに漬けこんだ肉をフライパンに入れると、焼く音が店内に響く。

 アークはその食欲を刺激する音と匂いを嗅ぎながら、ヴァナ村の酒をもう少し飲めるようにできないか悩んでいた。




「はい、お待ちどうさま」


 アークの目の前に料理が出されると、皿に盛られた料理から漂う生姜の匂いとタレの甘味が彼の鼻腔を刺激して口の中で唾が溜まった。


「それじゃ頂くとするか」


 熱そうな肉を口の中に入れた途端、肉汁と甘辛いソース、それと僅かな生姜の味が口の中に広がる。

 それを何度も噛み締めた後、ゴクリと飲み込んだ。


「最高に美味い……この店は当たりだな」

「ウフフ。ありがとう」


 アークの呟きに女性が微笑んでいた。




 暫くしても客が入らずアークだけだったので、女性は彼と軽くお喋りをして暇を潰していた。

 彼女の名前はマリーベル。父親がこの町の食肉専門の仲卸業者で、母親は若い頃に病死していた。

 マリーベルは学校を卒業してから料理人になるためにアルフガルズで修行をしていたが、先月3年の修行を終わらせて、父親のいるルークヘブンで、つい先週に店を開店したらしい。


 そのマリーベルは、店の食材は父親のコネで安く仕入れられるけど、お酒の仕入れが難しいと悩んでいた。


「なるほどね……確かにバルとしては美味い酒がないと、常連客を掴むのも難しそうだ……」


 食事を終えたアークは、酒の肴にナッツを頼み、ワインを飲んでマリーベルの話を聞いていた。

 ちなみに、ウィスキーは残り少ないという理由で、お代わりを頼んでもダメだった。


「そうなのよ。何か良い方法はないかしら……」


 マリーベルが頬杖をついて軽くため息を吐く。

 そこでアークも、自分・・がどうやってヴァナ村のウィスキーを飲めるかを考える事にした。

 ちなみに、ワイルドスワンの座席の下には、ヴァナ村の住人からせしめたウィスキーが隠してあるが、これは空で暴れて飲む用の酒なので、アークは誰にも渡すつもりはない。


(ヴァナ村から、ルークヘブンへの直通便があれば良いんだけどな。うーん……オッドさんにお願いするのはどうだろう)


 アークの頭の中で、腹にラードが詰まった商人オッドの姿が浮かび、ウルド商会がヴァナ村へウィスキーを発注するのはどうだろうと考える。


(問題は誰が運ぶかだけど……そうだ、チャッピーが居たな!)


 そして、次にアークの頭で浮かんだのは、ギーブから聞いた幼い頃のチャッピー、改め、チャーリーの姿だった。ただし、顔は覚えてないので、黒いシルエットで顔が隠れている。


 ギーブが言うには、チャッピーはヴァナ村に戻って空獣狩りをする予定らしい。

 だけど、週に1回飛んで少しだけ空獣を狩れば、ヴァナ村のエネルギー需要は十分賄えた。

 それならば、月に1度だけ、ルークヘブンへウィスキーを運ぶぐらいなら村への影響はないだろう。

 ただし、これはアークの技量があるから言える話で、免許取り立ての新人だとそうはいかない。彼の勘違いでもある。


(問題はどうやって、奴等を懐柔させるかだな……)




「なんとなーく悪巧みしてるっぽい笑みを浮かべているけど、何を考えているのかしら?」


 マリーベルが考え込むアークを訝しんで、声を掛けてきた。


「んー何でもない。だけど、もしかしたら……いや、言うのは成功してからだな」

「ん? それって面白い話かしら? 聞きたいわね」


 その返答に不満なマリーベルが、アークに顔を近づけて色仕掛けで問い質す。


「マリー、顔が近いって! まあ、出会った初日に昼間から店の中っていうシチュエーションも、アリと言えばアリだけどさ……」


 アークがマリーベルからの追求を適当に濁していると、店のドアが開いてカウベルが鳴って、飛行服を着た暗い様子の若い男女4人組が店の中に入って来た。

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