第17話 護衛の依頼

 『ルークバル』の扉を開けてアークとフルートが店の中に入ると、店の客はテーブル席で食事をしている、飛行服を着た2人のドワーフだけだった。


「いらっしゃい。カウンターに座って」


 ドアのカウベルで気付いたマリーベルが2人を笑顔で迎える。

 アークは座る前に、オークジェネラルの肉を取り出してカウンターに置いた。


「これ差し入れ」

「ありがとう。これ何の肉?」


 霜降りの肉の塊を見たマリーベルが微笑み、アークに尋ねた。


「オークジェネラル」

「まあ!」

「「ブブッーー!!」」


 肉の正体を聞いてマリーベルが驚き、会話が耳に入った客のドワーフが飲んでいたエール酒を相手の顔面にぶっ掛けた。


「……最高級のお肉じゃない。これどうしたの?」

「今朝仕留めた」


 それを聞いて、マリーベルがウィンクを飛ばす。


「さすがアークね。オーガの亜種を倒しただけの事はあるわ」

「「ブッホーー!!」」


 その会話に客のドワーフがもう一度驚いて、今度は口に含んでいた料理を相手の顔面にぶっ放した。




「それで借金は?」

「余裕で全額返済、奴隷落ちセーフ。ついでにフルートを虐めていた3人をボッコボコにしてきた」


 アークの報告に、マリーべルが子供の様にはしゃいだ。


「やったね、フルートちゃん!」

「ありがとう……これもマリーさんのおかげ」

「別に大した事はしてないわ」

「確かにマリーは斡旋しただけだから、大した事はしていない」


 2人の会話にアークが頷く。


「細かい事を気にする男はモテないわよ」


 そのマリーベルの突っ込みにアークが笑い返した。


「はっはっはー。金さえあれば、どんなブサイクでもクソな性格でもモテるぜ。そこに愛があるかは知らねえが」


 そのアークの言い返しに、マリーベルとフルートが呆れていた。


「それはさておいて。まだまだお金に余裕があるし、今日はオークジェネラルを3体倒して金がガッポガッポだから、これからここでフルートの歓迎会をしようと思うんだ。後でもう3人来るから、コイツで美味いメシを頼むよ」


 アークの注文に、マリーベルがOKサインを出す。


「オッケー! 今晩は貸し切りにするわね。うふふ。こんな高級な食材なんて久しぶりだから、腕が鳴るわ」

「……私も手伝う」

「あら? フルートちゃんも手伝ってくれるの? それじゃ、お願いしちゃおうかしら。だけど、その前に着替えましょうね」

「……え?」

「さすがにその飛行服のままだと衛生的に良くないわ。私の子供の頃の服があるから、それに着替えましょ」

「……え? ……え? ……子供?」


 マリーベルが困惑しているフルートの背中を押して、店の奥へと連れて行く。

 そのフルートは背中を押されながら、手伝うと言った事を後悔していた。


「店番はしなくていいのかよ……」


 誰も居なくなったカウンターを見て、アークはこの店の経営に一抹の不安を感じていた。




「なあ、アンタ」


 背後から話し掛けられてアークが振り向くと、顔面をエールの汁と食べかす塗れにした2人のドワーフが立っていた。


「うわ!! 汚ねえな。顔ぐらい拭けよ!」


 顔の汚ないドワーフに、アークが仰け反る。


「おお、すまねえ」


 自分の顔が汚れているのに気付いたドワーフが、袖でゴシゴシと顔を拭いた。


「これで良いか?」

「……オーケー。汚ねえツラがヒデエツラになったぜ。それで俺に何の用だ?」

「うむ……実はな……」


 2人のドワーフは一卵性双生児の双子で、最初に話し掛けてきたのが兄のビッグ。その隣に居るのが弟のスモールという。

 2人は同じ顔なので、アークは名前を言われてもどっちが兄で弟なのか見分けがつかなかった。

 だけどアークは全てのドワーフが同じ顔に見えるので、別に気にしていない。


 この兄弟は運送屋で、空獣から得た魔石やら素材を輸送機で運んでいた。

 ちなみに、魔石は錬金加工されるとエネルギー燃料に変化して、ガソリンの替わりになる。


 2人は魔石と素材の運搬を仲卸業者から受けたのだが、運送ギルド側の連絡ミスで護衛の戦闘機を頼めなかった。

 そこで、先ほど耳にした会話から、オーガの亜種を倒したアークに目を付けて、自分達の護衛を依頼した。




「無理!」


 護衛の依頼をアークが即答で断る。


「いや、そこを何とか頼む」


 首を横に振るアークにスモールが頭を下げた。


「俺だって運送屋が空獣狩りをするのに必要な存在なのは百も承知だ。アンタ等が仕事をしないで燃料が来なけりゃ、空獣狩りは空を飛べないクソ製造機になり下がるんだから、アンタ等の小汚いパピー短小オチンチンをしゃぶってやりたいぐらい感謝している。だけど、今は戦闘機を改造している最中だから、飛べるのが明後日からなんだよ」

「それで構わない。フライトを明後日に変更させる」

「急ぎじゃないのか?」

「本当だったら明日の朝には運ぶ予定だったけど、護衛が居なくて運べん。依頼主も運送ギルド側のミスだから、明後日に飛ぶなら何とか妥協してくれる」


 2人の話にアークが腕を組んで考える。


「それなら、まあ、飛べなくもないけど……それで、目的地は?」

「アフルサンドリアだ」


 ビックから目的地を聞いたアークが、周辺の地形を頭に浮かべる。

 アフルサンドリアは、ルークヘブンからだと南東に位置して距離は260Km。

 速度の遅い輸送機で飛んでも約半日で到着するが、問題はアフルサンドリアが錬金加工で有名な街で、ルークヘブンの魔石や素材の大半は、この町へと運ばれるが故に、空賊が頻繁に現れるルートとしても有名なポイントだった。


(……もし空賊が出てきたら、輸送機を守りながらだとチョット不安だな。他にも護衛を追加させないと、この依頼は受けられねえ)


 そう考えたアークは、この後、店に来るドーン一家の3人を道連れにする事にした。


「なあ。もう3人ほど護衛を付けられないか?」

「3人もか?」

「戦闘機の改造が終わってもテストをしないで実戦に出すのは少し心配でね。俺が借りているドックに3人組の中堅パイロットが居るんだ。ソイツ等と一緒なら、どれだけ空賊が沸いて来ようがアンタ等を守れるし、豪華客船で乱交パーティーをするぐらいの、安全と快楽に満ちた空の旅を保証してやるよ」

「「…………」」


 アークの提案に、2人が肩を寄せ合ってコソコソ相談を始めた。

 その横でアークは顎をカウンターに乗せてだらりとしながら、奥に並んで見えるワインをボケーっと眺める。


(酒飲みてーなー。フルートの着せ替えをする前に、酒の一杯でも出しとけよ……)




「分かった。ただし条件がある」

「……ん?」


 アークが顎をカウンターに乗せたまま2人へ振り向く。

 アークは一度視線を外しただけで、どっちがビックでスモールなのか分からなかった。


「なんだか投げやりだな……」

「アルコールが切れてるんだよ。ドワーフなら分かるだろ」

「なるほど、それなら仕方ねえ」

「どこぞの捻くれた健康志向のデブと違って、酒の素晴らしさを理解してくれて嬉しい限りだ」


 ちなみに、捻くれた健康志向のデブとは、ギーブの事を言っている。


「そいつはどうも。それよりも先ほどの話だが、アンタを入れて4機も雇ったら赤字にはならないが、こっちも儲けがねえ。そこで、護衛の戦闘機にも積荷を入れて欲しいんだが、それでどうだ?」

「積荷?」


 アークがカウンターに乗せた頭をコテンと逆に傾げる。


「ああ、今日中に追加の仕事を入れる。その積荷をアンタ等のアイテムボックスに入れて欲しい。空獣狩りの戦闘機が搭載しているアイテムボックスは、他の戦闘機に比べて大量に荷物を積めるから、それでこちらも利益が出る」

「ふむ……俺はそれで構わないが、後はこれから来るドーン一家次第だな」


 アークからドーン一家と聞いて、ビックとスモールが驚いた。


「追加の護衛はドーン一家なのか。それなら俺達も知っているし、彼等の腕なら信用できる」

「じゃあ兄貴。俺は追加の仕事を受けてくるぜ」

「おう、頼んだぞ」

「チョイと待て。追加の仕事を受けるなら、ウルド商会にドッグに直接行ってみろ」


 アークはむくりと上半身を起き上がらせると、外へ出ようとしたスモールを呼び止めた。




「ん、何だ?」

「さっきも聞いていたと思うけど、今日、オークジェネラルを狩ったから、明日のセリでソイツが競売にかけられる」

「まあ、そうだな」

「それでな。実は俺ってウルド商会の専属なんだ。それで、3匹の豚のうちの2匹はウルドが専属特権で購入するらしい」

「……ふむ」

「肉はオッドさんがアルフガルズに持って行くけど、魔石と他の素材はアフルサンドリアへ行く筈だ。多分、ウルドもお抱えの運送屋は居るだろうけど、安全を考えれば俺達が運んだ方が安全だろ?」

「「もちろんだ!!」」


 アークがそう言うと、ビックとスモールが頭を上下にブンブン振った。


「丁度今、ルークヘブンのドックにウルドの社長のオッドさんが来てるんだ。そのオッドさんに俺の紹介で仕事を受けろ。オークジェネラルを倒した張本人からの紹介だから、間違いなく仕事を貰えるぜ」


 そこまでアークが説明すると、ビックとスモールがお互いの顔を見て頷いた。


「スモール!」

「分かってる。他に取られる前に取って来るぜ!」

「おう、頼んだ!!」


 スモールはアークに礼を言うと、慌てて店から出て行った。




 アークとビックが酒の素晴らしさを女に例えて語っていると、店の奥からマリーベルだけが戻ってきた。

 ちなみに、アークとビックは女の好みが真逆で喧嘩寸前だった。


「お待たせー!」

「ガチで待たせたな。ヤる前にシャワーを浴びている女も、ベッドの上で全裸待機中の男の気持ちを、少し考えるべきだと思うぜ」

「焦らすのがテクニックの1つなのよ」

「さもあらん……」


 マリーベルの反論に、アークはその通りだと両肩を竦める。


「それで、おめかしした美少女エルフのフルートちゃんは、どんな魔法で奇麗になったのかな?」

「今からその魔法を披露するわ。フルートちゃん、カモーン!」


 マリーベルがノリノリで呼ぶと、フルートがモジモジしながら姿を現した。

 そのフルートは、首元にリボンがついた黒い長そでのブラウスに膝上丈の黒のスカート。その服の上から白いエプロンドレスを付けていた。

 そして何故か、頭に猫耳がついたカチューシャが付けられていた。


「どう? 似合うでしょ」


 マリーベルが自慢する傍ら、フルートは顔から火が出そうなぐらい赤面していた。


「どこぞの猫耳メイドって感じで、確かに似合ってるけど……」


 アークはフルートの格好を褒めると、言葉に詰まらせる。


「ん? 何かしら?」

「マリー。お前、子供の頃にこんな服を着ていたのか? よく恥ずかしくなかったな」

「……こ、これは、お父さんの趣味よ! 私が買ったんじゃないわ!!」

(((嘘だ!)))


 あたふたするマリーベルの様子に、アーク、フルート、ビックの3人は彼女の嘘を見破って、ハイライトの消えた視線を送っていた。




 フルートの着せ替えも終わり、マリーベルとフルートがカウンターの中で、料理の仕込みを始めた。

 フルートが野菜を切っている横で、マリーベルは肉を持ち上げると、まな板にバンバン叩きつける。


「……なんでお肉叩くの?」


 マリーベルの行動を理解できず、フルートが質問する。


「こうすると、お肉が柔らかくなるのよ」

「まな板に置いて、棒で叩けば良いじゃん」


 カウンターでビックと一緒に酒を飲んでいたアークが言うと、マリーベルがにっこりと微笑んだ。


「ストレスの解消も兼ねているの」

「「「…………」」」


 店の扉が開いてカウベルの音が鳴って全員が視線を向けると、仕事を取りに行ったスモールが店の中に入ってきた。


「兄貴、取って来たぜ!」

「おう、よくやった!」


 どうやら、スモールはウルド商会の仕事を取れたらしい。


「しかも、オークジェネラルだけじゃなくて、他の魔石と素材の運搬もついでに頼まれたから、報酬が良くなったぞ!」

「本当か?」

「マジだ、マジ。これもアークのおかげだ。アンタの名前を言ってドーン一家が護衛するかもって話したら、それなら確実だってオッドさんも喜んでたぜ」


 ビックとスモールが喜んでいる傍ら、カウンターの中でマリーベルとフルートは、状況が分からず首を傾げていた。


「そういや話してなかったな。フルート、仕事だ」

「……仕事?」

「……明後日の……ん? ビック、飛ぶのは昼からか?」


 アークの質問にビックが頷く。


「昼前にはここを出る」

「了解。明後日の昼前に、この双子のドワーフが乗る輸送機の護衛だ。目的地はアルフサンドリアだから、一泊二日の小旅行だな。まあ、ルート的に空賊が挨拶しに来るかもしれんが、丁重に追い返せば問題ない」

「……人を殺すの?」


 アークの話に、フルートが悲し気な表情を浮かべる。


「お前は人殺し相手でもお股をおっぴろげる博愛主義者か? そんな自由主義は捨てちまえ。アイツ等は獲物のためなら、絶世の美女が「やめて!!」と叫んでも、逆に興奮してそいつを犯した後で奪い取る連中だ。覚悟を決めろ」

「……分かった」


 アークの冗談を聞いても不安な様子だったが、それでもフルートは頷いた。




「それでアーク。お前は経験があるのか?」


 アークとフルートの話を聞いていたビックが、アークに人殺しの経験があるのか質問する。


「あ? 13の時に童貞殺人は捨てたぞ。ちなみに、本当に捨てたのも同じ年だ」

「相手が気になるわね」


 アークの返答に、マリーベルが視線を向ける。

 もちろん気になるのは、本当に童貞を捨てた相手だ。


「普通に田舎の娘だぞ。あの時は俺が住んでた村だけじゃなく、地域全体が不作でね。賊が襲って来たのも村の食料を狙いに来たから殺すしかなかったし、俺がヤッた女も口減らしに売られる前に、俺が好きだったからって最後の思い出に抱いただけだ。全く持ってクソな話だろ」

「……聞いちゃいけない話だったわね。ごめんなさい」

「よくある話だし、別に構わねえって」

「確かに田舎だとよく耳にする話だな……でも今のお前なら、その娘を買い戻せるんじゃないのか?」


 スモールがアークに話し掛けると、彼は一瞬だけ辛そうな表情を浮かべた。


「俺が15の時、戦闘機の免許を取りにミズガルズへ行ったときの話だ。同じ教習所の悪い先輩に誘われて、娼館に連れて行かれたことがあった。そして、店に入ったらその娘が居た」

「……それで?」


 マリーベルが真剣な顔になって話の続きを促す。


「俺の顔を見るなり、アイツは店の奥へ逃げて行ったよ。そして、そのすぐ後で店の外から悲鳴が聞こえた」

「「「「…………」」」」

「慌てて外に出ると、アイツが血を流して地面に倒れていた。周りの奴に話を聞けば、屋根から飛び降り自殺をしたらしい」

「「「「!!」」」」


 ショッキングな話に全員が息を飲んだ。


「俺が抱きかかえると、アイツは俺に向かって「ごめんね」と一言だけ言って天国に行っちまった」

「「「「…………」」」」


 アークが話し終えると、店の雰囲気が暗くなっていた。


「そしてこの話には、まだ続きがある」

「……何?」


 フルートが問いかけると、アークは真剣な表情で彼女をジッと見返した。


「……実はな……今の話は全部嘘なんだ」

「「「「え?」」」」


 話を聞いていた全員、理解できず口をポカンと開く。

 全員の驚いている顔に、アークが笑い始めた。


「くっくっくっ、あはははっ。全員、ヒデエ間抜けヅラだな。もう一度言うけど嘘なんだ。確かに13で村の娘とヤったのは本当だけどな。アイツ、今は別の村の男と結婚して2児の母らしい。あはははははっ」


 そこまで言うと、アークが腹を抱えて笑い出した。

 笑い転げるアークに、マリーベルは文句を言って、ビックとスモールは頭を抱えて「騙された」と呟く。 

 フルートはアークを見ながら、この人の性格を理解するのは一生無理だと思った。

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