第9話 ルークヘブン02
「それは機体を偽装した整備士のドワーフに言ってくれよ」
アークが呆れた様子で肩を竦めると、フランシスカが首を左右に振った。
「その整備士も問題だ。この偽装もハッキリ言って天才、いや、神レベルの技術だ。見た目だけの偽装なら誰でもできる。だけど、このワイルドスワンは性能をワザと落としてアヒルに見せかけているにも関わらず、何時でも元に戻せるようにされている……もし私がここの責任者じゃなかったら、この偽装を施した整備士に弟子入りしたいぐらいだ」
彼女の説明に、周りの整備士が一斉に頷いていた。
「ギーブってそんなに凄かったのか。何だったら紹介状でも書いてやろうか?」
「ギーブ? 今、ギーブって言ったか?」
ギーブの名前を聞いて、フランシスカが身を乗り出してアークに迫る。
「オイオイ、迫るのはベッドの上にしてくれよ。こんなところで誘われても……まあ、俺はいいけどよ……」
「ウルサイ、いいから答えろ!」
冗談が通じずフランシスカが怒鳴った。
「確かにギーブって言ったけど……それがどうした?」
「もし私が知っているギーブなら、元ダヴェリール空軍のドワーフ整備士で神様と言われてた人だが……まだ生きていたのか?」
「あの腹の出たおっさんが神様だって? あんなヒデエツラをしたのが神様だったら、俺は今すぐその神様の顔面にションベンをぶっ掛けてやるよ!」
アークが肩を竦めると、フランシスカが「無知は恐ろしい」と呟いて溜息を吐いた。
「私の父がギーブの弟子で、私はその孫弟子にあたる。よし、そうと分かったら、私も本気でこの機体を整備するとしよう。で、バラしていいか?」
「ハアァ? よくねえよ! 明日の朝から飛ぶんだから、このままにしてくれ」
その返答にフランシスカが顎に手をやり「残念だ」と呟いていた。
フランシスカとの会話も終わって、アークが今晩からの宿をどうするか考えていると、外の方からプロペラ音が聞こえてきた。
その音に、フランシスカの部下の整備士たちが一斉に動き始める。
「主任! ドーン一家が帰ってきました」
「分かった。今、向かう!」
フランシスカが部下に応じてから、アークに振り返る。
「アーク。ドーン一家を紹介してやるから、ついてきな」
「ドーン一家?」
フランシスカの後を追いながらドーン一家について尋ねた。
「うちがドックを貸している、このルークヘブンで中堅クラスの空獣狩りのチームだ」
「一家って事は、家族で空獣狩りをしているのか?」
「正確には三兄弟だな。上から、ドーン、ドーズ、ドーガ。兄弟でトリオを組んで、かなりの稼ぎを上げている」
「親のネーミングセンスが最悪だな」
「それを彼らの前では絶対に言うなよ。あいつ等、本気で怒るからな」
2人がドックの外に出ると、3機の戦闘機がプロペラ音を響かせてドックの前に停まっていた。
機体は3機とも、先程フランシスカが言っていたA18-02ブレイズソードで、機動を重視して設計された戦闘機だった。
プロペラの回転が止まると、それぞれの機体からパイロットが降りてきて、フランシスカの前に現れる。
飛行服を着た三人は左から……。
もじゃもじゃの髭を生やした筋肉の塊みたいな男性。見た目、ヒゲゴリラ。
小柄だけど腹が出た男性。見た目、チビドワーフ。
背は高いが痩せている男性。見た目、拒食症なエルフ。
3人共、年齢は恐らく30歳を超えていて、見た目も格好も全く異なる3人だった。
そしてなぜか、黒の色付きゴーグルを外さずにいた。
「お疲れ。首尾はどうだい?」
フランシスカがヒゲゴリラに向かって話し掛けると、ゴリラがニヤリと笑い返した。
「いつも通りだ。それで隣の坊主は誰だ?」
「紹介するよ。今日からうちのドックに入ることになったアークだ」
紹介されて、アークが軽く頭を下げる。
「アーク。この3人がドーン一家で、左から長男のドーン、次男のドーズ、三男のドーガだ」
紹介された3人の体格はどう考えても同じ血、いや、同じ種族から生まれてきたとは思えない。
「アークだ。好きな物は酒。嫌いなのはその酒に税金をかけるクソ野郎。これからよろしく頼む」
アークの紹介を聞いて、三兄弟が笑った。
「ガハハハハッ。生意気なクソガキだけど、そこが気に入った。坊主、お前とは美味い酒が飲めそうだ」
「俺がクソ生意気でクソな性格なのは、住んでいた村の全員が、クソも性格もねじ切れるぐらい捻くれていたせいだな。碌でもない環境で育ったから、素直でかわいい俺はあの世へと旅立ったよ」
「お前が素直でかわいいとか、俄かには信じられん」
アークが話す横で、フランシスカが彼を横目で見ながら、「くっくっ」と笑って肩を竦める。
「分かってねえな。空から帰ると「死ぬ方に賭けたのに負けた、そこで落ちろ」と言う管制塔。機体にクレームを入れると手元のスパナでぶん殴ってくる整備士。空獣を狩っても支払いをケチる村長。酔っ払っている時に酒を頼むと薄めた酒を出す酒場のマスター。本当、あの村は碌でもねえ奴等ばかりだぜ」
アークのトークに、この場に居る全員が大笑いしていた。
「ギャハハ。マジで面白いな、歓迎するぜ」
見た目が拒食症なエルフの三男ドーガが、アークの肩をバンバン叩いて歓迎する。
「ところで1つ聞いて良いか?」
笑いが収まったところで、アークがドーンへ質問を投げかける。
「何だ?」
「3人は義兄弟か?」
「うんにゃ、同腹だ」
「マジで? 人類の神秘だな。種も同じなのか?」
驚きながら、再びアークが問いかけると……。
「……多分な」
今度は返答に間が空いた。
「いや、そこは即答しろよ」
フランシスカが突っ込むと、ネタだったのか三兄弟が馬鹿笑いをしていた。
「ドーン。午後も飛ぶのか?」
フランシスカが尋ねると、ドーンが首を横に振った。
「飛ぼうと思ったが今日はやめて坊主の歓迎会だ。ドーガ、ギルドで清算してこい」
「あいよ」
ドーンとドーズが自分のギルドカードをドーガに投げ渡すと、彼はギルドへ向かって歩き去った。
「俺の歓迎会? 嬉しいけど、飛ばなくてもいいのか?」
「気にするな。半日ぐらい飛ばなくたって飢え死にするほど貧乏じゃねえ。それに、酒を飲む口実が欲しいだけだ」
「ギヒヒヒ、そうだ坊主。ここの整備士はフランのシゴキのおかげで真面目な奴が多いから、こういう機会がないと誘っても来ねえんだよ」
「新人にこの森について教えるのも、先輩の仕事の1つだからな。ガハハハ」
ドーズに釣られてドーンが胸をドンと叩いて笑った。
どうやら、この3人は笑い方に特徴があって、長男のドーンが「ガハハハ」。次男のドーズが「ギヒヒヒ」。三男のドーガが「ギャハハ」と笑い方が下品極まりなかった。
「空獣狩りって奴等は酒飲みばかりだねぇ。じゃあ、うちらも今日は早めに切り上げて、一緒に飲むとするか……」
フランシスカはドーンとドーズに肩を竦めると、ドーン一家の整備を始めた部下たちの元へと歩いて行った。
夕方前から、ウルド商会のドックに酒とつまみが運ばれて、アークを歓迎する酒盛りが始まった。
アークは飲んでいる最中、ドーン一家から黒の森の空獣の狩り方についてレクチャーを受けていた。
まず、黒の森の空獣狩りは、朝に飛行場を出て昼に1度帰還していた。
これは飛行時間が4時間ぐらいになると、便意が近くなるため、大抵のパイロットは一旦戻って休憩を入れるためだった。
午前中に成果があれば、この日の狩りを終わらせるが、成果がなければ午後にも飛ぶ場合もあった。
特にランキング上位を目指すパイロットは毎日、午前と午後の両方を飛ぶらしい。
それと、どんな事があっても夜までに帰還しなければいけない。
これは、夜になると空獣が凶暴になるためで、この黒の森以外でも夜の空獣狩りは禁止されていた。
つまり、夕方までに帰らないと、その戦闘機は撃墜されたとみなされて、パイロットは死亡扱いされる。
さらにドーン一家は、アークに黒の森の戦い方についても教えてくれた。
空獣狩りの初心者、もしくはこの森に来たばかりの頃は、弱い空獣を狙って手前の森の上空を旋回をする。
そうすると魚釣りと同じで、空獣が戦闘機を狙って森から出てくるから、その空獣をドッグファイトで仕留める。
このやり方が一番安全で基本の稼ぎ方だった。
中堅になっても狩り方は同じで、森の中央に行って上空を旋回すると、手前よりも強くて金になる空獣が襲って来るから、それを狩っていた。
このぐらいになると、ギルドのランキングに入れる。
ちなみに、ドーン一家は常に3機でチームを組んで、森の中央付近で狩りをしていた。
3機で空を旋回して、3機の内の誰かが空獣を釣ると、釣られた1機を餌に残りの2機で空獣を仕留めるやり方で効率良く稼ぎ、ランキングも3人そろって20位以内に入っていた。
ドーガの話だと、上位ランカーが抜けていけば、後1年ぐらいで3人ともダヴェリールへの推薦がもらえるらしい。
「なるほど。今まで空獣の擦り付けは犯罪って認識だったから、参考になるよ」
アークがエール酒を飲みながら、彼らの狩り方を面白そうに聞いていた。
「坊主は今まで誰とも組んでなかったのか?」
「俺が住んでいた村は俺以外に空獣を狩る奴がいなくてね。仕方がないからおんぼろ機で小銭を稼いでた」
ドーンの質問に答えると、ドーズとドーガがアドバイスをしてきた。
「ギヒヒヒ。ソロは稼ぎも良いけど危険も大きい。もし、背中を預けられる友ができたら、組んでみる事も試してみろよ」
「上位の奴は俺たちと同じ方法でランキングに入ってるぜ。ギャハハハ」
「気が向いたらな」
酔っ払って会話に笑いが入る二人のアドバイスに頷くと、アークはエール酒を飲み干して追加の酒を自分で注いだ。
「ああ、それと、前は森の中に入って狩りをする命知らずも居たけど、それは危険だから止めておけ」
ドーンが危険な狩りの仕方を注意すると、それを聞いていたフランシスカが顔を顰めた。
「ああ、居たな。私らが危険だと止めても森の中に入る馬鹿が……」
フランシスカはそう言うと、一瞬だけ悲しい表情を見せた。
「森の中に入るって、木にはぶつからないのか?」
アークが尋ねると、ドーズが詳しく説明してくれた。
「あの森の中ほどまで行くと、魔素の影響で他の森と違って、木の高さが300m近くまで伸びるんだ」
「デケエな。俺のと比較したいぐらいだ」
「ナイスジョークだ、ギヒヒヒヒ。それでな、木が大きすぎて森の中で低空飛行すると、木の間隔が大体15mから20mぐらいになっているんだな」
「へー」
「森の木々の間をスススーって掻い潜りながら、空獣を見つけて狩りをするらしいぜ」
「そいつは面白そうだな」
アークの呟きにドーンが肩を竦める。
「ガハハハ。面白いかは知らないが危険だぞ。だけど、夜行性のレアな空獣を狩ることができるらしい」
「ギャハハハ。やれと言われても俺たちゃ絶対にやらねえよ。あんなの自殺行為だ」
ドーン一家は全員、酒がかなり入って段々とハイな状態になり、会話の冒頭に笑いが必ず入っていた。
「ふむ……もしソロでランキングを上げようとするなら、森の中に入る必要があるのか」
「ダメだ! 森の中は危険すぎる。例えベテランになっても入るのはやめろ。死ぬだけだ!!」
フランシスカが酔っ払った赤い顔をして、アークに怒鳴った。
「……そうだな。俺も空から空獣を狙うよ」
少し驚きつつも本心を誤魔化してアークが答えると、それで安心したのか彼女は安堵の表情を浮かべて頷いた。
「この機体とはずっと付き合っていたいからな、それを聞いて安心したよ」
「はぁ……やっぱりこうなったか……これでアンタも仲間入りだな」
「ん? 何の事だ?」
笑みを浮かべるアークに、フランシスカが首を傾げる。
「この機体を見て発情した人間だ。1人目は俺の親父、2人目はギーブ。そして3人目にアンタだ。無機物を愛する心理は分からないが、とりあえずおめでとう」
アークの返答に自覚していなかったフランシスカは、口をポカーンと開けてショックを受けていた。
「ガハハハハ」
「ギヒヒヒヒ」
「ギャハハハハ」
そんなフランシスカに、ドーン一家が笑い転げる。
その後も空獣や機体についての話で盛り上がり、アーク達は酒が尽きるまで酒を飲み続けた。
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