ルークヘブン編

第8話 ルークヘブン01

 アルフの首都アルフガルズを離れて2時間程南西に飛行していると、ルークヘブンの町が見えてきた。

 そのルークヘブンの町の奥には、山脈に囲まれたうす暗い森が広がっていた。


 黒の森と呼ばれるこの森は、新人から中堅の空獣狩りが目指す場所の一つと言われていた。

 森の広さは約300km。魔素が強い土地柄なのか、森の中心部から奥は木々の高さが300mを超えて、数多くの空獣が生息していた。

 多くの空獣狩りは、夢と希望を抱いてこの森に来て、自分の実力を知ることになる。

 一部の者たちは強い空獣を求めて新たな地を目指し、実力のない者たちはこの地に留まるか、挫折して輸送機に乗り換える。もしくは故郷へと帰って行った。


 だけど、生き残れたのならまだ良い方だろう。

 3割近い空獣狩りのパイロットは、この森に挑んで人生を終わらせていた。




 アークはワイルドスワンをルークヘブンの滑走路へ着陸させると、航空機誘導員からウルド商会が借りているドックの場所を聞き出して機体を移動させた。

 ウルド商会のドックの前に着くと、機体の整備をしていた数人の整備士が作業を止めて、偽装中のワイルドスワンを観察するように眺めていた。

 そして、整備士の中から1人の女性が現れると、ワイルドスワンを降りたアークに話し掛けて来た。


「見かけない顔と機体だね」


 アークに声を掛けた女性は、20代半ぐらいで、怒らせると怖そうな顔つきをした勝気な美女だった。

 瞳ははしばみ色で、身長は180cmを超えて女性にしては大柄で背が高い。くせ毛のある赤髪を背中の半ばまで伸ばして、首元でキツク束ねていた。

 服装は色気のないつなぎを着ていたが、上着部分を脱いで腰で縛っているため、豊満な胸の膨らみが黒いTシャツの上からでもハッキリと見えていた。


「そこのワイルドな姉ちゃん。ここがウルド商会のドックでオッケー?」

「そうだけど、アンタは誰だい?」


 気さくに話し掛けてきたアークを、整備士の女性が訝し気にジロジロと眺めた。


「アークだ。それとこの戦闘機はワイルドスワン。オッドさんからの紹介で来た」


 オッドの名前を出すと、女性が首を傾げた。


「オッドさんの紹介? そんな話は聞いてないが?」

「昨日の今日だからな」


 アークがここを紹介された経緯を話すと、女性は納得したのか微笑んでアークに手を出した。


「話は分かった。私はフランシスカ。フランとでも呼んでくれ」

「フランだな。もしかしたら、ムカついている時は別の名前で呼ぶかもしれないけど、その時は気にしないでくれ」

「私もそうするから安心しろ」


 アークとフランシスカが冗談を言いながら握手を交わす。


「ワイルドスワン……どこかで聞いた名前だな。だけど、白鳥という名前でアヒルとは……若いのに随分と渋い機体に乗ってるな」


 フランシスカは偽装しているワイルドスワンの眺めながら、感心とも呆れとも言えない感想を述べた。

 彼女の言うアヒルとは、ワイルドスワンの表面ボディーを偽装した、キングダックスのあだ名を言っている。


「まあな。これを押し付けた整備士は、コイツを笑う奴は素人だから、心の中で嘲笑えって言ってたぜ」


 ギーブは「笑え」と言ったが、「嘲笑え」とは一言も言っていない。


「その意見には私も賛成だ。コイツの見た目は不格好だけど、同じサイズの機体と比べたらバランスも性能も良いからな。だけど、アヒルで複座とは珍しい……」


 フランシスカが面白そうにワイルドスワンを眺めている横で、アークは彼女の様子を眺めていた。


(整備士ってことは、ワイルドスワンも当然だけど整備するに決まってるよな……だとすると、偽装もバレるってことか。整備だけなら俺一人できるけど故障したら直せねえし、そして何よりも重要なのは俺が面倒くせえ。だったら任せてしまえ。それにしてもデケエ、チチだな)


「なあ、フラン」

「何だ?」

「見たところ整備士で間違いないよな。もし、仮装パーティー中で牛乳屋だったら謝る」


 その質問にフランシスカが顔を顰める。


「変な奴だな。私はこのドックの主任だ」

「という事は、この機体の整備もするって事だよな」


 その質問にフランシスカが頷いた。


「当たり前だろ。まあ、自分で整備するというなら手を出さないが……」

「いや、頼むことにするよ」

「そうか、分かった」


 アークの返答に、戦闘機を弄るのが好きなフランが笑みを浮かべた。


「だけど最初に言っておくが、この機体はアヒルじゃない」

「ん? どういう意味だ?」

「コイツはボディーを偽装している」

「……もしかして、盗難機か?」

「違げえよ!」


 睨むフランシスカに、アークが頭を振って否定する。


(盗んだのは親父だけどな)


 だとしたらやっぱり盗難機なのかとアークが考えている間に、ワイルドスワンを一周して観察し終えたフランシスカが顔を顰めて話し掛けて来た。


「私にはただのアヒルにしか見えないが……」

「俺がギルドで登録している間に調べてみろよ。朝起きたら自分の股間に馬並みのイチモツが生えたぐらい驚くぜ」

「何だ、その例えは」

「それとこの戦闘機は秘密だから、誰にも言うなよ」

「随分と警戒しているんだな。まあ、顧客の情報をベラベラと話すつもりはないから、そこは安心しろ」

「じゃあ、アンタがワイルドスワンに発情するところを見れないのが残念だが、ギルドに行ってくる」

「はははっ。機体を見て発情する奴なんて居ないだろ」


 笑うフランシスカに、アークが自分の父親とギーブの事を思い出して首を左右に振った。


「……残念だが、2人ほど、その変態を知ってる」

「……そいつ等は、頭がイカれてるな」

「それに関しては、俺も同意しよう」


 アークはフランシスカに頷くと、ギルドに向かって歩き始めた。


「ギルドはドックから出て左に行けばあるぞ」

「サンキュー。また後でな」

「……ああ」


 アークが少しだけ振り返ると、既にフランシスカが部下を呼んで、興味津々な様子でワイルドスワンを調べ始めていた。




 アークが空獣ギルドに入ると、数人の空獣狩りのパイロットがホール端で屯しているだけで、受付は空いていた。

 ホールの壁には色々な張り紙が張ってあり、アークは登録を済ませたら後で確認するとして、受付に向かう。

 この空獣ギルドは、黒の森で空獣を狩るパイロットが倒した獲物を卸す場所でもあり、ここで登録をしないで黒の森に入ると密猟者として罰せられた。


 アークは受付のカウンター前に立つと、若い猫型獣人の受付嬢が彼を出迎えた。


「登録を頼む」

「新人かにゃ? 黒の森にようこそにゃ」

「にゃにゃーん。新人です」

「にゃんにゃ?」


 アークの冗談に猫が首を傾げる。


「いや、何となく言ってみただけ」

「良く分からない人にゃ。まず免許証を見せて欲しいにゃ」

「あいよ」


 アークが免許書を見せると猫が瞳孔を丸くして驚き、免許書とアークの顔を交互に見比べた。


「新人だと思ったら、飛行歴が4年半で驚いたにゃ」


 彼女の言う通り、アークの年齢が異常なのだが、免許を取ってからヴァナ村でずっと1人だけで飛んでいたから本人に自覚はない。

 ちなみに、この世界では戦争や医療レベルが低く平均寿命が短いため、15歳になると成人扱いされる。


「成人になってすぐに取ったからな」

「成人してからスグに免許を取るにしても、早くて18歳ぐらいにゃ。15で免許を取るのは凄いにゃ! それじゃ書類にゃ。あそこの机で書いてからまた来るにゃ」


 アークは登録用紙を貰うと、カウンター近くのテーブルで出身地やドックの場所、免許証のナンバー、振り込み先の口座などを記入してから受付カウンターに戻る。


「これで良いか?」

「確認するにゃ」


 猫は提出された書類をチェックすると、鉄製の1枚のカードを取り出して、そのカードのナンバーを書類に記入する。


「問題ないにゃ。これを大事に持つにゃ」


 そう言って、持っていた鉄のカードをアークに手渡した。


「ギルドカード?」


 アークがカードに書いてあった文字を読んで首を傾げる。


「そうにゃ。空獣を狩った後、ここに来てそのカードを見せれば、すぐに係員が空獣を回収して、翌日のセリで売れた金額をその日の内に指定の口座に振り込むにゃ」

「なるほど」

「ちなみに、なくしたら罰金にゃ」

「酒の次に大事にするよ」


 それを聞いて猫が「アホにゃ」と呟く。


「ちなみに3割は税金で頂いて職員の給料ににゃるから、頑張って稼ぐにゃ」

「やる気を削ぐ応援だな。ありがとうよ」

「どういたしましてにゃ。それと、空獣の情報やランキングはあそこの壁に貼ってあるにゃ。後で確認すると良いにゃ」

「ランキング?」

「ランキングにゃ。毎週この森で稼いだ額でランキングが上がるにゃ」

「ランキングが上がるとどうなるんだ?」

「ダヴェリールへの推薦が得られるにゃ」

「猫語が分からねえから、詳しく説明を頼む」


 アークが質問すると、逆に猫が首を傾げた。


「知らないのかにゃ? ……ああ、さてにゃアークは免許を取ってから、追加講習を受けてにゃいにゃろ。2年前にダヴェリールの法律が変わったにゃ」

「ほう」

「新人がいきなりダヴェリールに行ってポンポン死ぬから、ダヴェリール政府が新人の空獣狩りを禁止したにゃ。だから、空獣ギルドの推薦を得たパイロットだけがダヴェリールで空獣を狩れるにゃ」

「なるほど、つまりここでアンタに貢げば推薦がもらえるってわけか」

「そうにゃるにゃ。ダヴェリールを目指すならガンバってわたちに貢ぐにゃ」

「分かったにゃ」


 ついうっかりアークが語尾に「にゃ」と言うと猫が目を細くして笑った。


「にゃははのにゃ。アークは面白い奴にゃ。だから良い事を教えてあげるにゃ。もし朝から飛ぶなら、前日にフライトの予約を入れた方が良いにゃ」

「フライトは予約制なのか?」

「滑走路が空いてれば何時でも良いにゃ。ただ、朝は一斉に戦闘機が飛び立つにゃ。だから当日の朝に予約を入れても、飛べるのは新人にゃと1番最後で2時間待ちにゃ。そうにゃると狩場を取られて、午前の収入は機体のエネルギー代を考えるとマイナスにゃ。という事で予約入れとくかにゃ?」


 そう言って猫が可愛く首を傾げる。その仕草があざとい。


「そうだな。宜しく頼む」

「了解にゃ。アークも明日からガンバルにゃ」


 最後に猫から応援を貰ったアークはカウンターを離れ、今度はランキング表とその説明書きを確認する。

 ランキングは1位から100位までの名前が掲げられ、週ごとにランキングが変動する仕組みになっていた。

 10位以内を10週維持できると、ダヴェリールへの推薦がもらえるらしい。

 ランキング表の名前を見ても誰だか分からないアークは、興味を失くしてウルド商会のドックへ戻った。




 アークがドックに戻ると、フランシスカと彼女の部下の整備士たちが、ワイルドスワンの機体を前にして唸り声を上げていた。


「ただいま」

「アーク! この機体は何だ!」


 アークが声を掛けると、彼に気付いたフランシスカが大きな声で質問をしてきた。


「おいおい、初心な処女が初夜に男のギンギンなアレを見て「パパのと違ーーう!」みたいな声を出すなよ」


 その冗談にフランシスカの部下たちが、彼女の後ろで一斉に吹き出して笑いを堪えた。


「ウルサイ! 例えがアホで長すぎる。それにそんな次元の問題じゃない! コイツは……見た目はアヒルだが、中身が全く違うぞ!!」

「そりゃそうだ。そのための偽装だし……」


 アークが両肩を竦めるのを他所に、フランシスカが謎を解くかの様に腕を組んで、ぶつぶつと呟き始めた。


「エンジンは型番でホンディクール社の最新型軍用エンジンなのは分かっているんだ。だけど、それ以外が全く分からない……しいて言えば、レッドフォックス社のブレイズソードに特徴が似ていると言えば似ているんだが……いや、違う。似ているけど、根本部分の構想が全く違っている……」


 ちなみに、フランシスカが言うブレイズソードとは、アークが乗っていたソードアイスの後継機の最新の機種を言っている。


(だから親父はソードアイスに乗ってたのか……)


「それで、コイツの正体をそろそろ教えてくれないか?」


 アークが物思いに耽っていると、フランシスカが降参して彼に回答を求めた。


「コイツはグランフォークランド社製のDR-01ってヤツだ」

「グランフォークランド社? 聞いたことのないメーカーだな。どこの弱小……いや、前に一度だけ聞いたことが……あ!」


 悩んでいたフランシスカが何かを思い出したらしい。

 だけど、その思い出した内容が信じられず、ワイルドスワンを呆然と見上げた。


「……ワイルドスワン……まさか…本物なのか!?」

「おおーー凄げーー! よく知ってたな。やっぱりマニアは違うねぇ……」


 アークが感心してフランシスカを褒めるけど、彼女はそれどころではなくワイルドスワンを見上げながら誰に聞かせるともなく呟き始めた。


「……父から聞いた事がある。20年前にダヴェリールの空軍が1度採用をしようとしたけど、突然不採用になって行方不明になった幻の戦闘機。そのフォームは流線形の美しい白銀。高速で空を駆け、稲妻のように空獣を狩り、踊るように空を舞う……そ、そ、そ……」

「そ?」


 フランシスカが喋っている途中で言葉を詰まらせ、アークが首を傾げる。


「それが、なんでアヒルになっているんだ!!」


 フランシスカがドック全体に響くような大声で叫び、その声の大きさにアークは顔を顰めていた。

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