第6話 空賊との闘い

 ロンサルス飛行場を飛び立ってから、2時間が経過していた。

 哨戒しながら通常よりも速度を上げて飛行していると、北の空から5機の戦闘機がこちらに向かって来た。


(やっぱり来たか……)


 アークがさらに速度を上げて逃げる素振を見せると、相手から無線が入る。


『コ・チ・ラ・ス・ヴァ・ル・ト・ア・ル・フ・ク・ウ・グ・ン・ソ・チ・ラ・ノ・ショ・ゾ・ク・ヲ・イ・エ(こちらスヴァルトアルフ空軍そちらの所属を言え)』


(スヴァルトアルフだと? 戦っているのは東側じゃないのか?)


 今は関わりたくないが、もし逃げたら敵国のニブルのスパイと勘違いされて、撃墜される恐れもある。

 アークは仕方なく、相手に向かって返信を打ち返した。


『コ・チ・ラ・ミ・ズ・ガ・ル・ズ・ミ・ン・カ・ン・キ・ワ・イ・ル・ド・ス・ワ・ン・ア・ル・フ・ニ・ム・カ・ウ・ト・チュ・ウ・テ・キ・タ・イ・ス・ル・イ・シ・ナ・シ(こちらミズガルズ民間機ワイルドスワン。アルフに向かう途中、敵対する意思なし)』


 返信を打った後、近づく相手の戦闘機を見ていると、軍の戦闘機としては異変があるのに気付いて、続けて無線を打った。


『ニ・ブ・ル・ナ・ラ・コ・コ・カ・ラ・ミ・ナ・ミ・ニ・イ・タ(ニブルならここから南に居た)』


 もちろん嘘。


 アークが先ほど気付いたのは、向かってくる機体に見覚えがあったからだった。

 こちらに向かってくるのはA14-DX10ソードサンダー。彼が長年愛用してスクラップになったA10-DX25ソードアイスの二世代後の後継機だが、それでも今だとかなり古い部類に入る。


 戦争中の軍がそんな古い機体を使うかと考えると、それは考えにくい。

 それ以前に、ソードサンダーは空獣狩りがよく使う機体で、軍が採用するかと問われれば間違いなく「否」だった。

 つまり、ここに向かってくる戦闘機は、ほぼ100%空賊が偽の軍になりすましていた。


『ソ・ノ・テ・キ・ハ・ス・デ・ニ・ハ・ア・ク・シ・テ・イ・ル・ア・ン・ゼ・ン・ノ・タ・メ・ニ・ソ・チ・ラ・ノ・ゴ・エ・イ・ヲ・ス・ル(その敵は既に把握している。安全のためにそちらの護衛をする)』


 アークの偽情報に騙された返答に、アークの口角の片方が尖る。


(居ない敵を把握して、護衛する必要のない他の国の戦闘機を護衛するという時点でダウトだ、バーカ)


『リョ・ウ・カ・イ・ゴ・エ・イ・ヲ・カ・ン・シャ・ス・ル(了解、護衛を感謝する)』


 アークは考えとは逆の返信をすると、近づく5機の戦闘機の方へと進路を変えた。




 相手は5機。もちろんアークの方が数では不利。

 それでもアークは彼等に接近して射程有効範囲まで近づくと、一番手前に居た戦闘機に向かって、不意打ちの20mmガトリング砲を発射した。

 弾丸が戦闘機の外壁を撃ち抜いて、エンジンから火が出る。

 ワイルドスワンを90度ロールさせると、延焼している戦闘機の横をすり抜けた。


 アークが背後を見れば、倒した敵機が錐揉みしながら墜落していた。

 その様子にアークが笑みを浮かべる。


「エネルギー代の借りは返したぜ。それじゃ、そろそろ本気を出すとするか!」


 アークは座席の下に隠していた水筒を取り出すと、中のウィスキーを一気に飲み干した。


「んーー! 来たぜーー!!」


 ウィスキーを飲んだ途端、アークの動体視力と直感が通常の人間の10倍となって、意識がワイルドスワンと一体化する。

 これは2年前。弾切れになって空獣から逃げ回っていた時、ヤケクソでウィスキーを飲んだら発覚したアークだけが持つ能力だった。

 アークがこの状態になると、効果が消えるまでの間、操縦技術が神懸りになった。


「行くぜ!!」


 アークは叫ぶと、ワイルドスワンの速度を上げた。




 ワイルドスワンを180度のループで上昇させて、さらに180度ロール回転で機体を上に戻す。

 インメルマンターンを決めると、ワイルドスワンは敵機よりも早く旋回を終えて、空賊へと迫った。


 旋回中の4機の内、旋回を終えていない一番最後の敵に向かって機銃を発射。

 弾丸はコックピットの窓を貫通して、パイロットが血まみれになって死んだ。


「クソ野郎、生まれ育ったババアのケツに帰れ」


 死んだ相手に彼なりの祈りの言葉を捧げる。

 機体を90度ロールし横向きにすると、撃墜した敵機の真横をすり抜けた。

 速度と高度を上げて再び上に向かってループを開始。

 空賊の3機の戦闘機は未だワイルドスワンの後方で、慌てて旋回を始めようとしていた。


 アークはループ開始から180度で機体を逆さの状態で水平に飛び、機体の上、つまり下に居る旋回を終えたばかりの敵機を上から抜き去ると、今度はそのまま下への急降下のループ、スプリットSを開始した。

 ワイルドスワンが地面に向かって落下する。そこからアークが操縦桿を引き上げて機体を水平に戻すと、3機の後ろへ張り付いていた。


 急旋回のブレイクで回避行動をする敵機に照準を合わせると、機銃を発射。

 後方から撃たれた機体は、翼を折られて落下していた。


 その時、北から新たな戦闘機が現れたのを確認。


(……追加が来たか。ギーブに言われた通り、逃げられるうちに逃げるとするか)


 北から来ている3機を確認すると、戦闘中の2機を無視して東へと向かう事にした。


 アークの考えた作戦は、1度だけ戦闘をしてすぐに離脱。

 相手がムキになって追い駆けるのを、アルフの空軍が来るまで誘導する計画だった。




「クソ野郎共、しっかりと付いて来いよ!」


 ワイルドスワンの出力ペダルを強く踏むと、エンジンが唸りを上げてプロペラの回転速度が上がった。

 合流した5機の空賊が、後方からワイルドスワンに向かって機銃を放つ。

 アークは左右への急旋回、ブレイクシザースで弾丸を楽々と躱していた。


『テ・キ・タ・イ・コ・ウ・ド・ウ・ニ・タ・イ・シ・テ・ハ・ン・ゲ・キ・ス・ル(敵対行動に対して反撃する)』


「もう反撃してるじゃねえか」


 相手から届いた無線内容に笑いを堪えながら、返信を打ち返す。


『ダ・マ・ス・ナ・ラ・イ・イ・キ・タ・イ・ニ・ノ・レ・マ・ヌ・ケ(騙すなら良い機体に乗れマヌケ)』


 その無線で正体がバレた事に気付いた空賊が、執拗な攻撃を始めた。




 戦闘が始まって15分。アークは空賊の攻撃を余裕で避け続けていた。

 もし普通の戦闘機乗りが5機同時に襲われれば、心理的に動揺するし、後ろを振り向きながら逃げようとするだろう。

 しかし、ウィスキーを飲んで感覚が超人化した今のアークは、1度も後方確認を行わずに勘だけで敵の位置を把握して攻撃を避けていた。


「輸送機ばかり襲っているから動きがヘボなんだよ。空獣と戦え、それが戦闘機乗りだ!」


 ワイルドスワンを右に360度ロール回転させる。

 その直後、先ほどまで翼があった場所を、敵の弾丸が通り過ぎていった。

 アークが攻撃を避けながら逃げていると、前方から6機の戦闘機が視界に入った。


(今度は本物か?)


 アークが確認のために無線を叩こうとしたタイミングで、相手からの無線が入ってきた。


『コ・チ・ラ・ア・ル・フ・ショ・ゾ・ク・1・0・3・ショ・ウ・タ・イ・オ・ウ・エ・ン・ヨ・ウ・セ・イ・ヲ・ウ・ケ・テ・キ・タ・ク・ウ・ゾ・ク・ハ・ド・コ・ニ・イ・ル(こちらアルフ所属103小隊、応援要請を受けてきた。空賊はどこに居る?)』


(普通、小隊名まで名乗るよな……どうやら本物らしい)


 無線内容を見て、すぐに返信を打ち返す。


『テ・キ・ハ・オ・レ・ノ・ケ・ツ・ヲ・ネ・ラッ・テ・イ・ル・ホ・ラ・レ・ル・マ・エ・ニ・イッ・パ・ツ・カ・マ・セ(敵は俺のケツを狙っている。掘られる前に一発かませ!)』

『リョ・ウ・カ・イ(了解!)』


 余裕の出たアークとは逆に、5機の空賊はアルフの空軍と聞いて逆方向へ逃げようとしていた。

 しかし、最新鋭の戦闘機に追い付かれると、成す術なく囲まれて2機が撃墜される。

 そして、残りの空賊は降伏の無線をアルフ空軍に送っていた。


『オ・ウ・エ・ン・カ・ン・シャ・ス・ル・レ・イ・ハ・オ・ウ・ジ・サ・マ・カ・ラ・ウィ・ス・キ・ー・ヲ・オ・ゴッ・テ・モ・ラ・エ(応援感謝する。礼は王子様からウィスキーを奢ってもらえ)』

『ソ・レ・ハ・タ・ノ・シ・ミ・ダ(それは楽しみだ)』


 アークはアルフの空軍に無線を入れると、翼を上下に揺らして別れを告げる。

 ワイルドスワンは速度を上げて、一路、アルフガルズに向かって飛び去った。




 空賊対策で予定よりも早く飛んだおかげで、午後を過ぎた頃にはアルフの首都が見えてきた。

 アークが管制塔に所属と着陸許可を無線で求めると、離陸予定の戦闘機があるからしばらく待てと返ってきたから、街の上空を旋回しながら許可が下りるまで待つことにした。


 アルフ国の首都、アルフガルズ。人口は15万人。

 もともと北のスヴァルトアルフを含めた一つの国だったが、200年前にスヴァルトアルフが独立。

 今ではスヴァルトアルフの方が面積、人口共に多く。逆にアルフは小国へと成り下がっていた。


 そのアルフガルズから南西150km先にルークヘブンという町があった。

 その町の近くには黒の森と名付けられた森林が広がっていて、そこそこ強い空獣が生息していた。

 アークもアイテムボックスのウィスキーを納品した後は、ルークヘブンに向かって空獣狩りをして金を稼ぐ予定だった。




 管制塔から着陸許可の無線が入ると、アークは旋回を止めてワイルドスワンをアルフの飛行場へと向けた。

 安定した操作で滑走路に着陸すると、指定されたドックにワイルドスワンを停止させてコックピットから降りる。


 アークが背筋を伸ばして固くなった体を解していると、商人の身なりをした太った男が走っているのか早歩きしているのか分からないスピードで彼に近づいて来た。


「さ、酒は!?」

「(アル中かよ……)もしかして受取人か? 酒なら積めるだけ積んできたぜ」


 アークが答えると、太った商人がその場でヘロヘロと膝から崩れ落ちるように地面にへたり込んだ。


「た、助かった~~」

「禁酒を止めたアル中みたいな情けない声を出すなよ。殴りたくなるだろ」

「そうは言ってもニブルから突き上げが激しくて、危うく結婚披露パーティーに出す酒が替わる寸前だったんだぞ!」


 へたる商人がアークを見上げて、疲れた様子で溜息を吐いていた。


「ニブルから?」

「そうだ。ニブルの商人がミズガルズからウィスキーが来ないなら、うちがワインを替わりに出すと交渉しだして、こっちは大変だったんだ!」


 アークの質問に汗を拭きながら商人の話す内容を聞いて、空賊がスヴァルトアルフを名乗ったのには、それなりの理由があるような気がしていた。


「ニブルね……まさかなぁ……」

「む? どうかしたのか?」

「ああ、チョットだけ気になる事があってね。それよりも酒を運び出さなくていいのか? 運んでいる最中に前立腺が痺れる話を語ってやるよ」

「おお、そうだった!」


 商人は慌てて立ち上がると、ワイルドスワンのアイテムボックスからウィスキーの樽を運ぶように部下に命じた。


 ウィスキーの樽が運ばれている最中、アークはここに向かっている途中で空賊に襲われた事、その空賊がニブルと敵対しているスヴァルトアルフの空軍を名乗った事を商人に話した。




「……まあ、証拠はないけどな」

「そんな事があったのか。いやーー君が運んでくれて本当に助かった。もし、君以外だったら、また空賊に襲われて大事な取引ができなくなったし、この国の中立も崩れるところだったよ」


 そう言うと、商人がアークの手を握って、ブンブンと上下に動かし感謝を伝える。


「礼だったら俺だけじゃなくて、救援に来たアルフの103小隊にも言ってくれ。ついでにこのウィスキーを少しだけその小隊に回せば、アイツ等も喜ぶんじゃないかな」

「うん、うん、分かった。思ったよりも樽の数が多いから少しは回せると思う。それと、先ほどの空賊がスヴァルトアルフを名乗った事も、もしかしたらそれがニブルの謀略の可能性がある事も、私から王宮に伝えるよ」

「ああ、そうしてくれ。依頼金は3日以内に口座に振り込んでくれればいいぜ」

「分かった。それで君はまたヴァナ村に帰るのか?」


 商人の質問にアークが頭を左右に振る。


「いや、俺は運び屋じゃないんでね。このままルークヘブンへ行って空獣を狩る予定だけど、それがどうかしたか?」

「そうか……できればうちの専属の運び屋になって欲しかったんだが……」

「そうだな。もし、俺の両親がまだ健在で、しかも俺の気が狂って孝行息子になっていたら魅力的な話だが、生憎と両親は不在でね。まだ心も下半身も若いから、危ない人生と女を楽しむ方を選択するよ」


 それを聞いて商人が羨ましそうに笑う。


「はははっ、若いって良いね。実に羨ましい。私も若い頃は戦闘機乗りに憬れた時期もあったけど、残念ながら代々受け継いだ商店を受け継ぐことが決まっていたから、諦めたよ」


(諦めた理由は、そのわがままボディーに詰まったラードのせいじゃないのか?)


 アークが商人の太った腹を見て、軽く片方の肩を竦める。


「人生なんて諦めと後悔の連続だろ。ちなみに俺は生まれた時点で、人生の大半を後悔してるけどな」

「あははははっ。本当に面白い人だ。私はルークヘブンに支店を持っていてね。飛行場にドッグを借りているんだ。もしルークヘブンに着いたら、そこを利用しなさい」

「おお? 持つべきものは友よりも、信頼できる金持ちの商人。人生の教訓の一つに入れとくぜ」


 アークの冗談に商人が腹を抱えて笑うと、もう一度手を差し出した。


「私の名前はオッド。ウルド商会の代表責任者だ。もし何かあったら言ってくれ。何時でも力になってあげるよ」

「俺はアーク。もし何か運んでほしかったら連絡をくれ。ただし、営業時間は俺の気分が良い時だけだ。だけど、酒の一本でも持って来れば、営業時間は延長するぜ」


 アークがオッドの手を握って握手を交わす。

 お互いの手が離れると、オッドはすぐにウィスキーを王宮に届けると言って、アークの元を去って行った。


「さて、俺も一杯やるとするか」


 アークは握手でしっとりと濡れた手を服で拭うと、ワイルドスワンに「ご苦労さま」と呟き、街へ向かって歩き始めた。

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