第3話 父の遺言
「神の詩? 俺に死んで神様にでも会えってか? 残念だが俺は悪魔崇拝寄りの無神論者だぞ」
「違げえよ。ここから遥か北に、ダヴェリールという国があるのは知っているな」
「それならガキの頃、学校で習ったぜ。強え空獣がわんさか居る危険な土地だろ」
その返答にギーブが頷く。
「そうだ。そのさらに北の奥へ行くとヨトゥンという谷がある」
「ヨトゥンの谷? そいつは知らねえな」
「そこまで辿り着けたのはシャガンと儂以外に誰もおらん。知らないのも当然だ」
「ギーブも行ったのか?」
「このワイルドスワンを持ち出して逃走している時に、その谷を通ったらしい」
「らしいって……アンタは見てないのか?」
「その時は撃たれて生死を彷徨っていたから、シラン。気づいたら別の場所に居た」
「何だそりゃ!」
「ただ、アイツが言うにはかなり危険な場所らしい」
その話にアークが顔を顰める。
「……なあ、死んだ親父がすげえ遠回しで、「俺に死ね」って言ってるように聞こえるんだが、気のせいか?」
「お前の性格が捻くれてるだけだから、気のせいだ」
「素晴らしい褒め言葉をありがとうよ。ついでに死ね。それでそろそろ神の詩が何の事を言っているのか、ご教授願いたいのだが」
「お前が死ね。アイツが言うには、谷の奥底に見たこともないほどの美しい空獣が居るらしい。そして、そいつが歌う声が谷全体に響いて奇麗な音色を奏でていると言っていた」
「空獣が歌う? 確か東の方にハーピーという空獣が居たな」
「ああ、居るな。見た目が翼の生えた醜い豚で、歌が音痴。戦闘機乗り曰く、出会った瞬間にぶっ殺したくなるっていう奴が……」
「俺もその戦闘機乗りの気持ちが分かるぜ」
そう言いながらアークがギーブをジッと見つめた。
「儂の腹を見るな本気で殴るぞ。いいか、アイツが言うにはハーピーとはまるで違うらしい。アイツはもう一度あの歌を聞きたいと言っていた。死んだ親父の代わりにお前が聞きに行け」
ギーブの言葉を聞いてアークが訝し気に眉をひそめた。
「……俺にこの村を出ろと?」
「そうだ。お前もいい加減にこの村から巣立ってもいい歳だろう」
「いや……ダメだろ。俺が居なくなったら、この村の空獣狩りが居なくなる。たまに来る行商の売る魔石だけだと、この村のエネルギーは不足するぞ」
「ふっ。口に似合わず優しいガキだ。安心しろチャーリーを覚えているか?」
「チャーリー? 知らねえ名前だな。誰だ?」
「だったらチャッピーと言えば思い出すか?」
その名前に、アークが目を見開いて驚く。
「ああ、覚えている。5歳の時、親が農家の三男でこき使われてたから夜逃げして、一緒に村から出てった奴だろ。そうだ、確かアイツの本名はチャーリーだった。なんでか俺の親父に憬れてて、よく俺に絡んできたから、ボッコボコにしてチャッピーってあだ名を付けたっけ」
「ひでえな……そうだ、そのチャーリーだ。そいつが今度、帰ってくる」
「へ? 何しに?」
アークがキョトンとした様子で首を傾げる。
「両親が死んだらしい。遺骨をこの村に持ち帰るついでに、この村専属の空獣狩りになるらしいぞ」
「へーあいつがねぇ。免許を取ったのか」
「3年掛けて取ったらしい」
「もっとパッパと取れば良いのに」
その言い返しに、ギーブが呆れた様子でアークを見た。
「普通は免許を手に入れるまで4年から5年だ。3年でも優秀な方だ。3カ月で教官が全員匙を投げて、単独飛行。半年で試験官から「早く出ていけ!!」と追い出されて免許を取ったお前が異常なだけだ」
「そうなのか? まあ、俺はガキの頃から親父に仕込まれてたからな」
「生まれて半年でシャガンの膝の上に乗せて飛んだらしいな。それを聞いた時はアイツをぶん殴ったぞ」
「代わりに殴ってくれてありがとよ、礼を言うぜ」
「おう。あの時はスッキリしたぜ。それでチャーリーが戻るまで2カ月あるが、コイツにエンジンを積んで慣らすのにも時間が掛かる。だから安心して旅に出ろ」
アークはギーブの話を聞いて、心では神の詩を聞きにヨトゥンの谷へと行きたいと思っていた。
だけど、性格が捻くれている彼は正直にいう事ができず本心を誤魔化す。
「目的地が地獄のような場所だけどな。だけど、まあいいや。俺も親父が生きていたころは、ろくに孝行なんてしてねえし、親父が死んでからだけど、1度ぐらいは親孝行をして後悔ってやつを経験してやるよ」
そのアークの捻くれたセリフを聞いて、ギーブが満足げに笑っていた。
「よし、話は決まったな。明日からワイルドスワンをバラすぞ!」
「は? 何で?」
「そりゃそうだろ。どうやってこの洞窟から出すんだ? 入口はコイツよりも狭いんだぞ」
「……どうしてここで機体を組み立てた」
「たまに来て、コイツを眺めて飛ぶ姿を想像するのが、儂の楽しみの1つだからな」
「爺が一人洞窟の中で、機体を見ながら妄想で下半身をしごくのが趣味とか、変態の極みだな」
「ほざけクソガキ。機体のないパイロットなんてのは、クソ製造機以外の何者でもねえ。明日から儂を手伝え、飯代ぐらいは出してやる」
「ヒデエ例えだ、ちなみに酒代は?」
「テメエは若い頃から飲みすぎだ。禁酒しろ!」
「ドワーフの口から禁酒なんて言葉を聞くとは思わなかったぜ」
「健康第一だ。ガハハハハ!」
そう言うと、ギーブが洞窟の外へと歩き出す。
アークはその後を追いながら、明日からの作業を考えて憂鬱になっていた。
ワイルドスワンと出会ってから1週間。アークは昼間の間はギーブの仕事を手伝い。夕方になると2人で毎日村はずれの洞窟に向かって解体作業を行った。
仕事中、朝から晩まで喧しいギーブの怒鳴り声を聞いて、アークが「元気な中年ジジイ、マジウゼェ」と口にしたら、スパナで殴り掛かって来たから慌ててバールで防いだ。
1週間かけて機体を解体してギーブのドックに運ぶと、今後は機体を再び組み立て始める。
アークはギーブから簡単なメンテナンスと機体の癖を教わりながら、何とか2週間で機体を組み立てた。
「お前、口さえ開かなければ最高のメカニックになれるぞ」
アークの作業を見ながらギーブが呟く。
「こんなストレスが溜まる仕事なんてやってられるか、空獣をぶっ殺してた方が生きた心地がするぜ」
アークの言い返しにギーブが溜息を吐いていた。
機体が完成すると、今度はギーブ1人で機体の偽装を始めた。
「なあ、20年前の機体なんだろ。今更偽装したって誰も知らねえと思うぜ」
アークの質問にギーブが板金を叩きながら、横眼で睨み返す。
「アホウ。こんな独特なフォームをした機体なんぞ、知ってる奴がいたら一発でバレるぞ。マニアを舐めるな」
「さすがデブ女限定のヌード写真集を持っているカルトの巨匠だ。説得力があるぜ」
呟きを聞いたギーブがアークの顔面目掛けてレンチをぶん投げる。
それを、アークが首を横に動かしただけで躱した。
「殺す気か!?」
「チッ、避けやがって。反射神経だけはずば抜けてやがる。ちなみにデブ女じゃねえ、ドワーフ女だ」
「どっちも同じだろうが! 本当、ヒデエ整備士だぜ。道具は下半身と同じように大事に扱わないと、使い物にならなくなるぞ」
「ウルセエ。明日から飛行テストだ。様子を見ながら調整するぞ」
それを聞いたアークがニヤっと笑った。
「やっと飛べるのか。この3週間、毎日ヒデエツラを見てたから、ストレスで倒れるところだったぜ」
「ほざけ、それはこっちのセリフだ。ケツにレンチをねじ込むぞ! いいか、組み立て中もエンジンは常に慣らしてたが初飛行だ、全力で飛ぶのは控えろよ。それにテメエも久しぶりに飛ぶんだ。クソみたいな飛び方をして墜落したら、怪我していたとしてもマジでぶん殴るからな」
「オーケー。処女を相手にするぐらい丁寧に扱ってやるよ。だけどアンタも後部座席に乗るんだろ?」
アークの質問にギーブが頭を横に振る。
「……残念だが、やめとく」
「……ん? 前に1度乗ったことが……ああ、太ったのか……」
「……ああ。この腹じゃもう乗れん」
そう言ってギーブが自分の腹を擦った。
「それは残念だな。デブ属性のドワーフに言うのも酷だが、糖尿になる前にダイエットはしろよ」
「…………」
それを聞いてギーブが項垂れていた。
こうしてアークが飛行テストを行い、ギーブがアークの意見を聞きながら調整をする作業が1カ月続き、ワイルドスワンが完成した。
「何というか……美しい白鳥が、汚ねえダチョウになった感じだな」
偽装されたワイルドスワンを見てアークがため息を吐く。
流線形の美しかった白い機体は、性能は良いのに不格好が理由で人気のない、P27-D01キングダックスという機体に偽装されて醜い姿を晒していた。色も美しかった白銀から、茶色に変わっている。
「仕方がねえ、機体がレア過ぎる。お前が常に張り付いているなら問題ないが、こんな戦闘機をほかの場所に置いてみろ。あっという間に盗まれるぞ」
「そいつは間違いねえ。俺なら確実に盗んでからバラして売りさばく」
その言い返しにギーブが呆れて溜息を吐いた。
「この偽装なら量産機で人気もねえ。戦闘機乗りでも玄人しか乗らない機体だ。まず盗まれねえから安心しろ」
「盗まれねえかもしれないが、笑われそうだな」
「笑うやつがいたら、そいつは素人だ。心の中で笑ってやれ」
「安心しろよ。俺はいつでも相手に対して、心の中で嘲笑ってる。通常通りだ」
「アホウ。いい加減にその減らず口を止めろ。だけどこれで何時でも行ける……それで、別れの挨拶は済ませたのか?」
「ああ、俺が明日、村から出ていくと聞いて涙を流しながら喜んでたぜ。ちなみに全員、俺が生きて帰ってこない方に賭けてやがった。本当に愛するべきクソ共だ」
それを聞いて、ギーブが両肩を竦めて苦笑いをした。
「別れが済んでいるならそれでいい。やはり最初の行先はアルフのルークヘブンか?」
「ああ、ダヴェリールに行く前に、そこまで行く金がねえ。道中で小銭を稼ぎなら向かうつもりだ」
「それで良い。今のお前がヨトゥンの谷に行っても死ぬだけだ。経験を積んでから挑め」
「そうさせてもらうよ。ギーブも今までありがとな……」
「なに、俺はただ、友人の頼みを聞いただけだから気にするな」
「そうか……また明日な……」
「ああ……」
アークがギーブのドックから出て行く。
その後姿に、ギーブが寂しい表情を浮かべていた。
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