第2話 ワイルドスワン

 ドックに運ばれた焼け焦げた機体を見てギーブが溜息を吐いた。


「こいつは買い替えた方が早いし、安い。元々機体もエンジンも寿命だったんだ。生きて帰れただけで幸運だと思え」


 そう言うと、ギーブは機体に向かって「お疲れ様」と手を合わせた。

 木箱に座って話を聞いていたアークは、不貞腐れた様子で頭をボリボリ掻き溜息を吐いた。

 その様子に、ギーブはアークの父親のシャガンも似たような行動をしていたのを思い出していた。


 アークは父親と同じブラウンの髪に同じ色の瞳。背は高く、やや痩せていた。

 顔はまだ20歳なので若干幼さが残るが、もう少し年齢を重ねれば、父親に似た鋭利な青年になるだろう。


「ギーブ。エンジンはもう発注しているんだろ。空いている機体に積めるられないか?」

「空いている戦闘機がねえ。それに例えエンジンを詰め替えたとしても、今日ぶっ壊れたアイテムボックスのサイズが合わんから、空獣と戦っても回収できん」

「マジかよ……」


 アークの頼みをギーブが断ると、彼は天井を見上げて再び溜息を吐いた。


「この機体……A10-DX25、ソードアイスはシャガンが乗っていた時には既に旧型だったからな。アイテムボックスも中古市場にないだろう。知り合いからの取り寄せになるがクソ高けえぞ、金はあるのか?」

「あるわけねえだろ!」


 ギーブの問いかけにアークが怒鳴り返す。


「それにしても親子2代で20年か……この戦闘機も今まで飛んでいた方が奇跡に近けえ」

「確かにそうだけど……買い替えるにしても金がなぁ……」

「金、金、金、金って情けねえクソだな。空獣狩りのパイロットなら、もうちっとシャキッとせんか!!」


 ギーブが叱咤すると、アークが半目になって睨み返した。


「元空軍のアンタや死んだ親父は、予算関係なく戦闘機をぶっ壊せるからそう言えるんだ。俺みたいな民間の空獣狩り戦闘機乗りが空獣を見て、まず最初に脳裏に浮かぶのは、生活費とエネルギー代だ。世の中は金。金さえあれば愛だって買ってお釣りが来るぜ。本当に素晴らしい世の中で、涙が止まらねえ……よっと!」


 アークが木箱から飛び降りて、外へ出かけようとする。


「どこへ行く?」

「一杯やってくる。売れそうなパーツは回収しといてくれ」


 アークが振り向きもせずに右手をヒラヒラをさせて外へ出て行く。

 残されたギーブは彼を見送った後、壊れた戦闘機を見て溜息を吐いた。


「アレを渡す時が来たか……」


 そう呟いた後、スクラップと化した戦闘機の解体に取り掛かった。




 アークが酒場のカウンターで地元名産のウィスキーを不機嫌そうにチビチビ飲んでいると、店のドアが開いてミッキーが口笛を吹きながら店に入ってきた。

 そして、カウンターのアークを見つけると、笑いをこらえた様子で話し掛けてきた。


「よう、アーク! ヒデエツラして飲んでんじゃねえよ。お前のおかげで俺も大損したんだぜ」

「何だ、お前も俺がくたばる方に賭けたのか。おめでとう」


 アークがミッキーに向かって中指を突き立てる。


「全くだ! ギーブの旦那があのエンジンはもう寿命だって吹聴してたから信じてたのに、あのデブに騙されたぜ!!」


 ミッキーが大声でぼやくと、店の中に居た他の客も「そうだ! そうだ!」と笑い口調で叫んでいた。


「ギーブの言っていた事は間違いないぜ、確かにエンジンはおじゃんだ。ついでに、アイテムボックスもな。ただ、俺の悪運が強かったのさ」

「確かにエンジンが死んでも生き残ったから、悪運だけは強いんだろう。取り敢えず、無職おめでとう。ただの糞製造機になった気分はどうだ?」

ファ〇ク・ユーもの凄い・ベリーマッチクソ野郎。生まれ育ったババアのケツに帰れ!」


 アークが言い返すと、それを聞いたミッキーだけでなく店に居た全員が笑い転げていた。

 それから2人が下らない会話をしていると、ミッキーが奥の席からカードの誘いを受けて席を離れた。


「そう言えばギーブの旦那からの言付けだ。明日の朝、村外れの3本杉まで来いってさ」

「何でだ?」

「俺が知るか。確かに伝えたからな。ケツを洗浄して、おっさんとのデートを楽しめよ」


 ミッキーは離れ際にそう言うと、カードをしているテーブルの方へ去って行った。


「明日はデブなおっさんとデートかよ。マスター、ウィスキーをもう1杯だ。飲まなきゃ生きてらんねぇぜ!」




 翌日、二日酔いのアークが村外れの3本杉まで行くと、既にギーブが待っていた。


「よう、来たな」

「あーーすまねえが、気持ち悪い声を聞かせないでくれ。昨日、飲み過ぎて頭が痛てえ」


 そう言ってアークがガンガン痛む頭を押さえる。


「目覚めに殴るぞ」


 ギーブがそう言って、ドワーフ特有の大きい拳をアークに見せつけた。


「やめてくれ。アンタが殴れば、どんな美人でも1発で絶世のブスになる」

「それだけ口が回るなら問題ないな。ついてこい」

「ヘイヘイ」


 先を進むギーブの後をアークが付いて行くと、茂みに隠れた洞窟の中へと入って行った。




「地面が固いけど、デートだったら最高の場所だぜ。相手が腹の出た親父じゃなければの話だけどな」

「この先の物を見ても、その減らず口が言えるか楽しみだな」


 ギーブの呟きにアークが首を傾げながらも後を追いかける。

 暫らく洞窟の中を進むと、広い空洞に2人が入った。


「ほら、ここだ」


 2人が見る先の空洞の中心に、アークが今まで見た事のない流線形の白く美しい戦闘機がライトに照らされて輝いていた。


「何だこれ……」


 戦闘機を見て一発で酔いが覚めたアークに、ギーブがニヤリと笑った。


「DR-01プロトタイプ。通称、ワイルドスワン。22年前にたった1機だけ製造された試作機だ」

「随分と古い機体だな。飛べるのか?」


 アークの質問にギーブが少し考える仕草をする。


「……多分な」

「多分って……」

「メンテナンスだけは毎年しているが、飛ばしてないから飛ぶかどうかは分からん」

「だけどなんでこんな機体がここに……?」

「お前の親父の形見だ」

「親父の?」


 アークが驚いて機体から目を離し、ギーブを見る。


「そうだ。お前の親父は元空軍だった」

「ああ、本当かどうかは知らないが一流のエースパイロットって話だろ」

「そうだ。そしてかつては無敗のエースとも言われていた。24年前……空軍が新型の戦闘機の購入を考えた時、2つの会社に作成の依頼を頼んだ。そして、その試乗にお前の親父が選ばれた」

「それで?」

「そう、急かすな。シャガンは試乗した結果、このワイルドスワンを軍に推薦したが、政治的な事情で別の機体が選ばれる事になった。そして、推薦したシャガンはそのいざござの犠牲となって、軍を辞めさせられた」


 ギーブの昔話を聞いて、アークが片方の肩を竦める。


「そうだったのか。あの親父、昔の事は一切話さなかったから、そいつは知らなかった」

「お前と違って無口だったからな……話を続けるぞ。シャガンは軍を辞める際、このワイルドスワンを軍から盗んだ」

「はぁ? 何で!?」


 アークが身を乗り出して驚く。


「アイツは相当この機体に惚れこんでいたらしくてな。「ついやっちまった」とほざいていたぞ」

「「ついやっちまった」って……あのクソ真面目だった親父がか? 軽く言ってるけど銃殺刑レベルの犯罪じゃねえか!」


 アークが頭を抱えた。


「うむ」

「「うむ」じゃねえよ。どうせアンタもグルなんだろ」

「……儂もこの機体の設計に関わっていたからな。逃げるときに一緒に乗ったが、良い機体だぞ」

「一緒にって……これ、複座なのか? それ以前にその腹でよく乗れたな」

「採用されれば単座の予定だったが、このプロトタイプのみ複座で設計されている。だけど一人でも操縦は可能だ。それと腹は余計なお世話だ、殴るぞ」

「戦闘機を飛ばすのは好きだが、殴り飛ばされるのは好きじゃねえ。いちいちその腱鞘炎の塊みたいな拳を見せるのはやめてくれ」


 そう言ってアークがギーブから逃げるように少し離れる。


「ふん。この機体を見ても減らず口は収まらんか、親父と逆の性格をしてやがる。アイツはこの機体を見た時、10分間は動かずに見惚れていたぞ」

「親父は戦闘機を何かのメスと勘違いしている時があったからな……ガキの頃に死んだ母親の事は覚えてねえけど、俺は時々戦闘機から生まれてきたと思う時があるぜ」


 アークの言い返しにギーブが苦笑いをして、「確かにな」と頷いた。




「そろそろ機体の説明をしてやる。全長は12m。幅は13m。主武装は元々13mmガトリング砲だったのを20mmガトリング砲に換えて2挺付けてある。それで航続距離は今のエンジンだと600km……」

「今のエンジン?」

「……やはり気付いたか」


 話の途中でアークが遮ると、ギーブが視線を反らした。


「なぜ視線を反らした」

「あー……その、あれだ……お前が俺経由で発注したエンジンだが、実はこれ用のエンジンを注文した」

「はぁ?」

「あんな何時ぶっ壊れるか分からねえ戦闘機のエンジンを買うよりも、コイツに積んだ方が良いと思ってな」

「オイ、人の金で、何、勝手な事をしてるんだよ!」


 アークが文句を言うと、ギーブが両肩を竦める。


「元々アイツから自分が死んでいたら、お前が20歳になった時にコイツを渡すように頼まれていてな。渡すなら現行の戦闘機よりも性能の高い機体を渡したかった。まあ、儂の親心って奴だ」

「もしかしてエンジンがまだ届かないって言うのも……」

「実はもう届いている。しかもお前が注文したのより高性能のエンジンだ」

「高性能のエンジンかどうかじゃなくて! それのおかげで昨日は死にかけたんだぞ!」

「だから飛ぶ前にヤメロと言ったじゃねえか。それを無視して飛ぶお前が悪い!」


 アークが声を荒らげ文句を言えば、ギーブも負けずに怒鳴り返した。


「ヒデエ話だ!!」


 アークが頭を抱えて天を仰ぐ。


「まあ、過ぎた事は忘れろ。それで最新鋭のエンジンを積むとな、燃費が良いせいもあって、航続距離が1000km、最大速度が予測だが800km/hは軽く超える」

「そいつはバケモノだな」

「旋回能力も現行の機種よりも高いぞ。シャガンはそれでこの機体を軍に推薦したからな」

「へーそりゃ楽しみだ」


 ギーブの話を聞きながら、アークがワイルドスワンを撫でてニヤついていた。


「それでこの機体を預かったときにアイツから遺言を頼まれている」

「遺言?」


 話の内容が突然変わって、アークがギーブの方を向いて首を傾げる。


「ああ、この機体に乗って神のうたを聞け。これがアイツからお前への遺言だ」

「神のうた?」


 何の事か全く分からず、アークが眉をひそめた。

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