旅立ち編

第1話 空飛ぶルーキー

 首都ミズガルズから南に260Km、サラボン平原。

 この大地は南からの暖かい風が北の山脈に当たる事で豊かな水源を作り出し、穏やかな気候と豊かな大地に恵まれていた。

 そのサラボンの中央から離れた場所に、長閑な人が暮らすヴァナ村が存在する。

 村から北の山脈を見れば、連なる山の間にフォルンと呼ばれる谷が存在し、そこには空獣が生息していた。




 フォルンの谷、上空600m。

 山脈の頂に僅かな雲が浮かんでいるが、山頂以外の天候は快晴。

 澄み渡る青い空が広がる中、青色の戦闘機が太陽の光を浴びて空を飛んでいた。


 コックピットに乗るのは、ヴァナ村で唯一空獣を狩る仕事をしている青年。名前はアーク。

 彼はブラウンの髪を皮のヘルメットとゴーグルで隠して、フォルン谷を索敵していた。


 ガスッ! ガスッ!


 アークが獲物を探していると、突然、機体の前方に積んでいるエンジンから異常な音が鳴り始め、プロペラの動きが不安定になる。

 その様子にアークが舌打ちを鳴らした。


「またか……」


 エンジンの不安定な音を聞きながら、機体を整備した自称村一番の整備士と豪語する、ドワーフの親父の汚いツラが脳裏に浮ぶ。

 離陸前に彼曰く、「機体、エンジン共にとっくに寿命だ。何時止まってもおかしくねえ。運が良ければ生き残るだろ。ガハハハハ!」。


(笑いごとじゃねえよ……)


 それに村一番の整備士と言っているが、ヴァナ村に整備士はこのドワーフしか居ないから、自慢にもならない。


 今日は諦めて帰るかと考えていると、前方の森から2体の空獣が現れた。

 現れた空獣の全長は約4m。見た目がネズミの胴体を膨らましたような姿をしている事から、エアラットと呼ばれている。

 この辺で生息している弱い空獣だが、1匹倒して素材を回収するだけで、1週間は余裕で生活できるだけの金が手に入った。


「運が良いのか、悪いのか分からねえな!」


 アークはそう言いながらも、機体を空獣へと向けていた。




 2匹のエアラットはアークの乗る機体に気付かず、餌を求めて移動している様子だった。

 周囲を警戒しながら飛ぶエアラットに上空からアークが襲い掛かる。


 エアラットが気付いた時には、アークの乗る機体が80mまで接近。

 慌てて逃げようとするエアラットの1体に向けて13mmガトリング砲を発射する。

 弾丸は胴体を撃ち抜いて、エアラットは体をのけ反らせた後、ゆっくりと落下を始めた。


 撃ち抜いたエアラットに向けて近距離まで接近すると、操縦桿横のボタンを押す。

 機体の後方の一部が開くのと同時に、宙に浮かんでいたエアラットの死体が一瞬で消えて、蓋が閉じた。


 何故、倒した空獣が消えたのかを説明すると……。

 まず、空獣は空中で死んでも、しばらくの間だけ空に浮かび続ける習性があった。

 これは体内に空気よりも軽い気体を持っているため、それが銃弾の穴から抜けるまでの間、宙に浮かび続ける。


 そして、死体が消えたのは、アークが機体に積んだアイテムボックスを起動させて、回収を行ったからだった。

 このアイテムボックスは、空獣の素材と魔石を使用した錬金技術から生まれた装置で、生命以外の荷物を重量をなくし、僅かなサイズで多くの質量を収納する事ができた。

 空獣を狩る戦闘機には必須のパーツと言って良いだろう。


 ただし、このアイテムボックスは、確かに多くの荷を重量関係なしで収納できるのだが、アイテムボックスそれ自体の重量がもの凄く重い。

 大量に積むと飛行速度が落ちる。飛行距離が短くなる。旋回能力が酷くなる。と、機体の性能に合わせた大きさを乗せないと、デメリットの方が大きかった。




 死体を回収した後、もう1体のエアラットを探す。

 生き残ったエアラットは相方を殺されて、慌てて逃げて森の中に隠れようとしていた。


 その様子にアークが諦めて帰還しようとしたタイミングで、下の森から新たな空獣が1体現れる。

 今度現れた空獣は、先ほどのエアラットの3倍の大きさを持ち、見た目が犬に似て凶暴な事からエアーハウンドと呼ばれていた。

 エアーハウンドはアークの乗る機体に向けて突撃をしてきたが、寸前で左にロールして回避に成功する。


「クソ! やっぱり今日はついてないらしい」


 アークが悪態をついて、機体の速度と高度を上げる。

 エアーハウンドは戦闘機の後を追い駆け、その後方へと張り付いた。


 このエアーハウンドの攻撃方法は体当たりのみだが、一度狙った獲物は縄張りを離れるまで追い駆け続ける性格を持っていた。

 アークもエンジンの調子が悪くなければドッグファイトを挑んでいたが、エアラットを襲い始めた頃からエンジンの不調がさらに増して、まともに飛ぶのもそろそろきつくなっていた。


 アークが機体を全速で飛ばすが、背後の空獣の方が速度が速い。

 背後から体当たりを仕掛ける空獣を、左右へ連続急旋回を繰り返すブレイクシザーズで避けるが、逃げきるのは難しかった。


(……殺るか?)


 何度目かの体当たりを寸前で躱すと、後方を見ながらエアーハウンドが次に突撃するタイミングを計る。

 旋回を止めて直進する戦闘機をチャンスと見たエアーハウンドが襲い掛かるタイミングで、アークは機体を左へ360度ロール回転。それと同時に速度を落とした。


 ガスッ! ガスッ!


 急な動きにエンジンから煙が上がるが無視してエアーハウンドの突撃を躱すと、右へ機体を傾けて背後へと回り込んだ。


「クソ野郎、生まれ育ったババアのケツに帰れ!」


 一瞬だけ与えられたチャンスに、エアーハウンドの背後から機銃を発射して、弾丸がエアーハウンドの尻に命中した。

 弾丸を打ち込まれたエアーハウンドが悲鳴を上げて死亡すると、地表に向かってゆっくり落下を始める。

 死んだエアーハウンドもアイテムボックスへ回収し終わると、今度こそヴァナ村へと帰路を向けた。


「今回の稼ぎで新しいエンジンが買えるんだから、マジで持ってくれよ……」


 煙を出しながら何とか動いているエンジンを見て、アークは溜息を吐きながら呟いていた。




 ヴァナ村の外れにある滑走路脇の小さな管制塔で、ミッキーが煙草を吸いながら外を眺めていると、煙を出しながら飛行を続けるアークの戦闘機を見つけた。

 普段、無線連絡があるまで寝ている彼からしてみれば、偶然以外の何ものでもない。


 辛うじて飛んでいる戦闘機を見てミッキーが溜息を吐いた。


「賭けは親父の総取りかよ……」


 呟きながら管制塔にある無線機で信号を打った。


『ケ・ツ・カ・ラ・ケ・ム・リ・ガ・デ・テ・ル・ゾ(ケツから煙が出てるぞ)』


 それに対して、アークから返答が打ち込まれる。


『ク・ソ・ナ・ジョ・ウ・ダ・ン・ハ・ヤ・メ・ロ(クソな冗談はヤメロ)』


「生存確認っと」


 再び無線機で「片付けが面倒だから端で着地しろ」と打ち込めば、アークから罵声の返信が返ってきたが、それを無視して口笛を吹きながら管制塔を出た。




 アークは管制塔のミッキーに無線を打ち込んだ後、操縦桿を必死に動かして安定させることに集中していた。

 滑走路まで残り300mでエンジンの煙が激しくなり、前方の視界が酷くなる。


「何が端で着地しろだ! テメエに向けて着地してや……」


 先ほどのミッキーからの無線を思い出し罵声を叫んでいる途中で、操縦桿を伝って電流がアークに流れ込んできた。


「グアァァァー! チクショウ!!」


 全身を痺れさせながらアークが叫んで機体を見れば、高度計やエネルギー残量計などの全ての計測器が滅茶苦茶な表示になっていた。

 それでも滑走路の端を目指して飛んでいたら、今度は前方のエンジンから火の手が上がる。


「チョッ、待て、待て! まだ早い!! もう少し、もう少しだけ我慢してくれ。我慢したら何でもする。舐めるし、吸ってやるから、逝くのはもう少し後だ!」


 アークの卑猥な叫び声虚しく、残り150mでとうとうエンジンが停止して、プロペラの回転がゆっくりと止まった。


「クソ! とうとう逝っちまった!!」


 ヤケになったアークは、機体に備え付けられていた水筒を取り出すと、中のウィスキーを一気に飲む。

 空になった水筒を蓋を閉じずに放り投げて精神を集中させると、惰性のみで滑空する機体を水平に保ちつつ、滑走路への着陸を試みた。




「おっ、エンジンに火を噴いたか。これはまだ賭けは終わってないな」


 ミッキーと数人の職員が双眼鏡でアークの機体を見ていると、後方から足音が聞こえた。

 双眼鏡から目を離して後ろを振り向くと、背が低く腹の出た中年のドワーフが片手を上げて、ミッキーへと近づき横へ並ぶ。


「よう、アークの坊主は無事か?」

「ギーブの旦那、まだ賭けは終わってないぜ」


 ギーブと呼ばれたドワーフが強引にミッキーから双眼鏡を奪うと、アークが飛んでいる方向を確認する。


「……延焼してプロペラが止まっているように見えるんだが、とうとう儂の目も悪くなったか?」

「旦那、喜べ。老眼鏡はまだ必要ないらしい。アイツ、もう惰性だけで飛んでるぜ」

「そうか、やっぱりエンジンが死んだか……」

「やっぱりって、飛ばす前に止めなかったのかよ」

「止めても飛んだアイツが悪い」


 ギーブはミッキーに双眼鏡を返すと、踵を返して滑走路から離れ始めた。


「最後まで見ないのか?」

「見るまでもない。アイツはああ見えて腕と悪運だけは確かだ。あの距離なら、無事かどうかは知らないが……まあ、生きているだろう。壊れた機体はドックへ運んどけ。それと……」


 話しを止めて、首から上だけを振り向きニヤリと笑う。


「賭けは俺の勝ちだ」

「ヘイヘイ」


 ミッキーが肩を竦めると、ギーブは片手を上げてこの場を去った。




「熱い! 熱い!!」


 火を噴き、煙を出すエンジンの熱で火傷するぐらい熱くなった操縦桿を両手で握りアークが叫ぶ。

 それでも機体を水平に保たせて、何とか滑走路へ滑るように着地した。


 着地と同時にブレーキを掛けるが……機体はスピードを落とさずに滑走路を走る。


「げっ!!」


 アークがエンジンブレーキを掛けようにも、エンジンがイカれてブレーキが効かず、うめき声を上げた。


 機体は一向にスピードを落とさず、滑走路をバウンドしながら走り、3度目のバウンドで右側の車輪が折れると、胴体が滑走路に触れて火花を上げながら斜めに滑り出した。


 ミッキーと職員が見守る中、機体は滑走路上を3回ほどスピンして、ようやく停止した。

 ミッキーが手配した放水ポンプが運ばれて機体に放水を始める。


 アークが開かない窓を足で蹴っ飛ばして無理やり開けると、放水ポンプの水が全身を襲った。


「早く逃げろ!」


 文句を言う前に職員の大声に促されて、慌ててアークが戦闘機から離れる。

 戦闘機から離れて10歩も走らないうちに、背後からの爆発音と風圧で吹き飛ばされて地面を転がった。


 慌てて機体を見れば、エンジンの火が広がって機体全体が炎上していた。

 アークが呆然としてその光景を見ていると肩を叩かれる。

 振り返ればミッキーがアークの後ろに立っていた。


「……とりあえず、無事でよかったな」


 ミッキーの掛け声にアークが首を横に振る。


「……機体の修理を考えると無事じゃねえよ。それに、今日の成果が全部パーだ!!」


 アークはニヤけるミッキーを睨み返すと、彼を置いて管制塔に向かって歩き始めた。

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