恋のライダーキック

クラタムロヤ

恋のライダーキック

「お疲れ様でしたー」

玲子れいこ、今日も乗せてってもらえば?」

「ううん、歩いて帰る」

「そう? じゃあ気を付けてね」


 私は親友の愛結実あゆみとともに夜勤バイトを終えて、眠い目をこすりながらコンビニを出た。今までなら愛結実の彼氏の車に私もついでに家まで送ってもらうけど、今回は丁重にお断りしといた。なぜなら最近また新しくできた愛結実の彼氏の車内を漂う芳香剤の匂いがキツくて、私がすぐに車酔いをしてしまうからだ。


 この辺の地域は治安も悪くないし、家までそう遠くないし大丈夫でしょ。

 と、高を括っていた私がバカだった。コンビニから歩いて3分も経たずに、自動販売機の前に座ってだべっていたヤンキーどもに絡まれてしまった。


 運動なんて登下校か、バイトへ行くときの徒歩ぐらいしかしてない私だ。そんな私が走っても逃げ切れるわけがなくあっけなくヤンキーどもに追いつかれた。


「誰か、助けて‼」


 今は真夜中、草木も眠る丑三つ時。人通りもなく、車一台通っていない。私を助けてくれる人なんて誰もいない。暗闇が余計に私を心細くさせる。こんなことなら匂いを我慢してでも、愛結実の彼氏の車に乗せてもらうんだった。


 暗闇の中、絶望しかけた私の顔をヘッドライトの光が照らした。そしてその光の持ち主であるバイクがエンジン音を轟かせながら、物凄いスピードで近づいて来た。そのライダーが光太郎こうたろうだった。


 光太郎への私の第一印象は『黒ライダー』だった。バイク、ライダースーツ、フルフェイスのヘルメットのどれもが真っ黒だったから。


 光太郎はバイクから降りたかと思えば、助走をつけてヤンキーどもに飛び蹴りを決めた。そのとき私は小さい頃に偶然テレビで見てた、ヒーローがバイクに乗って颯爽と現れて飛び蹴り、ライダーキックをして捕らわれたヒロインを助けるシーンを思い出した。


 1カ月後。

「それで助けてくれた光太郎くんに玲子はヒノヒカリししてしまったと」

「それを言うならひとめぼれ。わざと言わせてない? 恥ずかしいからやめてよ。いや、一目惚れだけどさ」


 1カ月ぶりに一緒にコンビニの夜勤バイトに入った愛結実から、私は恋バナという名の取り調べを受けていた。約1カ月間、隠し通してきたけど、自称・恋愛刑事デカである愛結実の目はごまかせなかったらしい。


「馴れ初めはよく分かった。でもそっからどうやって夜勤帰りに家まで送ってもらう関係になったの?」

「光太郎に『夜中に女の子一人じゃ危ないよ?』って言われたから……」

「言われたから?」

「『送ってくれる彼氏とかいないんで』って自虐交じりに冗談半分で言ったの」

「でも本気も半分だったんでしょ?」

「……うん。そしたら、夜勤があるたびに送ってくれるようになった」

「やっぱバイクに乗せてもらってタンデムで帰るの?」

「ううん。予備のヘルメットないから、光太郎がバイクを押しながら一緒に歩いて帰ってる。それに最初に彼女とタンデムするのが夢なんだって」

「ふーん。正確には、彼女とタンデムして胸を背中に押し付けられたいじゃないの? あ、ごめん」

「謝らないで、胸を見て謝らないで」


 私にだって押し付けるくらいの胸あるし。ちょっと控えめで、奥ゆかしいだけだから。胸が大和撫子なだけだから。光太郎は胸の大きさで判断するような器の小さい男じゃないはず。


「光太郎くんはイケメン?」

「うーん、分かんない」

「声がカッコいいとか?」

「分かんないけど、字は意外とカワイイ」

「なんじゃそりゃ。じゃ、バイク買えるくらいだしお金持ちとか」

「バイトの貯金をはたいて買ったんだって」

「でも好きなんだ?」

「うん」

「だったらYOU告白しちゃいなYO。てかもう付き合っちゃいなよYOUたち」

「そんなアイドル事務所の社長みたいにカンタンに言わないでよ」


 すぐそうやって告白とか、付き合うとか言うけど、こっちにだって私の心の準備とか光太郎の事情とか色々あるんだって言ってやりたい。でも言ったらややこしいことになるだけなので、黙秘権を行使しとこう。


「それで、この1カ月でどこまで進展したの?」

「別に?」

「連絡先交換してないの?」

「光太郎、携帯持ってないし」

「なんでバイク持ってて携帯持ってないのよ。優先順位違うでしょ。じゃあご飯に行ったりとかは?」

「ない」

「あんたら何時代の恋愛してんのよ⁉ イツマデ恋ノ鎖国シテルンデスカー。サッサト恋ノ開国シロヨー」

「うわー、恋のペリーじゃー。恋の黒船来航じゃー」


 今なら開国を迫られた幕末の人々の気持ちが分かる気がする。ダメだ、深夜のせいで私まで変なテンションになってしまっている。


「ていうか、好きでもない女の子を夜勤のたびにわざわざ家に送ったりするわけないでしょ? 四苦八苦しくはっく、脈アリだね。恋愛刑事である私の勘がそういっている」

「四苦八苦って苦しんじゃってるよ、恋愛刑事」

「あれ、なんだっけ? 七転八倒?」

「もがき苦しんじゃってるよ。十中八九じゅっちゅうはっくでしょ」


 まだ四苦八苦の方が語感が近かった。愛結実の語彙力が低下してるのは深夜のせいだろうか。ともかく恋愛刑事の勘が頼りにならないということは分かった。


「もしかしてアレ、光太郎くんじゃない?」


 コンビニの外を見ると、黒のバイクにまたがった光太郎が手を振っていたので、私も手を振り返した。時計を見るともうすぐ夜勤が終わる時間だった。ちょうど次のシフトの人も来たところで、帰り支度をしてコンビニを出た。


「はじめまして光太郎くん、ウチの玲子がお世話になっているみたいでー。カッコいいバイクだね。なんてバイク?」

「スズキのGSX-R400。結構古い車種なんだけど、400㏄4気筒クラスじゃいまだに最軽量で、仮面ライダーも乗ってたんだって」


 まぁ、どれも光太郎の受け売りだけど。カッコいいと言われて、光太郎はヘルメットの上から指で頬を掻いていた。嬉しいときに頬を掻くのが光太郎の癖だ。


「へぇ、ってなんで玲子が答えるのよ。まあいいや、光太郎くん、玲子を泣かしたら……タダじゃおかないから」


 ドスの効いた愛結実の脅しに、光太郎はヘルメットが外れるんじゃないかってぐらいコクコクとうなずいた。結局、恋愛刑事の愛結実は何も解決してくれず、別れ際に「玲子、光太郎くん。末永くお幸せに」と余計な一言を置いていった。「ありがとう恋愛刑事、さよなら恋愛刑事」と心の中でイヤミったらしくナレーションを入れた。


 それからもなんだか気まずくて、お互いに無言の状態で歩き、そのまま家に着いてしまった。こうなったらヤケだ。深夜テンションで乗り切ってやる。今日こそを使う。女をみせるのよ、玲子。やればできる子なんだから。


「きょ、今日も送ってくれてありがとね。あの、その……ちょっと待ってて‼」


 私はどたばたと部屋に入って、を持って戻って来た。それを見た光太郎は面食らったようで固まってた。


「私、光太郎と二人乗りしたい。彼女と二人乗りするのが夢なのは分かってる。でも、彼女だったらいいんでしょ?」


 私が持ってきたのはフルフェイスヘルメット。光太郎には内緒でバイク屋で買ってきたやつだ。光太郎がなにか言いたげに身振り手振りしてたので、私のスマホを渡した。光太郎はいまだ慣れない手つきで指をスワイプさせて文字を打った。


『でも俺には頭がないんだよ?』


 光太郎はヤンキーどもにライダーキックをして、私を助けてくれた。でもこの話には続きがある。


 ライダーキックしたはいいもの、光太郎は地面に落ちるように着地した。そこをすかさずヤンキーが光太郎の頭を蹴飛ばした。あまりの衝撃でフルフェイスヘルメットが吹っ飛び、私の方へ転がってきた。


 次の瞬間、ヤンキーが声にならない悲鳴を上げ、慌てふためながら逃げて行った。私は光太郎に恐る恐る近づいた。

「えっ⁉」


 驚きのあまり、腰が抜けてへたり込んでしまった。


「あ、頭が……ないっ‼」


 すると、頭がないはずの光太郎がゆっくりと立ち上がった。

「ひぃっ⁉」


 驚きすぎて、もう声すら出なかった。光太郎は私のバッグから出てきたメモ帳とペンを拾い上げ、何かを書き始めた。そして私に渡してきたそのメモには、こう書いてあった。


『大丈夫? 驚かせてごめんね? 俺、首なしライダーだから』


 顔がないから性別がよく分からなくて、体格と恰好からなんとなく男だと思っていたけど、男にしてはカワイイ丸文字だったのを覚えている。


 光太郎はもともと人間だった。大学二年の夏休みにツーリングしていたときが最後の記憶だという。気が付けば首なしライダーになっていたそうだ。なっていたというか当時首なしライダーの噂が流行っていたから、自分もおそらくそうだろうということらしい。


 もともと正義感が強かった光太郎は首なしライダーとしてパトロールしていた。道路に危ないものがあったら退けたり、スピード違反、騒音といった迷惑なドライバーやライダーがいれば脅かして追い払ってた。一カ月前も同じようにパトロールしていて出会ったのが私だった。


 光太郎がイケメンかどうか分からないのは、顔がないから。でも不思議とフルフェイスヘルメットはかぶれるし、視覚や聴覚はあるらしい。イケボかどうかも分からないのは、口がないから声が出せないわけで。だからこうやって光太郎にはスマホで文字を打ってもらって会話している。


「光太郎が首なしライダーでも関係ないよ。頭が無くても、私が光太郎を好きだから‼ それじゃダメ⁉」


 光太郎が『でも』と打ちかけていたので、私は痺れを切らした。


「もう‼ このフルフェイスヘルメット高かったんだからね⁉ 私の労働時間と給料をムダにする気⁉ 乗せるの⁉ 乗せないの⁉」

『ののののの乗せます!!』


 こうして私に彼氏ができた。


 タンデムのレクチャーをしてもらい、さっそく夜中のタンデムツーリングに繰り出した。それはもう最高だった。自分が風になったような気になってくる。誰もいなからまるで世界には私と光太郎しかいないような気がしてくる。


 そうか。光太郎は首なしライダーになってから、ずっとこの暗闇を一人で走ってたんだ。孤独だったんだ。でもこれからは私がいる。二人で走ればこの暗闇も心細くない。だってこうやってギュッと抱きしめていればそばにいるって分かるから。


 ひとしきり楽しんだ私たちは、寂れたパーキングエリアに寄った。自動販売機で缶コーヒーを二人分買った。光太郎は飲んだり食べたりはできないけど、バイク乗りの休憩は缶コーヒーと決まっているらしいので買ってあげた。

「どうだった? 夢だった彼女とのタンデムの感想は?」


 光太郎がスマホに文字を打っている隙を見て、私は光太郎のヘルメットにキスをしてやった。正面でするのは恥ずかしくて頬の部分にしたけれど、その感触は固いし冷たいしで最低だった。でも心の底から温かさが溢れてきて最高だった。


 ん? 光太郎のリアクションがない。もしかして気づかれてない⁉

 私ばっかり舞い上がってバカみたい。あまりの恥ずかしさに顔を両手で隠していると、光太郎にトントンと肩を叩かれた。


「なに?」

『実は出会ったときから、ずっと玲子のことが好きだった。だから玲子とタンデムできてすっごく幸せだった‼ 玲子愛してる‼』

 そしてハグされた。声で表現できない代わりなのか、力強くぎゅーっとだきしめられた。やけに文字を打つのに時間かかってるなとは思ってたけど、そういうことだったのね。私も力強くぎゅっと抱きしめ返した。


「光太郎、キスしてよ」

 ムリムリムリ、とでも言うように手を横に振っている。私ばっかり恥ずかしい思いをして面白くない。光太郎にも同じ思いしてもらわないと割に合わない。

「ヘルメットかぶったまんますればいいでしょ」


 ようやく覚悟を決めたのか、光太郎が私の肩を抱き寄せた。そのまま見つめ合うと、光太郎の顔が私の唇に吸い込まれていくように近づいくる。

 そして光太郎のヘルメットが、ガツンと歯に当たった。


「痛いわバカ‼」


 思わず頭突きをしてしまった。その衝撃でヘルメットが取れ、そのままコロコロと転がってしまった。私の彼氏は、首なしライダー。

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