白衣の神々

2-1 無機質な神々

 薄暗い無機質な空間が広がっていた。

 モニターやデスク、情報処理機器の類が円状に立ち並び、およそ数十人の人物がモニターの前に座り淡々と何かを打ち込んでいる。


 機器に囲まれるような形で中心にあるのはホログラムで映されたどこかの町並み、色んな場所が様々な角度で投影されている。その中の一つには『大神商店街』と書かれたアーチ状の看板が見える。

 機器を操作する仰々しい白衣姿の男が口を開いた。


「エバーオールサンプル体の正常反応を確認、順調です」

「ジンの様子はどうだ?」


 部屋全体を見渡せる高さにある劇場のバルコニー席の様な所に座っている老人が、しゃがれた声で返した。


「はい、こちらも問題なく予定通りゴウとの接触を完了しています」

「モニターに出せ」


 男は合図を送り壁面のモニターを起動させ、操作した。

 画面には人型のモニタリングと、その隣りには様々なチェック項目の欄が表示されていた。男がタッチボードのエンターキーに触れると、チェック項目は機械的に埋まっていった。


「ゴウと接触した後、同期システムに行動を移行しています。メンタル、フィジカル、両ブースト共に異常は見られません」


 全てのチェック項目が埋まり電子音が鳴ると、モニターにはクリアの文字が表示された。


「充填は?」

「現在五パーセントです」


 男がまたぽんとボードを叩くと、別のウィンドウにバーが表示された。ウィンドウの項目にはNo.20521とナンバリングされていた。


「五パーか……いつになるのか、先は長いな」


 老人がため息混じりに言った。


「しかし、他のジンよりは好調なスタートです。前回No.20520のジンは僅か一パーセントでゴウに潰されましたから」


 ボードを操作して、過去に撮ったあるイメージ画面を表示させた。

 そこには物体が横たわっていた。黒い服、黒い髪に黒のラウンドハット、そしてピジョンブラッドの美しい瞳は、その視線を左右別々の明後日の方向に向けたまま固まっている。土汚れた頬が、火の海と化している周囲に照らされていた。


「そういえば、まだ報告書が上がってきていないが?」

「申し訳ございません、分析班が情報収集に手間取っている様子でして」

「ふん、所詮は出遅れた新参者だ。期待はせんよ」

「やつらは元々敵対組織の連中ですからね。我々の研究の成果が実ろうとしている今になって、一噛みさせろと言わんばかりに分析班を買って出ましたから、全くふざけた奴らです」

「まぁ良いわ、過ぎたことをとやかく言っても仕様が無い、好きにやらせろ」


 老人は億劫に腕を伸ばして隣りに鎮座していた蓄音器のスイッチを入れた。

 静々と回った円盤の上に針を落とすと、仰々しいクラシックがホーンから流れ始めた。黄金のドレスの様なホーンはモニターの明りに鈍くその身を光らせている。

 ドレスはまるで湿気に満ちているような曇った表情をしているように見えた。

 老人はまた大きくため息をついた。


「私が生きている内に完成して欲しいものだな」

「きっと完成します。我々の研究は七代に渡り千年前から開始されてきました。今は最終段階に入っています。後は上手くエバーオール体を充填できれば」

「そう、栄光の未来を築ける。そこで我々は我々の枷を外して自由に暮らしていける」

「その第一歩は既に歩まれているのです。エバーオール体があればこの星も人も、我々神も救われます。つい先日もこの研究に対しての予算増額の見込みが立ったばかりですし、周りの技術部署も熱が入っていますよ」

「うむ、だが研究にはアクシデントは付きものだ。もし、今回のジンで結果が得られなかった場合全体のプランを一から見直さなければならない、振り出しに戻るのだ。油断はせず、スキャンを欠かすな」

「了解です」


 男は再びデスクに向かって操作をすると、前のモニターにスキャン中を表す表示が浮かんだ。

 老人は姿勢を崩し、頬杖をついて静かに蓄音器を視線を送った。


「千年前から、お前はこの実験を見守ってきている。どうじゃ、成功すると思うか?」


 蓄音器のドレスは未だ鈍い光を放ち表情は明るくなかったが、その様子をみて老人は安心した。


「知ったこっちゃない、か。数々の実験を見届けながら、お前はいつもそう応えたんだろうな。わしの先代も先々代も……向こうのお前はどうじゃ、楽しくやっておるかの。ジンとゴウ、二名の世話は大変だと思うが、よろしく頼むぞ」


 老人は蓄音器の箱部分を撫でて、その場を後にした。


 明るい通路に出ると、タイミング良く右手の方から人が歩いてきた。


「あらゲルシュナー博士、偶然っ」


 わざとらしい態度で老人に軽く挨拶をしたその女性は、同じく白衣を纏っていた。赤い髪を後ろに束ね、うなじの色気が魅力的な美人だった。

 ゲルシュナーと呼ばれた老人は心底嫌な顔を浮かべて、女性の脇を素通りした。


「あぁ! 待ってくださいよ!」

「またお前か、ルーフス・ヴェルメリオ」


 当然のように付いてくる女性に老人は冷たい口調で言った。


「そんな嫌いにならないでくださいよ、私だって博士の研究が成功するの祈ってるんだから」

「嘘をつくな、わしの研究を横から常に監視して、事あるごとに上に報告しているのはどこのどいつだ」

「それは上からの命にございますよ」

「ふん、信用ならんな」


 視線までも冷たく送った老人は足を速めた。ルーフスはそれでもピッタリと付いて行く。


「で、今の実験ではどうなんですか、ジンは?」

「教えん」

「でも博士の様子を見るに、絶望的ではないのでしょうねえ」

「教えんと言っている」

「私達神々の神々による神々のための実験……」

「そうだ、我々はこの実験を必ず成功させなければならない」

「そう、この問題は全ての神に通ずるもの、だから私にも進境を教えてくださいよ」


 老人は急に振り返りルーフスを見据えた。


「先も言ったはずだ、お前は信用ならん」

「傷つくなぁ、私が元人間でなり上がりの神だからですか?」

「それもあるがお前、何を企んでおる。わしに隠し通せるとでも思っているのか」

「なーんのことだか、私は万象の神ゼウス様の忠実な僕ですよ」


 きっと皺の影を濃くすると、老人は苛立ちのため息を吐いてまた歩き出した。ルーフスは追わなかった。


「この世界だって相当イカれてるんですから、私はあるべきものをあるべき姿に、ね」


 無機質な通路。ルーフスは老人と歩いてきた方へ戻っていった。

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