第89話 俺とゆめりの関係論4
今日は学校の終業式ア~ンッドッ、クリスマスゥウウウッ・イッブウウウッ!
何それ美味しいのとか言ってた紀元前の俺はもういない。
何せ俺は、俺はもうさ、もう……ッ。
――彼女持ち!
今は家を出てすぐの通学路上をゆめりと二人で歩いている。
奴は最寄りのバス停を目指し、俺はチャリを押しながらそこまでは一緒。
ゆめりはしばらく登下校が別々だった間に考えを改めたのか、二人乗りは良くないと言って俺のチャリには乗らなくなった。
もっと早くそこに気付いてほしかったって言ったら、チャリ通やめたらとか何とか言って歩道と車道の間の鉄製ガードにチャリをチェーンで固定された。しかもそのまま俺を置いてすたこら歩いて行くからちょっと焦った。
慌てて外して追いかけたが、カレカノになっても俺の扱いブレないってホント泣ける。
バス停に辿り着くと、まだバス時間まで余裕があるのか、ジャイアンさんは並ばずに俺に向き直った。
「じゃあ学校で」
「おう」
照れ臭い空気の中家まで歩いた公園帰りから一夜明けたが、俺たちってホント何も変わってなくないか?
ハッ、まさか夢だった?
短く返しチャリに
「陰の所とか凍ってるかもしれないから気を付けてね、松くん」
ずっとこっちを見ていたのか、奴がはにかんで手を振った。
……やっぱ少しは変化してんのかも。
チャリを漕いで角を曲がるまで、自意識過剰にもずっと見られているかもしれないと思えば、背中がやけにむずむずした。
「はよー」
「おはよう松っちゃん……あれ?」
「おはよう……って、んん? 松、何か変わったか?」
「僕も今そう思った」
教室に入って既に登校していた岡田と佐藤を見つけて声を掛けると、二人は揃って俺の顔を凝視した。
え、浮かれ具合が顔に出てた?
クラスの連中もいるし、ここで彼女できました宣言はさすがに無理だ。
昨日帰ってからは特に一杯一杯で誰とも連絡を取ってなかったから、まだ誰も俺と奴の変化を知らない。わざわざ言うべきかって考えて、こいつらには言わんと駄目だよなって答えも出ていた。
久保田さんみたいに物理的な距離があるならともかく、同じクラスだと報告手段に悩むところだ。
「ええと、後で」
俺はそれだけ言って席に向かった。
終業式を終え午前中で解放された俺たち生徒は、大半が明るい表情で帰り支度を進めている。机一式を廊下に出しての大掃除は先週完了しているから今日は普通に掃除するだけだ。因みに俺は当番じゃない。同じく当番じゃない岡田と一緒に佐藤の掃除が終わるのを待っていた。
結局口頭で伝えると決めた俺は二人に「放課後話がある」と言って時間を作ってもらった。教室掃除が終わるまで岡田と食堂の自販機でホットドリンクを買ったりして時間を潰しつつ、終わっただろう頃合いを見計らって戻った。
掃除が終了していた教室にはまだ生徒がいて、それぞれの理由で過ごしている。
岡田と二人で窓際に寄りかかって待っていると、やっと佐藤が戻ってきた。
「いやーごめんちょっと長引いてさ」
「テキトーに寛いでたから大丈夫」
「僕もー」
「場所移すか?」
「もうあんま人もいねえし、ここでいいよ」
「そうか?」
佐藤を待つ間何人かは帰ってったし、今残ってるのは俺とほとんど接点のないクラスメイトの女子ばかり数人だ。彼女たちは彼女たちの話題で盛り上がっているようだし、仮に話を聞かれても支障はないだろ。そもそも俺の話に興味も湧かないだろうしな。
俺を中心に三人で窓辺に並んで日に当たりつつ、二人も部活があるだろうから手短にしよう。
「えーと実はだな、単刀直入に言うと」
一旦切って、佐藤と岡田を順に見る。
「昨日からゆめりと付き合ってる」
二人が目を見開いた。
「松っちゃん、それ本当に?」
「嘘ついてどうすんだよ。そんな妄想する痛い男に見えるか?」
「うん! あっ冗談だよ~。でもああ良かった! ホント良かった!」
我が事のように大喜びしてくれるのは嬉しいが、絶対本音だろ今の!
まあいい。今日の俺は新生花垣松三朗だ。こいつの友情レベリングならぬ友情
「良かったな松」
「ああ」
佐藤のあったけ~眼差しが何だか妙に
岡田の過剰なまでの喜びようは、はしゃぐ犬っころにしか見えんがな。
二人の他には、俺の背を押してくれた久保田さんにもきちんと報告するつもりだ。
律儀だねとか笑われそうな気もするが言わないと駄目な気がするからな。
あと藤宮にも。
まああいつは情報屋能力でいつの間にか嗅ぎつけていそうだが。
オネヤンには……何となくしばらく黙っておいた方が身のためな気がする。だって何か笑顔で背負い投げとかされそうだし。
祝福してくれた二人と別れつらつらとそんな事を考えながら部室に向かっていると、スマホに着信が入った。
ゆめりからのラインだ。
そういえば演劇部は昨日の公演の反省会をやるらしい。
反省会と言っても感想やら良かった点や改善点なんかを
ここが駄目だった的な駄目出しじゃなく、ここが良かった、次はああしてみたらどうかという建設的な意見の交換会だったとは、後で聞いた。
演劇部は大小かかわらずの公演の後に必ずこうした時間を設けているそうだ。
――こっちは早く終わると思う。
奴と下校の約束はしていなかったが、今朝の登校時も約束はしていなかったものの消し炭朝食はきちんと用意されていて、悲しくも今まで通りの日常に戻ったんだと痛感した。
一緒に帰る前提の文言を目で追い、ジャイアン道は変わらないようだとやれやれと小さく嘆息する。
まっ今日は終業式だし、こっちも早めに切り上げるか。
今更言うが、うちの美術部は結構ユルい。
出欠は強制じゃないし、一応はアフロ顧問から美術室の使用時間が言い渡されているが、それより少し早めに部長や副部長辺りが切り上げの合図を出すのが通例だし、各自の制作ペースに合わせ途中で帰っても良かった。
極端な話、普段は完全に個人プレイってわけだった。
それでも麗しの部長様が現役だった頃は、特に男子メンバーはこぞって毎日顔を出し号令が掛かるまできっちり居座ってたがな。
――わかった。そっちに合わせる。バス停までだろ?
――たまには歩いて帰りましょ。松くんは自転車押してね。
「……うえ、チャリ通なのにわざわざ歩くのかよ。面倒臭え」
だが俺に拒否権は、ない。
惚れた弱み? いや向こうも俺に惚れてるし、弱みってのとは違う。
躾けられた上下関係の極みだ。ははっ。
時間を決め、これでよしかと思いきや、俺の予想に反し奴は美術室まで迎えには来ずチャリ置き場を待ち合わせ場所に指定してきた。
この点もチャリの後ろに乗らなくなったのと同様に、きっと奴の中で何か心境の変化があったんだろう。
そうして各自の部活を終え、待ち合わせ場所で落ち合った俺たちは幹線道路に沿った舗道を並んだ。
冬の午後の日差しは案外暖かい。
冬空が齎すのは冷たい雪だけじゃないんだよな。
何かそれってこいつみたいだ……とか微笑みそうになって慌てて頭を振った。
こ、こんなの俺じゃねえっ。リア充恐ろしや!
小春日和頭の俺に、誰かグーパンを入れてくれ。
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