第74話 ゆ…めりーさんの電話

 マナーモード設定にしている俺のスマホが手の中でブーブーと鳴り続ける。

 着信画面に固定されたこのスマホみたいに、俺の表情も固まって動かない。


 ブーブーブーブー……。


「出ないの花ガッキー?」


 ブーブーブーブー……。


「ねえ花ガッキーってば?」


 ブーブーブーブー――――切ッ。


「花ガッキーいいの!?」

「よくねえっ……から掛け直すよ」


 ついうっかり防衛本能が働いてしまったようだ。

 しかし、俺のリダイヤル操作より先に再びスマホが震え出した。……俺も震える。

 画面には再度あの御方の御名が……。

 俺の奇跡の未来視が言ってるぜ、今度こそはちゃんと電話に出ないとこの先が本格的にヤバイってな。

 額に汗して震え出す俺をどう思ったのか、藤宮とオネヤンが気掛かりそうにした。


「大丈夫花ガッキー?」

「誰かまずい相手なの?」

「あ、いやゆめりからです」


 そう言うと二人は「ああ、何だ」と妙に納得した様子で表情を弛めた。

 えっとあのー、俺の怯えっぷりを間近で見てたのにそこで安堵するって何ですかね?

 まあいいが、気を取り直して電話に出る。


「も、もしもし?」

「――あたしよ、ゆめり。今中庭にいるわ」

「なっ!?」


 ままままさかこれは皆大好き都市伝説でおなじみ――ゆ…めりーさん!?

 怖いから、もいちど――――切っ☆


「うわあああやっべ……! 聞いてくれえええッこれは恐怖故なんだ……!」


 俺は自分で沈黙させたスマホを両手で掲げるように持って縋りつく。

 さすがに二度目はやべえよ!

 で、三秒もせずに俺の手の中でスマホがまた震えた。

 こりゃもうどう足掻いたって逃げられない。

 意を決しスマホを耳に押し当てる。


「もっもしもし?」

「……今わざと切ったわね」


 内蔵スピーカーからの低い声は明らかに不機嫌。俺はまた電話を切りたくなった。

 だが絶対に次はもうない。

 俺は必死に堪えた。

 数多の恐怖を耐え抜き克服し進んだその先に活路があると信じて。


「いやその、電波状況が悪くてだなー。だから勝手に切れたんじゃねえの?」


 信じて、くれっ、俺の言い訳を……!


「下手な嘘は身を滅ぼすわよ。あんた今屋上にいるんでしょ」

「何で知ってんのお!? や、やっぱり、ゆ…めりーさんは通話相手の居場所をいつでもどこでもお見通しってわけかッ!? 超常の力なのか!?」

「は?」

「後は着信のたび段々とこっち近付いてきて、最終的にはここに来るんだよな!?」

「何の話してるのよ? 屋上まで行く気はないからあんたが下りて来て」

「ふっ、相変わらず実行委員の俺の都合は丸無視か……」

「え? 仕事中だったの? 今さっき久保田さんが友達と一緒にいたからてっきりあんたもう暇なのかと。訊いたらまだ屋上にいるかもって教えてくれたし。見回りか何か?」

「ふっ種を明かせばどうせそんなこったろうと思ってたよ。まあ、そんなとこだ」


 良かった、久保田さんは無事友人たちに話が出来たっぽいな。


「じゃあ仕方ないわね」

「え? 何か用だったんだよな?」

「仕事ならいいのよ」

「いや、残りを一巡するだけでそんなかかんねえよ。で、何だよ用って」


 再度の問いでようやく奴は少し躊躇ためらうように間を置いて目的を告げてきた。


「このあとの花火、一緒に観ないかと思って」

「花火?」

「だって夏祭りの時はその……ろくろく観れなかったでしょ」


 意外過ぎて呆けただけだったんだが、向こうは何を思ったか畳みかけるように語気を強くした。


「それとももう他に誰かと約束したわけ? ダンスも」

「お前、俺がダンス踊ると思ってんのか? そもそももう始まってるし」

「ああ……確かにないわね」


 どこかホッとしたような声がして、電話口だからか微かな吐息も聞こえた。


「わかった。花火な。どこで観る?」

「……じゃあ、美術室で」

「了解」


 通話終了と共に軽く息をついてから、藤宮たちを振り返る。


「とりあえず皆屋上から出てもらってもいいっすか?」


 見回りの続きのためにそう切り出せば、俺の指示に皆が応じた。

 すっかり陽が落ちブルーグレー色の屋上から屋内に入るヤンキーズは、二人共「下僕生活めげずに頑張れよ」的な同情の言葉を置いて階段を先に下っていった。

 去り際リーゼントなんかは俺が殴った(と言っても威力なんて高が知れてるが)頬を押さえ「効いたぜ……心に」とニヒルに笑んでいった。

 いやさあ、不良攻略テンプレで絆されるとか、ヤンキーズチョロくねえ?

 チョロいヤンキー略してチョロヤンか?


「先輩、さっきは本当にありがとうございました。マジで命の恩人です」


 傍に居たオネヤンに、くどいかとは思ったが改めてお礼を言うと、彼は両の口角を美麗に持ち上げた。


「ふふっホント律儀なんだから。でもそんな所が花垣君の魅力よね」


 ほほう俺はくどさが魅力、と。……喜んでいいのッ?


「ところでこの後の見回りご一緒しても?」

「あ、私も行くよ~」

「いや、委員の仕事に付き合わせるわけには……」

「別の不良に遭遇したら大変よん?」

「そうそう花ガッキー一人じゃ心もとないし~」

「……さいですか」


 結局俺は乗り気な二人を止められず、三人で見回った。

 飛んできた虫に慄いて抱きついてきた魅惑のオネヤンをやり過ごし、藤宮のスクープチャンスをサポートしたりした見回りを終え、やや疲れた心地で二人と別れた俺は一人美術室へと向かった。

 電気が点いたままの美術室は、無人。

 奴はまだ来ていない。

 モブ男はどうやら帰ったらしく、部内連絡用のノートに「僕はもう帰ります。九時には寝たいので」との伝言があった。中夜祭の参加は各自の自由だし、クラスの点呼は明日の登校時までない。存外早寝な友人の日常を垣間見たものの、別段それ以上の興味も湧かず室内を見回す。

 朝と変わりはないが様々な人間の出入りがあったせいか、染み付いている美術室独特の臭気に、香水やら食べ物の匂いが混じり合って知らない部屋みたいに感じる。

 他の部員が戻って来る気配もない。帰ったかもしくはそれぞれの交友関係に忙しいんだろう。

 一人ポツンと所在なく佇んでいた俺は、廊下を近付く足音に耳を傾ける。

 この威風堂々たる歩き方は、奴だ。

 しかし美術室の扉の前でその気配が停滞した。

 何だ? 家人に招かれないと入れんぞ的な妖怪なのか?

 で、俺のスマホに着信……アリ。


「もしもし? お前何でそこに…」

「あたしよ、ゆめり。今扉の前にいるんだけど」

「な!? この通話パターンは!」

「あんた今どこ……って、教室の中から声した……?」


 コンコンコン、と礼儀正しく控えめなビジネスノックが聞こえた。


「ゆ…めりーさんノックバージョン!?」


 進化する都市伝説を目の当たりにし、戦慄を禁じ得ない俺の前であっさり扉が開く。


「俺日本人だから言葉通じないですうううーっ!」

「何だいるんじゃないの。何ワケわからないこと叫んでるのよ」


 スマホ片手のジャイアンさんは怪訝けげんに眉をひそめ美術室に入って来るなり、教室のとあるスイッチをカチリと押した。


「あ!? お前何して!? 何で電気消すんだよ!」

「この方がよく見えるじゃない」

「何も見えねえよ! お前は夜行性のタヌキか!」


 奴はまだ突然の暗闇に慣れない俺の前まで歩いて来るなり、強引に俺の手を引っ張った。


「ちょっ急に引っ張んな、危ねえだろ」

「窓の方に寄るだけよ」


 いきなり予告なく電気消すとか暴挙、こいつのジャイアン道はブレねえなホント!

 俺以外に人いなくて良かったぞ。

 ……ん? でもあれ?

 俺以外にいないって、それはそれでまずい、のか?

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