第73話 漢は拳で何とやら
オネヤンこと
二者の勇ましい背中が遠ざかっていく。予想外の行動をそのまま見送りそうだった俺は、頭を振って気を取り直すと駆け出した。
ビンタ一つの威力すら破格なオネヤンはともかく、藤宮お前は病弱っ娘だろ!
「おい藤宮無理はよせって!」
阻むように二人の前に飛び出して、そして間髪入れずにヤンキーズへと振り向いた。
「俺たち話し合いましょう!」
精一杯の虚勢を張って腹から声を出すと、彼らは地獄に仏とばかりにコクコク頷いた。
虎の威を借る狐、オネヤンの威を借る俺。
結果的に他力に頼らざるを得なかった情けなさはあるが、何とか話し合いに持ち込めそうだった。
「だ、そうですから矛を収め…」
「「な~んてな」」
改めて藤宮とオネヤンに向き直った矢先、ヤンキーズが俺に飛びかかってきた。
卑怯な不意打ちに、うわーマジかとどこか他人事に呆れながら殴られるのを覚悟してぐっと歯を食いしばった。
刹那、二つの神風が駆け抜けた。
藤宮は男女の体格差なんて感じさせずに坊主頭の手首を捻り上げ、後ろ手にさせて地に引き倒し、オネヤンに至ってはリーゼントの真正面から巧く体の内側に入り込んで問答無用で背負い投げ。
「「――成・敗・!!」」
「「――ギャアアアアアア!!」」
決着は瞬く間についてしまった。
埃を払うようにパンパンと手を打ち合わせ一仕事終えた感を漂わせる藤宮と、倒した相手の胸倉を掴み上げて凄むオネヤン。
「折角の花垣君の慈悲を無駄にして愚かねえ。下コンクリだからこれでも一応手加減してあげたのよ? 彼に何か言う事は?」
「ひ……」
「言・う・こ・と・は?」
「すすすすまなかった」
「よろしい。今後一切暴力は認めないわよ、わかった? あなたも」
リーゼントに引き続いてオネヤンに睨まれた坊主頭も、早回しのように首を頷かせた。
話に聞いてはいたがオネヤンの実戦を実際この目で見て、想像以上に鮮やかに相手を倒してしまった手腕には称賛を禁じ得なかった。藤宮にも。
唖然としていた俺の方に藤宮が近付いてくる。
「助かった。二人共すげえな」
「ひひひ護身術は一通りやったからね。まああんまり体に無理はできないけど。あ、カメラありがと!」
「ああ、うん。なあオネヤン先輩ってあの強さは何か格闘技系やってるのか?」
「うん確か家が柔道道場なんだったかな。空手もちょっと齧ったことあるって」
「そりゃ強いわけだよな」
きっと幼い頃から鍛えられてきたに違いない。何でオネエヤンキーになったかは心底摩訶不思議だが、まあ嗜好なんて人それぞれだ。
「オネヤン先輩も、ありがとうございました」
不良二人は床の上に座らされ、縛られてはいないがお縄状態だ。
「先輩たちがそこまで俺に敵意を向ける理由って、何ですか? 画像の件は俺に非はないですよ」
「そういう問題じゃねえんだよ。デジカメの件も怪我の件も頼んでもねえのに揉み消しやがって、気に食わねえったらなかったぜ」
「ちょっとちょっと! 花ガッキーは先輩たちを思ってだねえっ」
「いい、藤宮。そうですか。それは余計な気を回しました」
人に借りを作るのが嫌いな人種はいる。
それでも、解せない。
「それをずっと根に持ってて、昨日もわざわざ美術室にまで押しかけたんですか?」
だって彼ら自身口ではその点の不満を言っていても、正直広く露見しなかったのはどこかでホッとしていると思う。
だから他に理由があるんじゃないかと踏んだんだが、果たして予想通り答えは得られた。
「――お前に彼女がいるからだよ」
予想外の内容を伴って。
「は? え?」
「ええええ花ガッキー!?」
「花垣君、聞いてないわよ?」
「いや俺も俺に彼女がいるなんて初耳ですけどね!」
藤宮は俺同様目を丸くしびっくり仰天しているが、オネヤンは背後から忍び寄る何か的な得体の知れない笑みを浮かべている。怖えよ……。
「女いるからって余裕ぶっこいて俺たちのオアシスを綺麗さっぱり消去したんだろ!」
「あれには色々とロマンが詰まってたんだからな!」
色々なロマン……が気にならないでもなかったが、それよりも大きな誤解がある。
「いやあの、俺に彼女はいません」
「嘘つくんじゃねえええッ! いんだろッ黒髪ロングの!」
「黒髪ロング……ってゆめり?」
「呼び捨て! しかも下の名前呼びかあああーッッ!!」
突然、坊主の方が怨嗟の絶叫を上げ、毛のない頭を掻きむしった。
ひいッ物語は登場人物が錯乱するホラー展開に突入なのか!?
「あの子は俺が入学当初から目ぇ付けてたってのに……! 毎日イチャこいて水着なんかよりももっとすげえもん拝ませてもらってんだろ」
「いや拝みたいのは山々ですけど死ぬから無理です。完全なる勘違いです。俺は生まれてこの方……彼女いません」
最後だけは耐えきれず目を逸らし真実を告げれば、黙っていたリーゼント先輩は何故か「同士かよ……」とか呟いて、尊い相手を見る目つきになった。
俺を見て仲間を見て俺を見て、溜め息。
「もう泣くな、立てって。お前目ぇ付けてる子は他にも三十人くらいいるだろ」
「気が多いな!」
「だろー。次行け次」
「うぐ、うぐ、そうする」
リーゼント先輩は本気の泣きに入っていた坊主先輩を立たせて俺に向き直らせた。坊主先輩はバツが悪そうな顔を向けてくる。
「誤解したのは悪かったよ、でもな、恵まれた環境に
これマジでホントに単なる逆恨みの極端なパターンだったのかよ……。
だが俺は反論の言葉をすぐには返せなかった。
家がお隣で、告白されて、断っても未だに俺を好きでいるらしくて、変に避けられるでもない。
恵まれた環境の上に胡坐をかいている。
その通りだった。
黙り込んだ俺を見かねたのかオネヤンが静かな問いを寄越した。
「それで? 話を戻すと、花垣君は彼らをどうしたい?」
「それは……」
積極的に停学にしてやりたいとか思ってはないが、かと言ってこのままお咎めなしってのもな。美術部のモブ男だって怪我したかもしれなかったんだし。
「んじゃ、貸し借り無しの方向で。先輩たちも俺の事は黙ってて下さいよ」
俺は内心苦労して人の悪い笑みを浮かべた。
「花ガッキー?」
「花垣君?」
真意を測りかねたようにその場の皆が
覚悟を決め息を吸って強く拳を握る。
そして俺は各一発ずつ、人生で初めて人を殴った。
「……ってぇ」
わかってはいたが、誰かを殴るってのは自分の手も痛くなるもんだ。
まさか俺が進んで暴力を振るうとは思ってもいなかったらしい藤宮とオネヤンが言葉を失くしている。
殴られた痛みに顔を
俺も聖人君子じゃない。
わだかまりが全く無くなったわけじゃないが、それでいいと思う。
その時、ケツのポケットに入れていたスマホが振動した。
学祭の裏で起きた、まさにゲームの隠しイベント的な出来事の終了を告げるかのように。
確実に夜に向かう屋上で、小さな精密機器の画面だけが場違いのように明るく光る。さっきの衝撃で壊れてなくて良かった。ゆめりに言われるままスマホケースに入れといて正解だったかもな。
着信画面にはその緑川ゆめりの名前が表示されていた。
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