第67話 隠しイベント?2
廊下を駆けると程なく、人混みの合間に目的の人物のスラリとした背中が見えた。
光を散らすような明るい金髪の短い尻尾が揺れている。
「待って下さいオネヤン先輩!」
少し息を切らして追い付くと、俺の声に足を止め振り返ったオネヤンは不思議そうな顔をした。
「あら、そんなに慌ててどうしたの?」
予想がついているのかいないのか、オネヤンは読めない微笑を浮かべる。
「あ、もしかしてダンスの申し込み? それなら大歓迎よん?」
「いやいやまさか。だって俺踊りませんし」
「え!? てっきりあの子に強制参加させられるのかと思ってたわ」
ハイハイ指示語のあの子が誰だかくっきりはっきりばっちりわかる自分に泣けまーす。
「ゆめりとは別に何も約束してないですよ。大体俺、実行委員の仕事あるんで」
「えー何だそうなの、残念ね。踊るのあの子の次でもいいかと思ったのに」
誰とでも自由にダンスできるのが中夜祭の醍醐味だ。
「部のやつから聞いたんですけど、昨日先輩と藤宮が俺の絵を…」
「――いいの」
護ってくれたんですね。ありがとうございます、と俺はそう最後まで言えなかった。オネヤンが長く形の良い指先で俺の唇を塞いだせいだ。
え、何このシチュ?
予想外の対応に固まる俺に微苦笑し、オネヤンは指を離した。
「感謝してくれるのは嬉しいけど、私の中の正義に則して私のしたいようにしただけよ。だから気にしないで?」
そう言われてもな……。
俺の心の声を聞こうとでもするように、オネヤンは横髪を耳に掛け片方の耳を出した。
「納得いかないなら恩返しって思ってくれればいいわ」
「恩返し?」
「そう。夏休みの時の」
隠蔽工作専門のコンサルタント花垣は無駄にならず、確実に顧客満足度を上げていたらしい。しめしめ……ってまあ二度と出ないだろうが。
「どうしてさっきは黙ってたんですか? 恩知らずにも俺そのまま普通に見送っちゃったじゃないですか」
「あんな恥ずかしいこと自分からベラベラ話すなんてできないもの」
「恥ずかしい? いやそれは悪さしようとした二人の方ですよ」
「違うわよん。倫理観とかそういう観点からじゃなくて、男二人を
捻り潰した。
今自分で捻り潰したって言ったよこの人。
モブ男は詳しい描写を敢えて避けたのか面倒で
オネヤンは恥じらいなのか控えめな上目遣いで俺を見ている。
「先輩が乙女かどうかはさておいて、恥ずかしがる必要がどこにあるんですか? 俺はカッコイイと思いますけど」
「はっ花垣君……っ」
「とにかくありがとうございました。盗撮騒動の時に一緒にいた二人が昨日の二人なんですよね?」
感謝に深々と頭を下げつつ俺が問えば、俺のつむじの向こうでオネヤンが小さな溜息をついたのが聞こえた。
顔を上げるとどこか申し訳なさそうな目と合う。
「そうよ。私の監督不行き届きも同然よね。まさかあなたを逆恨みしてるなんて思わなくて。ごめんなさい」
「謝らないで下さいよ。先輩のせいじゃないんですから」
「花垣君は本当に優しいわよね」
「そんなことは……。でも先輩は大丈夫なんですか? 先輩まで嫌がらせとか敵視されたら心配ですよ。自分で揉み消したのはいいものの、放置してた俺の非です。俺自身があの二人ときちんと話を付けるべきでした」
「非? あなたこそ悪くないわ」
思いのほか強い口調だった。
馬鹿な事を言った俺を叱ってもいるようで、言葉に詰まる。
挙句、お仕置きとばかりに両手で顔を挟まれて不細工顔にさせられる。
「花垣君、お人好しぶりもいい加減にしないと、ちゅーしちゃうわよ?」
「は!? い、いやその待って下さい困ります!」
「じゃあほっぺは?」
「駄目ですって!」
「花垣君ったらケチねえ」
「いやケチとかそういう次元の話じゃ……」
「――それとも、他にしたい相手でもいるの?」
そう言ったオネヤンの顔は妙に意地悪なものだった。
俺の全てがたったの一瞬だが、フリーズする。
半分だけ、後悔している過去がある。
でも残りのもう半分はあれで良かったんだとホッとしている過去だ。
夏の夜の、花火大会の夜の、あのキスと告白。
どんな顔をしていたのか、俺の顔をじっと見つめていたオネヤンが俺の二の腕を慰めるようにポンポンと叩いてきた。
「少し意地悪だったわ。ごめんね」
「……いえ」
「とりあえずこの件の詳しい事情は、藤宮さんだったかしら? 彼女から聞いてもらった方が情報の抜けがなくていいわ。私は彼女に加勢したようなものだし」
「そうだったんですか」
「そうそう、あの二人には成敗ついでにきちんと説教しておいたから」
その一連がモブ男の口からオネヤンを「アニキ」と言わしめた光景なんだろうな。
正直、目の前の澄んだ朝露のような麗人からは全然想像できねえよ……。
「……わかりました。何か世話になりました」
「んもう私と花垣君の仲じゃない。気を遣わないで。それじゃあ、委員のお仕事頑張ってね」
オネヤンは去り際俺の頬へと無意味に指を滑らせていった。
全容は結局わからずじまい。
だけど案の定偶然助けに入ったわけじゃなかった。
話を整理するに、藤宮が何かしら情報をキャッチしてオネヤンに助力を乞うたってとこか。
「こりゃ藤宮から洗いざらい話を聞くしかねえな」
しかしまあ藤宮も学祭を楽しんでるだろうし、顔を合わせた時でいいか。
そう当座の結論を出し、佐藤と岡田からのお使いを遂行するために
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