第68話 隠しイベント?3

 その後たこ焼きを買って佐藤と岡田の待つ美術室に戻り、幾つかのクラスを見て回った。

 今は小腹が空いたので、岡田と佐藤はジャンボコロッケを、俺は緑茶ペットを手にシナモン味のチュロスにパク付いている。

 俺たちは三人仲良く中庭の適当な植え込みの端に腰かけていた。因みに俺が真ん中。野郎二人に挟まれても全然嬉しくない……。

 中庭にもそれなりに人はいたが、それより賑やかな喧騒が校舎の壁を超えて響いてくる。

 それまで他クラスの食べ物の完成度についてとか、出し物の善し悪し、あとは来場者のことなど他愛ない話ばかりをしていた俺たち。

 二人は気を遣って敢えてトラウマの話題を振って来ないんだろうか。

 だから俺の方から口にした。


「そういや二人共、俺の描かない理由を訊いて来ないんだな」


 二人にだって好奇心と言うか知りたいという気持ちはあると思う。


「えー、だって別に興味ないし?」


 と、さらりとした口調で岡田氏。


「えッ!? あ、そうなのか、へえー……だよなぁ」


 先走った間抜けさと自惚れに羞恥も湧くが、それよりも意外と傷付いた。友情レベリングはマジで道楽だったのかもしれない。肩を落とす俺を見てそんな岡田が焦った声を上げる。


「ち、ちょっと本気に取らないでよ~。冗談だよ冗談! 僕たち軽口も言い合える友情レベルに上がってるでしょ!」

「お前の冗談は冗談に聞こえねえんだよッ」

「ははは確かになあ。そんな言い方したら松泣いちゃうだろって思った。泣き止ませるにはアメちゃんでもあげるしかないかと思ったけど、杞憂だったみたいで良かった良かった」

「良くねえよッ! 俺は小さい子供か! むしろ佐藤の今の台詞で泣きそうだわ!」

「はははこれも冗談だって」

「お前らの冗談は際どいんだよ!」


 怒りに唾を飛ばす俺からジャンボコロッケを護るように包みに入れると、岡田がフッと表情を消した。


「――だったらズバリ訊くけど、何で?」

「え」

「こらこらルカ、好奇心は猫をも殺すって言うだろ」

「猫耳たんを!?」

「「いや猫だろ」」


 大いなるショックを受けて「死なないで猫耳たん~!」と嘆く岡田を俺も佐藤も放置。


「気にならないわけじゃない。でもさ、松は話したいのか?」

「それは……」


 出来ればしたくない。

 自分の滑稽こっけいさ臆病さをさらけ出す話とか。

 まあさっきのが演技じゃないと知っている二人からすれば、俺が言わない部分まである程度の見当は付いてるんだろうが。


「えー僕は松っちゃんのことなら気になるよ」

「でも無理強いは良くないだろ」

「それはそうだけど……」


 岡田が不服そうにしたが、佐藤は至っていつも通りの爽やかさで青天を仰いだ。


「松、俺たちじゃないと駄目な何かが必要な時は、思う存分力を貸すからな」

「あ、そこは僕も源ちゃんに相違なーし!」

「お前ら……」


 二人の配慮に気が楽になった。


「わかった。そん時はよろしく」

「でも今訊いたら駄目?」

「ルーカ」

「はーい。源ちゃんに従いまーす。今は訊かないけど、いつか話してね松っちゃん」

「ああ」


 岡田の素直な好奇心は不快じゃない。むしろ深刻に考えてるのが馬鹿らしくなるくらいには小気味良い。

 佐藤の皆まで聞かない優しさも有難い。

 もう少し自分の中で落ち着いたら二人には話そうと思った。

 チュロスの最後の一口を飲み込んだところで、タイミング良く制服のポケットに入れていたスマホがブーブーと振動する。

 見れば着信じゃなく設定しておいたアラームだ。


「悪い、そろそろ委員の集合時間だから行くな?」

「あ、もうそんな時間なの? うんわかった行ってらっしゃーい!」

「見回りだっけ? 小腹空くだろうからこれ持ってけよ」

「おう、サンキュ」


 佐藤がくれたのはアメちゃんの袋で、どっかのクラスの出し物のくじを引いて当てた末等賞品だ。因みに外れくじはない。

 有難く頂戴はしたが全部は多いので何個か取って袋を返した。確か一回三百円だったか。これ普通に買った方が絶対安いだろ……。

 とまあ、俺の自由時間は終わりを告げたわけだが、ゆめりから特に連絡はなかった。

 ステージでのあれこれを追及されるだろうと踏んでいた俺としては、ただ猶予が延びただけで全然気は休まらないが、向こうも向こうでやる事があるんだろう。





 校庭の真ん中で点灯予定の電飾は前日のうちに設置が終わっていて、今は暗い無数の電球が静かに出番を待っている。

 毎年デザインは異なるようだが、今年は大きなツリーだ。

 まだ明るいから点灯はしていないが、家庭用のクリスマスツリーなんて目じゃない造りと電球の数を見れば、明かりが点ればさぞかし壮観だろう。

 学祭初日締めの花火とセットで楽しみだ。いずれも見回り中どっかからは見えるだろう。

 校庭片隅の集合場所に行くと、既に久保田さんが来ていた。


「松三朗君、お疲れー」

「久保田さんもお疲れ。変更で迷惑かけてごめんな。忙しかった?」

「まあそこそこ? でも久々に他校に行った子と会えたりして、案外楽しかったよ」


 ふふっと嬉しそうに笑う久保田さんの顔を見たら、ホッとして申し訳なさも薄れた。


「松三郎君の方はステージどうだったの? 上手く描けた?」

「あ、まあ、ぼちぼち……」


 空気が悪くなりそうだし正直に話すのは気が引けて、無難に答える。


「ん~? 何かあった?」

「何もない何もない」


 やや前屈みで覗き込んでくる黒目がちな瞳。

 彼女は尚も「ふーん?」と鼻に籠るような声で見てきたが、結局追求はしてこず姿勢を戻した。

 そのうちに委員長からの指示が飛んできて、見回り担当の俺と久保田さんは任務遂行に乗り出した。

 歩きながら俺の横でふんふんと鼻歌を歌い始める彼女。

 そういやダンスはどうすんだろう。

 実行委員内部でも、少し踊るくらいは互いに目を瞑るっぽいし。


「久保田さんはダンス誰かと踊るのか?」

「私? んー実はどうしようかまだ悩んでて……気が向いたら誘ってみようかなって思ってる」

「ふーん」

「松三朗君は、誰かともう約束した?」

「まさか、踊る気ないし」

「ええーッずるいー!」

「いやずるいって……。あ、心配せんでも俺はチクんねえよ!?」

「もう、そんな心配してないよ」


 久保田さんは少し拗ねたような横顔を晒している。

 え、俺何かまずった?

 よくわからないのでとりあえず機嫌をこれ以上損ねないよう努めよう。今日は一日ただでさえ色々とあって疲れてるから、なるべくなら穏やかに終わりまでを過ごしたかった。


「ええと何だ、見回りなら俺一人でもできるし、ダンスも花火も楽しんで来ていいよ。抜ける時はいつでも言ってくれ」


 むしろその方が俺の都合でサボれるし……なんて心の内は言葉に出さない。


「あー! その方が自由にサボれるって思ったでしょ?」

「うっ……」


 す、鋭い。

 図星を指され目に見えてうろたえると、久保田さんは機嫌を直したのかどこか勝ち誇ったようなにやり笑いを口元に浮かべた。


「ふっふっふ松三朗君。そうは問屋が卸さないよ?」


 そして何故か両腕を組んで、古風に言い切った。

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