第66話 隠しイベント?1

 開けっ放しの美術室入口。


「あれ? 花垣君……」

「オネヤン先輩……」


 互いに時を忘れたように見つめ合い……なんてピンクフィルターが掛かっていたら大変だ。

 フィルターじゃなく一部にピンクメッシュ入りの金髪を後ろで一つに括っているその人は、俺を見て嬉しそうにする。横髪は長さが足りずに垂れているので見た目はホント女子っぽい。

 俺がちょうど入ろうとし、向こうがちょうど出ようとした所だった。


「何でここに?」

「あなたの作品見に来たの。綺麗だったわん!」

「あ、ありがとうございます」


 きっと前世がチワワの岡田が語尾にわんと付けたらまた違った印象を抱いただろう。

 夏祭り以来接触もなかったんでまさか見に来てくれるなんて予想もしていなかった。

 手放しの称賛に思わず照れと恐縮で頬を緩めると、見た目に中性的な綺麗さを有するオネヤンは返すように微笑んでくれた。

 ドキッ!

 ……なんてしてませんとも。


「完成作を無事お披露目出来て良かったわね」

「え? あ、そうですね。おかげさまで」


 するとオネヤンは一瞬黙って俺を探るように見てきた。


「……何か、聞いた?」

「聞く? 何をですか?」

「あー……うふふ、何でもないわ」

「はあ」


 バシバシ背中を男の力で叩かれて俺は本気で咳き込んだ。

 傍のミックスイケメン岡田が青い目を見開いて「ダダダ大丈夫!?」とか小声で叫んであわあわしている。


「じゃあねん花垣君、お祭り楽しんで」

「オ、オネヤン先輩も」


 どうやら一人で来たらしく、俺に手を振るとそのまま廊下を歩いてった。

 正直もっとお喋りしてくるかと思いきやあっさりだったな。

 くっ、だがスラックスなのが悔やまれ……いやそれでいいんだ血迷うな俺!


「松っちゃん今のって……男だよね?」

「ああ。ちょっと色々あって知り合った」

「松、今のってもしかして夏休みの……」

「んーまあな。案外いい人だよ」


 俺が怪我した時あの場にいた佐藤は特徴から気付いたようだった。


「びっくりだな。あんな綺麗な顔してたのか。……本当は男装女子だったりしないか?」

「さ、さあな……」


 オネヤンの去って行く背中を食い入るように見つめる佐藤。

 えっ佐藤ってああいう繊細な感じが好みなの?

 超マイペースでずぼらな姉貴と正反対じゃん!

 もしかして失恋の痛手が深すぎて好み真逆になったのか!?

 オネヤンは男だあああっと声を大にして変な幻想を抱いている佐藤に引導を渡すべき?

 ……いや、そっとしておこう。

 実際俺だってオネヤンの裸を見たわけじゃないしな。

 俺たちは気を取り直して美術室に入った。

 中には鑑賞者の他に一年の男子部員が一人いて俺を見るなり寄ってきた。

 地味な俺が言うのも何だが、眼鏡を掛けたモブキャラと言った感じのやつだ。


「お、花垣じゃん。突発出演お疲れー。なあ今のヤンキーの人って花垣の知り合いだったの?」

「まあ、そんなこと」

「へえ~あの人凄いよな。実は昨日ここに別のヤンキーが二人来たんだけど、そいつらをあの人が倒してくれたんだ。オネエ言葉だけどアニキって感じだったよ~!」


 アニキ、か。

 ふう。人生本人の希望通りにはいかないもんだよな。


「でも昨日? 何しに来たんだ?」

「僕たちの作品を駄目にしようとしてたみたい」

「……え?」


 俺の表情は瞬時に凍りついた。

 ただ、思考だけは一つの出口に向かってられていく。

 齎されたキーワードと俺自身の身に起こった出来事を鑑みるに、決して愉快とは言えない解答が浮上する。


「あとちょうど一眼レフ持った女子も一人入って来て、バッチリ撃退シーンとか説教シーン撮ってたっけなあ」

「一眼レフ?」


 そいつぁもしかして新聞部のまこちゃんかい?


「なあその女子って一見眼鏡っ娘ヤンキーか?」

「うん確か、カラーフレームの眼鏡で髪の色も明るかった」


 十中八九藤宮だ。

 でも朝会った時は何も言ってなかったぞ。


「ホント昨日の放課後はヤンキー祭りだったよ。僕が最後で、陰の方で帰り仕度してたらいきなり二人組が入って来てさ、どうしようって様子見てたら、たまたまお前の絵に肉って字を書こうとか言い始めてさ、焦って止めに出たんだよ。でも二対一だろ、もう駄目かって思ったんだ。そしたらそこにアニキたちが現れてさ。いやー圧巻だった」

「……」

「アニキから説教食らって慄いてた様子を見るに、二人も懲りたとは思うけど、念のためこうして番をしてるってわけ」

「……そうか。お前に怪我はなかったんだよな?」

「いやーははは突き飛ばされて尻もち着いただけだから全然平気。情けないけどさ」

「そんなわけねえだろ。お前は美術部の恩人だ!」


 俺のせいだ。


「花垣? 急に暗い顔してどうしたんだよ?」

「い、いやえーと……感動しただけだ。それよりお前も見たい場所とかあっただろうにずっと番してていいのか?」

「ん? ああ別にいいよ。他に見たい場所なんてないし。ここで自分の絵をず~っと眺めてるのが一番だよ。花垣もそう思うだろ?」

「別に思わなぃ……くもないが」

「だろ!」


 そういやこいつは四字熟語の「自画自賛」を地で行くやつだった。


「とにかく昨日そういう騒ぎがあったからさ、花垣もアニキにまた会ったらお礼言っとけよ?」

「そうだな……」


 何も知らないモブ男は「ま、何もないけどゆっくりして行けよ」と自分かってくらいのドヤ顔で離れてった。

 オネヤン、二人のヤンキー、藤宮、そして俺の絵。

 肉の字……はどうでもいい。

 犯人の見当は付いている。


 彼らは、――明らかに俺の絵を狙ったんだ。


 もしも誰も気付かなかったら、他の部員の大事な作品にも手を出されてたかもしれないと思ったら、冷や汗が噴き出すような心地がした。


「佐藤、岡田、悪いちょっと用ができた。すぐ戻るから」


 二人は俺の顔付きを見て後回しにできない何かだと察してくれたんだろう。


「わかった。じっくり絵観てるよ~」

「一人で大丈夫なのか?」

「ああ。オネヤンに話があるだけだから心配ねえよ」

「そうか。それじゃあついでに何か食い物買って来てくれないか?」

「んじゃ僕たこ焼きがいい! 行ってらっしゃ~い!」


 佐藤の何気ない催促、岡田の陽気な声。

 折角の楽しい学祭に深刻になるなと言ってくれているようで、どこか心が慰められた。

 ありがとな、とは思ったが、口に出すのはさすがに恥ずかしいのでちょっと苦笑を浮かべて背を向けた。

 まだそう遠くには行ってないだろう。

 藤宮も気にはなるが、今は先にオネヤンだ。

 俺の関知の外で一体何があったのか。

 美術室を後にする俺は真実を掴むため、彼を追って駆け出した。

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