第65話 友情レベリング
俺が道具を抱えて他の部員達と体育館裏から出ると、佐藤と岡田の姿があった。
「あ、すんません友達来てるんでちょっと抜けます」
「ん、わかった」
俺は顧問に断ると部員連中から離れ友人達の方へと歩み寄る。勿論荷物は抱えたままで。
「何だ、連絡くれれば良かったのに、わざわざここで出待ちかよ」
「松っちゃんは国民的スターだからね。ファンの心得だよ! 僕の猫耳たんはニャンコスターだけど」
俺を笑わそうとしてか岡田がお馬鹿なノリで繋げてきた。
「フッよせやい。花束も差し入れもいらねえぞ?」
「え? まだそれ続けるの?」
「終わんの早えなっ!」
くそっ真顔の岡田が憎たらしい。
「
「そこまでプルプルしてるかなあ俺!?」
佐藤が冷静に俺を侮って……いや気遣ってくれるのが地味に心を
確かに重い事は重いがそこまで非力じゃねえよ!
普段器用なくせにこうも不器用に俺を笑かそうとしてくれる二人。
そんな不器用さに俺は、俺は……
ったく失礼にも程があんだろ。
まあでもなんだ、二人が俺に話があるのは明白だった。
「ねえねえところでさ、猫耳姫の絵は?」
やっぱ動物耳女子は気になるのか、岡田が俺の荷物や去っていく美術部員の荷物を確かめるような視線を向けながら訊ねてきた。誰の手にも件の絵がないのを不思議に思っているようだ。
「ああ、あれな。一枚目同様にあんなでも欲しいって言ってくれたお客さんにあげた」
演目が終わった後にステージ下まで来た来校者が奇特にも俺や先輩達の即席絵を所望してくれて、だからあげたんだよな。顧問が応対したから俺は了承の意を顧問に伝えただけであんまちゃんと相手を見なかったが、欲しがったのは保護者と来ていた小学生くらいの子だったっけ。
「なんだあ~、残念」
「岡田には感謝してる。猫耳たんのイラストを練習しなきゃあれは描けてなかったからさ」
岡田がじっと今度は荷物じゃなく俺を見据える。
「松っちゃんのあれ、演技じゃないよね」
敢えて箱の中のスプレー缶を整えたりして切り出すのを待てば、案の定岡田がそこを問うてきた。
いや、問いですらなく、確認だった。
あれという指示語が何を指しているかは言わずもがな。
「だから前に僕を描いてくれなかったんだ。てっきり友達レベルがまだ足りないからだと思ってて、僕なりにレベリング頑張ってたんだけどさ」
「……んなこと気にしてたのかよ」
って今までどこにそんな友情向上要素があったかにゃ?
最近だと猫耳たん看板描かせられてる時なんか、恐ろしい姑に見張られてる嫁の気分だったぞ。
すると佐藤がカラカラと笑った。
「ハハハ、レベリングってゲームじゃあるまいし」
「いいや人生は真面目なゲームだよ、
「なるほどな。そう言う考え方もあるのか。ならギャルゲー見習って女子と接してれば彼女できるかもだよな」
「うんうんそうだよ」
もっと人生を重く考えろ佐藤おおおッ!
お手軽佐藤を千尋の破滅谷へと突き落とし、自慢げに持論を展開する岡田へ俺は逆に問いたいッ。
――お前の中での俺の友人レベルは幾つだよ?
ついさっきだってノリ三秒で消滅したよね。ほぼ瞬殺だよ?
偽りを述べている殺人犯を見るようなねっとりじっとりとした視線を送っていると、コックコートの佐藤がピシッと頭を下げた。
「俺さ、事情知らなかったから色々無神経なこと言ってたらスマン!」
「謝んなよ。言ってなかったんだし。それにたった今の方がよっぽど無神経だからな?」
「え、そうか? でもまあ松がそう言うなら、良いんだけどさ」
「こっちこそ微妙な空気にして悪かったな。あと岡田も、ゆめりが悪い事したな」
「松っちゃんが謝る必要ないよー。緑川さんカッコ良かったよね。松っちゃんの窮地を救ったって感じでさ。あの時だけはお姫様って言うより王子様だったよ」
「……そう、だな」
その通りかもしれない。
結局、二人は俺を呆れたり責めるような様子は全くなかった。
……あんな醜態を晒したってのに。
「松はこの後白雪姫観るんだろ?」
「ああ」
ゆめりと喧嘩して間もないが、観ない選択肢はない。
だってスルーしたら後が怖い。
純粋に観たいってのもある。
演劇部は引き続き演目があるのでそのままステージ上で準備やら何やらを手早くこなしている頃だろう。大がかりなセットとかは既に設置してあるからだいぶ楽だとは思う。
奴とは部長様の介入から一言も交わさないまま別れたが、時間を見つけて話をしに来るに違いない。
あんなぶつ切りな終わり方をよしとするはずがない。
「ルカと俺も観るつもりだけど、……松は一人で観るか?」
気持ちの整理をする時間が欲しかったのは事実。
俺は佐藤の配慮に内心感謝しつつ苦笑いした。
「いや、一緒で大丈夫」
「そうか。良かった」
「じゃ席取っとくからそれ片付けてきなよ~」
ホントいい奴らだよ。
俺を一人にしてくれるつもりがあるのに、こうして一度様子を見に来てくれた。
何だかんだで岡田の友情レベリングだってちゃんと成功してるよ。
駆け足で荷物を置き、二人と合流して開演を待つ。
おぅふッ、そうだったぜ、こいつらコスプレのままだよ……。佐藤はともかく特に岡田がやべえ。やつの隣、席一個分空けられてた。まあ最終的には満員御礼立ち見ありだったんで、見知らぬおじさんが渋々席を詰めていたが。
人の熱で温い体育館内に陽気な部長様の声が響く。
時間になり静かに暗くなる館内。
パッと点灯するスポットライト。
流れる音楽。
華々しく登場する演劇部員たち。
歌と台詞が振り付けの中に飛び交って、リズムに合わせ鮮やかなドレスが翻る。
無駄口を叩く暇もなく、ひたすらに見つめた。
ステージってあんなキラキラしい場所だったか?
さっきまでは俺もあそこにいたのが半ば信じられなかった。
演劇部のミュージカル劇は圧巻で、終わるや拍手喝采の嵐。
大盛況のうちに幕を下ろした。
カーテンコールでは沢山の拍手が鳴り止まない中、笑顔を振りまく幼馴染みの姿に、俺は言葉もなくただただステージを眺めていた。
「松とルカは見たいとこある?」
「僕まだ松っちゃんの展示観に行ってないから、美術室に行きたいなー」
「そういえば俺もまだだった。じゃあルカの希望に合わせて美術室から見て回るか」
「だね!」
他の客共々ぞろぞろと体育館から歩いて出ながら、どこか放心したような心地の俺へと、佐藤は当然のように声を掛けてくる。
「いいよな? 松まだ時間あるだろ?」
「ん? ああ、花火までは完全自由時間だよ」
花火やその後の電飾を伴った校庭ダンスの間は、人の目がほぼなくなる校内の巡回のため委員は案外忙しい。
まあ巡回と言っても校内を一回りしたら終わりだし、その後はどこかの空き教室で適当にサボッていても大目に見てくれるらしい……とは先輩たちの言だが。
因みに俺の振替受付当番は明日に組み込まれた。
「ルカも俺も当番はもう終わったし、残り時間は色々見て回ろうな」
「それはいいが、先に制服に着替えろよ?」
「このままじゃ駄目か?」
「明日も使うんだろ?」
「ああそうだった」
佐藤は責任感からか二日間調理班の仕事を買って出ていた。
不必要に着用してんのは衛生上よろしくない。
「僕はこのままでい…」
「岡田は絶対に着替えろ」
ステージ上では既に体面を危うくしていた俺だが、やはり変なのと一緒と思われるのは心外だった。
岡田はやや残念そうにしながらも了承した。
二人の着替えも済み、三人で足を運んだ美術室前。
入ろうとしたところで、俺は意外な人物と出くわした。
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