第58話 コスプレ喫茶珍事

 両想いの衣装だって、ゆめりはいつからそのジンクス知ってたんだよ……ってまあ、出演を決めた時点で知ってたんだろうな。


「ジンクスってそういう類のかよ」


 動揺を押し隠す俺が、さもありきたりとばかりに溜息をつけば、女子二人からブーイングが巻き起こった。


「ああもうこれだから花ガッキーは朴念仁なんだよ! いい? 女子にとっては好きな男子と両想いは重要事項なの!」

「そうそう、ジンクスとかおまじないに頼ってでも成就させたいって思う子はたくさんいるよ」

「そ、そういうのって気休めだろ」

「はー……花ガッキーはだからモテないんだね」

「うっさいわ!」

「あ、もしかして緑川さんもジンクス知ってて志願したのかな?」


 久保田さんがしげしげと俺を眺めて呟く。


「……いや、単なる気分だろ」


 すると女子二人は揃って至極残念そうな目を向けてきた。


「花ガッキー、何が引っ掛かってるのか知らないけど、素直にならないと大事なものはすぐにどこかに見えなくなるよ? ……私じゃあ花ガッキーを満足させられないしさ」

「は!?」

「うそ、まこちゃん大胆にも告白?」

「ああ違う違う、見てると友達として心配でね~。友情じゃ恋人は勤まらないし」

「何だあも~びっくりしたあ」


 言い方は非常に紛らわしいが、藤宮は有難くも今も変わらず友情を感じてくれているらしい。


「あはは、でも良かった。思わぬところにライバルかと思っちゃったよお~」

「「えっ」」


 さらりと言われた久保田さんの台詞に俺も藤宮も固まりかけたが、


「あっ、冗談だよ? ごめん外しちゃったみたいだね」


 からからと笑って手を振る久保田さんに揃って力が抜けた。


「はふうー。久保田さんや、俺をあんまりからかわんでくれ。心臓に悪い」


 俺は驚きに早まった胸を押さえつつ、五十は老けた心地で深く嘆息したさ……。


 その後、八時半になり体育館に全校揃っての朝会が終わると、実行委員だけ残って体育館のパイプ椅子のセッティング作業が始まった。これぞ人海戦術。前日に保護シートの敷かれていた部分に皆で手早く椅子を並べ終えると、部長様が段ボールを抱えてきた。


「みんなー! 腕に実行委員の腕章を付けてねー!」


 わかり易くステージ上に置かれたその箱から各各一個ずつ取り、好きな方の腕に通して安全ピンで留める。

 自分一人で腕章を付けるのに四苦八苦していると、見かねたのか他クラスの女子委員と話していた久保田さんが傍に来てやってくれた。


「悪い。サンキュ」

「いいえー、ほほー何か腕章あるだけで様になるね」

「そうか? 久保田さんこそな」

「ふふっありがと」


 彼女は少し笑いの余韻を楽しんでから改めて俺に向き直る。


「学祭、良い思い出になりそうだね。中夜祭も楽しみだし」

「校庭で花火とイルミネーションだっけ?」

「あとダンスもね。松三朗君は誰かと踊るの?」

「いやいやまさか。俺のインドア根性を嘗めないでくれ」

「えーあははそれは自慢げに言うところ? まあでも、誘われたら踊らないと駄目だぞ?」

「そんな酔狂なやついたらなー」

「あはは松三朗君って自己評価低っ」


 軽口を言いながらもわくわくした様子の久保田さんに感化されたのか、俺の気分も上昇する。

 うちには前夜祭や後夜祭がない分、中夜祭ってのがあって、イベントには定番の花火の他に、校庭中央に煌びやかな電飾が出現するらしい。

 昔はキャンプファイヤーよろしく篝火かがりびだったらしいがな。

 毎年ロボット研究部とか科学部とかが中心となって合同で設営するという、クリスマスには一足も二足も早い大掛かりなイルミネーションが今から楽しみだ。

 そして音楽も流れる校庭で、外部者も含め希望者たちが盆踊りみたいに好きに踊るってのが恒例らしかった。

 先輩の話や去年のアップされた動画なんかを見ると、結構盛り上がっていたから今年も同様だろう。

 開場は十時。体育館ステージは十一時から。

 戻ったクラス内はもうすっかり準備が整っていた。

 各班持ち場に散っているから、教室内に待機しているのは給仕班の人間くらいだ。そいつらは見るやつ見るやつが驚きのクオリティでクラス内はずいぶんと面白い光景になっていた。

 ただ、友人岡田の出で立ちには大きな疑問しか浮かばず、見るなり俺は問うていた。


「――なあ、お前のコンセプトって何?」


 他のやつのコスプレは動物の着ぐるみだったり執事やメイドだったり、ゲームキャラやケモ耳、エトセトラ……で一目で何なのかわかる。

 だがどうしても、岡田のコスプレが何なのか判然としなかった。


「え? 松っちゃんわからない!?」

「そんな大いに驚愕されてもわからんものはわからん」


 上下赤と白の服着てサンタの格好かと思いきや、ドングリや松ぼっくりとかで作った土着の民族っぽい首飾りしてるし、頭には左右に夏祭りのお面付けてるし。

 しかもさ、おかめとひょっとこ。……ひょっとこ!

 ひょっとこ様じゃあ~っと俺の中のひょっとこたみがざわついた。

 岡田の衣装は岡田自身に任せていた女子連中が「無理にでも王子とか石油王のコスしてもらえば良かった~」と悔やんでいたが、後の祭りだ。


「何か季節のごった煮みたいだな」

「何だわかってるじゃん! これ春夏秋冬コスなんだよ」

「…………なるほど。全部の季節を一度に表現したってわけか」

「そうそう!」

「だが岡田、春を連想させるアイテムがないぞ。せめて造花の桜の枝とか持てば?」

「ああそれなら大丈夫だよ。僕はいつでも春らしいから」

「へえ……」


 わかるようでよくわからない台詞に悩みそうになっていると、岡田は嬉しそうに言った。


「実はカノジョの考案なんだよ、これ!」

「へえ……」


 他校のカノジョとやらは随分とこすい手を。

 確かにこのダサさじゃイケメン力が半減だった。

 そのうち、外からパンパンパンと昼花火の音が聞こえてきた。

 開場の合図だ。

 程なく校内は学内学外生徒やその保護者、知り合いたちで溢れかえった。

 うちの店はまだ開店間もないが客足も上々。


「手の空いてるやつ誰でも良いから、フルーツの盛り付け手伝ってくれ!」


 と、調理班を率いる佐藤が駆け込んできた。

 コスプレ班じゃなかったはずだが、白いコックコートを着ている。

 自前の調理服とは気合い入ってんな。

 料理漫画の主人公の友人で出て来そうな爽やかシェフな見た目に、女性客や女子たちが色めき立った。岡田のコスにがっかりしていただけに、女子一同の感動は大きかった。

 そうなんだよな。佐藤は好男子なんだよ。でも彼女が出来ない。夏祭りの合コンでも結局出来なかったみたいだし、不思議だ。


「なあ誰か手え空いてないか?」


 とは言えもう客も入っているし、調理で衣装が汚れるのは避けたい給仕班の連中は顔を見合わせている。


「俺で良ければ」

「おうっいたのかしょう! 助かる。――俺と来てくれ!」


 制服姿の俺が申し出れば、佐藤は無意味に白い歯を見せて顔を綻ばせるや、余程急いでいるのか俺の手を取って走り出す。


 ――あたかも、結婚式で花嫁を連れ去る元恋人のように。


 爽やかに俺たちが去った後、しばし教室内は静まり返っていたらしい。


「え、ちょ、んな強く引っ張んなって」

「急いでるんだよ。我慢しろって」


 余程気が急いているらしく、しっかり手繋ぎで走った。

 ハハハ、廊下の皆の視線が何やらおかしい気がしたなあ~……。

 その意味に気付いたのは、家庭科室から戻り教室裏方で給仕班の手伝いをしていた時だ。


「ねえねえ花ガッキー、うちのクラスでコックのBLも見れるらしいってホント?」

「は……い?」


 宣伝用のビラを補充しにきた藤宮からそんな質問をされて見事に凍りついた俺だった。藤宮は俺の反応に何かを察したのか実に憐れそうな目をしたが結局何も言わなかった。

 まあ、高校初めての学祭はとりあえず順調だ……と思うよう努めるよ。

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