第55話 学祭へと向かう道3

 クラスの出し物はコスプレ喫茶。

 結果報告で荒れるかと思いきや、クラスの皆は予想以上にすんなり受け入れてくれた。よくよく考えてみれば元々メイド・執事喫茶希望だったし、コスプレの中にそれらを入れれば問題ないんだよな。

 そういうわけで給仕、調理など当日の諸々の役割を決め動き出した我がクラス。

 俺は他の何人かと共に喫茶店の看板製作を任され、何故か岡田やその他から猫耳たんをリクエストされた。

 猫耳たんは岡田の布教活動の賜かクラスの男子に浸透している。女子達が物凄く白い目で見てきたが、提供メニューの部分で女子の希望をほとんど取り入れる形で譲歩を引き出したようだった。

 校内も着々と準備が進んでいる。

 それは部活の方も例外じゃなく、皆の進捗しんちょくは順調だ。


「みんなちょっといいー?」


 美術室に大半が集っていた俺たち部員に向けて、我らが美人部長様は声を張り上げた。

 言っておくと部長様も学祭実行委員の一人だ。

 最初委員会で見かけた時は俺みたいに不本意でやらされた口かと思ったが、


『自ら手を挙げたのよ。最後だし、どうせなら思い出に残るように盛り上げたいと思ってね』


 と、意外にも立候補組だった。

 黒板のある美術教室前方に陣取った部長様。その神々しさに俺も含めた男女を問わない部員たちの大半が刮目かつもくした。


「今年の学祭は、展示以外にも体育館のステージで催しをしようと思うんだけれど、どうかしら?」

「え、部長? 体育館で作品の発表会でもするつもりですか?」


 驚きと困惑を滲ませおずおずと女子部員の一人が訊ねる。


「まあ似たようなものね。全員と言うわけじゃなく、希望者でって考えてるんだけど」


 その答えよう……。

 つまりは何がしかのビジョンがもう彼女の中にはあるんだろう。シュシュで纏め肩に垂らしたサイドテールをサッと払うと、教卓に身を乗り出し、彫刻制作時のような生き生きとした表情で考えを披露する。


「観客の前で――ライブペインティングをしようと思うのよ」


「「「「ライブペインティング!?」」」」


 驚く部員たちの声が見事にはもった。


「正式にはライブペインティングパフォーマンスと言うらしいのだけれど、その場で即興的に絵を描いていく進行形の芸術よ。時間制限があったり、音楽に合わせたり照明を使ったりもするから盛り上がること間違いなしね」


 俺もそれは知っている。イベント事として開催されるのがほとんどじゃないだろうか。


「二、三年生は去年書道部が特大の紙と筆でパフォしてたのを覚えてる? だから今年はうちでも何か大々的にやりたいって思ってね。ペンキでもスプレーでも画材は何でも構わないわ。……墨以外は」


 墨んとこだけ超低音。

 インスタ映えとかフォトジェニックさを重視するなら黒一色よかカラーの方が見た目にはいいだろうし、墨だと書道部との差異が曖昧なもんに感じるからだろう。水墨画は水墨画で味があるが、適材適所だ。

 それとも部長様は書道部と何かあったんだろうか……詮索はしない。


「私は委員の仕事があって出演者にはなれないから皆に任せることになるわ。この場ですぐに結論を出せとは言わないけれど皆考えてみて。また後日改めて意見を聞くから。――以上よ、手を止めさせて悪かったわね」


 黙り込んだ部員たちに気付いて部長様は苦笑を浮かべると、自分の彫刻用の作業場所に戻っていく。

 うーん、面白そうな企画だとは思うが俺は部長様同様当日委員の仕事があるから無理だ……というかなくてもそんな目立つものに出る気はない。そもそも人前で絵を描く度胸のあるやつがここに何人いるのやらって話だろ。皆自分のペースで黙々と描きたいってのがほとんどだろうからな。


「あ、忘れてたけど、ステージ決まれば吹部と演劇部との共演もあり得るわ。各部の部長とは水面下で話し合ってて、それぞれの部でも話合いしてくれてると思う。……上手くいけば三つの部合同で打ち上げとかもする予定よ」


 一瞬の沈黙。

 確かに、今、美術室には一筋の稲妻が駆け抜けた。精神的衝撃に室内がざわつき始める。

 何故なら、吹奏楽部にも演劇部にも美男美女が多い!!

 得に演劇部には現在は勿論、将来的に芸能活動も視野に入れてるっつー面子が男女共に揃ってて、生徒たちからの注目度も高い。合同打ち上げとはそんな彼らと無条件でお近づきになれる場だ。何人かの目の色が変わっていた。


「部長! オレやります!」

「ワタシもやります!」


 効果覿面てきめん。早速と数人が手を挙げる。


「あらそう? それじゃうちの部は大丈夫って言っておくわね!」


 嬉しそうに両口角を持ち上げ振り返った部長様。……ありゃ確信犯の笑みだ。

 ほぼほぼライブペインティングは決まりだ。

 何と言う根回し。絶妙なタイミングでの餌まき。俺は底知れない彼女の手腕に慄きすら抱いた。だが、ペインティング中音楽を演奏してくれるだろう吹奏楽部はともかく、演劇部と合同でってのがピンと来ない。

 描いてる間に寸劇でもするとか?

 そんな疑問は抱いたものの、どうせ俺は出ないしと大して気にしなかった。


 そして数日後、案の定ライブペインティングは正式に体育館ステージのタイムテーブルに組み込まれる運びとなった。





「へえ、演劇部から即興でお題を出す?」

「そうみたいよ。美術部の次が演劇部の舞台だから、その繋がりで劇の宣伝って言うか前座的なことをするみたい」

「なるほど」


 合同ステージは当然ゆめりも知る所となっている。

 今夜も俺の部屋で、人間なのに大根と化している俺が練習に付き合っていると、世間話からそんな話題になった。

 今は部屋のテーブルに向かい合って、ついさっき母さんが運んできたお茶をすすって休憩中。ハッキリ言ってもう温かったから、また廊下で聞いてたに違いない。


「あんたの部がメインだし、委員の仕事の手が空いてたら見に来たらいいわよ。ああでも、演劇部のは絶対に見に来なさいよね」

「……後者は強制なんだな」

「当然じゃない。こうやって練習に付き合ってもらってる成果をとくと見せてあげるわ」


 自信があるのか奴は楽しそうにしている。良い傾向だ。

 もし俺だったら知り合いに見られるなんて恥ずかし過ぎて、逆に見に来んなって言うだろう。こいつはそこら辺からして天性の根性というか物怖じしない気質の持ち主というか。……いや、神経が人の五倍あるだけかもしれないがな。


「へいへい、それじゃ楽しみにさせてもらいますよ」

「うん!」


 ……予想外に素直な笑みが、可愛かった。

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