第54話 学祭へと向かう道2

「あんた学祭実行委員になったんでしょ?」


 実行委員会を終え、更に部活を終えた学校帰り。

 チャリの後ろの定位置でジャイアンさんはそんな事を訊いて来た。


「耳が早いな」

「佐藤君から聞いたの。……わざわざ推薦されたんだってね。久保田さんて子とはや~っぱり仲良いみたいよね」


 や~っぱりって何だや~っぱりって。何か引っ掛かる言い方だな。佐藤め、ぐーすか寝てたくせに詳細までよく知ってんな。まさか寝ていても耳だけはしっかり動かす野生動物みたいな特技でも持ってんのか? まあどーせ岡田辺りから聞いたんだろうがな。


「別に普通だって。単に俺に頼み易かっただけだろ。スナック菓子くれるとか子供扱いされたし」

「ふうん……そうなの」


 はあ良かった声のトーンが高くなった。


「それで、どうだった委員会?」

「別に何も。プリント渡されて後は簡単に説明とかされたな。あ、各クラス出し物とか模擬店希望三つまで決めろだって。そんなんしなくていいならいいんだがな。部の方に力入れたいし」

「ああ、展示あるものね。ねえ、展示って……」


 後ろから腰に回される腕に少し力が込められる。ハイ勿論ピンク思考になるもんは当たってます。気まずくないのか? いつも通りにしてたって、俺は振ったし当たってるしで思い切り気まずいってのに。

 変な意味で息が上がりそうだぜ全く。

 でもそれを表に出したら多分道端に打ち棄てられる。だから今だけは、胸むにっ……いやいや無にっなる!


「――サイズは?」


 そこを突っ込んで訊けない弱虫な俺はペダルから足が外れそうになった。


「は!? え? C? Dか……? 俺にわかるかよ!」

「……ええと何の話?」

「お前のブラの――いででででで!」


 はいお腹のお肉をぎゅむう~っとゆめり万力でねじられましたよ。

 くそっ、休み明けだし普段から別に鍛えてるわけじゃないから無駄肉がたんまり。


「サイズって絵のサイズって意味よ。どうしてブラの話になるわけ?」

「ハハハハ! 展示のやつは四十号……って大体一〇〇×七〇センチくらいな。二枚描く予定で一枚は夏休み前から描いてたからほとんど終わってる」


 笑ってもどうせ誤魔化し切れない俺はさっさと話題を変えた。

 頼むっ、この場は見逃してくれ!


「へえ、順調みたいね。……風景画?」

「まあな!」

「そうよね……」


 ん? 見逃してもらえたのは良かったが、心なし奴の声に張りが無くなった気が……。


「それこそそっちは練習どうなんだ? あと実質ひと月もねえし、台詞も大方覚えたろ?」


 すると奴はしばし無言になってからのたまった。


「夜、練習付き合ってもらうから」

「唐突! そしてまあ俺の都合は考慮しないよな」

「え、何よ駄目なの?」

「いででででっもうたるみチェックは間に合ってますから! っつかお前それが人に物を頼む態度かよ!」

「それもそうよね」


 おっ? 珍しく殊勝なお返事。


「よろしくお願いするわ、松君」


 懐かしくも不意打ちの、マイ天使エンジェル時代を彷彿とさせる呼び方に、俺の心臓がどきりと跳ねた。

 どういう風の吹き回しだよ。からかっただけか? まあ結局初めからこいつの頼み(=命令)なんて断れない。は~あ仕方ない、付き合ってやるか。





 夕食後、約束通りゆめりは俺の部屋で演技の練習に勤しんでいた。

 ついさっきまで知らなかったが、演劇はどうやらミュージカル仕立てらしかった。

 しかも奴は、俺のベッドの上で仰向けに寝ながら奇妙な台詞を吐いてきた。


「今日のあたしの唇は色付きリップ仕様だから」

「は? んな台詞台本の何処にもねえぞ?」

「台本じゃないわよ。事前に言っとこうと思って。ムラムラ来て演技にかこつけてキスしようものなら、あんたにも色付くわよ」

「それはお気遣いどうもッ!」


 そんな真似しようものならまたタイミングよく母さんが来る。(確信)

 いやむしろもう部屋の外にスタンバッてたりしてな、ははは…………笑えねえ。

 現在練習している場面ってのはもう言わずもがな。あの有名シーンだ。

 白雪姫の山場って言ったらそこだよな。

 ミュージカルっぽく歌って踊ってガラスの棺と見立てた俺のベッドに倒れ込んでの一幕ってわけだった。


「ねえ、ところでさっきからずーっと台本進まないけど」


 ベッド上の俺様白雪が、とうとう業を煮やして睨んできた。

 かれこれ俺は十分程、棺のシーンの王子役をさせられている。

 他の場面もあるのにここが一番重要だとかで。


「す、進まないのは台詞読みなんて慣れないし、お前が話脱線すっからだろ」


 ベッド脇の木偶の坊たる俺が下手な抗議をすると、奴は身を起こしてベッドの端に腰かけた。


「だってあんたが気付かず服とかに色付けたらまずいと思って。おばさまが洗濯するとき困るじゃない」

「何だそれどういう意味だよ?」

「だって少なくともあたしがここで寝てたら色々と劣情も湧くでしょ? うっかり抱き締めてリップ付けたら悪いじゃない」

「鬼かっ!」


 ホント何言ってんだこいつはあああ!


「お前もっと年頃男子の気持ちを考えろ」

「あんたこそ人の気持ち酌んでよね」


 奴は不満げな半眼を俺に向けてくる。

 物言わぬ黒猫にじっとりと睨まれてる気分だよ。


「な、何だよ……?」

「ホントあんたって、聖人とかピュアピュア少女漫画の男かってくらいに清々しいわよね」

「清々しい? ……それはディスってんだよな?」

「半々」

「何だよ半々って」

「もっとこう欲望に忠実に貪欲生きたら……ってまあいいわ、続きやるわよ。はいちゃんと膝着いて。浅く屈み込むだけでいいから」

「……ったく、わかったよ」


 それなら出来なくもなさそうだ。

 告白を断っておいて、実は俺ってば以前よりこいつを意識している。


「えーと、お、おおう美しい人よー」


 眠る白雪。

 目を閉じる幼馴染みのお姫様。

 下手な台詞を口にやや屈み込む俺。意識すれば余計に頬が熱を持つ。否が応でも思い出す、夏祭りの夜のキスを。

 本当はこいつを見る度に思い出すから、頑張って思考を散らしてるってのに、人の気も知らないで。

 足が滑ったのを装ってマジでキスしてやったらどんな顔をするか……なんて少し意地悪でよこしまな思考が過ぎったなんて口が裂けても言えない。そんなの最低の極みだ。考えた時点でまあ最低だがな!

 つかさあ、本当に綺麗な顔してるよなこいつって。


 目をやや伏せた俺は引き寄せられるように頭を下げて、


「ゆめり……」


 屈んだまま、二人だけの内緒話をするように囁いた。

 俺の不自然な気配にいぶかり、そろりと片目を開けて応じた奴は、俺の距離の近さに明らかにギョッとした。


「えっ!? な、なによ!?」

「騒ぐなって……――か、母さんの気配を感じる。ドアのすぐそこに……っ」

「え……」


 じっと息を殺すようにして俺の部屋の物音を窺う、薄いドアの外の存在感。きっと手にはカムフラージュに湯呑みの載った盆を持っているに違いない。ホントやめてくれと言いたい……。

 聞かれないよう声を落としている俺の気まずい緊張を理解して、奴はやれやれと嘆息した。


「このシーンはやめて別のシーンにしましょ」

「助かる……」


 その夜、俺は台本片手に慣れない言い回しを口に、てんで様にならない王子役を演じた。ああそうそう、いつしか気配は消えてたよ。





 早速次の日、俺と久保田さんとで担任からクラスの話し合いの時間を設けてもらった。

 昨日は葬式かっつーくらいに誰も口を開かなかったくせに、今日はかなり早い段階で話し合いは済んだ。皆責任者は嫌だが、気楽な下っ端として尽力するのはいいってわけか。協調性は評価に値するが、国際競争の場ではある程度主張しないと駄目だぞ! ともあれ、以下の通りだ。


 第一希望:男女逆転メイド・執事喫茶

 ――何でだよ!! 女装は嫌だ!!

 ……だが女子の意見は強かった。


 第二希望:お化け屋敷

 ――これは普通によくある。だが本格的に凝りたいとか何とか。

 ……面倒だな。


 第三希望:焼きそばの模擬店

 ――これはがっつり食べたい男子からの同意見が多かった。

 ……わかってんのかね、それ食えるのは俺たちじゃなく客だって。


 そして、俺と久保田さんはその結果を持って第二回委員会に出席。

 各学年各クラスの希望とすり合わせ、厳正なるくじ引きまでを行い、それでも時に議長席に詰め寄り激しく揉み合い揉めるなどの紆余曲折はあったりなかったりしたが、いやあるわきゃなかったが、結果的にうちのクラスは何と――希望になかった「コスプレ喫茶」になった。


 何 で だ よ !

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