第53話 学祭へと向かう道1

 我が高校には「学祭実行委員」なる面倒な役職がある。


 まあ学祭でなく学園祭だったり文化祭だったりと名称の差違はあれ大抵の学校にはあると思うが、うちの学校の場合それを夏休み明けに決めるらしかった。

 実力テスト翌日の最終授業であるLHRの時間、前日行ったテストの答案返却に打ちひしがれる俺としては、正直学祭実行委員なんてどうでも良かった。


「誰かやりたい人いませんか?」


 授業のなかったクラスの採点でも残っているのか、教室を出て行った数学担当の担任から司会役を任された男女学級委員のうちの女子の方が、教卓脇で困った顔をしている。昨日の朝話した荒川さんだ。

 他の委員との重複も構わないからクラス全員が候補対象。だが誰一人として、手を挙げない。し~んとする教室内。早速本日の放課後に初の実行委員会があるらしく、面倒だしやりたくないんだろう。

 廊下から他のクラスの雑音が聞こえ始めてるのは、そっちはもう委員決めが終わって自習時間にでもなったからか。長々とした気まずく重い沈黙だけが続き、恨みっこなしで公平にくじ引きにするとか何とかちらほら意見が出始めたそんな頃、ようやく一人の女子が手を挙げた。


「あのー委員長、他薦はありなの?」


 委員長ことボーっと突っ立てるとイワナに似た顔の男子生徒は、眼鏡を押し上げ腕組みしたまま「ああ、誰かいるなら」と頷いた。


 ――他薦。


 つまりは自分が指名される可能性がある。クラス内の空気が俄かに緊張を帯び始める中、発言者――久保田さんは姿勢を改めると感心にも「女子は私がやるね」と言った。女子の面々は心なしホッとしたようだ。


「それで、男子は――松三朗君が良いと思います」


 クラスが意外感丸出しでざわつく。

 うわー松三朗君か、誰だっけーその気の毒なやつー。松三朗しょうざぶろうショーザブロー…………って俺だよッッ!!

 クラスに一人しかこの古風なお名前はいないから間違いようがない。

 ちょっ久保田さんんんんん? 何してくれてんのおおおお!?

 メンチを切る不良じゃなく人喰いドラゴンへ差し出される乙女の気持ちで、俺は愕然として久保田さんを見やった。彼女はそんな乙女な俺の視線を受け取っても、伝説の勇者のように堂々として表情を変えない。しかも俺にはもれなくクラスの男達からの羨望と嫉妬の集中砲火。

 お、俺をそんな目で見るな……っ! 喜んで譲る!

 実際、久保田さんと一緒ならやってもいいってやつは何人もいるに違いない。

 一部例外の岡田はキョトンとして他人事のような顔。佐藤は……めっちゃ寝てる。確かにこの時間は絶好のお昼寝チャーンス。

 で、女子たちの方は不可解そうに久保田さんを見ている。え、何で花垣なのって目が言ってるよ。だよなっ! だが複雑な心境だ。


「いや、俺美術部の方の準備もあるし誰か他の奴にでも…」

「松三朗君そこを何とか! 委員会一緒に出てくれるだけでいいから!」

「いやでもー……」

「大人買いした戦国武将チップスのチップスの方全部あげるから!」


 やはり武将カードの方は譲れないらしい。


「委員の面倒事は私が全部引き受けるから、お願い一緒にやろうよ!」 


 両手を合わせる女子からそこまで言われるときっぱりは断れない。

 周囲の目もお前がやれよ的なものになってるし。えーどうするよ俺……?

 握った掌がじっとりと汗をかいてくる。俺は可もなく不可もない学生生活送りたいんだ。その時、隣からちょいちょいと指先で二の腕をつつかれた。


「花ガッキー、いいじゃんやっちゃえば?」


 ――――ブルータス、お前もかっ……とか叫んだカエサルの気持ちは知らんが、俺は「藤宮、お前もかっ」と、そう叫びたい。


 表立って悪態をつくわけにもいかず、俺はただただ埴輪はにわのような空虚な目で隣席の裏切り者を見つめた。何か言ったハニャ?

 埴輪はにわでも土偶どぐうでもなく石膏せっこう像のように自分の席で固まる俺は、俺は――――……


「……わ、かった……ハニャ」


 衆人環視の圧力に屈した。

 隣で藤宮が「ハニャて?」と怪訝けげんな顔をしたが、気にしない。


「よかったあー」


 久保田さんが嬉しそうにした。比例して男子たちの眼光が鋭くなる。っつか何で彼女いるやつらまでそんな目で? 理不尽!

 その時ちょうど終業のチャイムが鳴って、佐藤が「んあ?」と間抜けな寝惚け顔を上げた。


「予告なくご指名しちゃってごめんね?」


 放課後、クラスのやつらが散り散りに出て行く教室で俺の所に寄って来た久保田さんは、困り顔で今度は謝罪の合掌ポーズ。……当然「錬金術」は出ない。


「まあどうせ誰かはやらなきゃなんなかったし、いいよ」


 それでもまだ不承不承感を滲ませていると、隣から藤宮が口を挟んだ。


「まあ頑張んなよ~花ガッキー。うちも手伝うからさ」


 新聞部に行く所なのか鞄片手に流し目を寄越す。

 そういう仕種一つでも相変わらずセクシーだなこいつは。


「まあ、引き受けたからにはやるから心配すんな。手が足りない時は、頼む」

「おっまかせ~」

「――ありがとう藤宮さん! 心強いよ」


 と、実は昨日から藤宮に話しかけたそうにしていた久保田さんが、この機を逃すかと眼鏡っ娘ヤンキー改め虚弱眼鏡っ娘の手を握った。

 突然の接触と好意的な態度に藤宮は戸惑いを見せる。


「や、ああうん、何かあれば言ってくれれば……」

「わかった相談するね。その時は宜しくお願いします」


 手を離し今度は深々と両手を前にお辞儀する久保田さん。

 ボブカットがさらりと揺れた。


「水泳大会の画像の件、藤宮さんも色々ありがとう」

「え……?」


 久保田さんからの誠意を込めての言葉に、藤宮は俺を見る。


「隠すこたないと思って、話しといた」

「友達も感謝してたよ。今度その子たちも連れてくるから」

「前の事だし、いいよもう~」

「駄目駄目、きっと皆納得しないもん。それに私ももっと藤宮さんと話してみたいし。ふふっ同じまこ繋がりだしね?」

「まこって……ああそう言えばそうだよね。久保田さんって真琴まことだっけ」

「私の名前知っててくれたの!?」

「うん? そりゃあクラスメイトだし」


 久保田さんは目を輝かせると藤宮に抱き付いた。


「やった! 何か嬉しいよー藤宮さ~ん!」

「え? えっ? 何?」


 さすが腐っても新聞部というか、実は俺も意外だったりする。やっぱ顔と名前一致する程度にはクラスの皆をちゃんと見てたんだな。


 藤宮まこ、久保田真琴。


 イチャこく「まこコンビ」の横で、俺は何だか微笑ましい気持ちになった。

 決して「百合っ娘フゥ~ッ」とか思っていたわけじゃな……くもない。


「ねえ藤宮さん、まっちゃんって呼んでいい?」

「――それは何かやめてくれ!」


 何となく、俺は即座にストップをかけた。


 放課後の実行委員会は委員の仕事のざっくりとした説明と、クラスごとの出し物を第三希望まで決めて来るように言われて終了。

 生徒会の方で夏休み前から予算なり規模なり色々と学校側と話し合いをしていてくれたおかげか、配られたプリントには日程や順を追った手続きや役割がきちんと記されていて、初委員の仕事を理解する上で色々と親切だった。

 ま、とりあえず家で一通りこの内容を読み込むかな。

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