第52話 知られていた善行
夏休み明けのクラスは、異世界だった。
「何だ、ここ……」
始業式、俺は自分が所属する一組の教室の扉をスライドさせた瞬間にそう呟いていた。
休み前の様子が目に馴染んでた分どんなファンタジー世界も霞んだ。
カップル多いなっ!
カノジョを作り損ねたゾンビ連中は机に突っ伏し、光のない双眸をイチャイチャしているやつらに向けている。俺はそのお仲間だったが、答えによってはカノジョが出来ていたってのは全然自慢にもなりゃしない。
その相手のゆめりは今朝、何といつもと変わらない顔でチャリの後ろに乗ってきた。花火大会からこっちはほとんど顔を合わせてなかったから、正直別々かもしれないと思ってたんだが、結局は元の通りだった。
……いや待てよ、元通りじゃなかった。
奴はぬわあああんッと俺の腰に手を回して来なすった。おっとこいつぁ~幻の感触再び!でやばかった。いやいやだって登り坂ですからね、少しは朝方涼しくなったとは言え残暑が今日もよろしく~と手を振る中のチャリ漕ぎでただでさえクソ辛いのに、ひっ付かれたらちょっと半端ない。正直死ぬかもって汗と熱とドキドキで溶けかけバターみたいになってた。人面バターがチャリ漕いでたせいかすれ違う通行人達の視線が集まったっけ。
まあとにかく、魔境だろうと異郷だろうとここが俺のクラスには違いないので「ふぅ」と溜息をつきつき足を踏み入れる。
「あ! 松三朗君おはよう! お久しぶり!」
久保田さんが俺に気づくとまるで待っていたかのようにパッと顔を輝かせた。
「お、おはよう……?」
俺はややたじろいで足を止める。
何故か、久保田さんだけじゃなく他の女子三人も一緒に俺の所に来たからだ。
しかもうち二人は名前も知らない別クラスの生徒だった。
「花垣君おはよう」
「おはよう花垣君、話聞いたよホント助かった」
「そうそうありがとう!」
「お、おはようございます……って話?」
久保田さんが何故か内緒話をするように声を落とした。
「夏休み不良と喧嘩してまで水着写真消したんだってね。あ、因みに彼女たちは水泳大会に出てた子たちなの」
紹介された女子たちは口々に再度謝意を表した。
内容が内容だからか小声で。
咄嗟の事に俺は「おう」とか「いや」しか言葉が出ない。
久保田さんは更に近付いて俺の顔を、正確にはおでこやこめかみら辺を凝視。おおう、俺汗臭いからあんま寄って欲しくないんだが、仄かに香るいい匂いが体面なんて捨ててしまえと囁く。いやーハハハ、男はつらいぜ!
「頭に怪我もしたんだってね。どこらへん? もう大丈夫なの?」
「平気だけど、何で知ってんの?」
知ってるのは限られてるはずなんだがな。
「藤宮さんが水泳部の子に注意喚起してたから、たまたまそれ聞いて理由を聞いたら、大っぴらにはできないけどって、教えてくれたの」
藤宮ああああああああーッ! お前は何でそうなんだああああああーッ! あの女先生に知られたら俺の努力が水の泡だろ! 何のために苦悩の中コンサルタント花垣を演じたと思ってる! え? 成り行き? 否定はしない!! 大体秘密守れない情報屋って信用ガタ落ちだろ。
責める目で藤宮の席を見たが、リーク屋はまだいなかった。
サボ……いや体調優れなくて休みか?
「あのさ、最初に知って不良のデータ消そうとしてたのはその藤宮本人なんだが」
「え? そうなの?」
久保田さんを初めとして他の女子たちも驚いた。やっぱ言ってなかったのかあいつ。ほんと影から市民を護るヒーローだな。口は軽いけどっ!
「俺はたまたま通り掛かっただけだし、感謝するなら俺じゃなく藤宮にしてくれ」
「そうだったんだ。うん、後で藤宮さんにもお礼言うね。でも今日来るのかな藤宮さん。始業式面倒だからサボりとか?」
久保田さんの横のショートカット女子、同じクラスの
「いやあのさ、あいつ不良じゃねえよ。体弱い系らしい。俺も最近知ったんだが」
荒川さんのみならず久保田さんも目を丸くした。
「何だてっきりヤンキーなのかなと……」
「話すと面白いぞあいつ。見た目に反してボケ担当だからな。気軽に声かけてみたらいい」
大きなお世話かもしれないが、俺は常々思っていた事を告げて自分の席に向かおうとして、
「――あひいっ!? ひひゃあああああ!」
奇声を上げた。
「し、松三朗君!?」
「え、花垣君!?」
突如として冷たく硬い何かが俺の背中を襲ったからだ。
なっ何だ!? 一体俺の背中に何が起きてる!?
久保田さんたちのみならず教室の他のやつらもちょっと引いてるが、同じ目に遭ってみろ絶対こうなる。
「――それ、熱中症なると困るからちゃんと飲んどいてよ」
「は!?」
醜態を晒した俺が即座に振り返れば、ゆめりがいる。背中の物体を示してジト目のまま見上げて来る。いつの間に。そして何故に?
まあつまり、首元からシャツん中に何かを入れられたってわけだった。
予鈴が鳴った。
「いい? ちゃんと水分補給しなさいよ? じゃ、それだけ」
念押しし、ゆめりは
何だか随分と不機嫌で、俺はやや仰け反ったような変な姿勢のまま見送ってしまった。だって冷てえよ!
背中から出したひんやり物体は予想通り缶ジュースで、しかもちゃんと一〇〇%。
俺は無言で鮮やかな林檎のパッケージを眺める。少し息を切らしてたな。鞄置いてすぐ自販機まで買いに走った……とか?。
「……礼、言いそびれたじゃねえかよ」
置き逃げもいいとこだ。
「緑川さんと相変わらず仲良いね」
久保田さんがにこっとして俺と手元のジュースを見た。
「まあ、幼馴染みだしな」
「ふうん」
相槌のような返事をしつつも、どこかその顔は納得していない色を滲ませている。
「藤宮さんもだけど、やっぱり松三朗君も凄いよ」
「え?」
「写真の件。普通その場で不良に立ち向かうのって難しいと思う。カッコイイね」
「いやいやそんな大袈裟な……」
「ううん、カッコイイよ。わかる人にはわかるよ」
じっと俺を見つめる彼女の目が俺の無用な謙遜を封じた。
「……ど、どうも」
「ふふっさてと、そろそろ本鈴鳴るよね」
そう言えば教室の入り口で立ち話だったよ。無邪気に微笑む久保田さんの促しで俺たちは解散し自席へと向かう。
隣席の藤宮は担任が連絡事項を板書している最中に来た。担任は事情を承知なのか藤宮の顔を見るとごく普通に席に促した。
「花ガッキーはよ~」
「おはよう。ってお前……」
「ん?」
「いや……」
文句を言ってやろうかと思ったが、少し考えてやめにした。
ジュースは何となく飲むのを勿体なく思ったが、始業式前に有難~く一気飲みした。
因みに、始業式後実施された実力テストはヤバかった。夏休みの課題を奴のおかげで早々に終えていた俺は、その後は主に部活に励み勉学を顧みる事もなかったため、さっぱりだったのです。
まあテストも済んで、これから学校は九月末に予定されている学祭に向けて益々忙しくなっていくはずだ。
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