第51話 朝食ファンタジー

 もしも、決して生き物だけは描かない絶対の巨匠なんていたら、どこかミステリアスで興味をそそられる。

 だが本当にいたとして、それはきっと苦悩の日々だろうと俺は思う。

 俺にもキャンバスに切り取りたい誰かの一瞬ってのはある。

 絵描きなら誰しもそういう衝動ってのはあるはずだ。

 まあ、俺は描かないけどな。





 花火大会翌日。

 まだ夏休み中なのでゆっくりした時間の俺の朝食は何とシェフお手製だった。

 父さんが出勤し一人食後のお茶を飲み寛いでいた母さんによって目の前に置かれたプレートの上は、キラキラした輝きさえ見える「宝石箱や~」な出来栄えだった。

 茹でて潰したジャガイモを多めの油で揚げ焼きしたハッシュブラウンっつかハッシュドポテトに、上でそれぞれチーズとバターがとろけてるトースト二枚と適度に焦げ目の付いたウインナー。育ち盛りの俺のために肉系はもう一つ、ベーコンカリカリ。スクランブルエッグじゃなく目玉焼きなのは日本的かもしれない。焼いたマッシュルームに同じく火を通したトマト。バターが香るベイクドビーンズ。そしてミルク。

 まさに優雅なイングリッシュ・ブレックファストを思わせるメニューだった。つーかほぼそれだな。味もとても「まいう~」だった。

 何だこれは? 俺はいつから松三朗坊ちゃまに? じいやは? ばあやはどこに?

 予想はしてたがゆめりの姿はない。

 だってさすがに昨日の今日で振られた相手の家に来ないだろ。


「母さん何かいい事でもあったのか? 朝から張り切ってこんな豪勢にして。いつもは作ってもトーストと目玉焼きとウインナーくらいなのに」

「何冗談言ってるのよ。これはゆめりちゃんが作ったに決まってるじゃない」

「え……?」

「何かぼーっとして心ここにあらず~な感じだったけど。部活あるからって作って早々に学校に行っちゃったわよ。あんたも休みだからってのんびりしてないでもう少し早く起きなさいよ? もうすぐ学校だって始まるんだし」

「…………」


 咀嚼そしゃくする朝食は極上なはずなのに、消し炭よりも不味い物を食べている気分だった。

 昨日の今日で俺のために朝食を作ってくれるなんて正直思わなかった。

 それよりも、俺は愕然とした。

 注意力散漫な時の方が料理できるって何!? 酔拳すいけんとかトランス状態とかそういう意識が尋常でない時の方が力を発揮できるタイプなのかあいつは? 巫女属性なのか?


「ゆめりちゃん部活忙しいみたいね」

「あー本格的に学祭に向けて練習強化してきたんだな。時間ある時にみっちりやっとくって感じか」

「寂しいわね松三朗~?」

「そのにやにや笑いやめろって。別にこっちだって部活だし、いつも一緒にいるわけじゃねえから寂しいとかねえし」

「ふうーん?」


 何だよ、母さんやけにしつこくしてくるな。


「ふあーあおはよー」


 珍しく家にいた姉貴が眠そうにリビングに入ってきた。咽でも渇いてたのかキッチンに入って冷蔵庫から豆乳を取り出す。

 因みに俺は豆乳より牛乳だな。

 そういや運動部だし骨を丈夫にって意味合いもあって佐藤もよく牛乳系の飲み物を飲む。

 ただ、あいつの場合……、


 ――だってさ、乳が入ってるだろ。

 ――ああ、まんま牛のなー。

 ――いや、字が。


 乳って字が入ってるから好きだとか、文字にまでわけわからんこだわりを持ってる。さすが中学時代、伝説の裸婦画を生み出しだ男だ。ああ佐藤……その節は姉貴がすまなかった。


「ねえ何その朝ごはん。しょうが優雅に洋食とかウケる。日本人だしご飯に納豆か梅干しでいいじゃん」


 過去の男なんてすっかり完全にどうでも良いと思っているに違いない姉貴は、俺の朝食に目を丸くしてからわざわざ失笑。お願いふりかけも候補に入れて!


「ママ今更教育方針変えたって無駄だよ無駄! この子に紳士は無理だって!」

「くっ……んなもん俺だってわかってらあ! カエルの子はカエルだろ」


 それとも俺の人生のスピンオフ「今から紳士は育ちません!」の開幕か?


 主演:花垣美佐子 ←母さん(お忘れの方のために)

 息子:俺


 紳士たれと子育てに奮闘する母親とその無能な息子の無情の日々を描く問題作!

 近日公開!!

 ――しねえよッ!!!!


「あら小梅まで同じ事言って。これ作ったのゆめりちゃんよ」

「えっ!? うっそ黒くない~!!」


 姉貴の認識でもやっぱおかしかったのかあの朝食は。

 これまで家族の誰も何も指摘して来なかったから、中学の時なんか俺だけがおかしいのかと思って悩んだ時期もあったってのに。

 ――俺にだけ消し炭に見えて消し炭味に感じてんのかな……。どうしよ……。

 ってな!


「へえ~、って事はとうとうゆめゆめに何かしたんだ?」

「――はあ!?」


 ごほっと俺は咳き込んで、母さんは食後の湯呑みを取り落とす。


「ど、どういう事? まつさぶろう……? 無理やり何かしたの? 母さんこの歳でお祖母ちゃん呼びされるのは嬉しさと複雑さが半々よ?」


 はい出ましたよー久々のまつさぶろう!!


「は!? いやいやいやいや飛躍し過ぎだし話! 何もしてねえよ!」

「じゃあさ、ゆめゆめから何かされたの?」


 今すぐ姉貴をコウメりん星に送り返していいだろうか。異世界に強制転生でもいい。余計な詮索はやめてくれ!


「まあ、ゆめりちゃんから……?」


 姉貴の言葉に気を取り直したのか、布巾で零れたお茶を拭き取る母さんが目を輝かせる。

 草食男子×肉食女子推しなんですか?

 だとしてもそれを息子に当てはめんのはやめてくれ……。

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