第50話 無神経な恋人未満
某コンビニから「ありっした~」と若い男性店員の声と、出入店時の電子音が聞こえる。浴衣美少女に接客したとあってか声はやけに機嫌が良さそうだった。
ゆめりは店の入口近くに所在無げに佇む俺を見つけると足を止め、憮然としてたっぷりと間を置いた。
「………………何でいるのよ」
「いや、夜だし暗いし、お前一人で帰すのはやっぱさすがにちょっとな」
俺が気まずげにそう言うと、奴は立ち止まったまま、またしばし黙した。
罵倒したいのか泣き喚きたいのか、それとも鬱陶しいのか呆れたのか、何とも言えない微妙な表情で。
沈黙に耐えられず俺は立ち上がった。
「バンソコあったか?」
「そりゃあね」
「足は…」
「――人を振ったって自覚あるわけ?」
言葉に詰まって堪らず視線を逸らす。
すると奴はひょこひょこ歩きで俺の傍まで来るなり、
「え、なん…」
「無神経ついでに、貼って」
「ああ、さいですか」
俺は素直に袋を受け取ると小さな箱から中身を取り出し、またしゃがみ込んだ。
っつか無神経ついでって何だ。
「ほれ、足出せ」
下駄を脱いだ奴は、片足立ちで俺の肩に手を置いてバランスを取る。
「あたしの細く白い素足に欲情しないでよ? チラリズムだっけ? そういうの想像して鼻血出したら蹴りが行くわよ」
「おお怖え怖え。だが残念でした。見えそで見えないところがいいんだよあれは」
「パンチラとか?」
「そうそう。今はバッチリ足見えてるし、俺的にあんまぐっと来な――痛い痛い痛い痛い! 肩揉みしてくれんならもっとお手柔らかに頼みますよ!」
手当てしてやってて何で虐待されてんのかね。
振った負い目なんてどっかに行っちまったぜ。
肩に掛かる奴の重みを感じながら、俺は赤くなった患部に絆創膏を貼ってやった。
「これで少しは楽に歩けるだろ」
「そうね。ご苦労様」
フッ、ご苦労様、か。
いつも通りのジャイアンさんに俺は幾分ホッとして、だから何気なしに正面に立ち上がれば、奴はやや体の正面を俺から逸らした。
ああそうだよな、普通はそうだろ。……やっぱ俺って無神経らしい。
「その、何だ、俺と帰りたくねえだろうが、我慢してくれ。ちゃんと少し離れて歩くから。電車だって少し離れて座るし」
「……」
奴は俺の言葉にチラリズム……いやチラリとこっちを見てから、その横顔で嘆息した。
「あんたが夜道で女性を付け狙う変態みたいな真似したら、うっかり通報されるでしょ」
「……お前俺に告白したんだよね?」
それとも告白はあいたたたーな俺の幻覚とか妄想だった? じゃあ俺は念願の彼女ができたかもしれないのに自分の妄想の中で断ったアホ? 夏の夜の夢飛んで火に入る夏の虫夏フェスな~つの終~わ~り~♪ただ夏入ってる何かを並べただけでふー★
もう何が何やら……。
見た目何考えてるかわからんアルパカになりそうな俺が、つぶらな瞳で物悲しいような変顔をしていると、奴は俺の顔かはたまた理解しない俺へ苛立ったのか一つ荒い息を吐いた。
「一緒に帰るって言ってるの」
「え……お前はそれで平気なのか?」
奴は器用に頬の筋肉をピクピクさせた。
「自分でここ来といてほんっと何なの。今までの鈍さも含めて。無神経星の住人なの? あたしの忍耐が人の二倍はあって良かったわよ」
「忍耐? 神経の太さの間違いだろ? それかハートの強度。忍耐は通常の半分だしな」
「失礼ね! 全部声に出してるわよ!」
「あ!? いやいやいやいやごめんなさいごめんなさい。俺じゃなくこのお口が悪いんです。チャックします。でもその前に言わせてッ、マジでやならタクシー呼んで帰れ。足も痛めてんだし。なあそうしろ」
すると奴は俺をじっと見据えた。
「何だよ? セクシー代あいやいやタクシー代出せってか?」
「嫌なのは、あんたの方でしょ。気まずいくせに」
「気まずいのは当然だろ。でも何で俺がお前を嫌がんだよ。やだったらとっくに帰ってるっつーの」
「…………あっそ」
尚も奴は俺を見つめた。
少しホッとしたように見えたのは気のせいか?
それでいて、コンビニ明かりが照らし出す俺の些細な何もかもを見落とさないように。
……ホントこいつの瞳って綺麗だよな。光が当たると茶色の虹彩が透き通る。目元まだ赤いな。俺のせいで……。
「じゃあ、帰るか」
「……覚悟しなさいよ」
返事の意味がよくわからなかった。
「――あたし、潔さって必ずしも美徳だって思わないから」
夏の夜風がゆめりの黒髪を僅かに靡かせる。
唐突過ぎて俺は内心首を傾げたが、コンビニの看板光を逆光に、輪郭を縁取られたゆめりは勇ましく宣戦布告する戦女神ようだった。このお人は根っからの武神じゃあああ!……と思考の半分で思って、あと半分は純粋に綺麗だと思った。絵にしたい程に。
目の前にいるのは恋人じゃないが、単なる幼馴染み以上に大事な女の子。
「さ、早く帰りましょ」
「あ、ああ」
意図が掴めないままの俺は奴の足を気にしつつ、コンビニから再び帰り道に戻る。
「ねえ、もう少しゆっくり歩いて」
「あ、悪い」
言葉数の少ない帰り途中、最寄りの駅への道すがら、俺の中に生まれた罪悪感は未だ消えず、奴は奴なりに気丈に振る舞っているに違いない。
無神経、か。
全く、どっちもどっちだろ……。
こんないつも通りにしてたって、振った方も何かしら感じる所はあるってのに。
幼馴染みから流動性を持ち始めた俺たちの関係、それは形を変え一体どこに到達するんだろうか……なーんて事をつらつらと考えながら、この夏の花火大会はいつも以上にゆっくりと、俺たちは帰路を歩いた。
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