第42話 花火大会の夜3

「カップルばっか……。やっぱ俺にはこの夜会は分不相応な場所だったぜ。帰ろう」


 暗い目で言った俺はきびすを返そうとするも、何かに引っ張られて動きを阻害された。

 あ、やべえ、ジャイアンさんに腕を押さえられているのを失念してた。


「約束しといて勝手は許さないわよ。折角なんだから一緒に楽しみたいでしょ。暗い顔しないの、いい?」

「か、かしこまりましたですはいー」


 しかと命令を承った俺は、気を取り直して思わず苦笑した。こいつが傍にいれば退屈しないだろうし、リア充云々はまあいいか。

 わいわいがやがやの喧騒、何かが起こりそうなそわそわとわくわく。

 祭りの感じ方は人それぞれだろうが俺はこの雰囲気が素直に楽しいと思う。出店も盛況で定番メニューや人気メニューの所には長い行列ができている。時間も六時半を過ぎた辺りだし、皆も腹が空いて夕飯時ってのもあるんだろう。

 因みに花火開始は七時だ。

 何か買って食べてたらちょうどいいな。


「皆同じような事考えてんだな。どこも買うのに苦労しそうだ」

「とりあえず早く何か買わない? 何食べたい?」

「んーたこ焼きか焼きそば、でなければおにぎり?」

「もうどれか決めてよね。優柔不断なんだから」

「全部食いたいんだよ」


 そんな会話を交わしつつ初めは焼きそばに決める。

 人混みの中、列に並びながら俺は周囲に目を向けた。


「何か花火大会来ると、夏休みも終わりかーって気持ち焦んねえ?」

「焦りはしないわよ。過ぎてく夏を見送るのは少し寂しく思うけど」

詩人ポエマーめ」

「悪い?」

「とんでもございません」


 俺たちは各各買った焼きそばを手に、座る場所がないので行儀悪くも立ち食いするしかなかった。早々に食べ終えた俺はまだ足りなくて次はやっぱたこ焼きかなんて思っていた。まだ花火開始には少し時間もある。


「なあちょっくらたこ焼き買ってくっから、ここで待っててくんねえ?」

「え? 一緒行くわよ?」

「食いながら歩いて綺麗な浴衣汚したら勿体ないだろ。それイイ感じなのに」

「……」

「それにあんまり歩いて足痛くしても大変だろ。小学生の時だっけ? 学校の夏祭りでさ、お前痛くないって我慢して悪化させて最終的に俺が負ぶって帰ったの」

「……そうだったわね」

「だから待ってろって。ダッシュで行ってくるから」

「花火前には戻って来てよ?」

「わかってるよ」


 奴は靴ずれというか下駄ずれした過去を思い出したのか、大人しく引き下がった。これがショッピングモールとかだと経験上絶対付いて来るが。

 とにかく急いで行って買ってこないとな。


「あ、そうだ」


 途中まで行きかけた俺はちょっと立ち止まって足踏みする。


「お前、変なやつには付いてくなよ?」


 ここは明かりもあるし人目も多いし、滅多なことじゃ危険はないだろうが一応注意を促しておかんとな。


「……小さい子じゃないんだから平気よ」

「だから余計に気を付けろって言ってんの」

「え……」


 ゆめりは意表を突かれたように目を丸くした。

 ホント自分の容姿をわかってんのかねこいつは。

 奴にもう一度念押しして俺は背を向けた。

 うーんたこ焼きの他にチョコバナナもついでに買ってくか。普通のと、ピンクのイチゴチョコ味のを。道行く女子が手に持つのを見て、林檎飴でもいいかとか重ねて思案しつつ人の間をすり抜ける。


「――あ、花垣君だ」


 ――通り過ぎる俺に気付いて追う目があった。


 だがそんな事も知らずそのままたこ焼き屋へ直行した俺は、列の長さを見て嘆息する。


「花火上がるまでに間に合うか微妙だな。諦めてチョコバナナか林檎飴だけ買って戻るか? あんま待たせると怒るし」


 そうは口にしつつ、ここまで来たからにはやっぱりたこ焼きを諦めるのも惜しい気がする。悩みどころだ。


「花垣君」


 一応列に並びつつも抜けるかどうかで迷っていると、横から肩を叩かれた。


「はい? …………ええと、どちら様?」


 振り向いた俺は豆鉄砲を食らった鳩のように間抜けな顔で相手を見据える。

 金髪美少女と言って差し支えない綺麗で中性的な顔立ちの相手だった。

 身長は中背の俺より少しだけ高いが長身の括りには入らない。声は女性にしてはハスキーっつか低い方で、男性にしては高い方。歌手とかで言うハイトーンボイスだ。

 え? え? マジで誰だこの人? こんな知り合いはいないぞ?

 一部に既視感はあるもののピンと来ない。記憶を総動員してみるがわからない。同世代なのは確かだが学校にこんなやついたっけ?

 だが向こうは俺を知っているらしい。

 ハッ、ままままさか世に言うスカートー?

 丈の長さはミニから足首まで取り揃えております。

 じゃねえよストーカーだよ!

 ……ってストーカー? 俺に?

 俺は急激に冷静さを取り戻した。いるかそんなの? ないない。

 正体不明の美少女は、俺を真っ直ぐに見据えて形のいい唇を開く。


「少し時間いい? あなたと話をしたいんだけど」

「え、話、ですか……?」


 ドキッ! 美少女に誘われちった!……とふざける雰囲気でもない。

 相手は、微かな警戒と困惑しかない俺の前で、ややあごより長い綺麗な金髪を夏の夜風に靡かせた。


 ――っておいおいちょっと待ってくれ!


 ここに来て新キャラとか……え!? 出てくんの!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る