第41話 花火大会の夜2
近所のおばさんはゴリラだった。
あ、いや違う、種の進化の系統樹において人間と共通祖先を有するという意味で、同じカテゴリーって言いたかっただけだ。
「あッはははははー、そう見えちゃいますかねこの状況だと。じゃあ俺たちこれで失礼しま~ッす!」
わざとらしく明るく挨拶して、奴の腕を引っ張ってその場から離れる。
こういう時は長居は無用。
上司と部下、君主と家臣、神とゴミ虫以上に厳しい上下関係を持つただの幼馴染み同士にとって、これは気まずいとしか言いようのない話題だ。
曖昧にしたのは、ここで否定しても肯定しても逆に詮索されたり冷やかされたりするに決まってるからだ。井戸端探偵を甘く見てはならない。
「ふう、ここまで来れば安心だ。近所のおばちゃんはすーぐそういう方面に結び付けんだから参るよな?」
「……そうね」
顔が見えなくなるまで離れてようやく俺はゆめりを放した。
奴は機嫌良さげだったのが嘘のように仏頂面をしていて、しかもそっからは移動中めっきり口数も少なくなった。
だが訊くに訊けず、俺は折角の楽しいイベントが台無しになる懸念を押し殺して横を歩くしかない。
駅近くまで来ると、花火大会に向かうらしき浴衣姿がちらほらと目に入るようになった。浴衣女子はイイ……。風鈴うちわ線香花火と夏の風物詩も同然。
だがまあ幼馴染みの
俺としてはゆっくりと歩いてたつもりだったんだが、年に一度の下駄はやっぱり慣れないのか「きゃっ」と奴が小さな段差でつんのめった。
「――っぶねえ、ほれ、平気か足?」
咄嗟に腕を支えて引き戻すと、弾みで俺に抱き止められる格好になったゆめりは近い位置から俺を見て、何だか慌てたように目を逸らした。
「…………ありがと。平気」
「な、ならいいが」
――御苦労、大儀であった。
とか言わんで時々こいつはこう言う殊勝な反応するからこっちも困るっつーか。
「転ばないよう俺の腕掴んどくか?」
「…………」
「いやまあ、別に大丈夫ならいいが」
「…………」
またまた珍しく白けるとか怒る以外で黙られてしまい、俺もちょっと手持ち無沙汰な気分で頭を掻く。
正直言うと、今の割と恥ずかしい台詞だったんだぞ?
「ま、まあほら行くか。電車時間もあるし」
俺は取り繕うようにして自分の発言をなかった事にすると歩き出す。
「――お願い」
不意打ちのように後ろから手を差し入れられて、腕を絡められた。
奴の頭の花飾りがずっと近くなる。
「お、おう? わかった」
……そんなによろけそうなんかな?。
こっちから言った手前「くっ付き過ぎじゃねえ?」とか文句を付けるわけにもいかず、掴むと言うより組むという表現に当てはまる距離で、俺たちは並んで歩いた。
到着した花火大会会場は言うまでもなく混雑していた。
自治体がきれいに整備した芝の敷かれた広い河川敷は、休日はよくピクニック気分を楽しむ人やスポーツをする人の姿を見かけるが、今日は人でごった返している。一部の区画には帯のように長く連なる出店の光が見え、セッティングされた赤や白の
だが、俺はそんな雰囲気に呑まれるような可愛げなんざ持ち合わせていない。ロマンチック気分には程遠かった。
何故ならさ、イベント感とか暗さも手伝ってか、こう言う場って恋人同士の糖度高いだろ。
空気だけで佐藤の薔薇ジャム作れちゃいそうだろ。
「……早く冬となれ」
「来たばっかりであんたねえ……」
ふん、いいだろ悪態くらい。俺の内心では恋愛株が大暴落中なんだよ。他人様のイチャイチャを見てると心が
きっと岡田は今頃カノジョと……――けっ!
佐藤は夕方から野球部メンバーたちと一緒に他校生と合コンだって。
昼間の相談事とはそれだった。彼女作るにはどうすれば上手く行くかとか何とか。知るかッ。俺に訊くな岡田に訊けッ。
ともかく、体に良さそうな五つのウコン略して五ウコンじゃなく、合コン。GO・U・KO・Nだって!!
まあ佐藤には姉貴との申し訳ない過去もあるから、正直いい子と幸せになってほしいとは思ってる。人によっちゃ友人兼義理の兄弟なんて関係も喜べるだろうが、俺は二人の元サヤなんて絶対御免だ。だから恋人作りを陰ながら応援している。している……がっ、くそおっリア充爆発しろっていう気持ち、わかるなあ~!!
リア充の群れに放り込まれた彼女いない俺。
ふっ、醜いアヒルの子の気分だぜ。
ああでもあれは最後は白鳥になって大空へ~な物語だったっけ。じゃあ俺にも最高のハッピーエンドが待っている? いや、それに白鳥になったからってハッピーエンドじゃないか。一生独り者の白鳥って線もある。
はあ、隣には生物学的に美少女属いるけど彼女候補じゃねえしなあ。
「ホントすっごい人ね~」
心がささくれ立った俺の横では浴衣姿の件の美少女属が、まだ俺の腕を掴んだまま周囲を見回している。
マジで三メートル歩くだけでも何人とすれ違うんだって混みようだ。さくさくと歩けないし人にぶつかりそうになってばかりだ。
「こんだけ人がいて知り合いに会わないっつーのはすげえよな」
「そうよね。つくづく世の中って広いわよね」
まあ互いに気付かなかったり認識できる距離にいないってだけで、この会場や周辺にはいるのかもしれないが……っつか普通いるだろう。地域の一大イベントなんだし。
それを考えると自分が奴とこうやって二人だけでいるのも不思議な気がした。
周囲にはこんなにたくさんの人がいるのに、この先も含めた俺の人生に関わるのは極々一部の人間なんだよな。
流れる人波を見ていると、ゆめりや友人、家族とだって、奇跡と運命で結ばれた縁なのかもしれない……なんて思う。
な~んてハハハ、ついつい哲学しちまったぜ。
まっ少なくとも、今俺の腕にしっかりくっ付いているお方とは強烈だ。糸どころか針金で、いやオリハルコン製の鎖で
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