第40話 花火大会の夜1
ほぼ毎年、地域の花火大会にはゆめりと一緒に行っていた。
保護者同伴や友人たちと複数で行ったりとまちまちだったが、今年は珍しくも二人きりだ。
奴と約束してから佐藤も一緒にどうかと誘ったら、微妙な顔で二人で行くよう言われたっけな。要らん気を遣うなよなー。俺たちは単なる幼馴染みなんだし。
因みに岡田はカノジョと予定があるらしい。
最寄りの駅を目指し近所の住宅街を歩く俺とゆめり。
休日の夕方だからか通行人はそんなに多くない。いつもなら会社帰りの人がちらほらいるんだがな。
「そういやお前今年も浴衣なんだな」
「当然じゃない。その季節の風物詩はその季節に楽しむのが一番だもの。冬に着てたら寒々しいでしょ」
「まあそれもそうだな。……ん? 何か去年と違くねえ?」
去年とか一昨年はなんかこう背伸びしたかったのか、薄ピンクから薄紫にグラデーションがかった大人可愛い系ってのだった気が……。
奴は一瞬酷く驚いてから、急に堪え切れなくなったように口元を弛めた。
「ふふっ気付いた? 正直気付くと思わなかったけど。新しく買ったのよ。どう?」
そう言って急にはしゃいでくるりと回る。
「まあ、いいんじゃねえの」
「……他にもっと言いようないわけ?」
「
「別に難しい言葉を並べ立てて称賛してほしいわけじゃないわよ。一言簡単に言ってくれればいいのに……」
「え?」
「ホンット使えないわね!」
ふんと顔を逸らされた。
ひでえ、浴衣一つでこれだよ全く。
今年新調したという浴衣は大人でレトロな感じがした。
地が藍色の浴衣にはたぶん
浴衣の流行りは俺にはよくわからないが、去年は去年、今年は今年で奴によく似合っている。
小者……は俺だが、小物の巾着を手にして立ってると、一枚の絵になるなホント。
「ところでゆめり、お前……ブラのサイズ無理してるだろ」
「はッ!?」
いつもなら破廉恥発言直後の制裁が発動しなかったのは、俺がいつになくただ事じゃない真剣に案じる顔をしていたからか。
「合わないの付けてると良くねえらしいって岡田が何か熱く語ってたぞ」
そーいやあいつネットで調べてちゃんとプレゼントしたようだ。
「あ、合わないってどういう意味よ?」
「さっきのあれって実はおばさんのだろ? お前のにしてはカップがどうも大きかったし。贈り物だったのに俺が開けて悪かったな」
すると何故かどうしてか、奴はわなわなと両肩を震わせ始めた。
「あたしのに決まってんでしょーーーーッ!!」
「えーーーーッ!?」
「嫌らしいっあんた自分の物だと思っていい気になってどれだけじっくりとっくりあたしのブラ見て触りまくってたのよ!」
「指一本触ってねえよ!」
袋を開けた瞬間に俺の
フハハハ視線で嘗め回しはしたがな!!
俺のふてぶてしい心の声を察した奴は、
「お客様、全て忘れるように脳みそカットして差し上げましょうか?」
とても恐ろしい言葉と共に、俺の背骨を拳の中指関節でぐりぐりぐりぐりしてきた。キャラ設定は美容師なのか整体師なのか……。
「ででででででっ!」
純真な心が問えと訴える。
そこ辺りって女子で言うとブラのホックがある辺りですか!? 教えて下さい!
「へっこむから、へっこむからどうかやめて! 地味に痛えんだって!」
俺が必死で懇願すると奴は鼻息も荒く解放してくれた。
「あの黄色い可愛いブラ付けたあたしを想像して、変態道まっしぐらに大きさはこのくらいかな~って妄想して手指わきわきさせないでよ? したら唐辛子エキス振りかけるから」
「唐辛子エキス!?」
またまた怖いことを口にする奴。具体的過ぎて夏の怪談とはまた一味違った恐怖を感じる。
「へ、へいへいそうですか。ったく逆効果だぞそれじゃ」
「逆効果?」
腰が引けビクついてしまった俺は誤魔化すように軽く咳払い。
「前から言いたかったけどな、人の潜在意識は基本的に否定語を理解できないらしいぞ」
「だから?」
「赤いブラを想像しないでと言うと、大半の人間はその否定の言葉に反して赤いブラを想像してしま――って痛えっいたたたたっやめてゆめりさん!?」
「赤いブラって、誰の……?」
奴はまた俺の背骨を拳の中指関節でぐりぐりぐりぐりしてきた。
やっぱそこ辺りって女子で言うと以下略ッ。
「マジでやめろってお前のじゃねえから安心しろだから怒んな――って何でより一層強くしてくるんだよ!? ああああ嘘でしたあっホントはお前でしました鼻血噴く前にやめるからだから御免なさいもうしませんもうしませんから赦して下さいいいいい!」
俺はエビになって哀願した。
「もう混雑してそうよね。もっと早く出た方がよかったかしら」
「あんま早いと歩き疲れんだろ、お前下駄だし余計に。こんくらいでちょうどいいんだって」
正直に白状したからか、何故か予想よりも早くぐりぐり地獄から生還させてもらえた俺は奴と並んで未だ住宅街の道すがら。足元を指摘すると、浴衣とセットの下駄を履いていた奴は納得した。
広い歩道のある幹線道路沿いに出る手前で顔見知りの年配のご近所さんとすれ違い、俺たちは揃って会釈した。買い物帰りなんだろう、両手に袋を提げたパーマのおばさんは微笑ましそうな目を俺たちに向けてくる。
「あら~ゆめりちゃん可愛い! そのカッコ、今から二人で花火?」
「はい、そうなんです。可愛いだなんてそんな。でもありがとうございます。素直に嬉しいです、可愛いなんて言って頂けると、うふふ」
代表して奴が答えて俺を執拗に肘で押してきた。
何だよ?
「可愛いって言われちゃった」
照れているように見せかけての小声の台詞は、気の利いた言葉一つ言えない俺への当てこすりか? つまりは可愛いと言えと?
「松三朗くんとゆめりちゃんは本当に昔から仲がいいわねぇ」
「いやまあ隣ですし腐れ縁ですよ」
「ふふっ、そうです腐れ縁です~」
俺は奴のふふっと笑いに薄ら寒いものを感じたが、外面ゆめりは良い子ちゃんの笑みだ。腐れ縁って言ったから機嫌悪くした? でも本当にそうだろ。
ここでどうも失礼しますさよならーをすればいいのに、そのご近所さんはあろう事か思い至ったように、
「あら、もしかして付き合ってるのー?」
なんて爆弾を投げつけてきた。
俺はウンコを投げつけて来るゴリラに遭った気分だった。
しかも命中な、顔のど真ん中に。
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