第39話 間違いプレゼント

 散々考えた末、俺は下着をお返しすると決意した!!!!

 ゆめりから非難されようとも、俺は俺の精神衛生上の安寧を最優先する。だって部屋に置いておけねえよ。盗られはしないかと毎日心配で部屋から出られなくなるね!

 この件を深く思い悩んだ余り気付けばゆめりとの待ち合わせ時間ぎりぎりだった俺は、例のブラ入りの可愛い袋を手に慌てて家を出た。


「遅いわよ十秒遅刻」


 家の前で俺のつらを見るなりスマホの時間表示画面を突き付け、開口一番奴は文句をぶつけてきた。十秒てまた微妙な。


「や、悪い」


 原因はお前だ。だが俺は素直に謝罪した。

 五時半待ち合わせで十秒でも遅刻は遅刻。


「よろしい」


 あらあらあっさり機嫌を直したよ。最初から怒ってなんてなかったんだろう。今から祭り行くのにギスギスしてもやりにくいと思ったのかもしれない。

 ……が、俺はこれより波風を立てる。


「ゆめり、もらったプレゼントなんだが……」

「どう気に入った? 役に立つでしょ?」

「そりゃあもう究極の一品で描けば俺史上究極最高の静物画になりそうで妄想の肥やしにだって……ってなわけあるか! いくら俺でもこれはさすがに受け取れない。返す」


 持ってきたパンブラの袋を突き出すと、奴はあからさまにぎゅっと眉を寄せた。


「何それ、気に入らなかったにしても、もっと人の気持ちを考えてくれてもいいじゃない。あたしなりにあんたに合うと思って選んだのよ?」


 俺に合う?

 ブブブブラがあああ!?

 猫に小判、豚に真珠、エロにブラ! 一体こいつは俺のことを普段どういう目で見ているのか……あ、救いようのないエロか。だとしてもブラって違うだろ。

 愕然となる俺はここでとある可能性を思い付く。


「何勘違いしてんのか知んねえけど、言っとくが俺はオネエじゃねえぞ」


 あのオネヤンだってたぶんブラは所望しないだろう。まあこの先はわからんが。


「はあ? 何を今更当然のこと主張してんのよ?」

「とにかく、エロの俺でもこういうのはもらえない。あと俺以外、いや俺もだが、男にこの手の物贈るのはやめとけよ。九月に男から女に下着を贈る日はあるらしいが……ってしないしない俺はしないから安心しろっ! だからそのスマホライトで目え照らすのやめて下さい!」

「全く、あんたが一人で女性下着売り場とか、捕まるわよ」

「あのな、普通に男が下着買いに行ったって捕まらねえよ。世の中色んな理由があるだろうし」

「あんたは捕まるの」

「何で!? っつかそうそう行かねえよ俺は!」


 必死の訴えを信じてくれたのか大人しく手を引く狂犬さん。

 んとにこいつは何でも凶器にすんな。機転利き過ぎだろ。目がチカチカする。


「と、とにかくいいかゆめり、百歩譲って冗談ならまだしも、本気なら常識疑われるし、変な誤解招くぞ」

「常識疑われるですって……?」

「そうだよ」


 押し付けるように返すと、いよいよまなじりを吊り上げた奴は袋を受け取って涙ぐんだ。

 悔し涙なのか憤慨の涙なのか俺にはわからないが、傷付けたのだとはわかる。

 う、そんな顔するなよ。だが、男には譲れぬ時がある。


「いくらお前の押し付けでも無理なものは無理! のびちゃんだって言う時は勇気を出してノーと言うんだぜ!」

「なんっでそこまで言われなきゃ……って――――え!?」


 腹を立て俺を埋め立てよう……いや責め立てようとした奴は、何かに気付いて袋を見下ろした。

 袋を持つ手を動かして、中の形状を何度も確かめる。

 そして一旦青くなって、次には真っ赤になった。

 わあーいママ~人間信号機だあーい♪

 奴は目視でも確認するつもりのようで、まるで殺人現場に誰かが来た時の犯人のように憐れなほど焦り、もたつき、定まらない手元に四苦八苦しながら急いで袋の口を開けた。


「――――なッ!?」


 動揺のあまり言葉を失い呆然と目を瞠るジャイアンさん。

 リサイタルの途中で歌詞を忘れたかのようだ。


「ななな何でこれがあんたのとこにッ……?」

「は? 俺への誕生日プレゼントだろ」

「――っ!? うそうそうそっそんなわけないっ」

「そう言われましても」


 と言うか俺はひしひしと感じるものがあった。名探偵じゃなくても気付く。


「お前まさか、間違えて寄越した、とか?」

「うぐっ……」


 この反応はもう間違いなし。


「お、同じ袋だったんだもの!」


 ぎゅっと胸に袋を抱え込んで奴は俺を恨みがましそうに睨む。

 えー、俺睨まれる筋合いなくね?


「見たわね……?」

「俺のせいじゃねえだろ」

「でも見たんでしょ? 黄色いの」

「ああ。まあいいんじゃねえの綺麗な黄色だったし。金運アップで」

「……っ低」

「は?」

「最っ低ーっっ!」

「だああああ待て待て待てえええ俺は悪くな――――アボッ……」


 こいつの前では白も黒になる。





 俺の頬には見事な手形が付いている。

 それは俺の精神年齢がもみじマークの高齢ドライバー並みに達観していると言う証左しょうさではなく、花火が炸裂する前にもみじが炸裂しちゃった……ってやつだ。

 一旦荷物ブラを置きに戻った奴は、本来俺に渡すはずだった方の袋を持ってきた。


「こっちがホントの方。――誕生日おめでと」


 サイズも同じデザインも同じ、重量も似たり寄ったりな袋を差し出され、俺は今度こそ受け取った。


「……サンキュ」

「先に言っとくと、中身はハンカチよ。三枚」

「三枚も?」

「ハンカチくらい身嗜みとして持ち歩いた方がいいと思って」


 いやー誕プレも上からな品とはさすがはジャイアン殿。ここまでくると天晴あっぱれですな! ……まあ、奴なりに俺を思ってのチョイスだろうが。登校時のチャリ漕ぎ後とか、暑くなってからは余計にだらっだらだもんな。汗を気にしてくれんならまずは俺の労苦を気にしてくれ……。

 ゆめりは毎年何かしらくれるが、その度にどことなくこそばゆい。ただし甘さはない。

 去年はエロのエの字すら見えない白い絵の具十五本だった。あ、ここは笑うとこじゃないぞ。俺白はよく使うから減りが早いんだよ。マジ助かりました。


「置いて来たら?」

「そうする。あ、いや折角だし早速一枚使わせてもらうかな」

「……ふうん。好きにしたらいいわ」


 使ってもらって嬉しいくせに素直じゃないねえ。

 満更でもなさそうな奴に促され中に戻って靴を脱ぎながら、全く人騒がせな取り違えだったと苦笑が零れた。取り換え子チェンジリングに遭った子供だって、ブラを見つけたあの時の俺よりは平然としてるだろう。


「お待たせ、行くか」

「ええ。無駄に時間くっちゃったし急ぎましょ」

「へいへい」


 奴は上機嫌に頷いたが、誰のせいだよ全く。

 日中俺は佐藤の相談事で家にいなかったし、ゆめりはゆめりで着付けとか準備で渡す暇がないと思ったのか、わざわざ母さんに託したんだろう。

 花火大会でだと荷物になるから避けたのか。

 今みたいに最初から家の前で渡してもらっても良かった気もするがな。

 ともかくも、誤解が解け、俺たちは揃って移動を始めた。

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