第38話 イエローのブラ

 自分の部屋の机の上に載っていた可愛らしい一つの袋。

 何だこれ、と何気ない好奇心に負けて手を触れた俺が悪かった。

 きっとそれは、決して開けてはならないものだったのに……。

 開けた袋は――パンブラ(=パンドラの箱×ブラジャー)の袋だった。

 っつか机に下着って、何!? 風水的にはイエロー系って金運だったっけ? ポジティブ思考の象徴とかってのも聞いた事あるな。


 言っておくが、俺は間違いなくポジティブになった!


 夏休みの大半を作品制作に明け暮れ根を詰め過ぎていたかもしれなかった俺は、イルカの一種スナメリに勝るとも劣らぬ癒しを感じた。

 ああきっと俺はこの癒しを欲していた!

 奴がどんな意味合いで以て俺の机にブラ入りの袋を置いたのかは知らない。

 もしかして以前のようにうっかり落とした?

 そ、そんな馬鹿な……!


泉の精「あなたの落としたブラは何色ですか? 金? 銀? 黄色? っていうか何色穿いてます?」


 ってこれじゃあ単なる変態だ。最後はブラ関係ですらないパンツ君の領域だし。

 だが待て、普通俺の部屋に下着なんぞ持ってくるか? 罠か?

 まあでもこの部屋で着替えていたという過去の事例もあるようだし、更衣室代わりに着替えを持って来たと考えるのも可能だ。

 なるほどなるほど……って、説明できない部分があるのを言い忘れてたよ!

 その神聖なアイテムにはご丁寧に神の一筆が……っていやいや違う、紙に一筆あった。


 ――おめでとう。


 と。

 そう一言、紛れもなくゆめりの筆跡でメッセージカードが添えられていた。よくミステリにあるトリックで誰かが小細工して似せたという線も捨て切れないが、十中八九奴だろう。

 奴の行動は時々――ぶっ飛び過ぎてて意味がわからんッ!

 何をどう考えても理解できないッ!!


WHY!?(何故下着なんぞくれるんだ!? 後が怖い!!!)

WHAT!?(何これ本当にブラか? 実は食える素材とか!?)

HOW!?(どうやって使えと!? 新進気鋭のデザイナーによる帽子とかマスクなのか!?)

WHEN!?(いつ俺の机に置いたの!?)

WHERE!?(ホントはお宅今どこにいるんですの!? 実は隠しカメラでモニタリングされてるんですの俺!?)


NAナレーション「幼馴染みの男の子の部屋にブラを置いたら、その時彼はどうする?」


 って企画?


「と、とにかく俺は、奴がくれると言うのなら喜んでもらう……わけねえだろ!!」


 ああ確かにすっげえ深い所で葛藤の葛藤に次ぐ葛藤はあったさ。

 ちょっといやマジ本気で本心から欲しいって、棚に家宝よろしく飾って毎日眺めちゃおっかな~ルンルンとか思ったさ、ああ思ったさ、悪いか俺だって男だ!

 だがもらったら最後、俺は一生拭えないレッテルを貼られちまう。来世までのカルマを背負う羽目になる。人知れず花垣松ざブラうって改名させられると思う。

 悩みに悩み抜いた末、俺は一階に下りた。


「母さん、今日ゆめりうちに来た?」


 俺は台所に足を運ぶと単刀直入に母さんに訊ねた。

 因みに母さんは新たなぬか床を作っていた。伊藤さんきゅうり以外にも名のあるきゅうりが増えるかもしれない。ぬか床群雄割拠の始まりだ。


「ああ、もしかして机のあれね?」

「あ、ああうんまあ」

「昼にゆめりちゃんから頼まれてたんだけど、すっかり忘れててさっき置いたのよ。あんた今夜はゆめりちゃんと花火だって思い出して慌ててね。お礼ちゃんと言うのよ?」

「……わかってるよ」


 実行犯は母さんだった……。

 黒幕も予想通りだった。

 推理でもトリックでもモニタリングでもなかった。

 一件落着……と思いきや、


「松三朗~、ゆめりちゃんから何もらったのお~?」


 ぬか床を混ぜる手は止めず、母さんは俺を見てにやにやしている。

 これは袋の上からある程度形状を手探りしたに違いない。そして、女性ならすぐに「はっこれは! 下着!」って気付くだろう。男性でも「こっこれは! 家宝!」とはならんだろうが、テンションは撥ね上がる。


「……まだ開けてねえよ」

「あら、そうなんだー」


 俺は平静を装ったが、狼狽うろたえた息子をからかう気満々じゃねえか。まあそれ以前にさ、息子が隣人女子からブラを贈られてるって点をさ、気掛かりに思いませんかね。親として健全な幼馴染み同士って思えるのかね? ゆめりに疑問抱かないの、ねえ? ……あ、もしや母さん、彼女いなくてゆめりに慈悲を与えられたのね息子はって憐れに思って窘めないのですか?

 俺はほろほろしそうになるマイハートを寒天かゼラチンで固めてスライムハートを手に入れた。ちょっとの衝撃で崩れまふー。


「花火から帰ったら中見るよ」

「そう? 貴重なプレゼントももらったんだし、頑張んなさいよ~?」


 頑張るって……。

 はあ、と俺は内心で溜息をついた。


「へいへい、ゆめり様を誠心誠意エスコートして楽しんできますよ」


 ここに来て演技派になった俺は、何食わぬ顔で部屋に戻って外出準備……ではなく、ガタガタ震える両手で袋を掲げ持った。


「どうするどうする花垣松三朗!? 食べちゃって証拠隠滅するか!?」


 決して直接中身には触れない。

 だって袋はしょうがないが、ブツに指紋なんて付けた日には鑑識が来ちゃうじゃん!?(パニック)

 俺は部屋の鍵をかけ、改めて堂々と机の上に出したブラを見下ろし腕組みした。


「うーむ……おめでとうってプレゼントくれるとかって、今日って何の日だっけ?」


 今日は夜も晴天予報で花火日和の八月二十六日。

 八月二十六日?

 あ、そうだ、俺の誕生日じゃーん。

 じゃ、これ誕プレ?


「………………………………なんっでっ、だよっ」


 俺はがっくりと床に四肢を着き、項垂れた。

 気に入ったか入らないかと問われれば、目を皿のようにして毎日眺めてしまう一品だ。だが、センスとかそれ以前の問題だろこれ。倫理? 常識?

 何で思春期男子への誕生日プレゼントが女性物の下着なんですかゆめりさん……。

 生誕の日に贈り物をという気持ちはとても嬉しいが、ホント微妙なもんくれたよな。

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