第37話 怪我の、何とやら5
「藤宮って帰宅部のヤンキーちゃんじゃなかったのか!」
新聞部所属以前にこいつが部活自体をしていたなんて今まで思いもしなかった。
仰天する俺へと、その藤宮は半眼になった。
「うーわー偏見だよ花ガッキー。花ガッキーみたいなのはインドアで根暗だろって決めつけられるのと一緒だよ」
「俺の場合外れてねえからな」
「あははは開き直ってる~!」
「雑草根性と言ってくれ」
「その雑草町内会の草取りで根っこから引っこ抜かれてそう~」
「……」
ホント何か藤宮って、男友達と話してる気分になるな。
同中の気安さってのもあるんだろう。
「それじゃ無事……でもないけど返したからね」
「ああうん、ホントありがとな。あ、藤宮」
用件を済ませて踵を返そうとしている藤宮へ、俺は最後に一つ言いたくて呼び止めた。
「何さ~?」
「いやお前さ、今回みたく一人で不良に会いに行くのは止めた方がいいぞ。誰か他の部員と一緒行け。俺が通りかからなきゃ殴られてたかもしんねえんだぞ。あと口には出したくもねえが、もっと酷い事だって世の中には起こり得るんだし」
顔付きから俺の暗に意味したものまでを察してか藤宮は苦笑した。
「一応これでも護身術は身に付いてるよ。うち父親警察官だからさー」
「え、そうなのか」
って、え!? 警察官のお父様はヤンキーでいる娘を注意しないの!?
表情から俺の敢えて黙した意を的確に察したのか、藤宮は大きく溜息をついた。
「あー、前から、それこそ中学から勘違いしてるなーって思ってたけど、私ヤンキーじゃないよ?」
「は!? 何を今更? どう誤魔化したってヤンキーだろ! 明るい髪の色もだしよく授業いねえだろ。あれってサボり…」
「保健室にいるんだよ。自分で言うのも何だけど、私体弱いからさ」
何だと……? 眼鏡っ娘お色気ヤンキーの他に、儚げという称号もプラスされるだと!? こいつは実はワケありお嬢様なのか?
恋愛ゲームだったら絶対攻略難易度高くて一筋縄じゃいかないキャラだ。
「あー何か変な妄想してるだろー。ホント男子って仕方がないなあ」
ああ妄想野郎を白い目で見ない寛容さ。しみじみとしちゃうね。
「ゆめりにも藤宮くらいの度量の広さがあれば……。お前って異世界だったら絶対勇者枠だろ。皆のために一人で悪に立ち向かうとか、偏見ないとか」
「ひひひっ、褒めても何も出ないよ?」
「期待してねえって」
からかう眼差しに俺はしれっと答える。
「やっぱり? でも花ガッキーの方が、スケッチブック何冊持って来ましょうかって啖呵切ったとことか、実は結構様になっててカッコ良かったよ?」
「よせって照れるだろうが。……何も出ねえぞ?」
藤宮はわざとらしい笑みで「えー残念」と言った。
「でもそうか、ヤンキーじゃねえのか」
「見直した?」
「元々見直さないといけないようには思ってねえよ」
「……」
ん? 何故か間が。
「花ガッキーって、何でモテないんだろうね……」
「ほっとけ!!」
しみじみと情感を込めて言った藤宮は、それきり黙ってじっとこっちを見つめる。
「藤宮?」
彼女は苦笑した。
自分になのか俺になのか、よくわからない笑みで。
「花ガッキーさ、――――私と付き合わない?」
「な……」
…………。
……………………。
………………………………。
俺の脳みそは突然の告白にフリーズ。
だだだだってさあッ俺花垣松三朗が生まれ落ちて初めての女子からの告白だよ!?
舞い上がるより以前に往年の名作市民ケーンより以前に小市民ショーザブローウな俺としては右往左往するじゃん!? キャパオーバーで爆発だよ!!
「……こ、これは天意か?」
「てんい?」
「大いなる天の女神の意思なのか!?」
「おーい花ガッキー現実に戻って来~い」
「あ、いや、すまん。まあ藤宮と付き合ったらそれはそれで楽しいだろうが、ハハハいい大人をからかうのはやめなさい」
藤宮は俺の発言に怪訝な顔になった。
「いや、そのさ、本心じゃねえだろそれ」
「へ……?」
俺の指摘に藤宮は目を丸くした。そしてしばし思案するように真面目な顔をする。
「すごい花ガッキー。確かに心からの言葉じゃなかったかも。ノリとは少し違うけど、納得のいく発言じゃなかったかも。ごめん!」
「いや」
「花ガッキーは緑川さんと付き合うのかと思ってたし」
「……告白しといてその言いようってどうなんだ?」
藤宮のあけすけな発言に俺は呆れ、短く笑った。
確かに昔はそんな仄かな想いも存在してた。
俺は単純だったから、身近な美少女に惚れないワケがない。
「…………まあ、ゆめりは、違うんだよ」
藤宮は何が、とは問わなかった。
「ふーん? 難儀というか面倒だなあ、花ガッキーは」
「告白した相手に面倒とか、藤宮はホントはっきり言うよな」
「ひひひ、そう? まあでもわかった、告白は保留で!」
「ほ」
「私も私なりに色々思う所があったし、そのうちまたね。まあ次があればだけど」
「お、おお」
正直な所、告白を完全に撤回したわけでもなさそうな言い方に戸惑っていた。
そんな俺を彼女は楽しそうに見据え「んじゃねー」とくるりと背を向ける。
しばらく藤宮の背を見つめていた俺は拍子抜けした。それと同時に最低だがどこかでホッとしてもいた。
「……次からどう接すればいいんだよ」
少なくとも俺への好意はあるんだろう。
どの程度とか、その種類が何かはわからんが。
細く長く息を吐き出す俺は、両手に持ったスケッチブックを見下ろした。
綺麗にしてくれた藤宮に感謝を捧げ、少しだけ目を細めて。
彼女の指摘の通り、確かに俺は異性としてゆめりが好きだった。
あの中一の秋までは。
外の体育用具倉庫脇を訪れた者がいた。
「これってスケッチ用の……?」
その女子生徒は、肩を滑る長い黒髪を手で押さえつつ屈むと、土に汚れた小さな紙片を拾い上げる。
それは、破られたスケッチの欠片。
その付近を探して草の間などにも残っていた紙片を幾つか拾った彼女は、ぎゅっと口元を引き結んだ。
「何が、自分で怪我した……よ、馬鹿」
その時、まるで紙片がしかるべき手に拾われるまでを待っていたかのように、一迅の強い風が吹いて残りをどこかへと散らした。
「ホント、松君らしいんだから……」
黒髪を靡かせて、彼女――緑川ゆめりはスケッチの欠片を持つ指先に力を込めた。
怪我のせいで海に入ったりはできなかったが、佐藤や岡田と海水浴に行くには行ったし夏休みは概ねエンジョイできた。
それ以外じゃ俺はほとんどの時間を作品に費やした。
怪我も順調に癒え、そして八月下旬の夏休み最後の日曜日。
満を持しての地域の花火大会当日。
夜に控えた花火を前に何となく浮かれて部屋に戻った俺は、
「――――おいゆめりいいいいいッッ! 何っだこれはああああーーーーッッ!!」
自分の学習机の上にぼっと置かれた、可愛らしい袋の中の素敵に無敵なパステルイエローのブラに、絶叫した。
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