第36話 怪我の、何とやら4

 藤宮には昨日の今日で会う運びとなった。だがその日目が覚めた俺は某隣のお嬢様に見下ろされ、すこぶる爽やか~な朝を迎えた。

 直前まで見てた夢の内容もすっ飛んでったよ。っつかもうこっちの世界が夢でいいよ。ホント何でこいつは勝手に人の部屋に入るかな。色々と心臓に悪いっつの。


「おはよう。あんた今日も学校行くの?」

「……んーまあな。部活ついでに藤宮からスケッチブック返してもらわんと」

「ふうん、あたしも今日部活なのよね。ようやく最終稿出た台本の読み合わせとかあるから」

「へえそう」


 くそ、この流れは匠による最高の消し炭を食べ、ハイ馬車馬君チャリ漕いで~へ至る一連の流れに違いない。夏休み中なのに。誰か俺に真の意味での安息日をくれ……。


「待ってるから早く用意してよ。九時までには着きたいから」


 時間指定もやっぱりそちらですか。ハハハそうですよね。

 俺の心は目覚めた瞬間からフリーダムと叫び続けていたが、現実は厳しく「わかったよ」と諦めの境地で従順さを表した。

 だが、朝食は予想通りだったものの通学は予想外にもチャリではなく、何とゆめりと一緒に姉貴の車だった。ああハハハだよな、大学もお休み中だよな。今日はデートもお休み中らしい。オーマイガッ……!!

 母さんなんかは「良かったわね小梅家にいて」と言っていたが、


「ママ、しょうたち送ってきたら買い物行かない? 私運転するから」

「今日は電車の気分かな~。行ってらっしゃい」


 と、絶対に姉貴の車には乗ろうとしない。

 ったくどうにかならないのかね、奴の料理の腕並みに上達しない姉貴のハンドル捌きは。


「うっふふ~この前さ、小梅の運転すごくドキドキしたよって彼に言われちゃった~!」


 右にハンドルを切りながらめっちゃ浮かれて惚気のろける姉、花垣小梅。

 交差点右折時は特に無駄な事は言わんで運転に集中してくれ!

 そう心で叫んだが余計な事は言わなかった。姉貴に命のハンドルを握られていた俺には、言ったら命の保証はなかったというのもある。

 だが、弟から姉への唯一の優しさでもあったんだ。


 ――それは吊り橋効果だろ……。


 賢明なゆめりも、何も言わなかった。

 っつか前もだがこんなひっでえ運転なのにけろりとしてやがるよこの人。もしかして超能力者として無重力状態をキープしてんのか? だったら俺にも適用してくれ!


「じゃねー! あ、帰りは?」

「いらん!」


 俺は車を降りてふらふらだったが、帰りも迎えに~なんて思われないよう、しゃきしゃきしたレタスのように背筋を伸ばし元気よく見送った。


「帰りはバスか」

「そうね。バス時間あと調べておくわ」

「……ああ」


 こいつとは、案の定帰りも一緒か。

 そうして俺たちは各々の部活に向かうのだった。





 美術室前の廊下には待ち人が既に到着していた。


「おはよう花ガッキー。具合どう?」

「おはよう。消毒する時まだ沁みるがもう平気だ」


 そう告げるとホッとしたように「よかった」と、藤宮は綺麗な笑みを浮かべた。

 夏休みでひと気のない廊下は静かなもんだった。

 今日は晴れてるから校庭の方から運動部の声が遠く聞こえてくる。常の気配と喧騒がない分、廊下はいつもより静寂が濃いように感じた。


「――ハイこれ」


 わざわざ足を運んでくれた藤宮は、持って来てくれた俺のスケッチブックを差し出した。丁寧に表紙の汚れは拭いてくれたようで、受け取る俺は女子からの優しさに内心感激すらする。

 更に有難くも、破られたスケッチも藤宮が丁寧にセロテープでくっ付けてくれたらしい。スケッチブックに挟まっているのが見えて余計に感動した。だってわざわざ拾いに現場に戻ってくれたって事だろ。


「こっちまで集めてくれたんだな。ほんとサンキュな」

「どういたしまして。でも所々見つからなかったり細かいのまでは拾えなかったけど」

「気にすんなよ。これだけあれば十分再現できるしな。マジでありがとうな」

「ホント? よかった~!」

「でも荷物だったろ。教室の俺の机に置いても良かったのに、ここまで来てもらって悪いな」

「そんなことないよ、私もこっちの校舎のが近かったし」

「近い?」


 ここ美術室がある校舎はクラスの教室がある校舎の向かいに位置している。

 文化部系の部室はほとんどこっちだ。


「いやー昨日花ガッキーから即レス来た時はビックリした。一週間くらいは返事に余裕持ってラインしたからさ」

「一週間て……。山籠りでもしない限りさすがにそこまで返事無精じゃないぞ俺。いつも既読とかレスとか遅くてすいませんね。気が向かないと見ないもんで」

「花ガッキーらしくていいんじゃない?」


 それは、慰めと言うにはテキトーで、称賛と言うにはテキトーで……。

 俺が嘆息すると藤宮はひひっと笑った。また出た、ひひっと笑い。魔女みたいだなホント。昨日のラインでのやり取りによれば、藤宮は今日も明日も明後日もほぼ毎日学校にいる予定らしい……ってもしかして学校が家なのかいお宅? 宿直室は実は借りてるお部屋で、トイレの花子さんとは幼馴染み……?

 でもほぼ毎日って補習か? 

 藤宮ってそんなに……っつかぎりぎり補習免れた俺より成績悪かったか?

 まあ課題はいつも俺とか誰かのを丸写ししてるが。

 いや違うな。補習期間は休み入って一週間程度でそんなになかったはずだから、じゃあ何しに学校に来てるんだ?

 俺の疑問なんぞ露知らず、藤宮は包帯頭を見やって眉尻を下げ、何とも言えない顔をした。


「まあでもさー今だから笑って言うけど、意識不明の昏睡状態とかにならなくて本当に良かった。人連れて戻ったら流血で倒れてた時はきゃあああ二時間サスペンスかーって、もーホントビックリしたよー! 肝っ玉小さい先輩たちは蒼白になっておろおろしてたしね」


 茶化し口調で言ってるが、たぶん本当にびっくり仰天だったに違いない。


「マジで悪かった。迷惑かけまくったよな」

「迷惑? はあ~。花ガッキー違うよー、迷惑とかじゃないって。心配したってことでしょーが。花ガッキーてたまにそういうとこ卑屈だよね」

「……悪うござんしたね。昔から俺は女子から純粋に心配されるキャラじゃねえから、そういう思考が染みついてんだよ」


 すると藤宮は首を傾げた。


「緑川さんいるじゃん。私だって心配したし」

「奴はカウントしてもしょうがないだろ」


 ――って、なあおい藤宮、その駄目だこいつみたいな表情は何だ?

 肝っ玉小さい先輩たちって言った時以上の微妙な眼差しって!


「まあいいや。改めて今回のことは本当にごめんね」


 まあいいや? 余計気になるだろ!


「別に藤宮のせいじゃねえし、謝るなよ」

「私がデジカメ操作もたもたしてたから花ガッキーが通りかかって巻き込んじゃったんじゃん。責任感じるよー」

「もしかして機械系は苦手な口か?」

「スマホとか、カメラでも一眼レフなら扱えるんだけどなー。花ガッキーはさすが現代っ子だね!」

「一眼レフって、いやむしろそっちの方がすげえよ。それにお前だって現代っ子だろうが。でもよくヤンキー先輩のデジカメに画像あるってわかったな」

「ふっふっふっわたくしこう見えても新聞部だからね~。情報には常に耳を傾け目を光らせているのだよ~。昨日だって彼らがどうやら水泳部の隠し撮りするって情報が入ったから行ってみたんだよね。そしたら水泳大会の画像も見つけちゃったってわけ」


 髪をかき上げ眼鏡を押し上げ自信満々に胸を張る藤宮に俺は驚愕した。


「お前部活入ってたのか!? しかも新聞部って、情報を集め発信するというあの伝説の……!?」


 って伝説とかじゃなく普通の部だよっ!(はい一人ツッコミ、以下次回)

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