第43話 花火大会の夜4
俺とお話ししたいという美少女。
緊張に生唾を呑み込む俺。
わざわざ俺に話しかけてくるって事は――何かの怪しい勧誘だな!
自己評価の低い俺は即座に決めつけ、
「え……少しなら、いいですけど~?」
でれっとして了承した。先刻までの警戒とか困惑なんてどこ吹く風。美少女は正義だろ!
新キャラ(暫定)は俺を見て何だか申し訳なさそうな、それでいて安堵したような顔をしていた。
やっぱり詐欺とか変な道への勧誘で、良心が痛んだとか?
ふっ、まあいいさ。俺はお話できてマジ嬉しー。だが彼女の背後の黒幕とやら、残念だったな。俺は……金がない! だから騙されても払えないぜフハハ! 預貯金は母さんにがっちり握られてるからなフハハハ! そこは父さんも俺も大差ない扱いだからなフハハハハ!
俺のフハハ!な心境を知る由もない相手は、
「フハハよかった」
と微笑んだ……わけもなく「よかった」と普通に微笑んだ。
その時少し強く風が吹いて、新キャラ(暫定)は優雅に顔に掛かったピンクメッシュ入りの金髪を直す。
俺はぱちくりする。
んッ? あんれええ~?
金髪の一部だけピンク?
どこかで見かけたなあそれ~。どこでだっけ~。どこでだっけええ~? ど・こ・で・だっ・け・!・?
「ああ、ごめん。これだとわかんないよねえ? 前髪切ったし」
金髪美少女さんは俺の様子を見て思い至ったようだった。
すうっと息を吸い込んで、
「――てめえの頭に怪我させたのはこのオレだぜ」
口調と声のトーンを改めいきなりメンチを切った。
「ひょ」
ひょっとこ! ではなく、ひょええ~っと叫ぶのも忘れ、今度こそ俺は目を点にしてしまった。
興味をそそられ、新キャラ(暫定)の容姿に見惚れていた周囲もざわつき、暫定(新キャラ)あいや新キャラ(暫定)はハッと気付いて恥ずかしそうに佇まいを可憐なものに戻し、直前までの一切なんぞなかったような微笑を浮かべる。
ええと、今のは幻聴と幻覚が同時に俺を襲ったんだろうか。
「あの時はごめんなさい。あんな風な怪我させるつもりはなかったのよ」
俺の脳裏には走馬灯のように様々な光景が過ぎりまくり、大いなる空間に裸で放り出された気分の俺は、壮大な宇宙誕生のシーンまでも見たような気がした。
ま、まさか……この新キャラ(暫定)は、その正体は……。
用具倉庫脇での記憶がフラッシュバックする。衝撃で顎が落ちなかった点を天に感謝したい。
「――あああっあんたはオネヤンなのかああああ!?」
確かに男物のシャツ下の胸はまな板。俺はスレンダー美女って思って敢えて何も考えないようにしていたが、男だからだよねそりゃ! 声もハイトーン男子で納得。
……さっきはめっちゃ低かったし。低いのも出るんじゃん。
まあとにかく動転する俺が一番主張したい思いはこれだ。
俺のときめきを返せええええーーーーッ!
「オネヤンって……」
「ひッすんませんオネエヤンキー先輩!」
テンパっているため靴底にくっ付いたガムのようにオネエが取り切れない。
また激高して強烈ビンタされたら、今度は星になって地球の裏側まで飛ばされちゃうぜ。
「……まあ、オネヤンでいいわよ」
慌てる俺の失言を前向きに捉えて許容してくれたオネヤン。よがっだああよおおお~ッ。
オネヤンは髪の色が強烈に印象には残ってたが、前髪で半分顔が隠れてたから顔を知らなかった。
「こんな美少女と見まごうばかりの美少年だったとは、予想外過ぎてやっぱまだ信じていいのか微妙だ。正体をと言うか――性別を。実は遺産相続の問題で他人に女ってバレちゃいけない男装女子とか?」
「え、あの花垣君」
「だが力は強かった。いやしかし並の男より強い剛腕女子ってのも世の中にはいるもんだし」
「全部口に出してるわよ」
「はい? ――あ」
俺はこの際はっきりさせたくてズバリ訊く。
「せ、先輩は男子ですよね!?」
「男に決まってるでしょ。うふふ心は女の時もあるけど」
「あ、やっぱそうですか。でも俺の前というか人がこんなにいる前でオネエ言葉でいいんですか?」
「ああ、いいのよもう。あなたにはあの時に見抜かれてたみたいだし、本当の自分を隠すのは疲れるしやめたの。それに周りって自分で思ってるほど自分を見てないものよ」
いやいやいやオネヤンに限っては見られてるって! だって清涼飲料のCM女優みたいな顔立ちだし。っつかオネエを隠してたのは理解できるが、何でヤンキーなんてしてんのこの人?
前髪切ったってことは美形ヤンキー道を進むつもりなんだろうか。ひそかに女子人気が出そうだな。だが、油断はできない。怒りっぽくて短気なのは変わらんだろ。また痛い思いをするのは勘弁だ。
俺の慄きを察したのか、新キャラもといオネヤンは困った風に息をついた。
「そんなに怯えないで。あの時はビンタして本当に悪かったわ。反省してます。ごめんなさい」
「え……?」
思いのほかオネヤンは
「は? えっちょっとやめて下さいオネヤン先輩!」
より衆目を集め、俺はあたふたとして頭を上げさせる。それからすぐに思ったより早くたこ焼きの列が俺の番になったので一旦オネヤンを待たせて注文した。
たこ焼きの袋を手にした俺をオネヤンは嫌な顔もせずに待っててくれたよ。
「あの、俺チョコバナナ屋にも行きたいんですけど、いいですか?」
「もちろんよ」
これにも嫌な顔一つしないオネヤンは、たこ焼きを熱いうちに食べない俺が時間を気にしていると悟ってか、連れ立って歩き出すと早速本題を口にした。
「あの時は庇ってくれて本当に有難う。ずっとこれが言いたかったの」
「あ、はあ……。ええと俺の方も過ぎた事ですし、あの時オネヤン先輩凄く後悔してる様子でしたから、もみ消しても大丈夫だって思ったんですよね。だからそんなに気にしなくていいですよ」
俺の言葉を受け取ってどう思ったのかオネヤンは少し俯いたものの、ややあってからこっちに顔を向ける。
「わかったわ。ありがとう」
そう喧騒の中柔らかく両目を細め微笑んだ。
刹那、
――ドーン、と一発、一番初めの花火が上がった。
大空に大きく広がる火と光の環。腹の底に重く響く花火玉の破裂音。遠くに降る無数の光の粉たる花火の残滓。綺麗だったと余韻を感じる間はなかった。待たせるものかと立て続けに怒涛の大輪が花開いたからだ。
それをバックに静かに微笑むオネヤン。
明滅する背景の中、不覚にも絵になる様に見惚れ感動した。
無論恋愛的な方向じゃなく、創作的な方向だ。
世界のどこかでは、こんな雰囲気の絵を描く人間もいるんだろう。人物画を描かないくせに、ついついそう考えて羨望を抱いてしまう自分が滑稽だった。
加えて、俺は見つめ合う俺たちが傍からどう見えるかなんて点までは、思考が及んでいなかった。
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